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2020年 1月 11日 VOL.147

『家族を想うとき』でケン・ローチ監督が活用したコダックフィルムとスーパー16

ケン・ローチ監督作品『家族を想うとき』でリッキー役を務める主演のクリス・ヒッチェン(左)とライザ・ジェーン役のケイティ・プロクター Image copyright: Sixteen Films 2019. Photograph by Joss Barratt.

50年以上にわたり、ケン・ローチ監督は現代の社会的、政治的現況をスクリーンに映し続けてきました。これまでの27作品はすべてフィルムで撮影されています。

「デジタルの世界に道を外れてみたいと思ったことは一度もありません」とローチ監督は言います。「フィルムはまったく別物の品質なのです。フィルムの方が深みや輝き、ニュアンスがあることは分かっています。少しはかなさもあります。デジタルでできるような、すべてのフレームにあまねくシャープなディテールは必要ありません。だからこそ、フィルムの方があいまいで、不思議で、興味をそそられる映像になりえるのです。ごく単純なことですが、フィルムの方がストーリーテリングに優れたメディアなのです」

スーパー16で撮影されたローチ監督の最新作『家族を想うとき』は、2019年のカンヌ国際映画祭のコンペティションで上映されました。本作では、世界的に評価の高い監督が、緊密な核家族の現代のワーク・ライフ・バランスという難問に取り組んでいます。

『家族を想うとき』のセットにて Image copyright: Sixteen Films 2019. Photograph by Joss Barratt.

ローチ監督のトレードマークである自然主義的なスタイルで撮影された本作は、イギリスのニューカッスルで暮らす父のリッキー、母のアビーとその子供2人を描きます。一家は強く、お互いのことを大事にしていますが、2008年の金融危機以来、借金に苦しんできました。リッキーは家計を立て直すため、苦労の多い仕事を辞めて別の仕事を始めます。一方アビーはお年寄りの介護ケアをしており、その仕事を気に入っています。働く時間が長くなり、仕事内容も厳しくなっているにも関わらず、彼らは自分たちが独立することも、自分たちのマイホームを建てることもできないことに気づきます。

そこへ、幾分かの自立を取り戻すまたとない機会を“アップ・レボリューション”がリッキーに提供してくれるという絶好のチャンスが訪れます。リッキーがピカピカの新車のバンを買って自分だけの仕事で自営の宅配運転手になれるよう、アビーは自分の車を売ります。ですが、現代社会は一家のキッチンでこっそりと4人の魂を脅かし、問題はすぐに限界点を迎えるのです。

ポール・ラヴァーティ脚本、レベッカ・オブライエン製作による本作は、BFIとBBCフィルムズからのサポートを受け、シックスティーン・フィルムズ/ワイ・ノット・プロダクションズによってベルギーのリエージュに拠点を置くレ・フィルム・ドゥ・フルーヴとの共同製作で作られました。

ケン・ローチ監督作品『家族を想うとき』の主要キャスト。左からデビー・ハニーウッド(アビー)、ケイティ・プロクター(ライザ・ジェーン)、リス・ストーン(セブ)、クリス・ヒッチェン(リッキー) Image copyright: Sixteen Films 2019. Photograph by Joss Barratt.

多くのローチ監督の作品と同様、『家族を想うとき』にはプロの俳優とプロではない俳優の両方がキャスティングされています。ローチ監督の2001年の作品『ナビゲーター ある鉄道員の物語』に小さな役で出演したクリス・ヒッチェンがリッキーを演じ、合わせて、新しく参加するデビー・ハニーウッドがアビーを、ケイティ・プロクターとリス・ストーンが子供たちを演じます。

本作を撮影したのは、オスカーにノミネートされたこともある撮影監督 ロビー・ライアン(BSC、ISC、『女王陛下のお気に入り』)です。本作はライアンがローチ監督と組んだ4作目で、過去には35mm作品の『天使の分け前』(2012)、『ジミー、野を駆ける伝説』(2014)、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)があります。

撮影監督 ロビー・ライアン(BSC、ISC)とケン・ローチ監督(右) Image copyright: Sixteen Films 2019. Photograph by Joss Barratt.

「ロビーは才能豊かなカメラマンで、フィルムを使っての光の重ね方と構図の取り方で高い評価を得ています」とローチ監督は述べています。「また、彼は前向きなエネルギーと朗らかさをセットに運んできてくれるのですが、それは役者たちにとって、特にそれほど経験があるわけではない役者にとって、そしてスタッフにとっても最高ですね。撮影中、そうやって全体を楽しくしてくれるのは、とても重要なことなのです」

主要な撮影は2018年9月から10月までの30日以上の期間、イングランド北東部のニューカッスル周辺のロケーションで行われました。ローチ監督が『わたしは、ダニエル・ブレイク』の舞台にしたのも同じ都市です。

