2018年 8月 14日 VOL.115

35mmフィルム 2パーフォで撮影されたイギリスの恋愛物語『追想』 ― ショーン・ボビット(BSC)の飾らず、美しい撮影技術

On Chesil Beach, a BBC Films/Number 9 Films Production. Copyright: Robert Viglasky Photography.

ショーン・ボビット(BSC)は撮影監督として『追想』に取り組んだ時間を思い出し、まず「機材や運搬面で大変なこともいくつかありましたが、とても魅力的な映画との仕事ができました」と述べました。『追想』は、舞台演出家として名高いドミニク・クックが初めて監督した長編映画です。

「刺激を与えてくれるドミニクのビジョン、プロデューサーのエリザベス・カールセンとスティーヴン・ウーリーのサポート、最高のキャストとすばらしいスタッフ、それらが合わさって、全員が団結した、非常に面白い体験になりました」

通常のスフェリカル・レンズを使い、2パーフォレーションでコダック35mmフィルムに撮影した『追想』は、2007年ブッカー賞候補となった同名小説を、原作者のイアン・マキューアンが映画用に脚本化したものです。本作は1962年のイギリスを舞台にしており、フローレンス・ポンティング(シアーシャ・ローナン)とエドワード・メイヒュー(ビリー・ハウル)という新婚カップルを主人公に、1950年代の不屈の時代から、スウィンギング・ロンドンが始まる1960年代へと時代的な風潮が移り変わっていく中で、2人の穏やかなロマンスが突然崩壊する様を描きます。新婚夫婦は2人ともオックスフォードを卒業したばかりで、肉体関係を持ったことが人生で一度もありません。不安げでぎこちなく、性的経験が欠けており、それぞれが受けたしつけや社会的な期待に対処するには、無防備すぎるのです。妻のフローレンスは、大きな夢を持つ、才能ある若きバイオリニストで、裕福で保守的な家庭に生まれました。一方、夫のエドワードは、差し出せるのは愛情だけという幾分問題のある家庭に育った短気な地方出身の青年です。2人はドーセット州の味気ないホテルの一室で初夜を迎えようとしますが、うまくいかず、急激に気まずく破滅的な夜になっていきます。

a BBC Films/Number 9 Films production.

本作は2017年のトロント国際映画祭で初めて上映され、監督、出演者、そして、幻想的でもの寂しい環境で葛藤を抱えるキャラクターたちの人生に観客を没入させる、ボビットの“飾らず、美しい撮影技術”に対し、多くの肯定的な評価を集めました。

主要な撮影は2016年10月17日に開始し、36日間の撮影を経て11月29日に終了しました。本作はパインウッドに建てられたセットに加え、オックスフォードと周辺の田園地帯、また、実際のドーセット州やチェジル・ビーチのロケーションでも撮影されました。チェジル・ビーチはジュラシック・コースト沿いにあるユネスコ世界遺産です。

a BBC Films/Number 9 Films production.

「ドミニクと仕事をするのは今回が初めてですが、以前BBCの人気ドラマ『嘆きの王冠~ホロウ・クラウン~』のことで彼に会ったことがありました」とボビットは言います。「その場で感銘を受けたのを覚えています。彼と仕事をしたらとても楽しいだろうと思ったのですが、別の企画があり、タイミングの問題でその作品に携わることができなかったのです」

しかし、めぐりめぐって、『追想』の脚本が別の機会に届きました。最初、ボビットはドミニクが関わっていることを知らなかったそうで、物語の発想に興味を覚えつつも、時代もののドラマを撮影することにはそれほど魅力を感じなかったと言います。

主演女優のシアーシャ・ローナン, a BBC Films/Number 9 Films production. Copyright: Robert Viglasky Photography.

