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2019年 3月 5日 VOL.133

『女王陛下のお気に入り』- 撮影監督 ロビー・ライアンは、35mmフィルムと広角レンズ、流動的なカメラを組み合わせ、優雅な悪事を描く

FOXサーチライト・ピクチャーズ作品『女王陛下のお気に入り』より、主演のオリビア・コールマン(右)とレイチェル・ワイズ Copyright Notice: Ⓒ 2018 Fox Searchlight Pictures.

撮影監督 ロビー・ライアン(BSC、ISC)は、批評家から高い評価を得ているヨルゴス・ランティモス監督作『女王陛下のお気に入り』で、コダックの35mmフィルムを使い、宮廷での陰謀や情熱、嫉妬、裏切りといった下品で痛烈な物語を映像化しました。

本作で描かれるのは、18世紀初頭のイングランドです。イングランドがフランスと戦争をしている中、体の弱いアン女王(オリヴィア・コールマン)の宮廷では、アヒルレースをしたり、パイナップルを食べたりして盛り上がっています。女王の女友達、相談役にして秘密の恋人であるモールバラ侯爵の妻サラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)が、病弱で気まぐれな性格のアンの世話をしながら、代わりに宮廷を治めています。

しかし、サラの従妹のアビゲイル(エマ・ストーン)がやって来て、サラの時間が戦争に関する政治問題に取られるようになると、アビゲイルが女王の近しい侍女として代役を務めることになります。2人の間には友情が芽生え、アビゲイルは貴族的な野望を実現するチャンスをつかみます。女王陛下のお気に入りになろうと画策する女性たちの間を力の均衡や寵愛が行き来する時に、女も男も、政治も、アヒルもウサギも障害とはなりません。

『女王陛下のお気に入り』撮影中のロビー・ライアン(BSC, ISC)とオリビア・コールマン Photo by Atsushi Nishijima. Ⓒ 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

『女王陛下のお気に入り』は、2018年8月30日に第75回ベネチア国際映画祭で世界初上映され、銀獅子賞(審査員大賞)を受賞し、コールマンの演技に対して女優賞が贈られました。製作費1500万ドルの本作は、エレメント・ピクチャーズ、スカーレット・フィルム、ウェイポイント・エンターテインメント、フィルム4が製作し、FOXサーチライト・ピクチャーズが配給します。

主人公たちの魅力ある喜劇的な演技、デボラ・デイヴィスとトニー・マクナマラによる機知に富みつつも口汚いセリフが散りばめられた脚本、さらに、サンディ・パウエルによる豪華な衣装デザイン。ライアンは広角レンズを使った遠近法と流動的なカメラのスタイルを用い、観客を王室の色恋沙汰の中心で起きる愉快な三角関係へと引き込みます。大胆不敵な戯れを描くこの作品は、時代劇としても広く評価されており、アワード・シーズンで好成績を残すと予想されています。

『女王陛下のお気に入り』の撮影現場にてヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーン Copyright Notice: Ⓒ 2018 Fox Searchlight Pictures.

「過去10年以上にわたって多くの映画をフィルムで撮影でき、本当に幸運でした。映画を撮影する際にフィルムという選択肢を持てるのは幸せなことです」とライアンは言います。ライアンの過去のセルロイド(フィルムの意)作品には、アンドレア・アーノルド監督の『Red Road(原題)』(2006年)、『フィッシュ・タンク』(2009年)、『Wuthering Heights(原題)』(2011年)、『アメリカン・ハニー』(2016年)、ノア・バームバック監督の『マイヤーウィッツ家の人々』(2017年)、そして『天使の分け前』(2012年)、『ジミー、野を駆ける伝説』(2014年)、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)、公開予定の『Sorry We Missed You(原題)』(2019年公開)など多数のケン・ローチ監督作品があり、35mmや16mmフィルムで様々な撮影を行ってきました。「ヨルゴスが『女王陛下のお気に入り』を35mmフィルムで撮影したいと考えていると知った時はとても嬉しかったのですが、本作についての彼の狙いに入り込んでいくのは大変でした」

主要な撮影はハートフォードシャーにあるハットフィールド・ハウスの庭園と屋内で2017年3月に始まり、45日間の撮影期間を経て2017年5月に終了しました。自ら認めるほどのセルロイド支持者であるランティモス監督は、できる限り利用できる光の中で撮影を行い、『籠の中の乙女』(2009年)、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017年)といった監督作品それぞれに唯一無二の映像を作ることで有名です。これらは2作とも35mm作品でした。彼によると、ハットフィールド・ハウスで撮影を行った主な理由は「始めから、本作の孤独なキャラクターたちは広大な場所にいるというイメージがあった」からだそうです。

『女王陛下のお気に入り』の視覚言語についてランティモス監督と初期に話した時のことを、ライアンはこう振り返ります。「フィルム、広角レンズ、自然光、流動的なカメラの動きで撮影することが、この作品でヨルゴスが非常に重要視していたことでした。彼は生み出す全ての作品に独特の狙いを持っており、型にはまった映画的な描き方を嫌います。ヨルゴスにとって『女王陛下のお気に入り』は、時代劇というよりはむしろ魅力的なキャラクターが引っ張るストーリーであり、彼は独自の映像表現でそれを模索しようとしていました」

『女王陛下のお気に入り』より、主演のオリビア・コールマン(右)とレイチェル・ワイズ Image by Yorgos Lanthimos. Copyright Notice: © 2018 Fox Searchlight Pictures.

