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2018年 9月 12日 VOL.119

ARRIFLEX 235、キヤノンのヴィンテージレンズ、コダックの35mmフィルムで撮影された、ザ・カーターズ(ビヨンセ&ジェイ・Z)の傑作ミュージック・ビデオ『エイプシット』

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ミュージックビデオ『エイプシット』でレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』をバックにパフォーマンスするビヨンセとジェイ・Z Photo by Robin Harper.

音楽界の世界的スーパースター、ビヨンセとジェイ・Z夫妻が、2人のファミリーネームである「ザ・カーターズ」名義でリリースしたファースト・シングル『エイプシット』。このミュージック・ビデオは、ルーヴル美術館で撮影され、名画『モナ・リザ』をはじめとする著名な美術品コレクションに囲まれながら、ふたりの世界観を崇高かつスタイリッシュに表現しています。

 

全編35mmフィルムで撮影されたこのビデオ・クリップは、YouTubeで公開されるや短期間で再生回数1億回を超える大反響を呼び、8月20日にニューヨークで開催されたミュージック・ビデオの世界最大の祭典「MTV ビデオ・ミュージック・アワーズ」では見事、「最優秀撮影賞」に輝きました。以下、撮影監督 ブノワ・デビエ(SBC)による本作品の解説をお届けします。

2018年5月、ザ・カーターズ(ビヨンセとジェイ・Z夫妻によるコラボユニット)は、2夜続けて、数人のダンスグループと最小限のカメラスタッフと共に、ひっそりとパリのルーヴル美術館に向かいました。そこで、何百万人という来場者が鑑賞した歴史的な芸術作品群に囲まれ、独自の現代アートを35mmフィルムに収めたのです。

制作会社アイコノクラストを通じてリッキー・サイズが監督した、2人の楽曲『エイプシット』のスタイリッシュな6分間のミュージック・ビデオは、ザ・カーターズのニューアルバム『エヴリシング・イズ・ラヴ』からのデビュートラックです。ビデオでは、アンサンブルと共に世界最高の絵画や大理石の彫刻の前でパフォーマンスをする有名なカップルの姿を捉えます。登場する美術品には、ジャック=ルイ・ダヴィッドの記念碑的な油彩画『皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』や、タニスの大スフィンクス、ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』などがあります。

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ザ・カーターズのアルバム『エヴリシング・イズ・ラヴ』より Photo by Robin Harper.

短いシーケンスの映像が繋がれたこの作品では、白人による西洋的かつ男性主導的な現状の物語の中に21世紀の黒人アーティストの芸術的な声を差し込みながら、暗示的でドラマチックなパフォーマンスが繰り広げられます。

ビデオの終わりでは、ピンクのシルク調の衣装を着たビヨンセとライムグリーンのスーツを着こなすジェイ・Zのザ・カーターズが、『モナ・リザ』の両脇に立って新しいイメージを作り上げており、世界で最も有名な絵画を、1枚の肖像画から力強い3人の姿へと変容させています。

ベルギーの撮影監督ブノワ・デビエ(SBC)がこの『エイプシット』の映像の撮影を担当しました。セルロイド(フィルムの意)での撮影経験が豊富なデビエは、リアーナのミュージック・ビデオや、『アレックス』(2002年)、『エンター・ザ・ボイド』(2009年)、『スプリング・ブレイカーズ』(2012年)、『ロスト・リバー』(2014年)、まもなく公開となる『The Beach Bum(原題)』(2018年)などの劇映画作品をフィルムで撮影しています。

デビエによると、制作は極秘で、撮影は迅速に行われたそうです。彼はたった5日間で撮影の準備をし、撮影そのものはルーヴル美術館内部のそれぞれのギャラリーや階段で、2夜連続で急ピッチで行われました。撮影は各日午後8時頃から始めて、翌朝午前6時30分までには完全に終わらせて敷地から撤収しなければなりませんでした。

