2016年 10月 13日 VOL.059
撮影 山崎裕氏に聞く
-映画『海よりもまだ深く』/『永い言い訳』
~キャメラマンとは、映画作品の文体を作る人~
(C) 2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
(C) 2016「永い言い訳」製作委員会
1964年に長編記録映画でデビューされ、テレビドキュメンタリー、ドラマ、近年の劇映画作品まで多様な撮影分野で活躍されている山崎裕氏。2016年は撮影を担当された『海よりもまだ深く』(是枝裕和監督)が5月に公開、そして最近作の『永い言い訳』(西川美和監督)が10月14日(金)に全国公開を控えています。それぞれ、35mm、16mmフィルムでの撮影を選択された背景やご自身の撮影スタイルについてお話を伺いました。
フィルム撮影選択の経緯
~35mmの重量感と16mmのデジタルとの融合性
― 『海よりもまだ深く』で35mm、『永い言い訳』で16mmと、2作品続けてフィルム撮影を選択して頂きましたが、その選択理由について教えて下さい。
山崎C: まず『海よりもまだ深く』については、是枝監督がフィルム撮影にこだわっていますので、それが一番の理由です。テレビドラマはデジタル撮影でも構わないが、映画はやっぱりフィルムだろう、ということです。監督の初期の作品は16mmで撮影していますし、『誰も知らない』は、もともとは35mmで撮影する方向もあったのですが、予算的にフィルムの総量を確保したいのと、映画の主な舞台がアパートの狭い部屋だったり、機動力を優先して確保するために16mmを使用しました。まだ当時のデジタル撮影は、テレビドラマだとテレビの画面で見ている分には良いけれど、劇場のスクリーンと比べると表現域がフィルムと比べるとやはり狭いし、特に黒の締まりやハイまでのダイナミックレンジの比率などはフィルムの方が圧倒的でしたから、映画はやはりフィルムを選択することになります。
『海よりもまだ深く』 (C) 2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
― 最初から35mmで撮ることが決まっていたのですか?
山崎C: メインの舞台が狭い団地なので、『誰も知らない』と同じように、初めはスーパー16での撮影も考えました。ただ、監督が35mmの質感にこだわりたいとおっしゃったので、それが決め手でした。ただ、やはり団地の中は狭いので苦慮しましたが、最終的にはなんとかなるだろうと思いました。それに、お話もホラーやアクションではなく、日常のホームドラマですので、35mmでしっかりと撮っていくというスタイルに合っていると感じました。実は、室内撮影で広いワイドレンズはわざと使ってないんです。狭い部屋を広く見せるのがいやなので、狭い部屋は狭いままで良いと考えていますし、広い世界観ではなく、自分たちも団地の中にいるような世界観で映画として切り取りたかったというのがあります。そういう意味で言うと、スーパー16と比べると35mmの画の“重量感”ってやはりありますよね。そういった35mmの質感が、『海よりもまだ深く』については合っていたと思います。
『海よりもまだ深く』の撮影現場
― 一方、『永い言い訳』ではスーパー16を選択されましたね。
山崎C: やはりこの作品もフィルムでやりたいという話が西川美和監督からありまして、私としてもスーパー16のDIをやってみたかったというのがフィルム選択の理由です。スーパー16の良さは、35mmに比べるとフィルムの質感がより強く画に出ることです。昔はブローアップで上映用のプリントを作成する必要がありましたが、今は全てDCPですのでその必要もないですし、デジタルとの融合性を考えるとスーパー16の方がフィルムの質感、粒状性などが良い具合に画に出てくると思っています。予算的にも、35mmより抑えられますし、海外でも使われている作品が多くありますから、私も一度やってみたいと強く思っていました。フィルムの質感を残しながらデジタルで仕上げてDCPで上映するというフローを考えた時に、デジタルで撮ってフィルムっぽく仕上げるのではなくて、フィルムっぽく仕上げるのなら、初めからフィルムで撮ろうよっていうことです。西川監督にもテストを見て納得していただけましたね。
(C) 2016「永い言い訳」製作委員会
ワンタイプのフィルムで撮影する連続した時間の一貫性
― 実際の撮影はどんなスタイルで行われたんでしょうか?
山崎C: フィルムは昔からほとんど500T(7219)の高感度ワンタイプで撮影するというスタイルです。昼も夜も、セットもオープンも全て同じタイプのフィルムを使用しています。カットで画のトーンが変わるのがいやなので、粒状性やコントラストが微妙に変わったりするのがいやなんです。あまり気がつかないかも知れませんが、トーンを変えるとなにか違和感を覚えるし、匂いが変わるとでも言いますか、基本のベースは同じにしていきたいんですよね。映画というのはカットの積み重ねで、それがシーンになってストーリーになっていくのですが、映画の中の連続した時間に、ある一貫性を持たせるために、ワンタイプで撮った方がその時間の流れに対してスムーズだと思いますし、感情的にも理論的にも合っていると思っています。私の担当する映画は全てその方法で撮っています。
― スーパー16のスキャニングはどうされましたか?
