2018年 10月 12日 VOL.122
『クワイエット・プレイス』は観客に衝撃を与え、驚くべき興行収入をもたらす
リー・アボット役を演じるジョン・クラシンスキー Ⓒ Paramount Pictures
コダックの35mmフィルムで撮影された、サスペンスに満ちたホラー映画『クワイエット・プレイス』が2018年4月に公開されると、世界中で評判を呼び、各国の興行収入で驚くべき好成績を叩き出しました。
原因不明の生態系の大災害により人口の大半が消滅した後、アボット家の夫リーと妻エヴリン、生まれつき耳が聞こえない娘リーガン、息子マーカスとボーは、目が見えず、気味の悪い巨大な捕食者から逃れるため、音を立てずに生きていくことを余儀なくされます。その捕食者は、異常に敏感な聴覚で獲物の位置を特定します。家族は、日用品を求めて安全な隠れ家である自宅を出ますが、ほんのかすかな音でも捕食者に気づかれることを知り、身振りで会話します。
リー・アボット役を演じるジョン・クラシンスキー Ⓒ Paramount Pictures
ジョン・クラシンスキーが監督、共同脚本を務め、実生活でも妻であるエミリー・ブラントと共に本作に主演しています。累計興行収入は約3億2100万ドルにのぼり、1700万ドルの製作費のほぼ20倍の利益を生んでいます。本作は、引き続き世界中で劇場公開されており、配信やブルーレイ、DVDの発売前に、総収入は今も伸び続けています。
エミリー・ブラント(左)とミリセント・シモンズ Ⓒ Paramount Pictures
「見事なまでにサスペンスに満ち溢れている」、「基本に立ち戻ったスリラー」などと批評家から絶賛された『クワイエット・プレイス』は、撮影監督 シャルロッテ・ブルース・クリステンセン(DFF)が撮影しました。彼女の過去の劇映画作品には、35mmで撮影された『遥か群衆を離れて』(2015年)、『フェンス』(2016年)、『ガール・オン・ザ・トレイン』(2016年)があります。撮影は2017年夏の終わり頃に30日以上かけて、アップステート・ニューヨークのダッチェス郡、アルスター郡、ハーキマー郡の田園部にある、緑に覆われたロケーションで行われました。ブルース・クリステンセンはいつものようにAカメラを操作し、デヴィッド・エメクリスがBカメラとセカンドユニットで撮影しました。照明技師はビル・アルメイダでした。
マーカス・アボット役のノア・ジュプ(左)とリー・アボット役のジョン・クラシンスキー Ⓒ Paramount Pictures
「私たちは全員、良い作品ができたと思っていましたが、これほど圧倒的な成功を収めるとは想像外でした」と、ブルース・クリステンセンは回顧します。「この成功にはいろいろな要因がありますが、その1つに、リアルで現実にありそうな、実在する世界を作り出し、そこからホラーの様式を浮かび上がらせたことがあると思います。同時に、その世界を守るために必要な、家族や愛の絆を定義しているのです。作中の母親が言う通り、“子供たちを守れないなら、私たちは誰?”と」
撮影監督にとって重要な課題だったのは、貴重な会話のシーンがほとんどない本作のビジュアルを、最もうまく作るにはどうすべきか、ということでした。そしてサウンドデザイナーたちはそれを活かして、観客に、一家と共にまさにその場にいるような感覚にさせることができました。
監督・脚本・製作総指揮のジョン・クラシンスキー(左)とエミリー・ブラント Ⓒ Paramount Pictures
「ジョンは本作で屋外の風景の自然の美しさと一家の日常を描きつつも、ワイドスクリーンの、郷愁を誘うような西部風の雰囲気を求めていました」と彼女は言います。「ですが私は早い段階で、視覚的言語には、全体のルック(映像の見た目)だけでなく、キャラクターもしくは被写体とカメラとの距離に応じた音を観客がどう受け取るかということも含まれているのだと理解しました。裸足で床板の上を慎重に歩いたり、モノポリーのボードゲームで駒を動かしたりする時など、音が聞き取れるように対象にかなり接近しなければならないこともありました。また別の場面では、音がまったく届かないようにカメラが遠く離れることもありました」
監督・脚本・製作総指揮のジョン・クラシンスキー Ⓒ Paramount Pictures
彼女はさらに付け加えます。「しかし、アナモフィックでの近距離撮影はそれほど良くありません。さらに、一家の隠れ家や、トウモロコシ畑での重要な屋外の夜のシーケンスでは、多くのシーンを低照度で撮影しました。アナモフィックを使う時は絞りをT5.6くらいにして撮影するのが好きなのですが、それだと夜間撮影では難しくなるのです」
ミリセント・シモンズ(左)とノア・ジュプ Ⓒ Paramount Pictures
そこで、ブルース・クリステンセンが準備期間で探し出したのが、パナビジョン・ウッドランドヒルズの専門家ダン・ササキとデヴィッド・ドッドソンでした。クリステンセンは、本作の通常のシーンを撮るのにパナビジョンのCシリーズのアナモフィック・レンズを使うことが多かったのですが、近距離撮影が必要な時には、Cシリーズのレンズに合うように特別に調整し、ソフトにしたTシリーズのレンズを使いました。夜間の屋外および屋内の撮影や、視覚的に物語る上でより物理的な近さを必要とする時には、さらに明るいツァイスのスーパースピード・スフェリカル・レンズを選びました。
