2018年 5月 9日 VOL.105
映画『君の名前で僕を呼んで』
1タイプのフィルムと1本のレンズから生み出された、激しい雨の中で陽が降り注ぐような傑作
Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
コダックの35mmフィルムで撮影されたルカ・グァダニーノ監督の『君の名前で僕を呼んで』は、優れた技巧で広く絶賛されたラブストーリーです。太陽の光が降り注ぐ日中と、至福に満ちた夜の間で繰り広げられる青春時代の陶酔するような感覚を捉えています。
1983年の夏、才能ある17歳のピアニスト、エリオ・パールマン(ティモシー・シャラメ)は、家族が所有するイタリア、ロンバルディア州にある17世紀のヴィラに一家で滞在し、蒸し暑い夏を過ごします。そこで彼は、ハンサムな博士課程の大学院生で、彼の父のもとでインターンとして働いているオリヴァー(アーミー・ハマー)と出会います。夏のまばゆい太陽がきらめく中で、エリオとオリヴァーは2人の人生を永遠に変えてしまう、目覚めゆく欲望の酔いしれるような美しさを知ることになるのです。
Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
2007年に出版されたアドレ・アシマンの同タイトルの小説が原作となっているこの青春ドラマは、ベテランの映画制作者であるジェームズ・アイヴォリーが脚本を手がけ、撮影監督のサヨムプー・ムックディプロームによって撮影されました。本作はグァダニーノが「欲望」をテーマとして扱い、同じく35mmフィルムで撮影された『ミラノ、愛に生きる』(2009)、『胸騒ぎのシチリア』(2015)に続く3部作の最終章です。
『君の名前で僕の名を呼んで』は、2017年のサンダンス映画祭のワールドプレミアに先駆けて、ソニー・ピクチャーズ・クラシックスが配給権を獲得しました。また、2017年11月の米国での限定公開、2018年1月の拡大公開より前に開催された2017年10月のニューヨーク・フィルム・フェスティバルの初公開では、10分間に及ぶスタンディングオベーションを受けました。
エリオ役のティモシー・シャラメ Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
以来、本作品は世界中で多大なる賞賛を受けています。2018年のアカデミー賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞など数々の賞にノミネートされ、監督、輝かしい撮影技術、脚本、音楽、シャラメとハマーの演技力に対する幅広い批評家の賛辞が送られました。
主な撮影はグァダニーノが住んでいる北イタリアのクレモナの街と、絵画のように美しいクレモナの郊外で行われました。キャストとスタッフは、撮影準備段階からそこに集まり、数週間のリハーサルを行いました。その土地の環境に馴染み、一体感を高めるため、全員が非常に近い場所に滞在していました。
ルカ・グァダニーノ監督(中央やや左)、撮影監督のサヨムプー・ムックディプローム(カメラ横の男性)および撮影クルーの面々 Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
「お互いに一緒の時間を過ごすということが大事だったのです。牧歌的な感覚や、牧歌的であることをどこまでも追求したかったのです」と、グァダニーノは振り返ります。
制作は2016年の5月に始まり、35日の撮影期間を経て6月末に終了しました。制作の最終段階では夏の日差しとなり、さらには天気予報士が「100年に一度の大雨」と呼んだ予期せぬ長期的な暴風雨に見舞われながらの撮影となりました。
ルカ・グァダニーノ監督 Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
グァダニーノにフィルムで撮影する以外の選択肢はありませんでした。「初めて映画を撮ったのは16mmフィルムでした。以来、2005年の『メリッサ・P ~青い蕾~』の制作で、新たに登場したHDデジタルの可能性を模索するようになるまでは、ずっとフィルムで撮影をしてきました。この作品は私の最初の商業的なイタリア映画でした。とても実験的で、科学が好きだし、違うメディアを探求するのも好きです。しかし正直なところ、まるで大学の授業みたいに、我慢できない映像の捉え方でした」
「どんなに素晴らしいカメラやセンサーを持っていても、ハイライトをデジタルで必ずしもうまく再現できるとは限らないということを学びました。RAWデータで撮影して、その後デジタル処理するなんて考えにゾッとします。それに、デジタルであれば何にも邪魔されることなく、いつまでも撮影ができるということにも興味が湧きませんでした。まったくもってね。デジタルは、セットでシネマトグラファーとリアルなイメージを作り上げますので、その場その時をカメラに収めようとする私のコンセプトと調和しないのです」
ルカ・グァダニーノ監督(左)と撮影監督のサヨムプー・ムックディプローム Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
グァダニーノの次作『Suspiria』(原題)もコダックの35mmフィルムで撮影したムックディプロームは、フィルムでの撮影について同じような考えを持っています。「デジタルで撮影したこともありますが、フィルムの方がずっと好きです」と彼は述べています。「より実践的な体験となるし、美的な選択肢があります。今では、劇映画をデジタルで撮影するというオファーは断っていて、フィルム撮影のみをポリシーにしようと思っています」
ムックディプロームは、創作的なインスピレーションに関して、ベルナルド・ベルトルッチらのフィルムメーカーの映画も見ましたが、主なビジュアルのインスピレーションはクレモナでの生活リズム、そのロケーションと光から吸収して得たと語っています。そのような気持ちで、ムックディプロームは『君の名前で僕を呼んで』を1タイプのフィルムだけで撮影することにしました。そうして選んだのが、コダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 5219です。そして驚くことに、すべてのシーンも1本のレンズで撮影されているのです。
オリヴァー役のアーミー・ハマー Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
「コダックの50Dや250Dなど、いくつかのフィルムを試しましたが、シンプルなのがベストだと考えて500Tを採用しました」と彼は語ります。「感度が高いから、屋内や夜の屋外の撮影にも適していたし、様々なNDフィルターを使えば、屋外の太陽の光を和らげることもできます。500Tは細かな粒子で魅惑的な質感を作り出し、ハイライトのトーンやシャドウのディテールが美しいのです。500Tはクレモナの自然の色彩、同じフレーム内での光と影のコントラスト、イタリアの地方の牧歌的な雰囲気を非常に柔軟に捉えてくれるフィルムです」
撮影に1本のレンズしか使わないことに関して、監督と撮影監督はひそかに同じ考えを持っていました。
撮影監督 サヨムプー・ムックディプローム Image courtesy of Sony Pictures. All rights reserved.
