2019年 2月 19日 VOL.131
『ファースト・マン』― 撮影監督 リヌス・サンドグレン(FSF)は、英雄的な冒険家を克明に描くためにどのようにコダックフィルムを使用したのか
『ラ・ラ・ランド』でオスカーを受賞したデイミアン・チャゼル監督の最新作『ファースト・マン』 Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
スーパー16、35mm、65mm IMAXのフォーマットで全編をコダックフィルムに撮影した、デイミアン・チャゼル監督作『ファースト・マン』は、演技、撮影、脚本、楽曲、セットデザイン、演出の面で批評家たちから世界的に高い評価を受けており、2019年のアワード・シーズンの台風の目となっています。
ジェイムズ・R・ハンセンの著書『ファースト・マン 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生』を原作に、ジョシュ・シンガーが脚本を執筆し、ドリームワークス/ユニバーサル・ピクチャーズが製作した本作は、世界一有名な宇宙飛行士がアポロ11号の任務に至るまでに過ごした数年間と、1969年7月20日の月面着陸の成功を描きます。主役のニール・アームストロングを演じるライアン・ゴズリングと、アームストロングの最初の妻ジャネット・シアロンを演じるクレア・フォイが出演しています。
『ラ・ラ・ランド』でオスカーを受賞したデイミアン・チャゼル監督(右)と撮影監督 リヌス・サンドグレンが再びタッグを組んだ『ファースト・マン』の撮影風景 Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
『ファースト・マン』は、デイミアン・チャゼル監督と撮影監督 リヌス・サンドグレン(FSF)がタッグを組んで大成功を収めた『ラ・ラ・ランド』に続き、2度目の協業となる作品で、再びコダックフィルムで撮影されました。『ラ・ラ・ランド』は2017年の米国アカデミー賞で計6つのオスカーを獲得しています。35mmフィルムを用いた『アメリカン・ハッスル』(2013年)、『ジョイ』(2015年)、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2017年)など、サンドグレンは普段からフィルム撮影を行っています。35mmと65mmフィルムを使い、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズの『くるみ割り人形と秘密の王国』(2018年)やポール・マッカートニーのミュージックビデオも撮影しました。
『ファースト・マン』は、宇宙飛行を成功させて最終的に月面に降り立つという宇宙競争と合わせて、家族を持つ一人の男と訓練中のストイックな宇宙飛行士という顔を併せ持つアームストロング個人に焦点を当てています。本作ではアームストロングがNASAの厳しい宇宙プログラムを忠実にやり遂げたり、果敢にも最新の超音速飛行機のテストを行ったりする一方で、私生活では娘を脳腫瘍で亡くす悲しみと向き合っている姿が描かれます。このように、この映画は人間の様々な感情、特に計り知れないほどの逆境と命の危険に直面した時の勇気や犠牲を映し出しているのです。
撮影監督 リヌス・サンドグレンとカメラクルー Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
サンドグレンはこう振り返ります。「最初に『ファースト・マン』のことを聞いたのは、デイミアンと私がロサンゼルスで『ラ・ラ・ランド』の準備を行っていた時でした。ベニスでタコスの移動販売トラックに立ち寄り、本当に偶然、ジョシュ・シンガーとばったり会ったんです。デイミアンは、『ファースト・マン』の脚本家である彼を私に紹介してくれて、次に一緒に作る映画が『ファースト・マン』だと知りました。言うまでもなく、デイミアンと私は『ラ・ラ・ランド』の方に集中していたのですが、そういった全く違う物語を、全く違う映像で描くという計画に非常にワクワクしたのを覚えています」
『ラ・ラ・ランド』で称賛を受けて波に乗ったのち、チャゼル監督とサンドグレンは2017年7月に本格的に『ファースト・マン』の準備とテストに取りかかりました。そして2017年10月に制作入りし、アトランタのタイラー・ペリー・スタジオズでのステージ作業や、アトランタ、ヒューストン、テキサス周辺のロケーション、加えてフロリダ州ケープカナベラルにあるケネディ宇宙センター、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地でも一定期間撮影を行いました。撮影は2018年3月に終了しました。
