2017年 8月 8日 VOL.081
ザ・ショー・イズ・ザ・シング
~上映することが重要なのだ~
「ナイトレート・ピクチャー・ショー」以上に明るく燃える映画体験への情熱はない
「いつまでも私が持ち続けるであろう、とても特殊な映画体験があります。イタリアのオペラハウスで見たチャーリー・チャップリンの『街の灯』(1931年)や、本物のシネラマで見た『西部開拓史』(1962年、ジョン・フォード監督)です。他の人たちにもそうした瞬間を持ってほしいですし、決して忘れることのできない映画体験をしていただきたいと思っています」
ニューヨーク州ロチェスターにあるジョージ・イーストマン博物館で、収集品の情報、調査、展示の責任者であるジャレッド・ケースにとって、照明が暗くなり、映写機が唸りを上げてスクリーンが生きているかのように明滅する感覚に勝るものはありません。映画が最初に考案された時の映画館には、ナイトレートのフィルム(硝酸塩であるニトロ・セルロースを材料とした可燃性フィルムの意)しかありませんでした。
1846年にドイツの科学者によって発見されたナイトレートのプラスチックは、映画制作のためのフィルム・ベースとして使用された最初の材料でした。綿を硝酸と共に沸騰させて薄く柔軟で透明なシートにすることで、ジョージ・イーストマンは1880年代にそのプラスチックとしての可能性を見出し、動画を撮影し上映する素材として市場に出しました。
灰の中から
そして映画の世界が生まれました。新しい物語、アイデアと想像力は、それを初めて見た観客の顔に微笑みや笑い、涙をもたらしました。ところが、この魔法の物質には欠点がありました。それは燃えやすく、とても高い引火性をもっていたのです。摩耗したナイトレート・フィルムが、負荷のかかる映写機を通して引っ張られることで生じる若干強い摩擦は、発火するのに十分かもしれません。一旦発火するとナイトレート自身が酸素を作り出します。ですので、消火する方法はありません。1940年代にコダックは、この代わりとなる「セーフティー・フィルム(安全フィルム)」を発表し、1952年にコダックの工場で最後のナイトレート・フィルムが生産ラインを離れました。
映画鑑賞は安全になったのかも知れませんが、ジャレッドのような熱心な人にとっては、必ずしもそれによって映画が良くなったわけではありませんでした。「モノクロのナイトレート・フィルムと安全フィルムの映像を見て、とても大きな違いがあることを見つけたのです」と彼は説明します。「乳剤に含まれる銀の濃度が関係しているのだと思います。鮮明度、明瞭度、画像の奥行き感がとても印象的です。『カサブランカ』(1942年、マイケル・カーティス監督)のように普遍的な作品でさえ、ナイトレート・フィルムで見たらみんな“うわ〜”と声を出すことでしょう」
映画『カサブランカ』より Copyright Vitagraph Inc. All Rights Reserved.
ナイトレート・フィルムを映画館で見るという極上の経験が、このユニークなフィルムの栄光を称賛するための映画祭を開催するというひらめきをジャレッドと彼のチームにもたらしたのです。2015年に初めて開催された「ナイトレート・ピクチャー・ショー」は、映像メディアとしての美しさを観客に披露し、将来の世代がどのようにこれを楽しみ続けるかについて協議する場を生み出し、そしてナイトレート・フィルムの保存と上映を支持したのです」とジャレッドは述べています。「映画祭でお見せする映画は極めて重要な芸術的作品です。その時代の作品にとって最高の映写で上演され、意図した様式で見せられるのにふさわしい作品です。現在、世界ではこのナイトレート・ピクチャー・ショーのようなイベントは他にありません。私たちは、ナイトレート・フィルムによる上映に全力を尽くしているだけではなく、芸術作品としてのフィルムにナイトレート・フィルムがあることを称賛することが本当に重要なのです」
限界の中の自由
特定の作品にこだわるのではなく、メディアとしてのフィルム・ストックに注目することが、過去3年間にわたるナイトレート・ピクチャー・ショーでまさに明確となり、いよいよそのプログラムを編成する段階でジャレッドに自由が与えられています。学芸員チームは、世界中のアーカイブと協業して、監督、ジャンル、作品名に注目することなく、広範に上映可能なフィルムを調達しています。なぜでしょう?ジャレッドはこう続けます。「ナイトレート・フィルムにはある限定要因があります。フィルムが正しく保存されていない場合に問題があり、垂直方向の収縮、または変形により、フィルム・エッジが画像に近づき、とてもこわばってしまい、フォーカスが合わせづらくなる、もしくはそのフィルムを映写機に走行させるには危険で傷つきやすい状態になるのです。私たちは出来るだけ早く可能な限りのフィルムを手に入れて、検査もしくは事前上映をしますが、時としてフィルムが上映に十分な状態ではないために、映画祭の最初の日までプログラムを秘密にしておかなければならないのです」
プログラムを公表しないことが、この映画祭をいろんな面で手助けしているとジャレッドは言います。過去70〜80年の間、保存機関によって美しい状態に保たれたフィルム素材と作品に焦点を当てて、チームが出来るだけ時間をかけて本当に素晴らしいフィルムを見つけ、観客にある種の期待感を作り出しています。「作品名を発表すれば、人々は作品名についてしか話さなくなります」と彼は言います。「誰も聞いたことがない作品名では人々は自動的に興味をそいでしまい、もしくは、例えば『カサブランカ』のような作品は、すでに見たと思ってしまわれます。本当はまだ(ナイトレートで)見たことがなくてもです。このようなやり方の映画祭を宣伝することは大きな課題でしたが、それは価値のあることでした」
作り上げる推進力