「『家族を想うとき』を撮影しないかとケンから声をかけてもらい、前回と同じニューカッスルという素晴らしい都市でとても協力的なプロダクションチームとまた仕事ができて光栄でした」とライアンは言います。彼が手がけた他の16mmもしくは35mmのフィルム作品には、アンドレア・アーノルド監督の『フィッシュ・タンク』(2009)、『Wuthering Heights(原題)』(2011)、ノア・バームバック監督の『マイヤーウィッツ家の人々』(2017)、ヨルゴス・ランティモス監督の『女王陛下のお気に入り』(2018)があります。

「ケンは自分が何をしたいか、そしてどうすればそれを達成できるかを知っているのです」とライアンは語ります。「彼はいつも徹底的に準備をします。特に念入りに調べるのは、自然なバックライトにするための太陽の位置と方向、そしてアクションを撮るのにカメラをどこに置きたいかですね。正直でシンプルでまっすぐ、そして独特のやり方であり、非常に効果的で、時代に縛られないスタイルでもあります」

ライアンが選んだのは、ウルトラプライムレンズを装着したARRI 416の16mmカメラで、たくさんあるドライブシーンでは、基本的に短めの焦点距離と手持ちでフレーミングを決めました。一方、作中のその他のシーンでは、カメラを三脚かドリーに乗せ、やや長めの焦点距離のプライムレンズを使いました。

「過去10年にわたり、多くの作品をフィルムで撮影できて幸運でした。私は16mmで撮影するのが好きなんです」とライアンは言います。「物理的に使い勝手がいいフォーマットで、狭いロケーションや環境に非常に向いています。本編のかなりの時間をリッキーのバンの中で手持ち撮影しなければならなかったので、カメラのサイズが小さいことはその点でも非常に助かりました」。カメラとレンズを提供したのはブリュッセルのアイ・ライト社です。

撮影中、ライアンがカメラを操作し、第1カメラ助手のアンドリュー・オライリーと第2カメラ助手のティボー・ワルキエが補佐にあたりました。リッキーがしばしば登場する荷物配達センターなどのシーンの撮影でもう1台カメラが必要な時には、リアム・イアンドリとサラ・カニンガムがBカメラを操作しました。本作のガッファーはローレン・フォン・エイスが務めています。

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撮影監督 ロビー・ライアン(BSC、ISC) Image copyright: Sixteen Films 2019. Photograph by Joss Barratt.

その場の光の中、自然な見た目の仕上がりで撮影したいというローチ監督の好みをよく知るライアンは、本作の夜の屋外および屋内のシーンにはコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 7219を選び、日中の屋内および屋外のシーンには200T 7213と250D 7207を組み合わせました。フィルムの現像はデ・ヤング・ラボ社で行われました。

「缶から取り出しただけのフィルムでも、いつも素晴らしく見えるのです」とライアンは言います。「照明や露出、LUTといったことを通して“映画的なルック”を作らなければならないデジタルとは違い、フィルムは初期設定が“映画的なルック”です。フィルムにおけるハイライトの扱い方、色味やコントラストのバランスの取り方は大変見事です。また、16mmが持つ質感や粒子感には独特の個性があり、デジタルでは手に入りません。私の考えでは、16mmはより正直な映像を届けてくれます。『家族を想うとき』における人間の家族ドラマの中で、みなさんにそれを感じてもらえるはずです」

審美的なクオリティとは別に、フィルムで撮影することには別の利点もあるとローチ監督は信じています。

 

ローチ監督はこう述べています。「フィルムには規律が必要なのです。自分が何を撮りたいかをじっくり考える必要があり、そのやり方を正確に実践しなければなりません。マガジンの中にあるフィルムの長さがすべての基になります。そのため、みんながより良い仕事ができるのだと思うのです」

「映画作りは直感的な過程であり、プライバシーが重要です。セットにモニターがあり、自分がやっていることを多くの人が確認できるという状況を考えると怖くなりますね。自分たちがやっていることを他の人が逐一見ていたら、俳優たちにも悪影響が出かねません」

「ですから私は現場を、あちこちにモニターが出没する前の時代と同じように保っているのです。フィルムのカメラ、オペレーター、フォーカス、音声スタッフ、撮影台本、そして私、それだけです。HDビデオアシストももちろんありません。それ以上の過程を見せるのは、映画制作を個人的なものではなく、より誰にでも見え透いたものにするということなのです」

フィルムで撮影することを考えている人たちへのアドバイスを聞かれ、ローチ監督はこう答えました。「とにかく、フィルムで撮影された映像のクオリティ面での違いを見ることです。あなたが想像しうる以上に、フィルムはストーリーテリングに多くのものを加えてくれますよ」

(2019年5月15日発信 Kodakウェブサイトより)

『家族を想うとき』

 2019年12月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開

 原 題: Sorry We Missed You
 製作国: イギリス・フランス・ベルギー合作
 配 給: ロングライド

 公式サイト: https://longride.jp/kazoku/

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