2019年 9月 18日 VOL.144
ハリウッドで活躍する日本人撮影監督 高柳雅暢/マサノブ・タカヤナギ氏(ASC)インタビュー
Masanobu Takayanagi. Photo by Douglas Kirkland.
現在公開中の映画『荒野の誓い』の撮影監督 高柳雅暢/マサノブ・タカヤナギ氏(ASC)は、日本の群馬県で生まれ育ち、東北大学で英語学を専攻、大学在学中に映画業界に興味を持ち、卒業後、撮影術を追求するため単身ロサンゼルスに渡ります。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校からアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)へ進み、映画撮影術の美術学修士号を取得して卒業。AFIで撮影した卒業制作作品の優れた撮影術を称えられて、2003年に米撮影監督協会(ASC)のジョン・F・サイツ・ヘリテージ賞を受賞。また、03年度パームスプリングス国際短編映画祭で最優秀撮影賞コダック賞を受賞し、映画界に新しく出現した前途有望な映画製作者のひとりとして、コダック社よりカンヌ映画祭に招かれました。
映画『バベル』(06)と『消されたヘッドライン』(09)で撮影監督 ロドリゴ・プリエト氏(ASC、AMC)の第2ユニットを担当したのをきっかけに長編映画の現場でキャリアを重ね、2011年、ギャビン・オコナー監督に抜擢され『ウォーリアー』で撮影監督デビューを果たします。これまでに『THE GREY 凍える太陽』(12)、『世界にひとつのプレイブック』(13)、『ファーナス 訣別の朝』(14)、『トゥルー・ストーリー』(15)、『ブラック・スキャンダル』(16)といったヒット作をコンスタントに担当し、第88回(2016年)アカデミー賞最優秀作品賞と脚本賞を獲得した『スポットライト 世紀のスクープ』の撮影監督としても脚光を浴びました。
今号では、2013年にコダック社の撮影監督インタビューシリーズ「ON FILM」に高柳氏が登場した際の記事の翻訳をお届けします。
マサノブ・タカヤナギ(ASC)は、AFIの学生時代に、パームスプリングス国際短編映画祭と全米撮影監督協会で賞を獲得し、『バベル』と『消されたヘッドライン』でロドリゴ・プリエト(ASC、AMC)の第2ユニットに入りました。撮影監督として、『ウォーリアー』、『THE GREY 凍える太陽』、『世界にひとつのプレイブック』、『ファーナス/訣別の朝』、そして『トゥルー・ストーリー』といった長編映画に加え、12本以上の短編作品のクレジットに名前が載っています。
撮影に興味を持たれたきっかけは何ですか?
タカヤナギC: 私は日本の群馬県富岡で育ったんですが、12歳くらいの時、中学校で教師をやっていた父がマニュアルフォーカスでマニュアル露出のカメラを持っていて、星や彗星、長時間露光の写真をよく撮っていたんです。父のカメラを借り、ポップスのコンサートに出かけてフィルム数本分の写真を撮りました。どれもぼやけていたり焦点が合っていなかったりしました。今でもその失敗を覚えています。でも、興味をそそられたんです。最終的に自分のカメラを買って、独学で勉強し始めました。映画を見始め、劇場で時間を過ごすようになりました。映画は楽しかったですね。・・・その時はまだ、自分が撮影にのめり込むなんて思っていなかったと思います。
映画撮影が仕事になるという考えが浮かんだのはいつですか?
タカヤナギC: 日本の大学の3回生の時に就職活動を始めました。面接でいろんな人と会うのですが、そういう面接であまり刺激を受けなかったんです。世界にはどういうものがあるのか見てみようと書店に通い出し、映画コーナーで『マスターズ・オブ・ライト ― アメリカン・シネマの撮影監督たち』(フィルムアート社刊、デニス・シェファー+ラリー・サルヴァート編/高間賢治+宮本高晴訳)というインタビュー本と出会いました。撮影監督と名乗る人たちがいることをそこで初めて知ったんです。話している内容はさっぱり分かりませんでしたが、この人たちは自分がやっていることが好きなんだなと感じました。映画撮影に魅力を感じる以上に、自身がやっていることに対する彼らの情熱に惹かれたんです。
それで、カリフォルニアに来ることに決めたのですね?
