2015年12月28日 VOL.045
撮影 竹内スグル氏に聞く — 35mm白黒ネガフィルム ダブル-Xで撮影した YUKI『tonight』PV
モノクロでしか表現できない「品のある」仕上がり
11月4日にシングルリリースされたYUKIの新曲『tonight』。そのビデオクリップは、生演奏・生歌による一発収録の緊張感溢れるパフォーマンスを35mm白黒ネガ『イーストマン ダブル-X 5222』で撮影したものです。本作の監督、撮影の両方を担当された竹内スグル氏にお話を伺いました。
“白黒”&“フィルム”を選択した経緯
ー 今回、フィルム撮影を選択された理由について、特に、白黒ネガフィルム ダブル-Xを選択された理由は何でしょうか?
実は一年に一本ぐらい、モノクロのダブル-Xを使用するお仕事があるんですよ。前回は『ブリヂストン REGNO ブラックペガサス篇』(http://tire.bridgestone.co.jp/regno/)のタイヤのCMだったのですが、あれは大変でした。黒バックで黒い馬の撮影でしたから(笑)。ナイトのロケでしたし、感度が低い状態でのハイスピードですからね。照明も12キロのライトが200mに渡って36塔も並んでるんですが、それでも開放でしたし・・・。黒い馬って映らないんですよね、まだ茶色の馬なら別だったのですが、絞りで一段半は違いました。黒い馬は本当に真っ黒で、光が当たった所だけ艶が出てくる感じで、またそれが良かったんですよね。現場は泣きそうでしたけど(笑)。その前にもモノクロを使用したCMの撮影があったりして、結構使っています。
ー テストはされましたか?
今回、このPVでモノクロを使おうと決めたのは、この曲を聴いた時に最初に浮かんだ映像がモノクロの映像だったからです。YUKIさんご本人とお話している時に、今のそのままの自分を表現したいというか、世の中に出したいっていうご本人の気持ちが強く伝わってきて、そのままを出すのであればカラーもありかなとも思って悩んだので、カラーとモノクロの両方撮ってみたんです。それを見比べてみて、やはりこの曲にはモノクロの方が合ってるなと・・・。カラーで撮ったものをモノクロにするのと、モノクロで直接撮影するのとでは、上がりの画は全く違ってきます。カラーからモノクロへ変換する選択肢は初めからなかったですね。モノクロでやるならモノクロで撮影しなきゃいけない。特にフェイストーンとかが凄く違います。
ー デジタル撮影の選択肢は初めからなかったのですか?
デジタルは全然考えないですね。基本的に“考えない”ってことです(笑)。予算とかの理由でデジタル撮影にしているってよく聞きますけど、これは私だけかもしれませんが、CMの制作予算ってそんなに減っているという実感がないんです。昔からCMの予算の使い方って、プロデューサーとかプロダクションマネージャーが考えているわけですけど、どこにどれだけ重きを置くかは、実はディレクターによって全然違うんですよね。例えば、音楽を非常に大切にしているディレクターの場合は音楽に注ぎ込むし、芝居を沢山やって何テイクも撮りたいという監督だったらテイク数重視だったりする。つまり、大事だと感じている部分に予算をかけるというのが重要だと思っています。
それに、デジタル撮影の方が安いかというと、実はそうでもないんですよね。ハイエンドのデジタルカメラで、例えばロケーションが色々あったりする場合だと、あのケーブルとモニターの引き回しを何ヶ所もセッティングしなければならないなんて状況だったら、絶対フィルムキャメラの方がセッティングも早いし、時間的に予算もかからないですよね。車の中でも、セッティングしてすぐ撮影できたりしますから。
まあただ、確かにナイトシーンについては状況が変わりました。デジタルの方がナイトシーンは強いです。フィルムの感度はワンストップ増感しても1000ですから。ナイトシーンで色々やりたいっていう人にとっては、デジタル撮影は選択肢のひとつだと思います。ライトの数も減らせますし。だから、デジタルかフィルムかという話だと予算的なことだけではなく、割り振りの仕方だと思いますね。私の場合は、撮影してオフライン後に本編集などの工程がありますが、後処理とかはほとんど時間や予算をかけていません。オフラインまでが勝負だと思っていますし、オフラインでもほとんどカットつなぎとかですから、あくまで撮影に予算を持ってきてもらうようにしています。
ー フィルムとデジタル、それぞれの長所を考慮した上でしっかり選択するということですね。
少し話が逸れますが、フィルムかデジタルかの話で言えば、デジタル機材の進歩って凄く早いですよね。最初の頃は、なんかカラコレがやりにくいな、なんて思ったりもしましたけど、最近は大分、色々な問題が解消されて来ました。みんなが使い慣れてきたということもあると思います。ただ、デジタルで「人」を撮影する場合とかは、かなり追い込んできているなと感じますが、「クルマ」とかの撮影には、まだまだフィルム撮影じゃないかなと個人的に思っています。自動車の持っている重量感がデジタルだと出ない感じが凄くするんです。「クルマ」のCMの場合、映り面のグラデーション勝負だったりするのですが、デジタルだとまだまだ、そのグラデーションが上手く出ないことが多いですね。何が足りないのかはよく分からないのですが、とにかく「クルマ」が軽く見えちゃうんです。
撮影現場の様子
ー 今回、生演奏で約4分の楽曲を丸ごとワンテイクの撮影だったとのことですが、実際の現場はどのような状況だったのでしょうか?
