
2021年 4月 9日 VOL.174
第42回モスクワ国際映画祭 正式出品
第2回江陵国際映画祭 オープニング作品
映画『椿の庭』― 監督・脚本・撮影 上田義彦氏 インタビュー

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
「もし私がこの家から離れてしまったら、ここでの家族の記憶や、そういうもの全て、思い出せなくなってしまうのかしら」
構想15年。写真界の巨匠 上田義彦氏 映画初監督作品
サントリー、資生堂、TOYOTAなど数多くの広告写真を手掛け、その卓越した美学で人々を魅了し国内外で高い評価を得ている写真家 上田義彦氏が、構想から15年の歳月をかけた渾身の一作『椿の庭』で映画監督デビュー。監督自身が時代の移り変わりの節々で感じ取った感情や幼いころの記憶を、思い出しては書き留め続け、その言葉を土台に自身で脚本を練り上げ、さらに映画本編の撮影も行った。(公式サイトより引用)
4月9日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
今号では、上田義彦氏に、フィルム撮影を選択された経緯やこだわり、現場のお話などをお伺いしました。
これまで数々の作品をフィルムで撮影されていますが、今回ご自身の初監督作品で35mmフィルム撮影を選択された経緯を教えて下さい。
上田氏: フィルム撮影を選択している理由は、私自身がフィルムで育ったからというのがひとつの理由です。CM撮影では、フィルムを選択したいという私の意向が、制作に受け入れてもらえているから使用できているという面もありますが、当然、デジタル撮影と比べてどうかという話にはなります。デジタルは、デジタルでしか撮影できない環境であったり、フィルムでは撮れない暗さのものなどを撮影することが可能なことは十分理解しています。その上でフィルム撮影を選択しているのは、人間の目はフィルムの粒子を捉えることが出来るということだと思います。感覚的な話に聞こえるかもしれませんが、スチル写真をプリントする際ネガを引き伸ばし機にかけてピントルーペで、粒子を確認しながらプリント作業をしていくのですが、人がその写真を見た時にはあまり粒子の話にはならず、全体的な画として見ています。でも、人間の目は凄いので、実は粒子を無意識に感じている。そこから、感覚的にその画が美しいなどという印象に結びついていくのだと思います。デジタルではそういったことは構造的に感じることができない。粒子の存在というものが、明らかに私がフィルム撮影を選択する理由になっていると思います。

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
ザラザラとした感触のある質感
上田氏: 映画の場合、1秒間に24コマですが、人間の目は光に投影された粒子のある画を無意識に感じていると思います。ランダムな粒子の構造は、フィルムの特徴ですし、それは大変魅力的なものだと思います。デジタルの画もフィルムの画と比べると遜色ないかもしれませんが、例えとしてフィルムはザラザラしているということで表すと、デジタルはツルリとしていると感じてしまいます。ツルリという表現が良いかどうかは別として、デジタルの画は平面的に感じてしまうということです。フィルムの画はザラザラとした独特の感触があって、それがデジタルの画とは決定的に違います。その質感が、私は好きなのだと思います。

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
監督は、VISION3 250D 5207をよくご使用頂いています。
上田氏: VISION3 250D 5207 は、ここ10年以上使い続けていると思います。汎用性があって非常に 使いやすいからですね。私は、パナビジョンのカメラとレンズを使用していますが、その組み合わせが非常に250Dとの相性が良いからです。

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
制限がある方が、何かしらピュアなものが生まれる
照明は全て自然光と伺いましたが?
上田氏: そうです。今回は、大前提として照明は使用しないということで撮影しています。光は全て自然光で、高感度の500Tも使用しています。光量が足りない場合は、レフ版や、部屋の電灯光で補いました。CMなどの撮影現場では、もしもの場合、予備の照明機材など万が一を考慮して準備だけはしておくということが多いのですが、この映画ではそういったことはなくギリギリの自然光で撮影しました。フィルムには感度があり、それに応じて適正な光量を必要とするのですが、人工的な光を足してこちらが意図したものを撮影していくという方向ではなくて、今、そこにある自然の光の全てを頂いて、捉えていくということです。そういった制限がある方が、何かしらピュアなものが生まれるんじゃないかと思いましたし、自分が思い描いている映像というものがそこにあると思っています。

