top of page

2019年 4月 15日 VOL.138

アダム・マッケイ監督『バイス』- 撮影監督 グレイグ・フレイザー(ACS、ASC)が複数のフィルムフォーマットを用いて活気ある美しさを作り出す

ディック・チェイニー役を務める主演の クリスチャン・ベール Photo: Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

コダックのスーパー8、16mm、35mmフィルムフォーマットを組み合わせて撮影された、アダム・マッケイ監督の痛烈な政治パロディー『バイス』は、非常に高い評価を受け、2019年の賞レースで有力候補となりました。痛烈な風刺が炸裂する本作は、ゴールデン・グローブ賞でも大成功を収め、最優秀作品、主演男優、監督、脚本、助演男優、助演女優の主要6部門でノミネートされました。

本作は、指揮を執ったマッケイ監督が脚本も担当しており、ディック・チェイニーという政治家がアメリカ合衆国史上最も権力を持つ、そしておそらくは最も危険な副大統領になっていく様を描いています。主演のクリスチャン・ベールは、段階的な体重増加とプロテーゼ(人工装具)によって、チェイニーがワイオミングで有頂天だった1960年代の22歳当時から、議会のインターン、フォード大統領の首席補佐官、そして多国籍石油企業ハリバートンのCEOを経て、ジョージ・W・ブッシュ大統領政権下の影の権力者となるまでの様々な局面を演じています。エイミー・アダムスがチェイニーの妻リンを、スティーヴ・カレルがドナルド・ラムズフェルドを、タイラー・ペリーがコリン・パウエルを、サム・ロックウェルがジョージ・W・ブッシュを演じています。

ディック・チェイニー役のクリスチャン・ベール(左)とリン・チェイニー役のエイミー・アダムス Photo: Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

この映画は、チェイニーの経歴の軌跡を追いながら、ベトナム戦争や1990年のクウェート侵攻、9・11、2003年のイラク戦争など、重要な意味を持つ歴史的事件のフラッシュバックや挿入画を組み込んでおり、新たに撮影された素材が、当時の膨大なニュース映画に違和感なく溶け込むように処理されています。

『バイス』の主要な撮影は2017年9月後半に開始され、撮影監督 グレイグ・フレイザー(ACS、ASC)の指揮の下、50日後の12月に撮影を終えました。撮影は主にロサンゼルス周辺と、ソニースタジオに作られた大統領執務室や西棟の精巧なホワイトハウスのセットで行われました。物語に合ったエスタブリッシングショットを撮るために、1週間ワシントンD.C.でも撮影が行われました。

アダム・マッケイ監督(左)と撮影監督の グレイグ・フレイザー(ACS ASC ) Photo Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

マッケイ監督の過去のセルロイド(フィルムの意)作品には、『俺たちニュースキャスター』(2004年、撮影監督:トーマス・アッカーマン)、『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』(2010年、撮影監督:オリヴァー・ウッド(ASC))、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年、撮影監督:バリー・アクロイド(BSC))、受賞歴もあるHBOのTVコメディーシリーズ『『キング・オブ・メディア』(2018年、撮影監督:アンドリー・パレーク)のパイロット版などがあります。

フレイザーが過去に35mmフィルムで撮影した長編映画には、『ブライト・スター ~いちばん美しい恋の詩~』(2009年)、『モールス』(2010年)、『スノーホワイト』(2012年)、『ジャッキー・コーガン』(2012年)、そして高い評価を得た『フォックスキャッチャー』(2014年)があります。TVコマーシャルにおけるアナログでの制作の流れに乗り、フレイザーはダニエル・ウルフ監督の『The Faith of a Few』と題された自動車ブランド MINIの広告も16mmで撮影しました。

撮影中の グレイグ・フレイザー(ACS ASC) Photo Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

フレイザーはこう述べています。「アダムと仕事をするのは初めてでしたが、彼は興味深い多様な賞賛を得ていますし、私は彼の作品の大ファンなんです。私の作品をご覧になると、どちらかと言うと暗めのドラマ作品が好きなのだと思われるかも知れませんが、ラブコメディーも非常に好きです。好きな作品の1つがアダムの『俺たちニュースキャスター』で、床を転げまわって笑いました。アダムが原作本から淡々としたユーモアを見つけ出し、それを素晴らしい映画へと脚色した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』も大のお気に入りです。この2つの作品があるからこそ彼を信頼し、『バイス』でぜひとも一緒に仕事をしたいと思ったのです」

フレイザーはこうも言っています。「もう一度フィルムで撮影したい、というのも私の希望でした。即時に出せるノスタルジックな雰囲気と持ち前の質感によって、映像にある種の魂を吹き込んでくれますし、アダムも私もそういった特徴を何より愛しています。セルロイドはこの映画にとって完璧な手段でした」

フレイザーによると、珍しいことに彼とマッケイ監督は映像の参考にするための映画を探すことはせず、むしろ歌を説明するような感じで本作について話し合ったそうです。

ジョージ・W・ブッシュ役のサム・ロックウェル Photo: Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

フレイザーはこう説明します。「私たちは音楽用語で意見を伝え合いました。2人とも少々音楽を嗜んだことがあり、楽器もいくつか演奏するのです」と「私たちはこの映画の核として、どっしりとしたロックのバックビートとベースラインを思い描きました。物語が複雑に混み入っているので、制作の大部分はローコントラストで、ごく標準的な昔ながらの、つまりカメラを固定するか、あるいはシンプルなドリーとトラックの動きを使うといったやり方で35mmに撮影する必要があると感じました。1970年代の、美しく撮影された映画で見られるような手法です」

