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2020年 11月 2日 VOL.169

ソフィア・コッポラ監督がニューヨークに贈る叙情的な作品『オン・ザ・ロック』

『オン・ザ・ロック』の成功にとって重要なのは、ラシダ・ジョーンズとビル・マーレイによって描かれた父と娘の関係です。 Courtesy of Apple.

撮影監督のフィリップ・ル・スール(AFC、ASC、『グランド・マスター』)が、映画監督のソフィア・コッポラ(『ロスト・イン・トランスレーション』)と初めて協働したのは、19世紀のオペラ『椿姫』を大スクリーンで上映する仕事でした。その後2人は、アメリカ南北戦争時代を描いた『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』と、現代を舞台にした今回の『オン・ザ・ロック』を共に手がけることになります。ル・スールは、ストーリーテリングという性質上、頻繁に協働する人たちの間でも、同じアイデアを繰り返すことを良しとはしない人物です。「確かに、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』は『オン・ザ・ロック』とは違う時代設定ですが、どの映画でも監督が探しているものを見つけ出さなければなりません。これはドラマなのかコメディーなのか、サイエンスフィクションなのか…。違う道を進むたびに毎回です」

AppleとA24初の共同制作作品である『オン・ザ・ロック』の物語は、夫ディーン(マーロン・ウェイアンズ)が同僚と浮気しているのではないかと疑うローラ(ラシダ・ジョーンズ)を中心に展開し、彼女はプレイボーイの父親フェリックス(ビル・マーレイ)にアドバイスを求めます。当然のことながら、マーレイがコメディードラマの要素を引っ張り、いたずらな冒険がいくつか続いて、笑いと少しの涙の両方を誘います。「ラシダとビルは最高の俳優で、人柄も素晴らしいんです」とル・スールは言います。「ソフィアがセットの空気を温かくし、それによって彼らは自分たちが演じるキャラクターを追求していくことができました。当初、私はビルについて、あらゆることが他とは違うのだろうと考えていました。彼は最初即興をし、残りの撮影は予定通りに行うのです。ビルはラシダが自分にどう反応するかを知る必要があったんですね」

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』で選択した媒体がフィルムだったため、フィルムでの撮影はル・スールとコッポラ監督にとって自然な決断でした。 Courtesy of Apple.

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』で選択した媒体がフィルムだったため、フィルムでの撮影はル・スールとコッポラ監督にとって自然な決断でした。「私はフィルムがもたらす解釈や難しさ、驚きが大好きなのです」とル・スールは述べています。「そして、準備やプレライティングの時、フィルムで撮影している時に自分自身に投げかける問いも。フィルムを選ぶ時に一番大切なのが視覚的な意味です。デジタルだったら、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』で撮影した出来栄えにすることは不可能だったでしょう。夜間にフィルムで撮影するのはもっと複雑です。自分は街並みに光を当て直したいと思っているのか?…とかね。私が好きなフィルムの質感が見られますし、デジタルと比べてより快適なのです。ソフィアは常々フィルムでの撮影を希望していました。『オン・ザ・ロック』では、媒体についての議論はしませんでしたね」。選んだフィルムは、コダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219と200T 5213でした。「主に5219を使い、使える時には5213を使いました。夜に何度かテストを行い、5219のネガを1段減感して、ハイライトとブラックのディテールをより引き出すようにしました」

コダック・フィルム・ラボ・ニューヨークでデイリーの処理を行っていたので、フィルムの現像に時間的な遅延はありませんでした。「コダックがニューヨークに新しいラボをオープンし、フィルムをロサンゼルスまで発送する必要がなくなったのは最高でしたね」とル・スールは語ります。「ザ・ミルのダミアン・ファン・デル・クライセンと一緒に作業を行いました。彼らは朝に現像し、その日のうちにスキャンを行います。なので私はiPadでデイリーのグレーディングを行えたり、どう適切にグレーディングするかをカラリストに指示したりできました」。さらなる変更はDI(デジタル インターメディエイト)で加えられました。「晴れの日から作業を始めて、日陰にでも仕上げることができます。その結果、色温度が6000から7000に変わることもあります。DIの利点は、すべてを円滑にする手助けをしてくれるということです」。企業のロゴが入った道路標識を変更することはありましたが、このコメディードラマには視覚効果はほとんど登場しません。

『オン・ザ・ロック』の物語は、夫ディーン(マーロン・ウェイアンズ)が同僚と浮気しているのではないかと疑うローラ(ラシダ・ジョーンズ)を中心に展開する。 Courtesy of Apple.