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
フィルターは使用されていますか?
上田氏: 私は、基本的にフィルターを使用しません。人が感じる光というものは、夏の光だったり冬の光だったり、環境によって異なった印象を感じますが、光というのは例えば自然光が自分の手元に届くまでに様々なものに反射し影響を受けた光です。そこにわざわざフィルターをかけると、それによって微妙に失っていく色というものがでてきます。反対に自然の光をそのまま受け入れて、それを全部頂くということをした時に、リッチな光が写ると思っています。私が撮影してきた映像は、その時々に自分が経験してきたことから徐々に自然に構築されていったものです。今回の映画も私の写真が動いていたという言い方をする人がいました。写真でも映像でもそうですが、例えば光についても私自身に驚くものがあれば、それは他の人も同じ経験をするはずですし、逆に、そういった驚きがなく、全て自分の頭の中で計算して生まれてきたものはそのようにしか伝わらないと思います。

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
ワークフローについてはいかがですか?
上田氏: 現像は東京現像所で、全てノーマルで現像しています。デジタイズはネガからダイレクトスキャンでスキャニティを使用しています。グレーディングについては、カラリストの福田康夫さんともう20年以上、一緒に仕事をしています。画の基本的な方向性は私が決めますが、福田さんは私の生理をほぼ理解されている方なので、作業は何度かのやり取りでスムーズに決まっていくという感じです。

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

(C)2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
フィルム撮影を選択し続ける理由
これからもフィルム撮影を続けていかれますか?
上田氏: フィルム撮影を選択し続けている理由が実はもうひとつあります。10年ぐらい前からフィルムは無くなるかもしれないという危機感があって、当然無くなっては困るという強い思いがあります。フィルムは文化のひとつだと思っています。無くなって欲しくはないのですが、私のようにフィルムにこだわる人間が一人でもそれを選択し続けなければフィルムメーカーもフィルム作りを存続できない。需要が無くなれば当然消えていってしまう。それをさせないためにも私はフィルム撮影にこだわっていきたいと思っていますし、フィルムメーカーもフィルムを造り続けて欲しいと願っています。それと、フィルム撮影は文化のひとつだと言った意味には、フィルム撮影の現場が人から人への技術の継承、人材の育成に繋がっているという思いがあります。これは非常に重要で、カメラマンからチーフへ、チーフからセカンド、セカンドからサードへと、フィルム撮影の技術の継承は繋がっています。また、デジタルで撮影されたものが完全にフィルムを凌駕していて遜色がなく、画の感じ方が果たして同じかというと、これははっきりと「違う」と言えるので、これはこだわる必要があるものだと思っています。
(インタビュー:2021年 3月)
PROFILE
上田 義彦
うえだ よしひこ
写真家、多摩美術大学教授。1957年生まれ、兵庫県出身。1979年ビジュアルアーツ大阪卒業。福田匡伸・有田泰而に師事。1982年に写真家として独立。以来、透徹した自身の美学のもと、さまざまな被写体に向き合う。ポートレート、静物、風景、建築、パフォーマンスなど、カテゴリーを超越した作品は国内外で高い評価を得る。またエディトリアルワークをきっかけに、広告写真やコマーシャルフィルムなどを数多く手がけ、東京ADC賞最高賞、ニューヨークADC賞、カンヌグラフィック銀賞はじめ、国内外の様々な賞を受賞。作家活動は独立当初から継続し、2020年までに38冊の写真集を刊行。
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(C)HIRAOKA SHOKO
代表的な写真集に、ネイティブアメリカンの聖なる森を捉えた『QUINAULT』(1993/京都書院→青幻舎)、前衛舞踏家・天児牛大のポートレイト集『AMAGATSU』(1995/光琳社出版)、自身の家族にカメラを向けた『at Home』(2006/リトル・モア)、屋久島の森に宿る生命の根源にフォーカスした『materia』(2012/求龍堂)、自身の30年を超える活動の集大成的写真集『A Life with Camera』(2015/羽鳥書店)、近著には、Quinault・屋久島・奈良春日大社の3つの原生林を撮り下ろした『FOREST 印象と記憶 1989-2017』、一枚の白い紙に落ちる光と影の記憶『68TH STREET』、『 林檎の木』などがある。2011年、Gallery 916を主宰し、写真展企画、展示、写真集の出版をトータルでプロデュース。2014年には日本写真協会作家賞を受賞。同年より多摩美術大学グラフィックデザイン科教授として後進の育成にも力を注いでいる。