技術的な視察が制作開始のたった2日前に行われたのですが、その後、サイズ監督による綿密な美学面の指示を仰ぎながら、デビエは『エイプシット』をメインのコダック VISION3 250D カラーネガティブフィルム 5207と、補助用の500T 5219で撮影することにしました。機材を最小面積にまとめるようにして、デビエがカメラを肩に担ぎ、手持ちで操作しました。ロワ・アンドリューはクックのパンクロとキヤノン K35のレンズを装着したARRIFLEX 235と435の35mmカメラを組み合わせて使い、ステディカムを操作しました。フィルムの現像はパリのHiventyラボで行われました。

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パリのルーヴル美術館で35mm作品のミュージックビデオ『エイプシット』を撮影中のジェイ・Zとビヨンセ Photo by Robin Harper.

コダックのデーライト用フィルムを選んだことについてデビエは、「照明機材を持ち込むことは可能でしたが、貴重な芸術作品に絶対に影響が出ないよう、物理的な大きさ、出熱、明るさの点で負担が少ないものでなければなりませんでした。ルーヴル内の天井の電気照明は昼光色蛍光灯によるもので、それを撮影時の照明のベースとして使いました。250Dが美術館のルックをそのまま捉え、ほとんどのシーンで、許可されたLED照明の光量でも対応できるデーライト用のフィルムであることは分かっていました。場合によっては1段増感しましたが、それでもすばらしいルックでした」と説明します。

しかしデビエによると、ルーヴルの中ではビヨンセ、ジェイ・Z、ダンサーたち、それぞれの衣装への照明のことだけではなく、美術品そのものの自然な美しさを写し撮る最良の方法についても真剣に考えなければならなかったそうです。

「250Dは美しい中庸感度のフィルムで、レンズの前に現れる色の豊かさやニュアンスを、ありのまま大切にしてくれるのです」と彼は言います。「同時に、暗い影の中にも入って行けます。撮影のほとんどの時間は充分な露光量があることは分かっていましたし、250Dならすばらしい芸術作品の絵画的なディテールに加え、パフォーマーたちの肌のトーンの微妙な違いを映し出せると思っていました」

彼は、「充分すぎるほどデジタルで撮影してきたので、そのレベルのディテールを捉えられないこと、仕上がりがフラットになることが分かっているのです。映像における人間と絵画の両方をきちんと扱えるのはフィルムだけでしょう」と付け加えます。

250Dだと全体的な露光量が足りなかった場合、デビエは500Tを使い、何シーンかを調整せずに撮影しました。それらのシーンの中に、彼のお気に入りのシーンの1つがあります。巨大な絵画『皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』の前でビヨンセを含むダンサーたちが並んでいるシーンです。

「500Tをスタンバイさせておいて大変役に立ちました」とデビエは言います。「幅広く対応できるため、同じフレームの中にハイライトと黒みの中のディテールを一緒に捉えることができ、滑らかな結果にしてくれます。500Tも、250Dと同様のエネルギーと最高レベルの質感を持っており、つまり、この2タイプは非常に相性がいいのです」

ビヨンセとジェイ・Zという音楽界のスーパースターたちと、世界最高峰の美術館の中にある貴重な芸術作品に囲まれながら仕事をでき、とても興奮した、とデビエは言います。スケジュールがタイトなうえ、撮影を進めるにあたっての決まりごとにとても気を払わなければなりませんでしたが、その分スタッフたちは自分の仕事にかなり集中していたそうです。

「撮影時は、これほどの影響力とインパクトを持つミュージック・ビデオを自分たちが作っているとはあまり考えていませんでした」と彼は言います。「かなり急いで進めましたし、準備と撮影をしている場では、むしろドキュメンタリーを撮影しているような感じでした。ですが、我々がフィルムで作り上げた出来栄えはすばらしいと思っています。私はフィルムでの撮影が本当に好きなのです。真の色彩、コントラスト、肌のトーンの描写の仕方、画像のディテールのレベルなどの芸術性は、デジタルよりもはるかに優れており、自然です。間違いなく、フィルムは最高なのです」

(2018年7月20日発信 Kodakウェブサイトより)

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