タカヤナギC: 振り返ると、かなり軽い気持ちで決めたことだったと思います。「映画がいいんじゃないか、だったらロサンゼルスに行かないと」と思ったんです。論理的ではなかったですね。映画制作のことは何も知りませんでしたし、知り合いもいません。でも、自分でいろいろ手配しました。ロングビーチに住んでいた友人がいたんです。彼が自分の友人と家族に紹介してくれて、私の単位をカリフォルニア州立大学ロングビーチ校に移すのを手伝ってくれました。カリフォルニア大学ロサンゼルス校や南カリフォルニア大学に行く経済的余裕はありませんでした。ロングビーチ校にいい映画のプログラムがあるんです。私は英語が話せなかったので、初めはみんなが何を話しているのか理解できませんでした。第二言語としての英語と一般教育の授業を受けたのですが、これは私にとって、文化と言語への非常に良い入り口でした。そのあと、スーパー8のフィルムでいろいろと短編映画をたくさん撮影しました。フィルムの歴史を学ぶ絶好の機会でもありました。図書館には古い「アメリカン・シネマトグラファー」誌が全部揃っており、グレッグ・トーランドやその他の時代について学びました。イタリア映画にもかなりのめり込みました。素晴らしい経験でしたね。
『ファーナス 訣別の朝』より (C)2013 Furnace Films, LLC All Rights Reserved
映画制作で学士号を取得した後、AFIに進み、そこで全米撮影監督協会のジョン・F・サイツ・ヘリテージ賞を獲得しましたね。AFIではどのようなことを学びましたか?
タカヤナギC: そこで学んだのは、物語に焦点を当てるということです。学校では、物語のために撮影するということを教えられます。撮影者の仕事は、決して良い画を撮ることではありません。最大の影響力を持って物語を語ることなのです。この、物語に重点を置くということが私の一番大きな強みだと思っています。今なら意味が分かりますね。当時は、マインドコントロールのような感じがしましたが(笑)。
どうやってプロの仕事へと飛躍していったのですか?
タカヤナギC: モールリチャードソン社(ハリウッドを拠点とするライティング機材会社)のラリー・パーカー氏が本当に力になってくれました。彼はいつも、5年かけるようにと私たちに勧めてくれたんです。良いアドバイスでした。小さな低予算のプロジェクトなど、目の前にあるものには何でも携わりました。最終的に私は運が良く、『バベル』でロドリゴ・プリエトの東京の第2ユニットの撮影をして欲しいと頼まれたのです。あれが2005年でした。ロドリゴのことは知らなかったのですが、彼が最高の人間の1人だと分かりました。
『ファーナス 訣別の朝』より (C)2013 Furnace Films, LLC All Rights Reserved
ロドリゴから学んだことは何でしょう?
タカヤナギC: 彼は撮影とストーリーテリングに関して非常に正確なんです。ですが、『バベル』のような作品では、彼は正確に見せることはしません。ごく自然に、ありのままに任せます。その下で非常に正確にやっているんです。また、セットでの振る舞い方を学びました。人とどうコミュニケーションを取るか、他の人たちとどう接するか、みんなをどう尊敬するか。彼はすべてを備えているのです。
『バベル』はフィルム撮影でしたが、それ以来携わられた作品はほぼすべてがフィルムです。フィルムで撮影することは重要なのでしょうか?
タカヤナギC: 私はデジタルに反対というわけではまったくありません。デジタルは素晴らしいツールです。ですが私にとっては、フィルムにはいまだにリスクという感覚がある気がするんです。フィルムでの撮影は私を一歩前に踏み出させてくれます。その感覚が今も大好きなんです。フィルムは実際問題、ラッシュを見るまで分かりません。露出や自分たちが撮っているものに自信があったとしても、どこか博打なんです。リスクを取ることはとても大事だと思います。あるフレームがどれくらい暗くなるべきか?・・・思い切ってやってみれば、仕上がったフィルムを見る時には自分が想像していたよりも良いものになっているかも知れません。魔法みたいなことだと思うんです。自分がやっていることに満足し過ぎていたら、たぶん探るべきチャンスを逃してしまうと思います。
例えば『世界にひとつのプレイブック』では、フィルム撮影はどのように役に立ったのでしょうか?