『ファースト・マン』の1シーンより。ニール・アームストロング役のライアン・ゴズリング(左)とジャネット・アームストロング役のクレア・フォイ Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
「フィルムには独特の質感と雰囲気があり、セットや衣装デザインと共に観客を自動的にある特定の時代へとさかのぼらせることができるので、デイミアンは最初から、『ファースト・マン』をフィルムで撮影するという明確な考えを持っていました」とサンドグレンは言います。「私たちの当初の考えは、全編16mmフィルムで撮影することでした。デイミアンが当時のドキュメンタリーフィルムに多大な影響を受けており、観客には登場人物に感情移入してもらいたいと考えていたからです」
「しかし、テストを重ね、脚本を読み込んでいくほど、一連のストーリーの距離感が巨大でドラマチックであることがますます分かってきました。家のキッチンのシンクのリアリズムから、超音速の宇宙での挑戦のスリル、そして月、さらに広大な宇宙まで。こうした中で、私たちは、幼い娘を亡くすアームストロング家の喪失、様々な任務に挑む中で仲間を亡くすニールの喪失、月面着陸という死をも恐れぬ究極の偉業といった死に直面した人の勇気とアイデアを追求したいとも思ったのです」
『ファースト・マン』の1シーンより。(左から)ニール・アームストロング役のライアン・ゴズリング、バズ・オルドリン役のコリー・ストール、マイク・コリンズ役のルーカス・ハース Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
これによってデイミアン監督とサンドグレンの2人は、一連のストーリーで展開される様々な出来事と感情のダイナミズムを描くのに、スーパー16、スーパー35、IMAX(65mm/15パーフォレーション)という複数のフィルムフォーマットを組み合わせて使うということに落ち着きました。
サンドグレンはこう説明します。「私たちはストーリーを当時に根ざしたものにすること、そのために登場人物間の親密で感情的なシーンの大部分をスーパー16で撮影することに決めました。独特の粒子感とザラザラした質感は非常に満足のいくもので、その目的に完璧に適っていると思ったのです。様々な航空機や宇宙船にストーリーが展開していく時、親密でリアル、かつ生々しいルックが必要だと改めて感じました」
『ファースト・マン』の1シーンより。ニール・アームストロング役のライアン・ゴズリング Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
したがって、アームストロングが行った超音速実験機X-15の過酷な試験飛行のうちの1回を描く本作のオープニングや、宇宙船の狭い船内でのショットも全て、緊張感のある、動きの激しい手持ちのカメラワークでスーパー16に撮影されました。サンドグレンはこれらのシーンに、コダック VISION3 カラーネガティブ フィルムの16mmデーライトおよびタングステンの全タイプを使用しました。
サンドグレンはさらにこう続けます。「しかし、ヒューストン郊外やNASAでの屋外のシーンといった、さらに大きく幅の広いショットでカメラがキャラクターからより遠くにある場合には、ザラザラしてリアルな視覚的言語を保ちつつも、画の中にもっとディテールを入れたいと思いました。そこで、2パーフォレーション スーパー35 テクニスコープに切り替えることにしたのです」
Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
現にサンドグレンは本作で、彼が言うところの“見せかけのアームストロングの郊外での素敵な暮らし”での柔らかいルックを作るため、全体的にコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219と250D 5207を使い、ラボで減感現像しています。逆に、NASAの環境を撮影した35mm 500Tと250Dは増感現像を行い、スーパー16のフッテージとの親和性が良くなる質感を実現しました。「これらの映像処理のおかげで、ネイサン・クロウリーの見事なプロダクション・デザインの真に迫った美しい質感が引き立ちました」と彼は付け加えます。フィルムの現像は全て、ロサンゼルスのフォトケムで行われました。
劇的な月面着陸および月面歩行のシーンを描くことと、苦悩しているアームストロングの心の中に入り込むことには、全く別のアプローチが必要でした。
Credit: Universal Pictures and DreamWorks Pictures.
