2018年 12月 20日 VOL.125
全編35mmフィルム撮影の『クローバーフィールド・パラドックス』で撮影監督 ダン・ミンデル(BSC、ASC)が伝えるフィルムの価値
J・J・エイブラムスのバッド・ロボット・プロダクションズ製作『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより。全編コダックの35mmフィルムを用いてロサンゼルスで撮影された。 Image courtesy Ⓒ Netflix.
2028年、地球は壊滅的なエネルギー戦争の危機に瀕しています。世界宇宙機関は、軌道上のクローバーフィールド宇宙ステーションに乗せたシェパード粒子加速器のテストに向けて準備をしています。シェパード粒子加速器は、地球に無限のパワーを供給してくれるのですが、扉が開いてしまえば恐ろしい異常を引き起こし、パラレル世界からの恐怖が人類を脅かすリスクもあるのです。
ジュリアス・オナー監督、オーレン・ウジエルとダグ・ユング原案、J・J・エイブラムスのバッド・ロボット・プロダクションズ製作の『クローバーフィールド・パラドックス』(Netflixで独占配信中)は、パラマウントのクローバーフィールドのアンソロジー映画シリーズ『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008年)、『10 クローバーフィールド・レーン』(2016年)に続く第3作です。本作にはダニエル・ブリュール、エリザベス・デビッキ、アクセル・ヘニー、ググ・バサ=ロー、クリス・オダウド、ジョン・オーティス、デヴィッド・オイェロウォ、チャン・ツィイーが出演しています。
『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより、演じるデビッド・オイェロウォ、ググ・バサ=ロー(右)、ジョン・オーティス(左) Image courtesy Ⓒ Netflix.
2018年2月4日の第52回スーパーボウルのサプライズ的なテレビ広告の中で、Netflixは最初に公開する権利をパラマウントから獲得し、『クローバーフィールド・パラドックス』が試合後すぐに配信サービスで利用可能になることを発表しました。そして、78万5000人の視聴者が当日の夜に『クローバーフィールド・パラドックス』を鑑賞しました。3日間で、280万人以上が観たのです。1週間後には、合計数が500万人に達しました。
『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより、ジェンセン役を演じるエリザベス・デビッキ Image courtesy Ⓒ Netflix.
製作費4200万ドルの本作は、熟練の撮影監督ダン・ミンデル(BSC、ASC)の指揮のもと、カリフォルニア州ロサンゼルスにて全編コダック 35mmフィルムで撮影されました。これまでダン・ミンデルがクレジットに載っているフィルム作品には、J・J・エイブラムスの『M:i:III』(2006年)、『スター・トレック』(2009年)、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013年)、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)に加え、オリヴァー・ストーンの『野蛮なやつら/SAVAGES』(2012年)、マーク・ウェブの『アメイジング・スパイダーマン2』などがあります。
『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより、ハミルトン役を演じるググ・バサ=ロー Image courtesy Ⓒ Netflix.
ワイドスクリーン2.40:1の画郭での撮影は、ロサンゼルスのパラマウントスタジオで8週間かけて行われました。スタジオには、様々な宇宙ステーションのセットが建てられました。これらは、ウォルフガング・ペーターゼンによる1981年のドイツの戦争映画『U・ボート』で作られた、閉め切られ、最小限で、工業的な潜水艦のセットからかなりヒントを得ており、天井が低く、カメラスタッフがいつでもどの方向からでも撮影できるように照明がすべてセットの中に組み込まれているのが特徴です。予算の上限があるため、セットはバッド・ロボット・プロダクションズの過去の作品から再利用したものを使って作られました。
『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより、ハミルトン役を演じるググ・バサ=ロー Image courtesy Ⓒ Netflix.
「『クローバーフィールド・パラドックス』は、『スター・トレック』以来11年ぶりにパラマウントスタジオの施設を使う劇作品で、スタジオの人たちは我々を喜んで迎えてくれました」とミンデルは振り返ります。「我々はデジタルで撮影するかアナログで撮影するかで製作費を検討していたのですが、パラマウントの重役は、デジタルで撮影する方が安くなるはずだと考えていました。我々は35mmで1日10,000フィートから15,000フィート撮影する計算で見積もっていました。実際は、フィルムで撮影した合計金額は、デジタルよりも150,000ドルも安いことが分かったのです。フィルム用カメラとフィルム用レンズは、最高の金額でレンタルされる、同等のデジタル機材の費用の何分の1かであることが、この理由の1つだったのです。さらに、フィルムだと現場でのDIT(デジタル・イメージング・テクニシャン)やデータストレージの費用がかかりません。経済面でも良い仕事をしてくれましたし、フィルムでの製作が費用的に完全に理にかなっていることを示してくれました」
『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより、タム役を演じるチャン・ツィイーとシュミット役のダニエル・ブリュール Image courtesy Ⓒ Netflix.