「イギリスは小説や実在の人物、出来事を基にした時代もののドラマが大好きなのですが、撮影の観点から見れば、私はそのジャンルが特別面白いものだとはあまり思わないのです」と彼は言います。「私の興味が変化したのは、ただ、ドミニクが監督をすると分かったからでした。私はドミニクと会い、彼のアイデアが単なる分かりやすい時代ものをはるかに超えたものであることをすぐに理解しました」

ボビットはさらに、「ストーリーが設定されているのは、1950年代後期の、ビクトリア朝のような抑圧された文化が、1960年代に起こる性と社会の解放という大きな変化に取って代わられようとしている、歴史上、明確な時期です。魅力的で様々な要素を持った時代でしたが、ドミニクは過去、現在、未来のキャラクターたちの人生を行き来する断片的な語りを用いて、起こっている構造的な転換を明確にしたいと考えていました。また、本作はイギリスの恋愛物語であるのに加え、身分階級全体の要素も物語の根底に置きながら進行しています」と説明します。

ボビットは企画に関連する文献をまったく読まないことが大事だと考えています。「原作本で描かれていることと、映画への翻案で描こうとしていることの矛盾を感じたくないのです。私は映画を作るために雇われているのであって、小説を再解釈するためではないので、意識的に距離を置いています」と彼は言います。「しかし、イアンが脚本化しており、彼とドミニクの関係性が良好であることは知っていました。イアンは優れた作家にして人間の感情の記録者であり、ドミニクはイギリスの卓越した舞台演出家の1人です。このすばらしい組み合わせが建設的なものにならないわけがありません」

撮影監督 ショーン・ボビット(左)とシアーシャ・ローナン a BBC Films/Number 9 Films production.

ボビットはマキューアンの小説を読むことを控え、舞台となっている時代の映画作品を3作観ることで、『追想』の映像上の表現方法を掴みました。『蜜の味』(1962年、監督:トニー・リチャードソン、撮影監督:ウォルター・ラサリー(BSC))、『土曜の夜と日曜の朝』(1961年、監督:カレル・ライス、撮影監督:フレディ・フランシス(BSC))、『荒馬と女』(1961年、監督:ジョン・ヒューストン、撮影監督:ラッセル・メティ)です。

「『蜜の味』と『土曜の夜と日曜の朝』はイギリス映画の目覚めでしたが、フランスのヌーベルバーグのスタイルはそれほど見当たりません」と彼は言います。「ビジュアル的にまわりくどい点もいくつかあるのですが、そのおかげで、非常にシンプルでとても効果的なのです。これらの作品の進み方を見ると、現代の事情においてはかなり極端に感じられます。急いでストーリーを説明することはなく、語りが展開して観客に入り込んでいくのです。前に出てきたシーンにはすべて、前後関係と理由があります。ストーリーの組み立てを感じることはできますが、何が組み立てられているのかをはっきりと知ることはできません。どちらも非常に自然で、照明が当てられているようには見えないのです。我々は当時の世界を完全に作り上げたいと考え、照明を使いつつも自然なルック(映像の見た目)を目指しました」

「全体で言えば、ビジュアル面で我々に最も影響を与えてくれたのは『荒馬と女』でしょう。完璧とはほど遠い作品ではありますが、そのビジュアルの簡素さが魅力で、作品のルックについての話し合いに大きな影響を及ぼしました。フィルムで撮影したいという我々の情熱に火をつけたのもこの作品だったと思います」

ボビットは、フィルムで撮影したいという情熱が、『追想』のルックを作るにあたっての重要な要素だったと言います。「フィルムだと必然的に時代ものらしいルックになるので、それがセルロイド(フィルムの意)で撮影するというアイデアをプロデューサー陣が納得してくれた理由の1つとなりました。2パーフォレーションで撮影する計算をすると、経済的にも合理的で、おそらくARRIRAWのアレクサで撮影するよりも安くなります。さらに、2パーフォレーションだとワイドスクリーン2.40:1のアスペクト比になり、そのことが、我々が求めていた、孤立し、分断されたルックに役立ちました。フィルムかデジタルかで対立することはまったくなく、プロダクションはすぐに我々のアイデアを受け入れてくれました」

On Chesil Beach, a BBC Films/Number 9 Films production.