「ストーリーが月面に到達する時には、全てを変えたいと思っていました。親しみのあるものから、なじみの無いものへ。人間的で乱れた手持ちの16mmのカメラワークから、無人ながらも穏やかな環境の中を流れるように動くクレーンショットへ。色彩豊かな撮影から、荒涼とした単色の映像へ。私たちは観客の視点も変えたいと思いました。宇宙飛行士を見て観察することから、宇宙飛行士、特にニール・アームストロング本人のように感じることへ。人間の死すべき運命、そしてそこにたどりつくまでの喪失と代償を描く映像を作る絶好の機会だったのです」
チャゼル監督とサンドグレンがとった解決法は、65mm IMAXでの撮影でした。本作の月面シーンは、夜間のバルカン・マテリアルズ社の採石場で撮影されました。アトランタの数マイル北にある採石場を、ルミニーズ・システムズ社のデイビッド・プリングルが本作のために特別に開発した、強力な200Kのランプで照らしました。
Credit: Universal Pictures and DreamWorks Pictures.
サンドグレンはこう説明します。「月は現実離れした世界で、死の惑星のようです。そういった象徴的な瞬間を捉えるのに一番の方法は、フィルムの中でも最も崇高で美しいフォーマットを使うことでした。それが65mm IMAXです。月着陸船イーグルの内部の撮影に使用した、ザラザラしたスーパー16とは全く対照的でした。月面の風景には色がありませんでしたが、15パーフォレーションのフィルムのフレームサイズのおかげで、砂晶からの光の反射や宇宙飛行士のバイザーに映る壮麗なディテールなど、シャープなディテールを持つ美しい映像が見られます。クレーンで浮かせたカメラ、ニールの目を通した視界、ジャスティン・ハーウィッツの優美な音楽に合わせた映像と合わせると、65mm IMAXは1人の人間によるこの旅のクライマックスを描く方法として完璧でした」
さらに彼はこう語ります。「もし機会があって『ファースト・マン』をIMAXの劇場でご覧になることがあれば、ワイドスクリーンのスーパー16から65mm IMAXの15パーフォレーションへとフレームが広がる映像体験ができるのでとてもドラマチックですよ」
『ファースト・マン』撮影中のリヌス・サンドグレン(左)とカメラクルー Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
マルチフォーマットのフィルムの使用の他にも、『ファースト・マン』でのサンドグレンの撮影には特筆すべき点があります。ロケット発射などの特殊効果のシーンは、ビスタビジョンのカメラを使用し、縮小したミニチュア、もしくは実物大の模型と実際の映像とを組み合わせて作ったのです。さらに、空中や宇宙のシーンの多くは、飛行シーンをリアルにするために改良した環境設備を利用しました。実際に本作では、画素ピッチが2.8mmの約1,000個のLEDスクリーンを、180度の弧を持つ高さ約10メートルの半円柱型に組み立て、事前撮影した実写映像の背景を映しました。そして、LEDスクリーンの曲面を背景にして、コックピット内部を16mmで、機体の外側を35mmで撮影したのです。
「最新のスタジオ技術を、最古とも言えるフィルムのツールと組み合わせるのは非常に心が躍りました」とサンドグレンは言います。「改良された環境を使った効果は素晴らしいものでした。他に無い方法で俳優やスタッフたちにリアルな旅の感覚を与えてくれましたし、特に16mmの仕上がりは最高です」
Credit: Daniel McFadden/Universal Pictures and DreamWorks Pictures
サンドグレンはこう締めくくります。「異なるフィルムのフォーマットを使えたことにはとても感謝していて、コダックの様々なフィルムが『ファースト・マン』での出来事や感情を描くのを助けてくれました。ハイライトの質感や、黒の深み、肌のトーンの真に迫った表現は言うまでもありません。フィルムだと簡単にいろんな異なるルックを作ることが可能で、デジタルよりもはるかに豊かな表現ができるのです」
その1つの例として、サンドグレンは、ディズニーのファンタジーアドベンチャー『くるみ割り人形と秘密の王国』でも65mm/5パーフォレーションとスーパー35/ 3パーフォレーションのフィルムを組み合わせていますが、それはまた別の話ですね。お楽しみに!