山崎C: テストでイマジカさんのログテレシネとスキャンのCine Vivoを比較した時に、両方とも画の質感についてはそれぞれの良さが出ていたのですが、ネガの移動などを考えると、2KスキャンしてHARBORで転送してもらった方がスケジュール的にも都合が良かったのと、スキャンしているのでハイの情報量など、その後のワークフローでの仕上げの効率が良かった点もありCine Vivoを採用しました。
一瞬でも観客に違和感を与えない
― 『海よりもまだ深く』の撮影現場で印象に残っていることや、特にこだわったシーンについて教えて下さい。
山崎C: やはり台風のシーンですね。外のロングや団地の公園で台風を再現するのが大変でした。大雨を降らしたり扇風機で突風を起こしたり、夜のシーンは色々と制限がありましたから。実は、夜の団地のシーンはほとんどセットを組んでの撮影だったんです。昼のロケセットの撮影が全て終了してから、夜のセットを別に組んで撮影しました。調度品など全て同じものを用意してもらって、壁紙とか台所のシンクなど同じメーカーのものを徹底して揃えてもらいました。夜のシーンがセットになると壁が外せたりして色々便利になるのですが、その便利さを使用したくないので、不便なところで撮った昼のシーンと同じ様に、セットでも不便に撮っていくということを意識しました。昼には入れないアングルは、夜にも入らないようにしていました。先にも述べましたが、一瞬でも“あれ?”って観客に違和感を与えないように、一貫した映画の中の時間の連続性を保つために、そうした撮り方を採用しています。
― 『永い言い訳』についてはいかがですか?
山崎C: 主演の本木雅弘さんが西川監督の原作を読んでいて、シーンについては全て暗記していたのですが、私は、わざと原作は読まないようにしています。映画は脚本だけで良いですし、下手に原作を読んでしまうと、脚本から原作に寄った撮り方になってしまうのがいやですから。原作と脚本の違いにこだわってもしょうがないですし、原作は監督からはいただいていますけど、もうしばらくしてから読もうと思います。映画は、目の前で起こっている現場で何が撮れるかというのが勝負ですし、脚本にない世界を色々膨らましても意味がないですしね。
山崎裕キャメラマンと西川美和監督
(C) 2016「永い言い訳」製作委員会
― 原作を読まれないというのは意外です。
山崎C: 私は、昔からキャメラマンとは映画作品の文体を作る人だと思っています。ですます調でいくのか、体言止めを使うのかという、つまり作品の全体の骨格を作っているということを意識しています。たとえ素晴らしいワンカットを撮ったとしても、作品全体の文体がそれによって崩れてしまったら、全く意味がないと思っています。キャメラの基本的な機能は、単純に対象を写し取るというものですし、こちらが強引に作り込んで何かを表現しようという撮り方よりも、私は対象が持っている光の魅力とか、そこにある何かを発見して、それを写し撮りたいと思っています。
― 本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
(インタビュー:2016年6月)
PROFILE (敬称略)
山崎 裕
やまざき ゆたか
1940年東京都生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、1964年に中村正義・小川益夫共同監督『肉筆浮世絵の発見』でキャメラマンとしてデビュー。その後、数々のテレビドキュメンタリー、ドラマ、記録映画の撮影を担当。1998年に『ワンダフルライフ』で初めての劇映画を撮影以降、是枝裕和監督、河瀬直美監督、西川美和監督など、日本を代表する監督の多くの劇映画作品で撮影を担当する。2009年の『Torsoトルソ』では撮影のみならず監督・脚本も務める。
撮影情報 (敬称略)
『海よりもまだ深く』
監 督 : 是枝裕和
撮 影 : 山崎裕
チーフ : 溝口伊久江
セカンド: 高橋直樹
サード : 萬代有香
照 明 : 尾下栄治
キャメラ: ARRIFLEX 535B
レンズ : Zeiss Ultra Prime, Angenieux Zoom HR T3.5
フィルム: コダック VISION3 500T 5219
現 像 : IMAGICAウェスト
制作プロダクション: 分福
配 給 : ギャガ
Blu-ray&DVD 2016年11月25日発売
販売元 : バンダイビジュアル
(C) 2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
『永い言い訳』
10月14日(金)全国ロードショー
原作・脚本・監督: 西川美和
出 演 : 本木雅弘 竹原ピストル 深津絵里他
撮 影 : 山崎裕
撮影補 : 杉村高之
セカンド: 高橋直樹
サード : 池田 健
照 明 : 山本浩資
キャメラ: Aaton XTR
レンズ : Zeiss Super Speed 9.5mm 12mm 16mm 25mm 35mm[for35mm] 50mm T1.3 Canon 11.5mm-138mm Zoom T2.3
フィルム: コダック VISION3 500T 7219
現 像 : IMAGICAウェスト
配 給 : アスミック・エース
(C) 2016 「永い言い訳」製作委員会
<PG-12>
『永い言い訳』
2016年10月14日(金)全国ロードショー
配給: アスミック・エース
公式サイト: http://nagai-iiwake.com/
予告映像