撮影済みのネガの現像は、クライブ・ノックスの助力を得て、アイ・デイリーズ(パインウッドの一区画に拠点を置く、現在のコダック・ラボ・ロンドン)で行われました。「ラボ側の担当としてクライブがいてくれて本当にうれしかったですね」とボビットは言います。「彼は伝説のような人で、イギリスのフィルムラボ業界における偉人の1人なのです」

ボビットは撮影にコダック VISION3の35mmフィルムを3種選びました。日中の屋外用のコダック VISION3 50D カラーネガティブ フィルム 5203、屋内とくもりの日用のコダック VISION3 250D カラーネガティブ フィルム 5207、夜の屋外と屋内用のコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219です。

「50Dは驚くべきフィルムで、粒子の細かさと力強く澄んだ色彩が特徴的です」と、撮影監督ボビットは熱く語ります。「露光ラチチュードも見事です。この作品の重要なポイントは自然でした。エドワードは田園地方からやって来ますが、フローレンスは都市部に住む中産階級の知識層の家庭の生まれです。2人の葛藤を描く屋外のシーンの撮影が田園地方で行われたのは、スクリプトによるところもあるのですが、時代に合ったロケーションを見つけるのが難しかったためでもあります。50Dはそういったシーンに美しいルックをもたらしてくれました」

「しかし一番重要なのは、本作の核となる最後の3分の1が、チェジル・ビーチでの出来事だということです。我々はそこで3日間を過ごしました。50Dは豊かで力強いネガを作ってくれ、作品で最もパワフルで感情を揺さぶるパートの映像にはそのネガが不可欠でした」

250Dは主に屋内の撮影で使われましたが、ボビットは、「イギリスの天候に対する保険としてもすばらしかったです。屋外で曇ったり、薄暗くなったりした場合に、後ろのポケットに250Dを持っておくと便利です」と述べています。

On Chesil Beach, a BBC Films/Number 9 Films production. Copyright: Robert Viglasky Photography.

500Tについて、ボビットはだいたい屋外のASA感度1000に合わせ、500Tを1段増感現像することが多かったそうです。「500Tは並はずれたフィルムで、1段増感した時でも非常に澄んでいます。見事な粒子がもともと備わっているのですが、2パーフォレーションの映像だと粒子がほんの少しだけ粗くなります」

ボビットは撮影にクックS4iとオプティモのズームレンズを選び、ドリーに載せたARRICAM STと、手持ちとステディカム用にARRICAM LTを使いました。ロンドンのアリレンタルが用意したものです。『追想』は主にシングルカメラで撮影されたのですが、作品のほとんどはボビットが操作し、ファースト・カメラ・アシスタントのフラン・ウェストンとセカンドのローレンス・ベックウィズが彼をサポートしました。補助的なBカメラとセカンドユニットの撮影はニック・ローソンが見事にこなしました。ファースト・カメラ・アシスタントのメリット・ゴールド、グラハム・マルティル、デリク・ピータース、さらにセカンドのダン・ウェスト、ハリー・ウィンゲート、サンドラ・ペニントンもメイン・ユニットと追加撮影に様々な形で携わりました。照明技師はブライアン・ボーモントでした。

「アメリカでたくさん仕事をしてきましたが、イギリスのスタッフとまた仕事ができて最高でした。本当に会いたいと思っていました。みんなの技術とエネルギーにはどれだけ感謝しても足りません」とボビットは言います。

『追想』の撮影風景  a BBC Films/Number 9 Films production.

