2014年5月22日 VOL.033
撮影 芦澤明子氏に聞く
16mm撮影の連続テレビドラマ 『私という運命について』
意欲的な題材を数多くドラマ化しているWOWOWの連続ドラマW。2014年3月23日~4月20日にオンエアされた『私という運命について』(全5話)は、バブル崩壊後の激動の時代を生き抜いた主人公と数奇な運命をともにした人々の人生を描いた感動のヒューマンラブストーリーです。主人公を演じる永作博美のほか、江口洋介、池内博之、三浦貴大、太田莉菜、藤澤恵麻、塩見三省、森山良子、宮本信子ら充実のキャストがラインナップ。
監督は『はやぶさ 遥かなる帰還』(12)、『脳男』(13)などのメガホンをとった瀧本智行氏、脚本には連続テレビ小説『おひさま』や、人気テレビドラマ『最後から二番目の恋』などを手掛けた岡田惠和氏と、豪華スタッフ陣が勢揃いしました。
このドラマは、ギャラクシー賞2014年4月度月間賞に選出されています。
今回は、この深い感動を呼び起こす人間ドラマを16mmフィルムで撮影された芦澤明子氏(以下、芦澤C)にお話を伺いました。芦澤Cは、現在公開中の『WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常』(矢口史靖監督)の撮影も担当されている日本屈指の女性撮影監督です。
16mm選択の経緯
この作品の時代設定は1990年代からの約20年間の話で、大昔ではない、ちょっと昔の話です。瀧本監督はもうずっと前から、これにはやっぱりフィルムのテイストが必要だということで、フィルムで撮りたいと制作者側におっしゃっていたんです。私はそれをどういう風に実現するかということで相談を受けました。
ー 今回、WOWOWのドラマというジャンルで初めて16mmフィルム撮影を選択されましたが、その経緯について教えてください。
16mmのルックって“ちょっと昔”な感じにドンピシャだったので私も賛成したんです。ただ、WOWOWも製作会社のテレパックも、この番組枠では16mmなんてやったことがなかったので、フィルムだからいいねという観念的な憧れはあっても、どういう画質になるかしっかり把握できていなかったんです。そこで私のテスト撮影した映像をIMAGICAのスクリーンで上映しつつ、オンエアした場合、粒状性のことも含めてテレビでどう見えるのかをオンエアと同じような条件の中でWOWOWとテレパックのプロデューサーに確認してもらいました。本当にいいねということであればこの方法でやりましょう、という段階を踏んだわけです。その時に、フィルムのざらつきが気になる場合はノイズリダクションを入れる準備もしていたんですが、結局プロデューサーから、フィルムのテイストであればノイズリダクションを入れない方がむしろいいですね、とおっしゃっていただいたんで、それじゃ16mmでやりましょうと決まったわけです。今までフィルム体験がなかった製作陣に、こんな画になりますって提示することで、みんなが一緒にできるという気持ちを集中できたんじゃないかなと思います。スキャンと比較した時、粒状性の軟らかさや、ハイライト部での飛び具合はLogテレシネ独特の味わいがあって、今回の作品の狙いに合っていると思いました。
スピーディーな仕上げを実現できたワークフロー
ー 予算的な問題はなかったのですか?
まず予算をかけられないってことでIMAGICAに相談しまして、Logテレシネのワークフロー表を作ってもらったんです。IMAGICAもテレビドラマでLogテレシネをやるのは初めてだったので、かなり企業努力をしていただいたと思いますし、WOWOWも同様の努力をして、うまく収まったんだと思います。ネガ編の人には申しわけないんですけども、全部スルーでやるのでネガ編集の手間が省けたのは大きなメリットでした。
ー 今回のワークフローはどのようなものでしたか?