プリプロダクションは8週間続き、うち6週間半は主にニューヨーク市とメキシコで過ごしました。「この作品において、ニューヨークは1人のキャラクターなのです」とル・スールは語ります。「これまでどういうことが行われてきたかを確認してから、最善を尽くすのです。ウディ・アレンはニューヨークを愛する男です。彼は『マンハッタン』をどう撮影したのか?シネスコープで白黒でした。この方向で行くべきかどうか分からなかったので、私たちは別の道を探りました。撮影監督として、私はニューヨークを美しく、特別なものにしているものは何なのかを理解しなければなりませんでした」。昔ながらのニューヨークを撮影したいというコッポラ監督の希望と、市の制約により、ロケーションの選択が決まりました。「ニューヨークでの撮影は複雑だということが分かりました。市長のオフィスから、撮影は特定の場所で、特定の時間に、という特定の条件が出されるのです。6月にソーホーで撮影することはできても、7月にはできない。この通りで撮影できるのは、今ではなく半年後。近隣の人たちが同じ場所で何週間もトラックを見たくないので、この時間枠の中で3日を超えて撮影することはできない。そういったことで複雑になるのです。その選択は、自分が撮影できる都市に委ねられます」

撮影が最も大変だったのは、フェリックスとローラの乗ったコンバーチブルが、ディーンの乗ったタクシーを追いかけるシーンでした。答えるべき問いが山積みだったのです。「そのシーンを撮影するのに何ブロック必要か?」とル・スールは振り返ります。「どれくらいの距離をふさげるのか?何時に撮影できるのか?撮影は6月末だったので、この時は夜が短かったのです。私たちは午後9時から午前4時の間に撮影しました」。コッポラ監督がカーチェイスを撮影するのは、これが初めてでした。「彼女の兄のロマン・コッポラが、いろいろとソフィアの助けになってくれました。ロマンは、カリフォルニアのビスケット・リグを使って撮影するという素晴らしいアイデアを思い付きました。私たちは車に3台カメラを置いて、道路のショットと数テイクを撮影しました。ソフィアはグリーンスクリーンを好みません。本物で撮影する方が好きなのです。ビル・マーレイは最高のドライバーでしたね」。短いアクションのシーンを除いて、このコメディードラマの残りは会話によって進んでいきます。「ソフィアと私は準備期間の間、あるシーンに関して彼女がどう感じているかについてかなり時間をかけて話し合いました。折に触れ、彼女は『このシーンはワンショットで。あるいは、ワイドかタイトのショットにしたい』と言いました。ミディアムショットなのか、クローズアップなのか、マスターショットなのか、私たちは彼女に何が必要なのかを一緒に決め、それを実現するための時間枠の中でテストしてみました。また、そのシーンの光や雰囲気、感情にどうアプローチするかも、それぞれのロケーションが違うアイデアをもたらしてくれるのです」

撮影監督 フィリップ・ル・スールにとって映画業界の素晴らしい点は、すべての監督が映画制作についてそれぞれ異なるビジョンとアプローチを持っていることです。 Courtesy of Apple.

ル・スールがカメラオペレーターを務めましたが、優れたビューファインダーであるか確認が必要でした。「アリカムLTと、何度かのテストを経て、パナビジョン・ウルトラスピード MK2レンズを選びました。撮影したい映画の種類によるのです。ソフィアとしては、視点はそのシーンの主要キャラクターからのものです。人物の顔に歪みが加わったり、遠くから撮影したりすることはしません。ソフィアには、登場人物から切り離されているように感じられるからです。大抵の場合、私は45mm、50mm、75mmの3種類のレンズを使いました」。照明機材は、HMI、LED、DINOライトを組み合わせました。「あらゆるものが道具なので、効率的で迅速で美しいことが重要なのです」。コッポラ監督の個人的な好みにも応えました。「最後の問いは『自分は何を見たいのか?それには動きが必要なのか?もし自分が動くなら、その動きを自分は見たいかどうか?』です。ソフィアはステディカムが好きではないため、ステディカムを使わない解決策を探す必要があります」

最後に、本作最大の映画的な資産は一番困難なことでもありました。「最大の難関は、時間と、ニューヨークでの撮影でした」とル・スールは語ります。彼を支えたのは、ガファーのジャック・コッフェン、キーグリップのテッド・ルヘイン、カメラアシスタントのリック・ジョア、フィルムローダーのジョーダン・レヴィでした。ローラが葛藤しながら本を書いている静かなシーンは個人的なお気に入りです。「主人公がニューヨークの真ん中で独りで仕事をしているこのシーンが好きなのです」。ル・スールは、コッポラ監督のような脚本兼監督を務める人たちと仕事をするのが楽しいそうです。彼女には明確なビジョンがあるからです。「ソフィアが脚本を書いたのは2、3年前だったので、これはずっと彼女の奥深くにあったことなのです」。フランスの撮影監督であるル・スールのキャリアの中で共に仕事をしてきた監督に、リドリー・スコット(『プロヴァンスの贈りもの』)、ウォン・カーウァイ(『グランド・マスター』)、ベルナルド・ベルトルッチ(『魅せられて』)、共同監督のマルク・キャロとジャン=ピエール・ジュネの2人(『デリカテッセン』)がいます。「この映画業界の素晴らしい点は、すべての監督が映画制作についてそれぞれ異なるビジョンを持っていることですね」

(2020年10月22日発信 Kodakウェブサイトより)

オン・ザ・ロック

 10月2日より全国ロードショー中、10月23日よりApple TV+配信中

   製作年: 2020年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: On the Rocks

​ 配 給: 東北新社、STAR CHANNEL MOVIES

​ 公式サイト: http://ontherocks-movie.com/

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