
2016年2月8日 VOL.047
直面する死を描くハンガリー映画『サウルの息子』
撮影監督が導く、恐ろしくも美しい旅

サウル役のルーリグ・ゲーザ
Courtesy of Sony Pictures Classics
最初の1フレームから最後の1フレームまで、ストレスがリアルに伝わってきます。わずかな会話のやり取り、短い部分的な文章で絡み合った8つの言語・・・。映 画『サウルの息子』は、ひとつの人種すべての大量根絶に加わるナチスの死の収容所で働かされるユダヤ人や、同胞のユダヤ人の死体処理を行う特殊部隊“ゾンダーコマンド”の戦慄、恐怖、不安を伝える手段として、ほぼ完全にそのビジュアルに依存しています。
撮影監督のエルデーイ・マーチャーシュ(HSC*)と、『サウルの息子』の共同脚本・監督のネメシュ・ラースローは、ミニマリズムと簡潔さで作品に取り組みました。胸を締め付けるような物語は、ナチス・ヨーロッパの野蛮な世界に実在した死の収容所で、一人の少年を埋葬するためにラビ(ユダヤ教の聖職者)を捜し出そうという、ほんの少しの教義にしがみつく一人の人間の試みを追っています。
* Hungarian Society of Cinematographers:ハンガリー映画撮影監督協会

ネメシュ・ラースロー監督(左)とルーリグ・ゲーザ
Photo by Ildi Hermann, Courtesy of Sony Pictures Classics
「私たちは、作品を過度に美的にするであろうすべてのものを遠ざけようとしました」と撮影監督のエルデーイは語ります。「非常に生々しく残忍な映像を追っていました。ライトにカラーのジェルをかけることなく白色のライトのみを使いました。また、日中の屋外では一切ライトは使いませんでした。つまり、我々の取り組みはできるだけシンプルにすることで役者と物語に集中すること、それらがある意味私たちの“ルック”になったのです」
ハンガリー生まれのフィルムメーカーたちの選択肢にデジタル撮影はありませんでした。事実、もしフィルムで撮影できなければ映画制作をやめるとまで監督は言い放ったのです。エルデーイはこう続けます。「我々二人にとってフィルムで撮影し上映することは、最高の品質と最も没入できる視覚体験をもたらすということなのです。我々は生き生きとして深みのある映像を表現する粒子構造を持つ35mmの有機的なルックを欲していました」
エルデーイのカメラは、全ショットで コダック VISION3 500T カラーネガフィルム 5219 を装てんしたアリカムLTとアリ235でした。彼は、5219を使えば作品を通して一貫した粒子構造とコントラストを維持できると感じていました。5219がより低いコントラストと彩度を持っているので低感度のフィルムよりも好んでいます。作品がフォトケミカルな仕上げをするということから、最終的に求める映像と同じように見えるフィルムが必要でした。彼はまた、少しだけコントラストを上げて感度を高くするために、屋外での全ナイトシーンを1ストップ増感現像で処理しました。

撮影監督のエルデーイ・マーチャーシュ(左)とルーリグ・ゲーザ
Photo by Ildi Hermann, Courtesy of Sony Pictures Classics
作品の90%はツァイスのマスタープライム40mm、残りはマスタープライム35mmで撮影されました。両レンズとも T1.3 の開放値を持ち、低照度もしくはその場の光での撮影で、より自然なルックや非常に浅い被写界深度の映画的なルックを可能にしました。開放は一切用いず、室内は T2.0 、屋外は T2.8 2/3 付近で撮影されました。
エルデーイとネメシュは、『サウルの息子』では観客の想像力に頼りたいと思っていました。「我々は映像を制限しコントロールすることで、より効果的な何かを創り上げたと思います」とエルデーイは説明します。
彼らは肖像画のような四角形の映像をもたらす 1:1.37 のアカデミーサイズのアスペクト比を使いました。「我々は本質的にフレームの左右をカットしたのです」と彼は語ります。このアスペクト比はアナモフィック以外のすべてのフォーマットの中で最大のネガ面積を持っています。その結果は、閉所恐怖症の環境、それはもちろん死の収容所であり、見る者の視点を排除し、サウルの世界に完全に融合させるものでした。