
2017年 7月 6日 VOL.079
映画『ジョイ』― ラッセルとサンドグレンが映画にもたらした“ジョイ(喜び)”
撮影監督リヌス・サンドグレンが『ラ・ラ・ランド』の前に撮影した35mm / 3パーフォ作品

映画『ジョイ』の1シーン、左からジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ、エドガー・ラミレス TM & © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation.
世界中で大ヒットを記録した映画『ラ・ラ・ランド』において見事アカデミー賞撮影賞(オスカー)を獲得した撮影監督のリヌス・サンドグレン(FSF)。彼が『ラ・ラ・ランド』のひとつ前に撮影したのが映画『ジョイ』(2015年、監督:デヴィッド・O・ラッセル、出演:ジェニファー・ローレンス、ブラッドリー・クーパー、ロバート・デ・ニーロ)です。
貧乏からアイデアひとつで億万長者になった実在の女性を描いた感動のサクセス・ストーリーで、主演のジェニファー・ローレンスがゴールデングローブ賞最優秀主演女優賞を受賞、アカデミー賞にもノミネートされた評価の高い作品でした。
本作の撮影についてサンドグレンが語ったコダック発行のインタビュー記事が出ていますのでその翻訳版をお届けします。日本では劇場未公開ですが、デジタル配信/ブルーレイ/DVDのセル/レンタルがありますので、公式サイト< http://www.foxjapan.com/joy/ >ご参照の上、ぜひご覧ください。
映画『アメリカン・ハッスル』(2013)で、撮影監督リヌス・サンドグレン(FSF)とデヴィッド・O・ラッセル監督は、きらびやかな1970年代を想起させるイメージを作り上げました。心躍るこの作品はアカデミー賞において最優秀作品賞を含む10部門にノミネートされました。そしてサンドグレンとラッセルは再び映画『ジョイ』でタッグを組みました。この作品は4世代にわたる家族の物語で、主人公の女性は成長し、ビジネスの世界で強大な影響力を持つようになります。多くのラッセルの作品のように、『ジョイ』は型にはめることができない作品です。予測不能で、ブラックユーモアのきいた、独自の人間らしさを描いたドラマなのです。キャスト陣はジョイを演じるジェニファー・ローレンスをはじめ、再び彼女と映画での共演を果たしたロバート・デ・ニーロ、ブラッドリー・クーパーなどが出演しています。

『ジョイ』の1シーン、左からエドガー・ラミレス、ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ TM & © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
『アメリカン・ハッスル』の時と同じく、サンドグレンとラッセルは『ジョイ』を35mmフィルムで撮影しました。しかし類似している点はここまでです。今回はより特殊な照明や、熟考を重ねたフレーミングとともに、彼らはさらに古典的な映画の手法を考案しました。古いモノクロ映画からインスピレーションを得て生まれた映画美術は色彩やコントラストがかなり抑えられています。

撮影監督リヌス・サンドグレン(FSF) Photo by Merie Weismiller Wallace
「360度の照明ではなく、1つの方向だけに光を当てることにしました。これは『アメリカン・ハッスル』でも用いた手法です」とサンドグレンは語ります。「今回は、よりフィルム・ノワール的な手法を取り入れました」
この手助けをしてくれたのが2人のステディカムオペレーターでした。固定ショットであっても、カメラはリグに装着され、これによって、例えば素早い寄りなどが可能になりました。また、より絵画的で古典的なフレームを構成するため、映像アスペクト比は1.85:1にしました。レンズはカムテック社が開発した特殊なヴィンテージコーティングを施したツァイスウルトラプライムを使用し、フレアやベイリングの効果を高めるようにしました。
サンドグレンは作品の大部分をコダックVISION3 500Tカラーネガフィルム5219で撮影しました。いくつかの屋外シーンにはコダックVISION3 200Tカラーネガフィルム5213が使用されています。テストの結果、フィルムに最適な露出と現像処理が決定されました。そして500TはEI200、200TはEI80で撮影されました。
「私たちは全編において減感現像を行い、全てを1絞りと1/3オーバー露光で撮影したのです」とサンドグレンはこう振り返ります。「このようにすることで、より美しいハイライトや黒が再現され、セットや衣装のディテールに深みが生まれると思ったのです。色彩は少し抑えられ、粒子はより細かくなります。そしてはっきりとしたコントラストを維持するために、硬めの光を当てました。その結果、全てのディテールが見えるなめらかで柔らかい画になるのです」
フィルムでの撮影は、速く、柔軟に撮影するというラッセルの“癖”を邪魔することはありませんでした。
「私たちはより伝統的なやり方で撮影をしましたが、デヴィッドは勢いやエネルギーも維持していたいと思っていました」とサンドグレンは語ります。「彼は撮影中、役者たちと過ごす充実したひとときを大切にしていました。彼はこの映画を生き生きとしたものにしたいと考えていて、私たちが作りあげようとするものに合わせて変化させることを好みました。だから私たちは、あらかじめたくさんの照明を設置し、全てを調光器によって自在に調整できるようにしました」
「3パーフォ撮影では、フィルムの再装填のために6分の時間ができます」と彼は語ります。「デヴィッドが役者たちと話している間に、カメラにフィルムが装填されます。また、フィルムが回っていると、その場のムードも高まります。撮影が始まる頃には緊張感がさらに増して、その結果、より素晴らしい瞬間が生まれるのです。さらにそこに、フィルムの質感に対する私たちの共通の愛情が加わります」

映画『ジョイ』、主演のジェニファー・ローレンス TM & © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
シルエットや部分的なシルエットは、この映画における重要な視覚的モチーフです。「デヴィッドは視覚的にさらに深く登場人物の魂に入り込んでいきたいと考えていました」とサンドグレンは言います。「私たちはシルエットが登場人物の内面を象徴していると感じていいました。まるでその人物とともにいたり、その内部に入り込んだりして、取り巻く世界を一緒に見ているかのような気分になると思ったのです。たびたび私たちは陰の中に身を置いて、被写体の向こう側の光とともに、あるいは傍らから登場人物たちを形作っていきました」。

映画『ジョイ』、主演のジェニファー・ローレンス TM & © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
42日間の撮影の初日に、撮影は吹雪のために中止になりました。しかし、このプロジェクトの制作過程において、冬のロングアイランドでの撮影は、この作品がモノクローム風となる手助けをしてくれました。

映画『ジョイ』、主演のジェニファー・ローレンス TM & © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
「ジョイは自分の夢を叶えることが難しいと知ります。そして、美しい雪の風景は彼女に立ちはだかる障壁を暗喩するのにぴったりでした。そして白い雪と黒い木々とともに、 生々しくモノトーンになります。ジョイが途中に出会う別の世界は、より色鮮やかで、彼女がいた場所とは対照的です」

ジェニファー・ローレンスとブラッドリー・クーパー TM & © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
サンドグレンは、フィルムの白の微細な陰影を解像する能力が大きな利点であると言います。「コントラストの強い照明と、減感現像によって“レンジ”を一つにまとめます。全てのシーンはこの“レンジ”の中に露光されています。デジタル撮影をしていたら、まったく異なって見えたでしょう」
(2015年12月4日発信 Kodakウェブサイトより)