
2020年 6月 17日 VOL.163
グレタ・ガーウィグ監督作『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』- コダック 35mmフィルムが俳優陣と演技に特別な繋がりを育む

映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』より、4姉妹を演じるエマ・ワトソン、エリザ・スカンレン、シアーシャ・ローナン、フローレンス・ピュー Photo by Wilson Webb. Ⓒ 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
登場人物たちの間に起きる化学反応に加え、自然や人物描写を捉える35mmフィルムの魔法が、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を作るうえでの大きな力になりました。本作は、グレタ・ガーウィグ監督によるルイーザ・メイ・オルコットの古典アメリカ文学の翻案で、フランスの撮影監督であるヨリック・ル・ソー(AFC)の素晴らしい撮影を含め、2020年のアワードシーズンを通して、あらゆる主要部門の有力候補となっています。
本作は、マーチ家の4姉妹、エイミー、ジョー、ベス、メグの人生と愛を描きます。彼女たちは南北戦争の影響を受けながら、1860年代のニューイングランドで大人へと成長します。4人はまったく違う個性を持っていますが、戦争中に父親が北軍として出征している間、お互いを支え合いながら、変化の激しい貧窮した時代を生きていきます。

撮影現場でのグレタ・ガーウィグ監督とエリザ・スカンレン(ベス)、シアーシャ・ローナン(ジョー) Photo by Wilson Webb. © 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
ガーウィグ監督が手がける本作は、1868年のオルコットの同名小説の8度目の映画化となります。騒々しい身内の争いや、心の葛藤、大人になることといった様々なテーマを織り込みつつ、家庭でのエピソードやその後の若い女性としての生活といった時間を行き来しながら、4姉妹の青春時代と大人になりたての時期を描いています。
製作費4200万ドルの本作には、マーチ家の姉妹としてシアーシャ・ローナン、エマ・ワトソン、フローレンス・ピュー、エリザ・スカンレン、母親のマーミーにローラ・ダーン、裕福だが意地の悪い伯母にメリル・ストリープが出演しています。ボブ・オデンカークが父親を、ティモシー・シャラメが近くに住むハンサムな青年ローリーを、ジェームズ・ノートンがメグの心をつかむ内気な家庭教師を、そしてルイ・ガレルが勇ましいジョーの求婚者を演じています。

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の1シーン Photo by Wilson Webb. © 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
本作は公開前のレビューで5つ星を受けており、評論家たちはこの温かく、真心があり、卓越したストーリーテリングに加え、映像に活力をもたらしたル・ソーの明るく優雅な撮影が貢献していることも称賛しました。
主要な撮影は2018年10月5日にボストンで開始され、50日の撮影期間を経て12月15日に終了しました。日中および夜の撮影、屋内外のシーンはすべてコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219の35mmフィルムを使って行われました。追加の撮影場所には、マサチューセッツ州ハーバードとコンコードがあり、19世紀のパリの公園のシーンを撮影する際にはアーノルド樹木園がロケーションとして使用されました。
ル・ソーはフィルムで撮影する作品を多く手掛けており、『キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け』(2012年、ニコラス・ジャレッキー監督)、『アクトレス~女たちの舞台~』(2014年、オリヴィエ・アサイヤス監督)、『胸騒ぎのシチリア』(2015年、ルカ・グァダニーノ監督)、『パーソナル・ショッパー』(2016年、オリヴィエ・アサイヤス監督)はどれも35mmフィルムで撮影しています。『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』は、ガーウィグ監督と初めて組んだ作品となりました。

撮影監督ヨリック・ル・ソー(AFC) Photo by Wilson Webb. © 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
ル・ソーはこう回顧します。「脚本を読んだ後、ロンドンでグレタに会いました。そこで長い時間をかけて話し合い、時代物の映画を撮影するうえで最高の方法について同じ意見を持っていることが分かりました。彼女が強く求めていたのは、35mmフィルムで撮影することでした。フィルムの粒子による全体的な質感は、デジタルによる平坦な映像とは対照的で、物語の真実味を支えてくれるからです。また、彼女は観客に、ごく近くにいて、ストーリーに親密に入り込んでいるように感じて欲しい、つまり、季節の移ろいを通して、出演者やその周りの環境とリアルに繋がって欲しいと考えていました。自然界の色と、顔の繊細なトーンに関して言えば、35mmはデジタルで撮影するよりもはるかに美しく、魅力ある仕上がりになります」
本作の視覚的なリファレンスとして、ウィンスロー・ホーマー、ジョン・シンガー・サージェント、アンドリュー・ワイエス、トマス・エイキンズなどの芸術家による風景画や肖像画から、上品さとドラマチックな憂鬱さといった様々な感情表現を参考にしたり、『ギャンブラー』(1971年、ロバート・アルトマン監督、撮影:ヴィルモス・ジグモンド(ASC))、『エヴァの告白』(2013年、ジェームズ・グレイ監督、撮影:ダリウス・コンジ(AFC、ASC))といった映画作品を観たりしました。これらの作品では、ネガにフラッシングを施すテクニックを採用して、映像に繊細な色合いや深い影、全体的な古色を出し、写真というよりは絵画的な画にしています。