ライアンはこのことを念頭に置きながら、ランティモスからもらった多くの参考資料を調べたそうです。その中でも主要なものが、ジェラルド・カーゲル監督による1983年のオーストラリアのホラー『Angst(原題)』(撮影:ズビグニュー・リプチンスキー)で、この作品では主演俳優が流動的なスピンと独特の視点を実現する装具を装着して、演技をしながらカメラを動かしていました。

「確かに特徴的なルック(映像の見た目)ですが、出演者の体格が違うでしょうし、衣装も繊細なので、『女王陛下のお気に入り』で『Angst』のやり方を踏襲するのは可能ではなかったでしょう。とは言え、それでも心が躍る挑戦でした」とライアンは言います。

他に、『イヴの総て』(1950年、監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ、撮影:ミルトン・R・クラスナー)、『召使』(1963年、監督:ジョセフ・ロージー、撮影:ダグラス・スローカム(BSC))、『ポゼッション』(1981年、監督:アンジェイ・ズラウスキ、撮影:ブルーノ・ニュイッテン)、『My Ain Folk(原題)』(1973年、監督:ビル・ダグラス、撮影:ゲイル・タッターサル)といった作品も、いろいろなのぞき見風のカメラワークや雰囲気のある自然光の使い方の参考にしました。

ランティモス監督と話し合いを重ね、ロンドンのパナビジョンで徹底的にテストを行った後、ライアンは、キャラクターたちの罠も強調しつつ、視覚的に彼女たちを包み込んでくれるプリモのスフェリカルのクローズフォーカス・レンズセットを選びました。このセットにはウルトラワイドの6mmレンズも入っていたのですが、視界が非常に広いので、広間のセットからスタッフや備品を完全に取り除く必要がありました。

「6mmレンズはそれ自体が実質的に、最高級のガラスでできた芸術作品なのです」とライアンは熱く語ります。「特殊な歪みがある通常の魚眼ルックを超越しながらも、強過ぎることもありませんし、過度の曲がりもありません。6mmレンズはストーリーテリングの装置として、1つのフレームに宮殿という環境の豪華さや権威を余さず映しつつも、キャラクターたちは孤立していて、その場所に捕らわれているのも同然なのだという強烈な感覚を与え、閉所恐怖症的でもあります。それこそヨルゴスが求めていたものでした。広いスペースの中の小さなキャラクターたちと、逃げ場がないという雰囲気です」

『女王陛下のお気に入り』の撮影セットにて、レディ・サラ役のレイチェル・ワイズ Photo by Atsushi Nishijima. © 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

ライアンはこう付け足します。「ある映画評論家が、『女王陛下のお気に入り』は遊び場が戦場に変わり、監獄になるような感じだ、とたしか言っていたと思います。登場するキャラクターたちを使って、この映画が伝えようとしていたことを非常にうまく説明しています。そして、それを実現するためには広角レンズが不可欠だったのです」

使える光の中で自然なルックの撮影をするというランティモス監督の好みをよく理解しているライアンは、本作で夜間の屋外および屋内のシーン用にコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219を、日中の屋内のシーン用に200T 5213を、日中の屋外のシーン用に50D 5203を選びました。フィルムの現像は、現在のコダック・フィルム・ラボ・ロンドンであるアイ・デイリーズで行われました。

「フィルムで撮影する長所は、自分が本物の長編映画を作っているのだと実感できることです」とライアンは言います。「撮影中、俳優やスタッフはみんな一斉にワクワクしていましたが、テイクを撮っている時は常にそれぞれが集中していました。皆さんにも、『女王陛下のお気に入り』のセットで私たち全員が持っていたエネルギーを感じてもらえると思います。無理に“映画的なルック”にしなければならないデジタルとは違い、フィルムは初期設定が“映画的なルック”なのです。もちろんデジタルでは皆さん撮影したものをその場でご覧になれますが、単にそのようなやり方が好きではないのです。フィルムのラッシュを観た時の驚き、そして自分が取り戻すものに恋をしている時間の95%の方がはるかに好きですね。何より、フィルムは驚くほど美しいからです。さらに、フィルムは驚くほど融通が利き、耐久性も高いのです。露出不足や露出過多、増感現像や減感現像にしていろいろなことができますし、色彩や肌のトーン、ハイライトと影のディテールの仕上がりの素晴らしさに毎回驚かされるでしょう」

FOXサーチライト・ピクチャーズ作品『女王陛下のお気に入り』 Image by Yorgos Lanthimos. Copyright Notice: Ⓒ 2018 Fox Searchlight Pictures.

