2020年 9月 10日 VOL.167
少年が大人に成長する姿を描いたジョナ・ヒル監督作『mid90s ミッドナインティーズ』にコダックのスーパー16が魂を吹き込む
映画『mid90s ミッドナインティーズ』より、オーラン・プレナットとライダー・マクラフリン Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
スーパー16で撮影され、高い評価を受けた本作は、1990年代のロサンゼルスに住む13歳の少年、スティーヴィーが、問題を抱えた家での暮らしと、カルバーシティにあるモーターアベニューのスケートボードショップで出会った新しい友だちグループとの間を行き来しながら夏を過ごす姿を描いています。
A24とウェイポイント・プロダクションズによる製作費500万ドルの本作は、イーライ・ブッシュとスコット・ルーディンが製作を務めており、ベネット・ミラー監督作『マネーボール』(2011年)とマーティン・スコセッシ監督作『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2014年)の演技でアカデミー賞にノミネートされたことで知られる、ジョナ・ヒルの長編監督デビュー作です。シネマトグラファーのクリストファー・ブローヴェルトが撮影を行ったのですが、世界中の映画祭で幅広く批評家からの称賛を受けており、2019年のベルリン国際映画祭ではパノラマ部門で上映されました。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』の撮影現場より、シネマトグラファーのクリストファー・ブローヴェルト Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
「この作品はジョナ・ヒルの意欲作で、ロサンゼルスで育った彼自身の個人的な経験を基にしているのですが、楽しい時間と真っ暗な時間の両方が交互にやって来て、胸がいっぱいになります」とブローヴェルトは言います。ブローヴェルトは、スーパー16で撮影したジェフ・プライス監督の『LOW DOWN ロウダウン』で、2014年のサンダンス映画祭において撮影賞を受賞しています。ブローヴェルトによるその他のフィルム作品には、35mm作品の『Meek’s Cutoff(原題)』、16mmで制作した『Nobody Walks(原題)』(2012)、『LOW DOWN ロウダウン』(16mmアナモフィック、2014)、『Aspirational(原題)』(2014)、『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016)などがあります。
「『mid90s ミッドナインティーズ』は思春期を探る物語です。友情を見つけ、仲間に入るという、何かに属することへの青い憧れを描いています。ストーリーと、ロサンゼルスという舞台は、個人的なところで私と非常に共鳴しました。私はハリウッドとシリコンバレーで育ち、ジョナと同様、私自身もスケートボードに夢中でした。バスを乗り降りしたり、ヤシの木々の中、あちこちでスケードボードをしたり、Tシャツを着て日焼けしたり、いろいろな冒険や事件に満ちた、長く暑い夏の日々をはっきりと覚えています。ジョナと私は、その独特な空気感をこの作品に呼び起こしたいという点で同じ気持ちを持っていたのです」
映画『mid90s ミッドナインティーズ』の撮影現場より、シネマトグラファーのクリストファー・ブローヴェルト Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
『mid90s ミッドナインティーズ』は2017年の夏に、35日間をかけて、ロサンゼルスのさまざまな場所で撮影されました。ロケーションには、スケートボーダーたちにとっては歴史的な建物であるカルバーシティの庁舎の外や、イースト・ロサンゼルスのモンテベロ地区にある、ウィッター・ブールバードなどもありました。「最近は都市の大部分が高級化していたり発展していたりするので、昔の時代を撮影するにはウエスト・ロサンゼルスから離れなければいけないのです」とブローヴェルトは言います。
ブローヴェルトによると、撮影前にブローヴェルトとヒル監督が本作の精神と美学について話し合った中で最も重要な着想は、本物にこだわることだったそうです。
『mid90s ミッドナインティーズ』でインスピレーションのもとになったものは、ガス・ヴァン・サント監督の『ドラッグストア・カウボーイ』(1989、撮影監督:ロバート・イェーマン(ASC))や、リン・ラムジー監督の『ボクと空と麦畑』(1999)と『モーヴァン』(2002)(どちらも撮影監督:アルウィン・カックラー(BSC))、そしてシェーン・メドウス監督の『THIS IS ENGLAND』(2006、撮影監督:ダニー・コーエン(BSC))など、16mmと35mmフィルムで制作されたありとあらゆる作品でした。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』より、サニー・スリッチとナケル・スミス Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
「真実や出来事の現実性を見せたい時はどうするでしょう?」とブローヴェルトは振り返ります。「私たちは幾度となく、アクションを観察するカメラでの撮影に立ち戻りますが、カメラそのものの存在は見せず、ストーリーライン上本当に必要な時のみ動くのです。いろんな角度から撮影することもしたくありませんでした。本作の全体的な約束事は、実際の出来事の視覚的なドキュメントを提供することであり、ショットリストは実利的かつ計算され尽くしたものになるようにしていました。ですから、この映画の冒頭で、スティーヴィーが荒れた家の狭い廊下で彼の兄にお尻を蹴られるのですが、それが実際に起きたことのように見えるのです」
