2020年 2月 7日 VOL.149
コダックの16mm白黒リバーサルフィルムが映画『オリ・マキの人生で最も幸せな日』に強烈な印象を与える
試合に臨む準備が完了したオリ・マキ
Copyright: Sami Kuokkanen
1960年代初期のヌーヴェル・ヴァーグスタイルで白黒フィルム撮影された『オリ・マキの人生で最も幸せな日』は、舞台となった1962年当時の巨匠監督が制作した作品だと勘違いされてもおかしくありません。
この魅力的で皮肉っぽい、実在したボクサーの伝記映画は、2015年に白黒16mmのコダック トライ-X リバーサル フィルム 7266で実際に撮影された作品です。本作は数々の賞や5つ星のレビューを受け、2017年春に公開されました。さらにこの映画は、才能ある映画、演劇、オペラ監督であるユホ・クオスマネン監督の長編映画デビュー作で、長年にわたる撮影のパートナーであり友人のジャニ=ペッテリ・パッシ(J=P)が撮影で参加しています。
「私は本作の主要キャストであるヤルコとオーナと同じく、フィンランド西岸にあるオリ・マキの故郷、コッコラの出身です。オリはフィンランドではほぼ忘れられた存在なのですが、地元の人々は今でも彼を敬愛しています」とクオスマネン監督は述べています。「私は本作を、オリ・マキの生活や時代にみんなを引き戻すような映画にしたいと思っていました。それをちゃんと実現できる画像クオリティーを持っているのはフィルムだけだということを、J=Pも私もわかっていました」
ボクシング王者をキスで迎えるライヤ(オーナ・アイロラ) Copyright: Sami Kuokkanen
本作はクオスマネン監督とミッコ・ミュッルラヒウチの共同脚本で、1962年に王者デビー・ムーアと対戦して世界フェザー級タイトルに挑んだフィンランドのボクサー、オリ・マキ(ヤルコ・ラハティ)の真実の物語を詳しく描いています。第2ラウンドで負けたマキは、奇妙なことに、今日が人生最高の日だと明言したのです。試合に向かう途中、シャイで温厚なこのボクサーは、ボクシング界を取り巻く宣伝広告や上流社会との付き合い、報道合戦がとにかく自分に合っていないことをすぐに悟りました。さらに、その頃彼は、同じくらい控えめなライヤ(オーナ・アイロラ)にすっかり恋をしていたのですが、ライヤは彼が自分のキャリアに集中できるよう身を引いたのでした。
「試合に負けたことで、突然オリ・マキは、自分の人生と生涯の愛をもう一度取り戻したような気持ちになったんです」とクオスマネン監督は説明しています。
オリとライヤの親密な時間 Copyright: Sami Kuokkanen
撮影監督のパッシが、コダックの16mmで撮影した、クオスマネン監督の2010年の卒業制作映画『The Painting Sellers(原題)』は、その年のカンヌ国際映画祭シネファンダシオン部門で1位に輝きました。この劇的な受賞によって、監督の最初の長編映画が同映画祭で上映されることがセンセーショナルに約束されたのです。
『オリ・マキの人生で最も幸せな日』は2016年のカンヌ国際映画祭で上映され、ある視点部門でグランプリを受賞しました。その後の映画レビューは、「非の打ちどころのない職人技」の小さな偉業であると称賛し、出演者たちの模範的で自然かつ抑えた演技と共に、白黒の撮影も褒め称えました。
雨が降り出す屋外でのシーン Copyright: Sami Kuokkanen
本作の1960年代のルックを実現するため、クオスマネン監督とパッシは、カラーネガティブとリバーサルの8mm、16mm、35mmフィルムをさまざまなASA感度でテストするところから始めました。2人はその後、ポストプロダクションでフィルムの彩度を落とし、モノクロの仕上がりにしました。こういったテストだけでも視覚的に面白かったのですが、最終的にスクリーンに映る映像を追求する中で、さらに見極めたいと思ったとクロスマネン監督はこう語ります。そこで2人はさらに、白黒ネガティブとリバーサルフィルムをテストすることにしました。