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』より、ティモシー・シャラメとフローレンス・ピュー Photo by Wilson Webb. © 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
ル・ソーは、登場人物の親密な描写が可能なフレームである1.85:1のアスペクト比で撮影し、アリカムSTとLTにクックS4プライムのレンズと組み合わせ、主に27、32、40、50mmの焦点距離で、ほとんど場合、T2.0で撮影しました。アンジェニュー オプティモのズームレンズは、スタッフが素早く動く必要がある時や、プライムレンズでは焦点距離が合わない場合に使用されました。
ル・ソーはこう説明します。「これらのレンズで35mmの500Tに撮影すれば、映像、特に役者たちの肌のトーンにいい感じの全体的な柔らかさが出ると考えたのです。その一方で、映像に引き込むような存在感を与えることもできます。ですから、観客は暑い夏の日や秋の紅葉、冬の雪の中に没入しているように感じるのです」
「500Tの粒子や質感をルック(映像の見た目)の一部にしたいと心から思っていました。シナリオ全体に1タイプのフィルムだけを使用することで、コントラストや粒子、色の彩度に満足のいく一貫性が生まれます。フィルムの感度や85番フィルターを使わない補正なしの撮影によって、T2.8からT2あたりで撮影することができました」

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の撮影現場にて、カメラを構える撮影監督ヨリック・ル・ソー(AFC) Photo by Wilson Webb. © 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
ル・ソーは、本作のさまざまなルックを強調するために、ティッフェンのソフトFXの1/4と1/8やクラシックソフト・ディフュージョン、場合によってはチョコレートやタバコフィルターなど、種々の組み合わせを使ってみたそうです。
脚本中の昔のシーンでは、ル・ソーは回想的な雰囲気に合わせ、パステルカラーの感じを強めに出し、コントラストを抑えて影のディテールを見せたいと考えました。映像としては、ネガをたびたびフラッシングしたことが分かります。これは、フレディ・ヤング(OBE、BSC)やヴィルモス・ジグモンド(HSC、ASC)といった伝説的な撮影監督たちが始めたテクニックです。ル・ソーは1/2 CTBジェルフィルター、時には追加の1/8 ソフトFXやクラシックソフト・ディフュージョンフィルターと共に、アリのVariconを様々な強度で使用しました。Varicon経由のフラッシングの効果をさらに高めるため、撮影したフィルムはラボで1段増感現像されました。
ネガはニューヨークのコダック・フィルム・ラボで現像され、デラックスでHDスキャンが施されてから、デイリー作業のためにハーバー・ピクチャー・カンパニーに送られました。
「私たちが目指したのは、できるだけ浅い被写界深度で撮影し、暗くてスモーキーな古色を出して、映像が実際の当時そのままに見えるようにすることでした。フィルターや、レンズ前のVariconを使用したり、映像に自然なフレアを宿したりするのは、スクリーン上の仕上がりの質感や真実味が当時に合うようにと考えて意図的になされたことでした」
また、ル・ソーは、物語の中の2つの異なる時代をより正確に描くため、カメラ自体の動きを利用しました。少女たちの子供時代のシーンでは、ドリーとステディカムによる生き生きとしたエネルギッシュなフレーミングを好み、大人になってからは、よりクラシカルで落ち着きがあり、時には動きのないカメラワークにしました。

撮影現場でのグレタ・ガーウィグ監督とシアーシャ・ローナン(ジョー) Photo by Wilson Webb. © 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
彼によると、照明、特にシーンを明るくしたいという誘惑が、制作中かなりの難題だったそうです。「グレタは、常に映像が生き生きと鮮やかでリアルに見えることを求めており、私たちは暗いシーンや夜のシーンではできるだけ本物の炎やロウソクの明かりを使ったり、日中の屋内では自然に見える窓からの光を使ったりして、この作品の舞台となっている時代を忠実に描けるように努めました。もちろん、いつでもこんなことができるわけではありませんでした。そこで、必要に応じて点滅させることができる2000KのLEDの小さな電球を作り、ワイヤレスで操作が可能な、炎の効果を出すためのクエーサーのチューブ型レインボーランプと合わせて使用しました。LED装置とアリS60のおかげで、柔らかい雰囲気にすることができました」
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』は主に、ル・ソーがオペレーターも務めた1台のカメラで撮影されました。彼のスタッフには、第1カメラアシスタントのグレッグ・ウィマー、第2カメラアシスタントのタリア・クローマル、そしてフィルムローダーを務めたジョシュア・ウェインブレナーがいました。照明担当はフランツ・ウェッタリングスⅢ、ドリーグリップはウィリアム・D・ウィン、キーグリップはフランク・モンテサントでした。
「撮影クルーは全員ボストン地域の出身で、私と監督にとっては全員が初顔合わせでしたが、みんな素晴らしく、制作のあらゆる段階でとても助けられているなと感じさせてくれました」

撮影現場でのグレタ・ガーウィグ監督と撮影監督ヨリック・ル・ソー(AFC) Photo by Wilson Webb. © 2019 CTMG, Inc. All Rights Reserved.
ル・ソーはこう締 めくくります。「フィルムは宝物です。そして、35mmは『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の中で、自然に、その時代をまるで本物のように描いてくれる素晴らしいものだったと思います。屋外の樹木や低木や花に手が届きそうな感覚を生み、クローズアップでの見事な肌のトーンの表現を通じて、俳優陣とのリアルな繋がりを感じさせてくれるのです」
「私は常々、露出とVariconを使って、ネガの増感が可能で、さらに、納得のいく表情も残すことができると確信していました。本作をご覧になる時には、グレタが求めた、繋がっているという感覚を楽しんでもらえたらと思います」
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
2020年6月12日より全国順次公開中
原 題: Little Women
製作国: アメリカ
配 給: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
公式サイト: https://www.storyofmylife.jp/