スーパー16のフィルムでの撮影も、リアリティーを記録するという約束事に力を貸しました。その場で使える自然光をできるだけ利用し、アクションを4:3のアスペクト比に収めているのですが、このアスペクト比は、多くの人たちが1990年代にビデオテープやVHSで映画を見ていた形を再現しているのです。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』の撮影現場より、シネマトグラファーのクリストファー・ブローヴェルト Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
ブローヴェルトはさらにこう説明します。「フィルムの美点のひとつが、ある時代へのパスポートをくれることです。ちょうどいいノスタルジックさが漂うルックにするには、現場で露出不足にし、ネガを物足りない感じにして、さらにラボで1段減感すれば、非常に簡単に実現できます。これにより色が抑えられ、コントラストが和らぐのです。もちろんこれは、ヤフミン・アッサの見事な美術デザインと、ハイディ・ビヴェンズの優れた衣装デザインに助けられていました。デジタルで撮影する場合、当時の感じを出すため、実際にはフィルターや古いレンズ、粒子感の増加などをいろいろと組み合わせて映像を加工しなければなりません。ですが、フィルムならその場でそれが実現できるのです」
ブローヴェルトは、カルバーシティにあるケスロー・カメラ提供のARRI 416の16mmカメラとツァイス・スーパースピード プライムレンズを組み合わせ、Aカメラを操作しました。彼のクルーにはBカメラおよびステディカムのデニス・ノイエス、ファーストカメラアシスタントのジェシー・ケイン、照明担当のジェシー・ワイン、そしてキーグリップのエリック・ミュッツなどがおり、ブローヴェルトはファースト助監督のスコット・ロバートソンとの共同作業を楽しんだそうです。
ブローヴェルトは本作で、3タイプのコダック VISION3 カラーネガティブ フィルムを選びました。日中の屋外および日中の屋内の大部分で使った50D 7203、薄暗いシーン用の250D 7207、そして夜のシーン用の500T 7219です。ラッシュの現像はフォトケムで行われました。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』の撮影現場より、シネマトグラファーのクリストファー・ブローヴェルト Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
「50Dをテストした際、私は心から驚き、主力フォーマットとしてほれ込みました」とブローヴェルトは言います。「真夏の日差しの中でフレームの4分の1に影を入れて撮影したのですが、私はそのダイナミックレンジに感動し、映像の暗い部分にもディテールをたくさん映すことができたのが信じられませんでした。この作品を通して、露出不足にしてからラボで1段減感するということをやったのですが、映像はより素晴らしくなりました。ロサンゼルスの日差しの中で低感度フィルムを使うさらなる利点は、レンズの前にNDフィルターのようなガラスが必要ないということで、私はそこがとても気に入りました」
「太陽が沈むまではできるだけ50Dを使いましたが、太陽が沈むとすぐに250Dに切り替えました。250Dも露出不足にして、ラボで減感現像を行いました。ですが、この2つのデーライトフィルムは驚くほどうまく調和するので、まったく問題ありませんでした」
映画『mid90s ミッドナインティーズ』より、ナケル・スミスとオーラン・プレナット Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
ブローヴェルトによると、彼の50Dへの愛情は相当なもので、通常ならもっと感度の高いデーライトやタングステンフィルムに変えるかもしれないような、スケートボードショップの屋内シーンでもこのフィルムを使ったそうです。
「窓越しに光を増強する18K、スケードボードショップ内の蛍光灯、そしてわずかなキーライト、フィルライトを使い、すべての照明器具で調光装置を使用して光を作り、十分50Dを露出できる照明にしたのですが、その屋内のシーンも素晴らしい映像になりました」
夜のシーンの撮影について、ブローヴェルトはこう付け加えます。「500Tはラチチュードが広く、非常に弾力性があり、夜間の作業に最適です。デジタル撮影なら使っていたはずの照明はまったく必要ありませんでした。そして、街灯や車からの光があるほの暗い場所でも躊躇なく現場でオーバー露出にしたり、ラボで500Tを増感現像したりして、粗さや粒子の質感を若干足すことができました」
映画『mid90s ミッドナインティーズ』の撮影現場より、シネマトグラファーのクリストファー・ブローヴェルトと出演者たち Photo by Tobin Yelland. (c) 2018 A24.
フィルムで撮影することの価値について、ブローヴェルトはこう述べています。「信じられないほど特別なのです。映画作りに携わる家系の中で、私は三世代目に当たります。父、祖父、おじたちはそれぞれハリウッドのカメラやグリップ部門で働いていました。私が子供の頃はハリス・サヴィデスやクリストファー・ドイル、ランス・アコードといったシネマトグラファーが手がけた作品はどれもフィルムで撮影されており、そんな環境の中で私はこの世界に入っていったのです」
「貴重で限りあるリソースがカメラの中で回っていることを知っていると、大量のデータが際限なく存在するデジタルでの撮影の時よりも、細心の注意を払い、より丁寧に撮影をすることになります」
最後に彼はこう締めくくります。「フィルムには、私の中で息づき、明確に他の人々に、特に俳優たちにやる気を与えるロマンチシズムがあります。フィルムは、そういった魂をもたらしてくれますし、視覚的なストーリーテリングのための手法として残していくのは素晴らしいことなのです。再びフィルムで撮影できたことは大変うれしく、『mid90s ミッドナインティーズ』で達成した出来栄えに誇りを感じています」
『mid90s ミッドナインティーズ』
9月4日より、新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイント、グランドシネマサンシャインほか全国順次公開中
製作年: 2018年
製作国: アメリカ
原 題: Mid90s
配 給: トランスフォーマー
公式サイト: http://www.transformer.co.jp/m/mid90s/