ミンデルは、彼のお気に入りの25、30、35、40、50、60、75、100mmの焦点距離のパナビジョン・プリモ・アナモフィック・レンズを本作の撮影用に選びました。より小型の60mm Eシリーズのレンズも合わせて使ったことにより、Aカメラを操作するクリス・ハールホフが俳優たちの周りで手持ちで寄ったり、ステディカムを使用したりすることができるようになりました。Bカメラを操作したのは、フィリップ・カーフォースターでした。
これらは、すべて私が長年何度も使ってきた劇映画撮影用のレンズで、どれでも間違いなく見事な仕上がりにしてくれます」とミンデルは言います。「フィルムとアナモフィック・レンズを使うと、深度が浅いので、焦点面によって前景と背景を分けることができ、背景がフレームの端の方に常にあるのか、ソフトになるのかです。つまり、セットでの質感や仕上がりが良くなくても、そこをくっきりと映さずに撮影できます。デジタルで撮影するとセンサーがすべてを捉えてしまい、それに付随してポストプロダクションで不完全な部分を修正する作業が発生するため、非常に経費が高くなる可能性があります。フィルムだとその必要はなく、フィルム自体がそれを補正してくれます。仕上がりは鮮明になり過ぎず、解像度が低くなることもありません。ただ、寛容になるのです」
撮影監督は、コダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219の1タイプのみを選び、本作の全編を撮影しました。撮影済みのネガはフォトケム社で現像されました。
J・J・エイブラムスのバッド・ロボット・プロダクションズ製作『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより。全編コダックの35mmフィルムを用いてロサンゼルスで撮影された。 Image courtesy Ⓒ Netflix.
「500Tの粒子構造のクオリティが好きで、その幅広さが影の中の様々なものを捉え、暗部のたくさんのディテールとともに黒と白の間でグレーに階調をつけてくれます」と彼は言います。「デジタルで撮影するよりも、すばらしい映像の質感で撮影することができ、より美的に満足できる仕上がりになります。ラボがすぐそばにあったため、我々は一晩でデイリーを受け取ることができました。つまり、ポストプロダクションのチームも実に早くデータを受け取ることができたのです。これ(フィルムは時間がかかるという理由)は、フィルムの使用を妨害しようとしてときどき使われる策略の1つでもあります」
しかしミンデルも、もう1つの大事な理由で500Tを選びました。彼の説明によると、「あんな風に狭い、閉ざされたスタジオセットで撮影する際には、レンズの絞りを定めたら、全編を通して変えずにすむような照明にした環境を作っておくのが好ましいです。『クローバーフィールド・パラドックス』は、絞りT2.8あたりで撮影したのですが、そのカメラならどこにでも行けると判っていましたし、露出の点でも完ぺきだろうと考えました。たとえ2絞りオーバーでもアンダーでも、500Tはちゃんと捉えてくれます。このように撮影すれば、露出計に常に手を伸ばさなくてもよいということになります。迅速かつ効率的に進行でき、誰の邪魔もせずに撮影できました」
『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより、マンディ役を演じるクリス・オダウド Image courtesy Ⓒ Netflix.
ミンデルは、セルロイド(フィルムの意)での撮影に伴う生産管理のすばらしさを固く信じています。「フィルムで撮影している時の自己管理のレベルは、カメラがなかなかオフにされず、セット上の指揮とコミュニケーションにより中断されることの多いデジタルでの撮影の時よりも、はるかに優れています。カメラにフィルムが入っている時は、再装填しなければならないのですが、それにより短時間ですべてをリセットできるうえ、その時間で俳優たちも一息つき、監督と話すことができます。さらに良いことは、そういった人たち、俳優たちとスタッフたちがかなり注意を払い、非常に集中してくれます」
『クローバーフィールド・パラドックス』の1シーンより、ハミルトン役を演じるググ・バサ=ロー Image courtesy Ⓒ Netflix.
そして彼は、こう明快に呼びかけます。「私たちは、フィルムが実行可能な手法であり、デジタルという代替手段で簡単に終わらせてはならない、完全に有用なプラットフォームであることを示し続けていかなければいけません。ここ2年ほどで、フィルムが今もなお映画製作の過程において不可欠な要素であり、消えることはないと理解されてきています。また、若手の映画製作者たちにとっての成功の証ともなっており、それはすばらしいことだと思います」
「これはフィルムでの撮影に携わる人々すべてにとって素晴らしいニュースです。私は、自分の次回作を違うレベルに引き上げ、フィルムがもたらす力と卓越した仕上がりで、より多くの人を興奮させるため、コダックが提供できるものは何でも使うつもりです」
『クローバーフィールド・パラドックス』
原 題: The Cloverfield Paradox
製作国: アメリカ
配 信: Netflix
公式サイト: https://www.netflix.com/jp/title/80134431