タカヤナギC: あの映画はフィルムでしかできませんでした。デジタルでは無理だったでしょう。デヴィッド・O・ラッセル監督は、俳優たちに360度使わせるのが好きなんです。それが自然ですからね。カメラを回そうという時に、すぐカメラを回して撮影する。2パーフォレーションの35mmで撮影していたので、1000フィートのマガジンで22分のテイクが撮れました。デジタルのように、モニターに行って調整するなんてことはあり得ません。フィルムなら画ができているはずだと思っていました。窓は飛んでいましたが、ディテールはあるかも知れない。暗すぎても、フィルムに何かが映っているだろうということが私には分かるんです。デヴィッドに「やろう、それで進めよう」と言うことができました。チャンスだという感じがあるんです。フィルムが私に、正確で正しくあることよりも、そのやり方でやるよう後押ししてくれました。窓を何段か絞りたくてたまりませんでしたが、あの映画ではうまくいかなかったんです。
ある物語に対して、どのフォーマットが適切か、どう判断されているのですか?
タカヤナギC: 自分が正しいと思うものを選ぶ必要があります。今のところ私が携わった映画はすべて、フィルムがふさわしい選択だと感じました。映画撮影は技術的なことと同時に、それ以上に感情が大切だと思います。・・・物語から自分が感じたことですね。どの作品も、フィルムが感情を捉えてくれると考えました。私たちが表現できそうにない何かがあるんです。技術的にはたくさんの要素があります。カメラから何本ケーブルが出ているか?どんなワークフローなのか?セットでどれくらいの時間があるか?・・・ですが私にとって最も重要なのは、直感です。非常に主観的な選択なんです。撮影監督がやることには技術的な側面があり、それは重要なことです。とはいえ、一番大切なのは、俳優が演じる人物の感情や、物語を通しての登場人物たちの心理状態を捉えることです。
『トゥルー・ストーリー』より Photo by Mary Cybulski - (C) 2015 - Fox Searchlight
今携わっている作品について教えてください。
タカヤナギC: 『世界にひとつのプレイブック』以降は、コマーシャルをいくつか手がけ、長編映画を2本撮影しました。1つは、スコット・クーパー監督の『ファーナス/訣別の朝』です。もう1つは、ルパート・グールド監督の『トゥルー・ストーリー』です。『ファーナス/訣別の朝』は35mmアナモフィックで、『トゥルー・ストーリー』はスーパー35の1.85:1で撮影しましたが、65mmで撮ったところも少しあります。65mmの部分はフラッシュバックのシーンです。ここだけが登場人物にとって最高に幸せな瞬間なんです。夢かも知れず、現実の記憶かも知れません。観客である我々には分かりません。検討したのはスーパー8もしくはスーパー16で、これが一番楽な選択だったかも知れませんが、私たちは「非常に高画質の画を模索したらどうだろう?」と考えました。そうやって65mmのフォーマットを選んだんです。撮影するのはとても楽しかったですよ。
何か金言があれば教えてくださいませんか?
タカヤナギC: 2年前、高名な撮影監督のロバート・リチャードソン(ASC)とメールでやりとりしていたんです。いくつか質問をしたのですが、彼が私に教えてくれたことは決して忘れないでしょう。彼は「フィルムは素晴らしい。デジタルも素晴らしい。短所は使い手の心の中にあるのだ」と言ったんです。この言葉を私はこう受け取りました。どちらのフォーマットも素晴らしい、・・・それをどう使うかは、私たち次第だと。
『荒野の誓い』
製作国 : アメリカ
原 題 : Hostiles
監 督 : スコット・クーパー
撮 影 : 高柳 雅暢/マサノブ・タカヤナギ(ASC)
フィルム: KODAK VISION3 50D 5203 / 250D 5207 / 500T 5219 (35mm)
配 給 : クロックワークス、STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト: http://kouyanochikai.com/
マサノブ・タカヤナギ氏(ASC) 撮影監督作品
『ウォーリアー』
2011年製作/アメリカ
原題:Warrior
監督:ギャビン・オコナー
フォーマット:35mm
『THE GREY 凍える太陽』
2012年公開/アメリカ
原題:The Grey
監督:ジョー・カーナハン
フォーマット:35mm
『世界にひとつのプレイブック』
2013年公開/アメリカ
原題:Silver Linings Playbook
監督:デビッド・O・ラッセル
フォーマット:35mm
『ファーナス 訣別の朝』
2014年公開/アメリカ
原題:Out of the Furnace
監督:スコット・クーパー
フォーマット:35mm
『トゥルー・ストーリー』
2015年製作/アメリカ
原題:True Story
監督:ルパート・グールド
フォーマット:35mm
『ブラック・スキャンダル』
2016年公開/アメリカ
原題:Black Mass
監督:スコット・クーパー
フォーマット:35mm
『スポットライト 世紀のスクープ』
2016年公開/アメリカ
原題:Spotlight
監督:トム・マッカーシー
フォーマット:デジタル