実際にあることですが、観客は各映画祭の数週間前にソーシャル・メディアを通じてプログラムの内容を推測したり、好みの作品が取り上げられるように博物館のチームにロビー活動をしたり、今後のイベントで取り上げるべきテーマや作品の提案をしたりしてきます。
「この映画祭の観客は他の観客とは違います。私が他では見たことのないレベルの情熱や好奇心、関わりを持ち合わせているのです」とジャレッドは言います。「彼らは、映画のファン、映像業界の専門家、文化的に関与している個人の組み合わせのような類いの人々で、5月の1週間、ナイトレート・フィルムが上映されるのを見るために、アメリカ国内、そして世界からここへ集まって来るのです。これは、映画についてもっと議論し、分かち合い、学びたいと思う人々の雰囲気に歓迎されるような特定の映画ファンたちに電話するようなものなのです」
映画祭のチームは、主題そのものと同じように多岐にわたる豊かなプログラムで応えます。55年の間に生み出された作品群から、ジャレッドは究極のナイトレート・フィルムを紹介するプログラムを創りだします。これまで見られる機会がなかった有名な映画や、目を覚ますような色彩の短編など、映画祭では可能な限り多くのジャンルや時代の作品を取り上げています。
皆さんが上映される作品以上のことを映画祭に期待しているように、ナイトレート・ピクチャー・ショーは単に上映だけではありません。博物館内の保管庫や機材を見学するツアー、日本とオーストラリアからやって来たアーカイブ専門家や映画史家の講演(今回、東京国立近代美術館フィルムセンターの岡島尚志氏が講演)、自分自身でナイトレート・フィルムを触ったり感じたりする機会(もちろん、しっかり管理された条件下で)、これらは映画祭への参加者が体験できるアクティビティのほんの一部です。「博物館に来てこの芸術品と同じ空気を共有し、触れることも近づくこともてきる触感的な体験についてはぜひとも伝えたいです」。ジャレッドは、この映画祭でナイトレートに触れるセッションについて言及し、彼ら自身がそのフィルムを手にとって触ることができると説明します。「私はいつもそのエリアにいて、人々がその経験から得る反応を見るのが大好きです」
ジャレッドと彼のチーム、そして映画祭の参加者は、ナイトレート・フィルムの上映と保存の両方に情熱を持っているのは明らかです。しかし3年連続となるナイトレート・ピクチャー・ショーは、ユニークな芸術形式を称賛するだけではありません。実際、未来に影響を与え始めています。「私たちにとっての挑戦は、芸術作品を上映するための素材として見られるように、協会・団体に再啓蒙し続けてきたことでしょう」とジャレッドは説明します。「世界各地の信頼できる仲間たちが、自身のコレクションを違う角度から見てこう言うのです。“これは上映可能なのでしょうか?”“これは私たちが貢献できる何かなのでしょうか?”って」
そして、手応えのある反応が本格的に動き出したとき、映画祭チームが利用可能な作品については限られた世界だと信じていたことが、思っていたよりももっと大きいと信じるに至りました。「私たちは現在、多くのアーカイブ施設と本当に多くの協業をしていて、将来、映画祭自体の期間を拡張することも視野に入れられるかも知れません」とジャレッドは言います。「これらのフィルムには寿命があります。永遠に存在するというわけではありません。いくつかの芸術作品は、後にではなく早く上映されるかも知れません。これがこのプリントにとって最後の上映となるかも知れないのなら、その最後の息吹を感じ、観客が参加できる最後の上映が可能な今、そういう作品を上映しませんか?」
この記事の冒頭に戻ってみましょう。私たちは喜びの表情を浮かべ、映像の奥深さやコントラストにすっかり心を奪われ驚きます。ジャレッドには、こんなことができる別の手段はないでしょう。彼は続けてこう述べます。「この映画祭をひとことで要約するならば、できる限り原形に近い映画的な経験であろうということです。作品がフィルムであることは重要です。映画館で見ること、それもある程度大きな映画館であることは重要です。すべてがリアルであり、一時停止ボタンを押すことができず、他の人と共有できること、これらすべてが重要なのです。これは1951年以前に公開された作品を見るためには最良の方法です。それ以上に言えることはありません」
ジャレッドのコメントにコダックはすべて同意します。
見るべきもの
ここでは、ジャレッドが逃してはならないというナイトレート・フィルムの厳選作を紹介します。是非その機会を探して、フィルムでご覧ください。
『カサブランカ』(1942年、マイケル・カーティス監督)
「この映画は何度も見ましたが、オリジナルネガからナイトレートにプリントされた映像は驚くべきものでした。私が今までに見たことのないプリント上のとても多くの情報量と共に、その映像の深さとディティールは作品に再び命を吹き込みます」
『Alegretto』『An Optical Poem』(原題、1936 / 38年、オスカー・フィッシンガー監督)
「肉体的にも感情的にも圧倒的な力を持っていて、これら2つの短編映画の没入できるカラー・パレットと音風景に涙が流れそうになりました。私にとって決して忘れることのない経験です」
『玩具の国』(1934年、チャールズ・バディー・ロジャース、ガス・マインス監督)
「偉大なプリントは素晴らしい経験を創りだしますが、ローレル&ハーディー(本作の主演、サイレントからトーキー時代にかけて活躍したアメリカのお笑いコンビ)のようにはとても振る舞えないと思いました。残念なことに、適切な保管庫であったにも関わらず、フィルムは安全に取り扱えないほど収縮してしまい、これがプリント上映できた最後の瞬間でもありました。これらのプリントは寿命を迎えています。私たちが上映できた各プリントは、いわば保存状態の奇跡であり、この映像体験が失われる前に、今こそ見ておく必要があるのです」
(2017年5月2日発信 Kodakウェブサイトより)