現場で撮って、ネガ現像して、Kirion LUT(IMAGICAが独自開発したカラーマネジメントシステム)をあててオフラインQTができるまで中2日、急げば中1日でできました。そのQTを編集室に送って、気になるところはカラコレしてもらうところもありましたけど、基本的にカラコレはほとんどしてないです。そのQTのカラーコレクションはテストの段階でちょっと彩度を高めましょうかとか、そういう方向性はあらかじめ打ち合わせておいて、それで全部やりました。少し軟調な画面ではありますが、大体VISIONプリントに近い感じで仕上がったと思います。
ー 最後まで、微調整もなくできたということですか?
いえ、編集結果をIMAGICAに持ち込んでコンフォーム後、グレーディングしました。第1話が80分で、2話から5話が各50分なんですが、第1話で1日、2話と3話で1日、4話と5話で1日、計3日間の作業でした。まあまあ余裕がありましたね。その場で調整するところもありましたけど、具体的には、IMAGICAのカラリストの鳥海重幸さんが予習として事前にカラコレを進めていただいていたので助かりましたし、とてもいいスピード感で仕上げを進めることができました。 現像からすべて1ヶ所で作業できたわけですから仕上げの時間がとても短縮されました。まあ瀧本監督も、そんなにめちゃめちゃ回す方じゃないので、フィルムの撮影量も全部で6万フィート(約27時間分)以内で終わりましたし。画はあまり暗部がベタに潰れちゃうことがないようにしました。映画と違ってテレビドラマは視聴者の方々が真っ暗な状態で画を観るわけではないので、カラコレをやった後、プレビューの時も少し明るい状態にしてチェックするようにしていました。
ハイライト部の確かな違い
ー 撮影現場でのフィルムの強みがあれば教えてください。
監督が望んだわけではありませんが、小さなモニターをカメラそばに出しただけで、その画を録音ベースに送っていました。ケーブルはその1回路だけで、いたってシンプルで機動的でした。
ー 感度設定についてはいかがでしたか?
今、主流で使われているデジタルカメラの感度って800 相当じゃないですか。
フィルムだと高感度でも500までなので、その3分の2絞り分の違いがナイターになると気になるかなって思っていたんです。500のフィルムに85Cフィルターを入れると400になりますよね。そうすると、“ナイターだとフィルム撮影は速度が落ちるね”、なんて言われちゃわないよう引きが多い場合には85番とか85Cを入れずに500のままでやりました。そこの画はオフラインQTを作成するときに「85番の補正を入れてください」って指示しておいたんです。そうすると画は85番を入れたものと変わらないんです。これ、みんなに言うと真似されちゃうけど、とっても便利なんです。
ー 今回はほとんど手持ちですか?
ドキュメンタリータッチでという狙いがあったので監督は全部手持ちにしてっておっしゃっていたんですが、ただ、芝居部分が割と長いので、あんまり揺らしてしまうと神経がそっちに持って行かれちゃうので、その微妙な度合いには気を遣いました。イージーリグを三脚に付けたようなもので、キャメラをぶら下げる特殊な装置を特機の松田弘志さんに考案してもらい使いました。
ー 海外ロケのシーンはデジタル撮影ですね?
安全上の問題があってデジタル撮影となりました。16mmのトーンがしっかりしていたので、それを基準にカラコレしました。うまく行ったと思っています。ただハイライトの部分がやはり違いますね。フィルムとデジタルを比べた時に、白飛びを起こすところの数値は同じですけど、フィルムだとあくまでもその部分のみが飛びます。でもデジタルだと、その周辺部まで影響を受けるんですよね。ギトギトしたりとか、ディテールが変わってきたりとか、別の色が感じられたりとか、そういう性質まで変わってしまうデジタルのハイライトと、どんなに飛ばしてもそこだけっていう光学のハイライトとの違いが確かにあります。
満足度99.9%の撮影
ー 今回は芦澤さんが普段からお仕事をされている劇映画の方々がスタッフとして参加されました。
そうです。瀧本監督の方も主に『はやぶさ 遥かなる帰還』(12)の時のスタッフを集めておいでですし、全体の人数は本編に比べると少ないですけど、あまりテレビということを意識しないで映画的に撮っていました。デジタルだと撮影後にバックアップデータを取り込む時間が必要ですけど、フィルムの整理をすればその日は終わりっていうスタイルで。
ー 役者さんの16mmキャメラについての反応は、どうでしたか?