ストーリーは時代間を行き来しますが、ボビットは視覚的な違いを出す必要はほぼ無いだろうと考え、むしろ、衣装、メイクアップ、ロケーション、そして撮影における重要な協力者である美術監督のスージー・デイヴィーズの卓越した仕事がもたらしてくれる効果の方を好みました。とは言え、主人公2人の別々の家庭の姿を描くため、彼は異なるカメラの動きのテクニックを使ったのです。

「今まで見てきた作品からヒントを得たのですが、特に『荒馬と女』は、様々な構図に合わせたフレームがあり、ほとんどの動きがシンプルでありつつ力強いパンになっています。そのカメラの動きの多くは、あえてトラックやドリーに搭載した昔ながらのものにしました。一方、エドワードとフローレンスそれぞれの家庭生活には映像的なコントラストを出すことにして、ステディカムを使い、田園地方の生活やビリーのキャラクターの荒っぽさを、フローレンスの家庭の保守的な感じや抑圧された性質と対比させて際立たせました。ステディカムを見事に操作してくれたのは、サイモン・ウッズでした」

主演のシアーシャ・ローナン, a BBC Films/Number 9 Films production. Copyright: Robert Viglasky Photography.

撮影監督は、劇映画制作の最大の難関として、時間と、一貫性を保つ必要性の両方、もしくはどちらかをよく引き合いに出すのですが、主要なロケーションであるチェジル・ビーチは、たった1回の最高のテストで真価を見せてくれたとボビットは言います。ビーチは長さ29キロ、幅200メートル、高さ15メートルで、砂利が多く、「フリート」と呼ばれる浅瀬の干満のあるラグーンを囲む障壁のビーチです。環境保護法により厳しく管理されている特別自然環境保護区です。この長く伸びたビーチの真ん中あたりが、本編のクライマックスとなるシーンのロケーションに選ばれたのですが、立ち入りに際しての規則により、スタッフは撮影機材を手漕ぎボートで運ぶしかありませんでした。照明、カメラ、レンズ、ドリー、トラックと共に、感動的な、しかし複雑な主人公たちのショットに必要な大型のクレーンなど、かなりの機材がこのボートに積まれました。チェジル・ビーチには機材の運搬に便利なトラクターがあったのですが、手漕ぎボートに積み、砂利の上で機材を物理的に運んで欲しいというのはかなり酷な要求だったとボビットは回顧します。ボビットはキーグリップのジェム・モートンとスタッフたちを、「見事にこなしてくれました。本作のクレーンショットはチームの努力の賜物で、我々みんな誇りに思っています」と称えます。

『追想』の撮影風景  a BBC Films/Number 9 Films production.

機材の運搬も大変だったのですが、イギリスの天候も本領を発揮しました。ボビットはこう説明します。「作品ではチェジル・ビーチでのクライマックス・シーンが15分ほどあります。そこで数日間撮影しようとしていたのですが、ストーリーと台本に合わせて我々が求めていたのは、荒れたくもり空の効果でした。視察中は風が強すぎて立っているのも難しいほどでした。どんな状況に直面することになるかまったく分からなかったので、不慮の事態のこともスケジュールに入れていたのです。しかし、いざその時が来ると、まさしく求めていたものがそこにはありました。雰囲気のある、陰鬱な光です」

ボビットが最も感嘆しているのは、監督が意図した、シンプルかつ潜在意識に働きかける視覚的な表現方法です。「舞台の劇場の世界からやってきたドミニクは、熟練の、的確な視覚的センスを持っています。本作のはじめの3分の2では、キャラクターたちが常に左から右へ動くことで、前向きな方に向かっているかのように見せることがドミニクの狙いでした。しかし、2人の世界が引き裂かれた時、負の方向に向かうかのように、キャラクターたちの動きは右から左に切り替わるのです。そのために難しいこともあったのですが、我々はそれをうまく処理できました。自分のアイデアにこだわりを持つ彼を、私はこれ以上ないほど尊敬しています」

撮影監督のボビットは、プロダクション全体を満たした、監督が醸し出す雰囲気にも最大の賛辞を送ります。「ドミニクは非常に雄弁な人で、自分のアイデアをはっきりと分かりやすく伝えることができるのです。彼のアプローチと人間性のおかげで、関わった人全員にとって、このプロダクションは非常に楽しいものになりました」

(2018年6月22日発信 Kodakウェブサイトより)

『追想』

 原 題: On Chesil Beach
 製作国: イギリス
 配 給: 東北新社、STAR CHANNEL MOVIES

 公式サイト: http://tsuisou.jp/

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