「我々が使ったレンズはどれもパナビジョンが調整してくれました。私が必要としていたものと寸分違わぬレンズセットを作ってくれた彼らには感謝しきれないですね」と彼女は強く言います。
左から、ノア・ジュプ、ミリセント・シモンズ、監督・脚本・製作総指揮のジョン・クラシンスキー Ⓒ Paramount Pictures
撮影監督がデジタルでの撮影を切望するプロジェクトがあるとすれば、『クワイエット・プレイス』がまさにそうでした。膨大なVFXとCGのクリーチャーが出てくるうえに、広々とした空間での夜の屋外シーンがたくさんあるのです。しかし、ブルース・クリステンセンによると、アクションすべてを35mmフィルムで撮影するのはもともと彼女の希望だったそうです。クラシンスキーは、セルロイド(フィルムの意)で撮影したいという彼女のこだわりをはっきりと支持してくれ、2人でプロデューサーたちにフィルムが費用面で手頃であることを強く主張したそうです。「フィルムによるVFXのシーケンスの撮影で何か問題が考えられるか、インダストリアル・ライト&マジック社の視覚効果スーパーバイザーのスコット・ファーラーとも話しました」と彼女は言います。「ですが彼は、35mmならまったく問題ないだろうと言ってくれました」
エミリー・ブラント Ⓒ Paramount Pictures
興味深いことに、クラシンスキーが本作のルックで参考にした『ジョーズ』(1975年、監督:スティーヴン・スピルバーグ、撮影:ビル・バトラー(ASC))、『ノーカントリー』(2007年、監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、撮影:ロジャー・ディーキンス(BSC、ASC))、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年、監督:ポール・トーマス・アンダーソン、撮影:ロバート・エルスウィット(ASC))、『ぼくのエリ 200歳の少女』(監督:トーマス・アルフレッドソン、撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ(FNF、NSC))は、すべて35mmで撮影された作品でした。
「これらの作品はすべて、冷静なカメラが常にあるべき位置に置かれており、ゆるやかで、大胆で、サスペンスに満ちた物語を紡いでいる、すばらしい手本なのです」とブルース・クリステンセンは言います。「どの作品も、描かれている真実味のある世界へとフィルムが観客を自動的に導き、そこからホラーの様式が発生して、徐々に緊張感が高まっていきます。フィルムは自然な温かみや色、自然光の美しさを捉えてくれますが、深いディテールを持った黒に落ちる前の、顔に差すキャンドルからの光を表現してくれるように、暗いところでもすばらしいのです。フィルムはとにかく美しく、独特の雰囲気があります」
ノア・ジュプ(左)とミリセント・シモンズ Ⓒ Paramount Pictures
ブルース・クリステンセンは『クワイエット・プレイス』で、3種類のコダック VISION3カラーネガティブ フィルムを選びました。夜の撮影には500T 5219、日中の屋外では50D 5203、日中の屋内とくもりの時の屋外では250D 5207です。現像はコダック・フィルム・ラボ・ニューヨークで行われました。
「50Dは低感度の、美しくぜいたくなフィルムで、カメラの前にある色の温かみを自然に取りこんでくれます。日中の屋外で陽が出ている時にはいつもそれを使いました。250Dを使ったシーンともうまく調和することは分かっていましたから」
左から、マーカス役のノア・ジュプ、リー役のジョン・クラシンスキー、エヴリン役のエミリー・ブラント、リーガン役のミリセント・シモンズ Ⓒ Paramount Pictures
「500Tには、おもしろい質感とディテールを持った黒とハイライトの両方を同じフレームに撮影できるダイナミックレンジがあり、絶えず私を驚かせてくれます。本作の最後の3分の1の舞台は夜のトウモロコシ畑で、光源がまったく見えない、どこかわからない場所の真ん中でした。プロデューサーたちは、それをフィルムで撮影するのは無茶だと考え、なぜ私がデジタルで撮影したがらないのか首をかしげました。あの状況では、光の強さよりも光の広がりの方が重要で、いずれにせよ大きな照明機材が必要でした。500Tのフィルムか、デジタルセンサーのASA感度 800か、どちらに合わせた照明にするかは大した違いではなく、フィルムの出来栄えは最高でした」
彼女はこう締めくくります。「私は、露出計を使い、カメラの横に座り、俳優たちに当たっている照明と、目の前のシーンを観察するというアナログ的な仕事のやり方が好きです。そこに“ビデオ村”はなく、私と監督だけで現場で映像について話し合いました。こういうやり方で仕事をしたことで、危険な状況に置かれた愛に満ちた家族への理解がより加わった、視覚的なルックをまさに捉えられたと感じています。デジタルで撮影した場合よりも、さらに暗く、不吉な仕上がりになりました」