皆さんびっくりしていました。「なぜ?」って驚くんです。江口洋介さんは、瀧本監督と何本も組んでいて親しいので「どうしてですか?」と真剣に聞いておられました。すごく納得されて「16mm、良いですよ」というようなことをご自身のブログにも書いていらっしゃるそうです。監督の熱意に俳優の皆さんも乗ってきて、非常に緊張感のある良い現場だったと思います。
ー 最終的に、仕上がりや16mmでの撮影も含めて、スタッフの方々の満足度は何%ぐらいでしたか?
99.9%かな。あとの残りは次回作に取っておきましょう。すべての作品ではなく、この作品では16mmは狙いにしっかり合っていたと思います。我々創り手だけではなく、第1話のオンエアの後、視聴者からの問い合わせが非常に多くて、とてもドラマの評判が良かったそうです。WOWOWへの加入者がずいぶん増えたそうなんですよ。
ー それはすごいですね!
視聴者にとっては、何を使って撮ったかなんて関係ないんですが、このドラマでは16mmのテイストが内容に合っているという意味での反響はあったと思います。デジタルで撮影するよりも多少お金はかかっているかも知れませんが、新しい表現を提供できたことはとても良かったと思います。Logテレシネにはいろいろな分野で多様な可能性があると思います。
PROFILE
芦澤 明子
あしざわ あきこ
1951年 東京都出身。青山学院大学卒業後、伊東英男氏、三木敏通氏、押切隆世氏の助手を経て、82年に撮影者として独立。第一回担当作品はCM『週間住宅情報』(川崎徹監督)。
主な劇映画作品には、『よい子と遊ぼう』(94/平山秀幸監督)、『ぬるぬる燗燗』(96/西山洋一監督)、『林檎のうさぎ』(97/小林広司監督)、『タイム・リープ』(97/今関あきよし監督)、『火星のわが家』(99/大嶋拓監督)、『守ってあげたい!』(00/錦織良成監督)、『みすゞ』(01/五十嵐匠監督)、『きみの友だち』(08/廣木隆一監督)、『トウキョウソナタ』(09/黒沢清監督)、『60歳のラブレター』(09/深川栄洋監督)、『南極料理人』(10/沖田修一監督)、『東京島』(11/篠崎誠監督)、『わが母の記』(12/原田眞人監督)などがあり、他にCM、ドキュメンタリー、ビデオ作品など多数の作品を手掛けている。
撮影情報(敬称略)
撮 影 : 芦澤明子 (J.S.C.)
チーフ : 下田麻美
セカンド: 杉友一樹
インターン: 牛牧信夫
キャメラ: ARRIFLEX 16SR3
レンズ : ツァイス 16mm用 8mm 9.5mm 12mm 16mm 25mm 50mm 85mm 100mm、10倍ズーム
フィルター: ホワイトプロミスト 他
フィルム: コダック VISION3 500T 7219、200T 7213
現 像 : IMAGICA
機 材 : 三和映材社
原 作 : 白石一文 (「私という運命について」角川文庫)
脚 本 : 岡田惠和 (「おひさま」「最後から二番目の恋」ほか)
監 督 : 瀧本智行 (『脳男』『はやぶさ 遥かなる帰還』ほか)
音 楽 : 稲本響 (『星守る犬』ほか)
出 演 : 永作博美 江口洋介/池内博之 三浦貴大 太田莉菜 藤澤恵麻/塩見三省 森山良子/宮本信子
製 作 : WOWOW、テレパック
©1996-2015 WOWOW INC.
http://www.wowow.co.jp/dramaw/unmei/
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