「私たちの目的は、当時のドキュメンタリーのニュース映画や写真を再現することでした」とクオスマネン監督は振り返ります。「16mm白黒フィルムのコダック トライ-X リバーサル フィルム 7266でテストした映像を見た時、我々を1960年代に引き戻すような厚みと質感があり、ハイコントラストなのに他の白黒フィルムよりもトーンが豊かで黒が深く、白がきれいであることを発見しました。デジタルでは決して出せない、特別な映像クオリティーを持っているのです」
撮影監督のJ=P・パッシとユホ・クオスマネン監督 Copyright: Sami Kuokkanen
パッシは30日の撮影期間中、スーパー16カメラのアリフレックス416プラスにハイスピードのツァイス ディスタゴンレンズを組み合わせ、主に12mm、16mm、25mmの3本のレンズを使用しました。物語のリズムや激しさに加え、本作のヴィンテージ風ルックの効果を高めるため、カメラはほとんど手持ちでした。クオスマネン監督が言うには、のちに編集で挿入はしたものの、ほとんどのシーンは各シーンの内容や雰囲気に合わせて1~8分の長回しで撮影したそうです。彼はまた、「白黒で撮影すると、気が散りにくくなり、登場人物や彼らの感情といった重要なポイントに観客が集中できる」と述べました。
本作は、タイトルマッチが行われるオリンピックスタジアムや、ボクシングの試合後にマキが引退生活に入るヴァルティオサーリ島の家を含め、大部分がフィンランドの首都ヘルシンキで撮影されました。
撮影のためクルマを押すクルーたち Copyright: Sami Kuokkanen
クオスマネン監督によると、日中だとASA感度200、タングステンだとASA感度160が推奨されるトライ-Xは、露出不足にも露出過多にも敏感なため、撮影中は照明のコントロールが非常に重要だったそうです。
「『オリ・マキの人生で最も幸せな日』では、今までで一番照明に気を使いました。本物の美しさが必要な作品だったので、見えすぎたり、様式化されすぎたりするような照明にはしたくありませんでした。ですから、日中のシーンは自然光で撮影し、適切な露光量が確保できて俳優の演技が可能な程度に離れたところから、その場の光や反射ではないデーライトのランプで補いました」とクオスマネン監督は説明してくれます。「基本的に私たちは、その場の光に加え、露光によって決定したディフューズの有り無しで、屋外から屋内を照らしました。そのことも、俳優たちの自由な動きを可能にし、自然なルックをもたらしました。私たちは必要に応じて大きなHMIライトと実際の光を組み合わせ、夕暮れ時に夜の屋外のシーンもいくつか撮影しました」
「仕上がりのルックを別にして、フィルムで撮影する利点の1つが、セットにいるキャストとスタッフたちに与えてくれる集中力です」とクオスマネン監督は語っています。「私がデジタルを使った時の経験で言うと、デジタルはとにかく早く撮影したい、場面の準備ができる前にいろいろ試したいという気になりがちです。フィルムはもっと明確です。その性質上、フィルムを使う際は、最終の仕上がりを実現する最良の方法を模索しなければなりません。場面を整え、俳優たちとのリハーサル、それからカメラを使ってのリハーサルをし、動きやブロッキングを調整します。俳優とスタッフたちが望ましいペースとリズムに落ち着いた時にしか回しません。大きな違いがあります」
『オリ・マキの人生で最も幸せな日』のフィルム現像は、ベルリンのアンデック・フィルムテヒニックで行われました。グレーディングとVFXはストックホルムのチムニー・ポットで仕上げられ、編集はヘルシンキで行われました。
『オリ・マキの人生で最も幸せな日』
2020年1月17日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
原 題: Hymyileva mies
製作国: フィンランド・ドイツ・スウェーデン合作
配 給: ブロードウェイ
公式サイト: https://olli-maki.net-broadway.com/