2021年 3月 25日 VOL.173

35mm 2パーフォレーション撮影のコダックフィルムと体験型のサウンドデザインが、ダリウス・マーダー監督の必見映画『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』に特別な響きをもたらす

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『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

「陶酔できる」「手本のよう」「断固たる作品」などと称賛された、ダリウス・マーダー監督のデビュー作『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』は、コダックの35mmフィルムに2パーフォレーションで撮影された作品で、必見の1本になっています。

 

本作はアメリカの一部映画館で上映され、2020年12月4日にはAmazonプライムで公開されましたが、その後5つ星評価を受け、おそらく2021年のアワードシーズンでも数多くのノミネートを受けるでしょう。

※ 2021年(第93回)アカデミー賞では、作品、主演男優、助演男優など6部門にノミネートされました。

マーダー監督(『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』の脚本を執筆)が、自ら監督を務めると同時に、弟のエイブラハムとの共同脚本も担当した本作では、頭角を現しているイギリスの俳優リズ・アーメットが、ヘロイン依存症から立ち直ろうとする激しいパンクドラマーのルーベン・ストーンを演じています。ルーベンは、ギター担当のガールフレンド、ルー(オリヴィア・クック)と一緒にガタガタのエアストリーム(アメリカのキャンピングカーブランド)のトレーラーで暮らしており、2人は“バックギャモン”の名前で一緒に演奏し、パンク界での成功を夢見ています。

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

しかし、アドレナリン全開で一夜限りの演奏を繰り返す中で、ルーベンは断続的な難聴を感じるようになります。その状態は急速に悪化していくだろうという専門家の話を聞き、自身の音楽キャリア、さらには自分の人生をもこれで終わったと考えます。ルーは、ルーベンの依存症の再発防止と、自身の新しい状態に適応できることを願って、彼を人里離れた場所にある聴覚障害者のための施設に入れます。コミュニティーに歓迎されるルーベンは、自身の安定と、かつての人生を取り戻したいという衝動のどちらを選ぶか、選択を迫られます。

批評家たちは、アーメットとクックの感情のこもった演技に加え、オランダの撮影監督ダニエル・バウケット(NSC)による、人々を魅了する撮影技術にも注目しています。また、本作では、映画全体を通して革新的な体験型のサウンドデザイン技術に字幕の使用を組み合わせ、ルーベンの難聴の影響を伝えています。

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

バウケットは、本作の撮影前に約8週間準備し、撮影は2018年の春、夏、秋にボストン、イプスウィッチ、マサチューセッツ、そしてベルギーのアントワープ周辺のロケーションで、のべ24日間かけて行われました。

「ダリウスと最初に電話した時に、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』はフィルムで、できれば秋か冬に撮影したいという希望を伝えました」とバウケットは言います。「雪や寒さの音響と組み合わせた35mmの特性が、この物語によく合うだろうということが想像できたんです」

「ダリウスも同じ思いでした。最終の映像には、わずかな粒子感がありつつも、同時に、音楽と同じように飽和した豊かさもある、非常に映画的なルックが必要でした。俳優たちの演技に余白と自由さを残すという点でドキュメンタリーの雰囲気を出すためです。結局、冬の撮影はありませんでしたが、2パーフォレーション/35mmで撮影するということで意見が一致しました。このフォーマットには、映像にもたらしてくれる質感と、物語のさまざまなノイズと静寂の中でワイドスクリーン フォーマットというフレーミングの可能性もあったからです」

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

本作の美しさについて、最初はエディ・スリマン・ダイアリーやユージン・リチャーズの「The Blue Room(原題)」の写真など、参考になる写真の小冊子を中心に話を展開させ、全体的な話し合いは、感情とコミュニケーションの表現、特に聞こえない状況の中での表現に焦点を当てました。

「ダリウスと私は“音”の視点について話しました。ルーベンは聴力を失った時に何を経験するのか?彼が聞こえない時に観客は何を経験するのか?それを目にも見えるようにする必要はあるのか?特にサウンドデザイナーのニコラス・ベッカーとの会話は興味深かったですね」とバウケットは語ります。

「35mmフィルムの積層され、洗練された撮影という点で、実際にインスピレーションを与えてくれた作品の1つが、『Wuthering Heights(原題)』(2011年、監督:アンドレア・アーノルド、撮影監督:ロビー・ライアン(BSC、ISC))で、特に若い頃のヒースクリフのシーンに着想を得ました。自由で直感的でありながら、実は巧みに選定されており、とても具体的なんです。ひびの入った、すきま風の入る窓にいる虫のディテールで時間の流れを見せるやり方が美しいと思いました。それは非常に視覚的な言語であり、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』ではある聴覚レベルでそれに近いものを取り入れ、偽りなく控えめで自然なカメラワークにしようと私たちは考えました」

バウケットは、2人のトレーラー兼サウンドスタジオである狭い家でも操作可能な、機動性も兼ね備えた同録できる手ごろなカメラ構成が必要だということに気付き、シグマのレンズを装着したアトーン・ペネロープ 35mmカメラで撮影を行いました。

「2パーフォレーション・モードの時にとても静かなうえ、コンパクトで非常に軽量なので、私はアトーン・ペネロープの大ファンなんです」と撮影監督のバウケットは言います。「シグマのレンズはそこまで高価でないにも関わらず、長年にわたるレンズの知識に裏付けられて製造されています。アムステルダムで少しテストを行い、その特性、サイズ、最大口径、撮影最短距離からこのレンズを選びました」

