2017年 11月 10日 VOL.090
映画『グッド・タイム』 ― 35mm/2パーフォレーションで撮影された、異常な犯罪者たちによるセンセーショナルな事件
ジョシュ・サフディとベン・サフディ兄弟による監督作品、映画『グッド・タイム』が2017年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されたとき、本作で描かれた犯罪は大きな話題となりました。
コニーとニック・ニカス役を演じるロバート・パティンソンとベン・サフディ All rights reserved. Image courtesy of A24.
撮影監督のショーン・ウィリアムズが、コダックの35mmフィルムで撮影した意欲あふれる視覚スタイルの本作で、主演のロバート・パティンソンとベン・サフディが演じるろくでなしの兄弟、コニーとニック・ニカスが起こした銀行強盗はとんでもない失敗に終わります。強盗の最中に弟のニックが怪我をして捕まると、コニーは弟を病院の武装した警備員の元から逃がすため、そして彼自身も法の手から逃れるため、危険な命がけの旅に出ます。
実験的な作品で知られるニューヨークの音楽家、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが作り上げた音風景や音楽によって、視覚的な体験は一層引き立てられます。カンヌ国際映画祭へ選出されるに至るまでの間に、パティンソンはこの映画を「真のハードコアな作品で、ニューヨークのクイーンズのような雰囲気の、精神的にボロボロのサイコパスが起こす銀行強盗の映画だ」と述べています。
プロの役者とそうでない役者を度々ビックリするような作品で1つにまとめるサフディ兄弟は、インディペンデント映画の世界では有名な存在です。最初に制作した2つの長編映画『The Pleasure of Being Robbed』と『Go Get Some Rosemary』は、カンヌ国際映画祭の監督週間部門で2008年と2009年に上映されました。2014年の映画『神様なんかくそくらえ』は、ニューヨークのヘロイン中毒者の日常生活を元にした物語で、ウィリアムズによって撮影され、ベネチア国際映画祭でCICAE賞を受賞しました。
サフディ監督の短編作品や商業作品で度々制作に携わっている撮影監督のショーン・ウィリアムズはこう述べています。「『グッド・タイム』の設定はシンプルです。2人の人物が登場するのですが、1人は精神障害があるし、もう1人も社会的に許容されるような精神状態ではない。彼らは何かで生計を立てることが難しく、助けてくれる人もいない。だけど、それだけの作品ではありません。本当にクレイジーな映画だし、いつものセンセーショナルなスタイルで作りました。俳優を目立たせることはせずに、暗く、露出が難しい中で、常にアクションだけを追いかけました。基本的に、できるだけハードな作品を制作しようとしています。そしてこのパンクスタイルな映画制作の臨場感は、スクリーン上でまぎれもないエネルギーに変換されているのです」
コニー・ニカス役のロバート・パティンソン All rights reserved. Image courtesy of A24.
『グッド・タイム』の制作は、主演のパティンソンが『神様なんかくそくらえ』のスチール写真を見てサフディ兄弟の作品に出演したいと思ったことがきっかけになったと言われています。撮影監督のウィリアムズは、本作が犯罪ドラマであるとサフディ兄弟との個人的な友人関係を通じて最低限必要なことは知っていましたが、脚本と資金集めは急速に進み、彼の撮影準備にかける時間はほとんどありませんでした。
「準備期間はせいぜい2週間といったところでした」とウィリアムズは語ります。「脚本を読み終わって初めにわかったことは、予算があまりないということ、そして、多くのプロではない役者を使っているという事実にもかかわらずフィルムで撮影するということでした。通常はフィルムでは撮影しない状況です」
彼は続けます。「私には、いつまでも変わらない映画への愛がありますし、フィルムで撮影された映画を見ることが大好きです。フィルムは柔軟性がある多様な記録媒体で、すごくノスタルジックだったり、自然主義的だったりする美を生み出すために使用することができます。しかし、撮影された画像や色を感動的なものにすること、特に強い色で美しく見せることも好きです。粒状性も相まって、フィルムは刺激的な画となります。デジタルよりも、セットの中で画を作り上げることが簡単で、仕上がりもより印象的です。フィルムは目の前のセットで起きていることを忠実に捉えます。まさに生きているかのようです」
本質的には実存主義の試みである『グッド・タイム』は、ノーマン・メイラーが1979年にピューリッツァー賞を受賞した小説『死刑執行人の歌 : 殺人者ゲイリー・ギルモアの物語』からインスピレーションを得た作品でした。この小説は、ゲイリー・ギルモアの死刑執行と彼が犯した殺人がもたらした苦悩について書かれた作品です。本書は1982年にTV映画の原作に採用され、トミー・リー・ジョーンズが主演、ローレンス・シラーが監督、フレディ・フランシス(BSC)による撮影で制作されました。
「ビジュアルについて、時間をかけずに話を進める手段として、製作部には人々の顔を一面に貼ったボードがありました。これらは主にジョシュやベニーが視覚的に面白いと思った人々のショットです。この中にはゲイリー・ギルモアを演じたトミー・リー・ジョーンズもいました」と、ウィリアムズは振り返ります。「またアレックス・コックス監督、ロビー・ミューラー撮影の『レポマン』(1984年)も私の頭の中で流れていました。けれども、この作品の主軸として現代的な自然主義には興味がありませんでした。銀行強盗が起きた後の『グッド・タイム』のビジュアルはできるだけ非現実的で、悪夢のようで、狂気じみて、表現豊かにしたいと思ったのです」
主演のロバート・パティンソン All rights reserved. Image courtesy of A24.