ライアンはその場の自然光の中で、多くの長編映画をフィルムに撮影してきましたが、彼いわく「機敏で自信あふれる撮影者としての目を持つ監督」であるランティモス監督と、本物のキャンドルや最小限の照明機材を使って仕事をしたことで、物事を可能にする方法について新しい理解を得られたそうです。

「500Tを使っていくつか夜のシーンを撮影することになった際、ヨルゴスはたびたび照明について勇敢で大胆な決定を下しました」とライアンは説明します。「時には大広間でたった6本のキャンドルを照明にしたこともあり、きちんとした露出になるか心配でした。通常なら、私はそれを解決するためにほのかな照明を追加で取り入れたかも知れませんが、ヨルゴスは冷静で、撮影したフィルムをラボで1絞りか2絞り増感現像することに決めたのです。出来上がった映像は、深く美しい黒味がキャラクターを包み込んでいて見事でした。そういう仕上がりにする方法を取る彼ならではの観点と大胆さには、本当に楽しませてもらいました」

撮影中はライアンがカメラを操作し、アンドリュー・オライリーが第1カメラ助手を務めました。照明担当はアンディ・コールで、おそらく『女王陛下のお気に入り』の一番厳しい難問でライアンを助けたのはグリップのアンディ・ウッドコックです。ステディカムを採用することなく、ランティモス監督が想定していた、物理的でありながら没入型のカメラの動きを作り出しました。

「ヨルゴスが心の目で見ていたものを正確に再現できたかは分かりませんが、そこにたどり着こうと努力するのは非常におもしろかったです」とライアンは振り返ります。「皆さんが目にするものの多くは、的確で繊細な素晴らしいドリーの動きです。素早いパンも取り入れたのですが、広角レンズを使っているため、一風変わった感じで広間全体が回る映像ができました。とは言え、特に起伏の多い地形の屋外や扱いにくい屋内のトラッキング・ショットでは、カメラを動かすための特殊なジンバルの装置も試しました」

こういったシステムの1つが、パインウッド・スタジオに拠点を置くミスター・ヘリックスによるエクソスケルトンと、電子制御による手持ちのダブルヘリックスのカメラ・スタビライザーの組み合わせであることが分かりました。これらはパナビジョン・ミレニアムXL2の35mmフィルムカメラに合わせて特別に調整されたものです。

『女王陛下のお気に入り』撮影中のロビー・ライアン(BSC, ISC) Photo by Atsushi Nishijima. Ⓒ 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

「ヘリックスのシステムを使うのは本当に楽しかったです。ステディカムとは違う視覚言語を与えてくれ、35mmの他の装置では実現できないような流動的な方法で、追跡する車や四輪オートバイ、徒歩やドリーを外れたところからも撮影することが可能になりましたからね」と彼は言います。「カメラの動きは作品の重要な部分で、やや観察的です。こういったことが、作品にもう一つの特徴を与えてくれると言ってもいいでしょう」

制作中に突然の飛行機事故で父のデイブ・ライアン・シニアを亡くしたライアンは、1週間セットを離れざるをえなくなり、非常に困難な状況に直面しました。この時はライアンが戻るまで、スティーヴン・マーフィが撮影に関する仕事を引き継いだそうです。

FOXサーチライト・ピクチャーズ作品『女王陛下のお気に入り』を撮影中のヨルゴス・ランティモス監督 撮影:エマ・ストーン Ⓒ 2018 Fox Searchlight Pictures.

「スティーヴンがいてくれてとてもありがたかったです」とライアンは言います。「来た時のスティーヴンはプロジェクトについても、ヨルゴスの独特な要求のことも何も知らなかったのですが、彼は自分に求められていることを正確に行い、素晴らしい仕事をしました。スティーヴンはプロジェクトを前に進めるための重要な役割を問題なく果たしてくれ、私はそのことに心から感謝しています」

ライアンはこう締めくくります。「ヨルゴスとの仕事は毎日が学習曲線でしたが、彼は俳優やスタッフに驚くような方法でインスピレーションを与えてくれました。セットでの私たちの喜びと情熱がきっとスクリーンに伝わっているはずです」

「『女王陛下のお気に入り』が映画用フィルムのために健闘し続けていることが何より嬉しいですね。私は莫大な製作費をかけた映画に挑むクリストファー・ノーランのような映像制作者にも声援を送りますが、一方で『女王陛下のお気に入り』はとんでもなく制作費がかかったわけではなく、むしろ低予算のプロジェクトだと思われるかも知れないほどです。合計金額を出してみればデジタルよりもかなり費用効率が良いかも知れません。フィルムは素晴らしい制作上の価値をもたらしてくれるので、私はその結果にとても満足しています」

(2018年11月20日発信 Kodakウェブサイトより)

『女王陛下のお気に入り』

 原 題: The Favourite
 製作国: アイルランド・イギリス・アメリカ合作
 配 給: 20世紀フォックス映画

 公式サイト:

 http://www.foxmovies-jp.com/Joouheika/

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