仕事でインタビューものを撮ることも多いのですが、基本的にインタビューって一発撮りなんです。同じ質問を2度はしませんから。ですので、ワンテイクで撮るってことに撮影側は慣れているし抵抗はなかったのですが、YUKIさん本人にとっては大変だったと思います。撮り終わった後に、レコーディングよりも大変だった、緊張したってぐったりされていました。レコーディングだけだったら見え方を気にする必要はないのですが、撮影ですからそれも必要ですし、同時に音も録るから自分が信頼しているミュージシャンの方たちとやりたいって本人がおっしゃっていたので、その人たちの前で何回もやるっていうのはできないですし・・・。
撮影する側としてもワンテイクしかないよという話はお伝えしていましたから、プレッシャーはかなりかかっていたと思いますね。音も一発撮りでしたから、レコーディングチームも相当準備してきていました。映画とかの録音部さんがいるという状況ではなくて、卓がセッティングされていて、マイクが何本もあって、レコーディングルームが別で準備されているような感じでしたね。
ー 最も注意された点は?
やはり歌う側の気持ちが大事ですから、どうやったら一番テンションが上がって最高のパフォーマンスを引き出せるのかということを最優先に考えました。普通の撮影だったらスタジオを使用するのですが、ライティングのこともあり、クラシックのホールを探してきて、そこで歌って貰いました。コンサートホールだから音自体が凄く良いんです。観客はいないのですが、こうバーンと観客席が見渡せるのでYUKIさんも気持ち良くというか、何かを感じながら歌ってくれたと思います。撮影側としては機材も入念にチェックして、何かあった時のことを考えて予備のキャメラも持って行き万全の態勢で臨みました。
「品のある」仕上がり
ー ポスプロ作業はどうされましたか?
現像はIMAGICAウェストで、テレシネはIMAGICA五反田のデータシネを使いました。モノクロフィルムならではの感じで仕上がっていますし、仕上がりについては満足しています。言葉で上手く説明できないのですが、モノクロフィルムの感じって本当にモノクロフィルムでしか表現できないですよね。なんて言うか、品が良いんです。あえてそういう表現だと、カラーをモノクロにすると品が悪い。ダブル-Xって昔から変わっていないフィルムでしょう。一番下の暗部からハイライトまでのグラデーションの階調が圧倒的にあるから、その表現力というか、白黒なので決して派手ではないけど、質感とか暗部のディテールとかフェイストーンとかを気に入っています。派手にするのは簡単なのですが、逆に派手にしない方が難しいという感じでしょうか。そういう意味で「品のある」仕上がりになっていると思います。
(2015年11月取材)
PROFILE
竹内 スグル
たけうち すぐる
1962年兵庫県神戸市出身。映像ディレクター、映画監督、撮影監督。現在、広告や映像の世界で活躍する専門分野の異なるクリエーターをサポートするマネージメントオフィス、GLASSLOFTに所属。
株式会社グラスロフト
撮影情報 (敬称略)
監督・撮影: 竹内スグル
チーフ : 佐藤敦
セカンド : 定者如文、生和良大
サード : 浅津義社
照 明 : 高松伸行
キャメラ : ARRICAM ST
レンズ : Carl Zeiss 50mm
フィルム : イーストマン ダブル-X 5222
現 像 : IMAGICAウェスト
制作プロダクション: 前田屋
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