バウケットは本作のために3種類のコダック VISION3 カラーネガフィルムを選びました。50D 5203、250D 5207、500T 5219です。

「私たちは流動的なスケジュールで動いており、限られた制作時間は演技に充てて、全体のルックは自然に保つ方がいいと考えていました」とバウケットは説明します。「ですから、使える光を利用して照明のセッティングを最小限にするように計画を立てたのですが、これはつまり、制作を通して撮影感度にやや工夫が必要になるということでした」

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

「日中の屋外はASA感度50で充分過ぎるほどでしたし、250Dは日中の屋内のハイライトと影のディテールを映すのに必要なダイナミックレンジを完全に備えていました。夜のシーンには高感度の500T タングステンという調和の取れたフィルムを使いました。250Dと合う雰囲気を作る方法を確認するため、50Dの増感現像テストをいくつか行いましたが、最終的に普通に現像した50Dのルックが良いということになりました」

アトーン・ペネロープのカメラはアクセサリと共に、ロサンゼルスのカムテックを通じて、撮影監督の友人から借り受けたもので、フィルムの現像はフォトケムで行われました。

撮影そのものを振り返りバウケットはこう言います。「利用できる光の中でかなりの部分を撮影しましたが、必要と感じる場面では小さめのHMIやスカイパネル、LEDチューブを組み合わせて使うこともあり、ほとんどのシーンでは手持ちかスティックで撮影しました」

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

「マガジン内のフィルムの長さは有限のリソースですので、デジタルのようにエンドレスで撮影を続けることができませんが、そこには明確な利点があります。本作のような映画では、チームの全レベルで別次元の集中力が発揮され、これによって大抵は1テイクか2テイク撮影するだけで済みました」

「フィルムで撮影する際のセットでのエネルギーは別格です。ペースも違いますし、集中力も高くなります。こういったすべてが助けになりました。フィルムはデジタル撮影のプロジェクトでは失われがちな深みや個性、色の再現ももたらしてくれます。良い映像というものが、常にシャープで抜けが良く、完璧な露出であることというのは真実ではありません」

鳴っている音の強さを考えて、バウケットはほとんどの場面でカメラの動きを目立たせないようにしました。環境にはワイドショットを、人物にはクローズアップを使い、大抵の場合、特に静寂のシーンでは、あえてカットせずに1ショットを長引かせるようにしたのです。

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

「これにより、観ている人をその瞬間により深く入り込ませ、何となく居心地の悪い感じをうまく作り出します」とバウケットは説明します。「カットすると、観客を聴力のある人物としてその瞬間から解放することになります。しかし、私たちのプロセスで非常に重要だったのは、この作品は私たちの中でも聴力のない状態とほぼ同じようにするということでした。つまり、手話がある時には、情報を伝えるために人物の体をもっと見せるようにしなければならなかったということです。そうしないと、聴力のない人は、相手の“言っている”こともしくは“伝達している”ことを理解できません。そして、人物の特定の表情を見せるには、そのためのさらなるクローズアップが必要になります。私たちはこの点をたくさん話し合いました。また、聴覚障害を持つ俳優たちと仕事をしてたくさんのことを学んだのです」

制作チームはたった1日で、アーメットとクックが演じた本作のコンサートシーンを両方とも撮影しなければなりませんでした。

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

「生のパフォーマンスで、その映像と音の両方をステージで体験し撮影できて本当に良かったです。私たちは手持ちで、物理的なクローズアップを多用して、リズが感情をほとばしらせてドラムを叩き、マイクに向かうオリビアがギターを演奏してサンプラーを操作する姿を撮影しました。そのおかげで、このシーンにかなりの個性と親密さが生まれました。照明はロケーションにもともと吊るされていたものにインスピレーションをもらい、きれい過ぎず、全体的に暗めになるようにしました。非常にコントラストの強いセットでしたが、その後の最終のグレーディングで影とハイライトのディテールをそこまで調整しなくても良かったことに驚きました。また、35mmフィルムが、彼らの肌に美しく反応する不思議なグレアとストロボをすべて表現できていたことにも満足しました」

フィルムによる撮影についての彼の全体的な考え方はこうです。バウケットは「私は学び、卒業し、最初のプロジェクトをフィルムで撮影しました。個人的には、過去15年間のデジタルの革命を満喫していたわけではありませんでした。そこに映像をフィルムのようなルックにする作業が含まれていることもそうですし、そして、私の撮影や写真への関心はデジタルのプロセスには関わりがないことも理由の一部です」と打ち明けます。

『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』 Image courtesy and copyright of Amazon Studios.

「デジタルで撮影する主な理由は、多くの場合、プロセスを安く抑える必要があること、あるいは、コンテンツの消費が速くなっているということす。物事の価値から目を逸らさず、あらゆる意味で厳しい目を持ち続けることが重要だと感じています。私たちがコンテンツを制作、撮影、販売するスピードは、時として恐ろしいほど表層的になっていることがあります。単に消費するだけでなく、人々に違う考え方を促すような形で物事を制作し続けていくことが大切なのです」

(2020年11月20日発信 Kodakウェブサイトより)