この点においてウィリアムズは、オーストラリアの撮影監督、ジョアンナ・ヘールの『The Dog's Night Song』(1983年)に見られる、彼いわく「常軌を逸した、とんでもなく美しい35mmの撮影」に再び目を向けています。「彼女はフィルムで撮影した映画で、真のパンクな美とともに、夜の凶悪な色合いを作り出しています」
映画的な雰囲気とコスト効率の高い結果にしたいという要望を実現するために、ウィリアムズは一石二鳥を得るアイデアとしての35mm2パーフォレーションでのフィルム撮影を選択しました。このフォーマットでは、フィルムや現像のコストを大幅に節約しながらも、アナモフィック撮影で使用される2.39:1に近いアスペクト比のワイドスクリーンが得られるのです。ARRICAM LTに、ツァイスのスーパースピードレンズを使用して手持ちカメラのスタイルにすることで、特に乱闘騒ぎのようなシーンでは、ビジュアルに独特のエッジが生まれています。
『グッド・タイム』の撮影は、2016年の2月から3月にかけての35日間で行われました。怪しげで独特な雰囲気がぴったりのロケーション地であるクイーンズや、ブルックリンのクラウンハイツ、さらには保釈保証会社や、ラッシュアワーの地下鉄の満員電車、そしてロングアイランドのアドベンチャーランド・アミューズメント・パークでも撮影が行われました。
16階からコダックの35mmフィルムで撮影する撮影監督のショーン・ウィリアムズ
「映画でこのロケ地を見たことはないでしょうし、街の地平線のワンショットを除けば舞台がニューヨークだとも思わないでしょうね」と彼は語ります。「銀行強盗の話のあとに、こうしたロケ地で普通に撮影することもできたでしょうが、非常に下品で不快なものになったと思います。しかし照明のダニー・エイプリルと私は、本当に異様なまでに色に対してこだわりがあって、色を爆発させて視覚的経験を強烈にしたいと思っていました」
大部分のエピソードは夜の撮影で、コダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219を選択したウィリアムズは、このように述べています。「特にライトを使えない屋外の路上のシーンなどでは、暗闇の中で非常に多くの情報量を捉えてくれるし、露光量の調整幅も広い。室内で監督のジョシュは、時に見境なくライトを消して欲しいと言ってきました。だけど、500Tのラチチュードは、こうした困難を乗り切る助けになりました。光の弱い、暗い場所でもディテールを詳細に捉えてくれるし、これほどの実用性があるのは、素晴らしい強みだと思います」
ナイトシーンでカメラを構える撮影監督のショーン・ウィリアムズ
色を加えることについてウィリアムズはこう語ります。「私たちは500Tがまさに吸い上げるたくさんのビビッドな紫、青、赤、緑を使うARRIのスカイパネルに夢中になりました。できるかぎり撮影したいものをカメラ内で焼き付けておきたかったのです。そして最終的にスクリーン上での見た目は、セットで撮っていたものとほとんど同じでした」
対照的に、ウィリアムズはオープニングの銀行強盗と刑務所でのいくつかのシーンをコダック VISION3 250D カラーネガティブ フィルム 5207で、より自然に、ドキュメンタリー風に撮影しています。
ウィリアムズは最後にこのように語りました。「屋外での昼の撮影に関して言えば、250Dはそれ自体でも見事に色鮮やかで、私はこの見た目がとても好きです。しかし、それだけではなく、刑務所内の昼光色の蛍光灯とも上手く調和し、リアルな日常のシナリオに限りなく近い表現ができました。『グッド・タイム』の制作はクレイジーな冒険でした。これまでやってきたどの作品よりも困難かつ集中力を必要とした作品であり、スクリーン上の結果は挑戦的であると、終盤にはスタッフみんなが感じていました。ですから、本作がカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出されたときはすごく驚いたのです」