「ですが規則的なビートの中には盛り上げどころ、つまりアダムが歴史的かつ個人的なフラッシュバックやカットアウェイを視覚的なストーリーテリングに取り入れたい場合もたくさんあります。私はより動的な、時には取り乱した動きをする手持ちカメラ、ざらつきのあるスーパー8および16mmフィルム、さらには昔のビデオを再生したテレビのスクリーンをフィルムに再撮影したものを組み合わせ、何としてもそういったシーンの映像をいろんな表現で描きたいと思いました」

大統領執務室のミニチュア撮影 Photo Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

フレイザーはARRICAM LT、ARRIFLEX 235と435の35mmカメラに様々なクックのアナモフィックレンズとエリートのスフェリカルレンズを装着し、『バイス』の画面サイズを2.40:1のワイドスクリーンのアスペクト比にしました。彼はまた、自分のベル&ハウエルのアイモ 35mmカメラも使用しました。このカメラはコンパクトで頑丈な作りをしているため、ドキュメンタリー製作者はもちろん、第二次世界大戦やベトナム戦争中のニュース映画や戦場カメラマンにもよく使われました。

「アイモは昔からあるヴィンテージカメラなので、技術面ではかつてほど驚くべきところはありません」と彼は言います。「ゲートをフィルム通過するだけでなく幸運な事故も起こしてくれます。例えばマガジンからシャッターを経由してフィルムが搬送される間にさらに露光されてしまう“フラッシュ”などです。これは私たちが求めていた全体のルック(映像の見た目)にとって利点でしかありませんでした」

ライティングのセットアップの様子 Photo Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

16mmの素材はツァイス ウルトラ プライム レンズを装着したARRIFLEX 416、さらにボレックスの16mmカメラを使用したりして、様々な方法で撮影されました。カメラとレンズはロサンゼルスのケスロー・カメラからレンタルしました。

フレイザーは、コダック VISION3 500Tおよび200Tの35mm カラーネガティブフィルム 5219 / 5213と、16mm 7219 / 7213のフォーマットに加え、8mm用にコダック VISION3 50D カラーネガティブフィルム 7203を選びました。フィルム現像はロサンゼルスのフォトケムで行われ、彼によるとフォトケムは「素晴らしいサービスと素晴らしい技術を提供してくれた」そうです。

エイミー・アダムスとクリスチャン・ベールを撮影するグレイグ・フレイザー(ACS ASC) Photo Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

「85番の補正フィルターを付けた500Tと200Tで撮影すると、若干コントラストが和らぎ、非常に私好みで、まさしくこの作品に求めていた映像になるのです」と彼は言います。「また、どちらのフィルムも、髪やメークアップ、プロテーゼなどの独特の質感を本物っぽい映像で見事に表現してくれました。ですから、一貫性のある美しさを保つため、35mmの現像で特殊なことは何もしないことにしたのです。さらに、しっかりと適切に露光したネガは非常に融通が利き、ポストプロダクションで後から映像の彩度を弱めたり、色を調整したりできることも知っていました」

しかし、フレイザーはフラッシュバックとカットアウェイのシーンを16mmに撮影した際、当時使われていた歴史的なニュース映画の映像と調和するように質感と粒子感を調整するため、あえて16mm 500Tの撮影済みネガをラボで2段(EI 2000)まで増感現像したのです。ワイオミング州キャスパーのナトロナ郡高校時代のチェイニーの少年期と、幼なじみのリン・ヴィンセントとの結婚を描いたシーンは8mmに撮影されました。

ディック・チェイニー役のクリスチャン・ベールを撮影するグレイグ・フレイザー(ACS ASC)とカメラクルー Photo Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

「『バイス』の製作中に体感した素晴らしいことの1つが、異なる規格幅のフィルムと異なる現像技術を使って、様々なルックや質感を生み出すことがいかに容易か、特に我々のフラッシュバックの映像と当時のニュース映画の映像との境目をぼかすことがどれほど容易かということでした。皆さんもつなぎ目が全く分からないはずです」と彼は言います。

フレイザーは本作の照明について、デジタル・スプートニクやライトギア、クリームソースといったメーカーの最新の半導体LED装置を使い、徹底して現代的な手法を展開しました。「新世代のLEDといろいろなコダックフィルムは相性が抜群によく、最高の出来栄えだと思います。特に肌のトーンが素晴らしいですね」

クレーンでの撮影風景 Photo Matt Kennedy / Annapurna Pictures 2018 (C) Annapurna Pictures, LLC. All Rights Reserved.

「レストランでの非常に面白いシーンがあるんですが、そこにディック・チェイニーとドナルド・ラムズフェルドと彼らの側近たちが集まり、ウェイターが拷問や水責めなど様々な大統領特権のメニューを読み上げるんです。とびきりのセットで飾られ、考え抜かれた照明で、そのロケーション自体が豪華絢爛でした。結果は、フィルムで捉えた非常に壮麗な仕上がりになっています」

彼はこう締めくくります。「ただセルロイドを使うだけでなく、『ファースト・マン』や『ダンケルク』、『ブラック・クランズマン』などのように、優れた撮影をする映像制作者によって、フィルムが好調の波に乗っているのはとても喜ばしいことです。セルロイドには映画ファンも真に応えてくれる内在する精神があると思います。仕上がりは素晴らしく、『バイス』もその例外ではないと言えると思います」

(2019年1月7日発信 Kodakウェブサイトより)

『バイス』

 2019年4月5日(金)公開

 原 題: Vice
 製作国: アメリカ
 配 給: ロングライド

 公式サイト: https://longride.jp/vice/

bottom of page