「カメラアシスタントをやっていた若い頃のように、1片のガラスだけで、映画全編を撮影しようと思いつきました」と、ムックディプロームは言います。「私はずっと、それが可能にならないかと思っていましたが、この視覚的なアイデアを追い求めさせてくれる監督に出会ったことはありませんでした。だから、ルカも私も心の中で同じことを考えていたと知ったときには、すごくおかしかったです。プロデューサーたちは、ずいぶん驚いていましたが」
当然、このような決定が安易になされたわけではありません。ムックディプロームは、1本のレンズで行くと決める前に、クレモナのメインのロケ地で、様々なレンズと焦点距離を厳格にテストしました。ARRI / Zeiss マスタープライム、スーパースピード、クックS4やS5といったレンズの性能を試し、最終的に撮影監督と監督が選んだのはクック S4 35mmでした。
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「この映画での私のゴールは観察でした。あらゆる瞬間を観察するのです。クック S4 35mmではクローズアップ撮影も十分にできるし、登場人物と関係する他の人物や周囲の環境を遠近法でフレームに収めることもできます」と彼は語ります。
皆で入念に練り上げた計画であっても、どれほど慎重に計画を立てても、うまくいかないことがあります。それがイタリアの天候でした。制作期間の35日のうち28日もの間、彼らはどんよりとした曇り空と度々の激しい雨に悩まされることになったのです。
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「当初の計画では、できる限り自然光で撮ろうとしていました。けれど、歴史的な悪天候に見舞われて、そうすることができませんでした」と、ムックディプロームは言います。「だから技術的なアプローチを駆使して、計画通りの“ルック”(映像の見た目)を作り上げようと、照明機材一式を発注しました。最終的には18Kとなりましたが、2.5Kに至るまでのHMI、数々の移動クレーンを使い、自然で明るい太陽の光のように見える人工的な光を作り出す必要がありました」
「明かりが十分でない場合には、1絞り分の増感現像を500Tで行うことにしました。ここでも、フィルムのすばらしい品質と多様性を証明することができました。最終的には、通常の露出と増感現像の区別がつかない仕上がりとなりました」
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ラッシュはローマの現像所、オーガスタス・カラー社で現像されました。グァダニーノが「素晴らしい施設だ」と述べるこの現像所では『胸騒ぎのシチリア』(2015)や『Suspiria』の現像も行われました。
「先ほど述べたように、映画の“ルック”は、カメラに収めた瞬間に決まるのです。問題はコントロールなのです。生き生きとしてリアルなもの、人工的ではないものを作り出すことが重要なのです。ワンライトで変換した後の素材を見たときに、映画の仕上がりが見えてくるのです」とグァダニーノは語ります。彼は、それ以外に後からイメージを扱うことは「ただバランスを調整するため」だと述べています。
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「私にとって、フィルムは本当に大切なこと、すなわち映画の歴史を伝える究極の手段なのです」と、グァダニーノは語ります。「セットに据えられたカメラは、私たち皆が限りある資源を扱っていることを思い出させてくれます。それが皆の、とりわけ役者たちの特別なパフォーマンスを引き出す力となっています。フィルムの再装填のための小休憩、フィルムカメラの心地よい音は、生きていることを実感する生産的な雰囲気を作り出してくれる。デジタルはセットで死のように感じます。フィルムは、より優雅で柔軟な映画制作の手法なのです」
サンダンス映画祭のプレミア以降、グァダニーノは『君の名前で僕を呼んで』の続編についても検討しており、2020年に実現できるかも知れないと述べていますが、その前に2018年の秋にはAmazonが制作するホラー映画『Suspiria』の公開が控えています。この作品でも、ムックディプロームは35mmフィルムで撮影を行っていますが、今回は多数のレンズを使い、悪天候に悩まされることはありませんでした。実を言うと、このフィルムには原色が使われていないと言われており、監督は「冬のような不気味で暗い作品」としています。引き続き、グァダニーノ監督からは目が離せません。
『君の名前で僕を呼んで』
原 題: Call Me by Your Name
製作国: イタリア・フランス・ブラジル・アメリカ合作
配 給: ファントム・フィルム
公式サイト:
http://cmbyn-movie.jp/