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2021年 4月 20日 VOL.175

Netflix映画『40歳の解釈:ラダの場合』のため、世界を白黒で見る撮影監督 エリック・ブランコ

撮影監督のエリック・ブランコは、ラダ・ブランクのシーンを照明する際に、窓を利用して照明スタンドの設置を避けた。 Photo courtesy of Inuka Bacote and Eric Branco.

2019年8月、バラエティ誌は、プロデューサーのレナ・ウェイス(『Queen & Slim(原題)』)が、ラダ・ブランク(『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』)の脚本・監督、さらに40歳でラッパーとして身を立て直そうと決意し奮闘するニューヨークの劇作家役で主演を務めるコメディを製作中だと報じました。『40歳の解釈:ラダの場合』の主要な撮影はニューヨーク市で20日間かけて行われ、撮影監督のエリック・ブランコ(『Clemency(原題)』)が35mm白黒フィルムで撮影しました。「いろいろな点で違いがありましたが、入り込みやすく快適でもありました」とブランコは述べています。「ラダと私はニューヨーク市出身で、2人とも近い感性を持っていました。『40歳の解釈:ラダの場合』は、私がかつて街中を走り回ったり、即興で撮影したりして作った映画と似たような感じでしたが、規模はずっと大きかったです」。主要スタッフには、ガッファーのタイラー・ハーモン=タウンゼント、キーグリップのスコット・デアンジェロ、カメラオペレーターのブレント・ワイヒセル、ファーストカメラアシスタントのツィエン・シェン、セカンドカメラアシスタントのジョナサン・ジェン、ローダーのアンジェラ・コヴィオが参加しました。

ブランク監督の演出と演技により、撮影プロセスは複雑にはなりませんでした。「ラダはこの作品に対して唯一無二のビジョンを持っていたので、彼女がこういったすべての役割を担うことは理にかなっていました」とブランコは言います。「モニターやビデオビレッジからではなく、場面の中から指示を出すという、他とは違う監督の仕方です。はるかに没入感があります」。撮影方法に関する話し合いの大部分はプリプロダクション中に行われました。「私たちは本作の映画的な言語を確認する努力をしたので、セットに入る時には、そういったことはすべて完了していて、同じ戦略を持っていました」。ニューヨーク市のストリートスナップが視覚的なスタイルに影響を与えました。「ラダが最初に声をかけてくれた時、私はたまたまニューヨークに来ていました。実はバッグの中をストリートスナップの本でいっぱいにして、面談に行ったんです。この作品は初めから白黒になる予定でした。それが彼女のビジョンだったのです。私はブルース・デビッドソン、マット・ウェーバー、ソール・ライター、ゴードン・パークス、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ウィージーの本を持っていました」

撮影監督のエリック・ブランコは、ブルース・デビッドソン、マット・ウェーバー、ソール・ライター、ゴードン・パークス、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ウィージーらのストリートスナップに影響を受けた。 Photo courtesy of Inuka Bacote and Eric Branco.

ブランク監督は初めから、映像を白黒の35mmフィルムで撮影することを希望していました。「ラダによると、最近のアフリカ系アメリカ人の映画はまだ始まったばかりであるというのが主な理由でした」とブランコは説明します。「もちろん、アフリカ系アメリカ人の映画の試金石となる映画はありますが、私たちは量・質ともに新しいレベルに到達しようとしているんです。ラダは他の多くの系統には白黒、フランスのニューウェーブ、ノワールなど、何であれそういった作品があると感じていました。しかし、(アフリカ系アメリカ人の映画の)試金石となる作品のほとんどはカラーなので、白黒の魅力ある映画的な銀の美しさで表現された自分自身を見られていないのです」。コダックのイーストマン ダブル-X 白黒ネガティブ フィルム 5222がメインのフィルムでした。実際に5222で撮影できるようにするには、いろいろと説得が必要でした。「多くの白黒映画は5219か他のカラーフィルムで撮影した後、プリントもしくはスキャンとグレーディングで白黒にされているのです」

時には、ラダ・ブランクとエリック・ブランコは、翌日のロケーションがどこになるかが分からないままシーンを撮影することもあった。 Photo courtesy of Inuka Bacote and Eric Branco.

夜間の屋外はコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219で撮影しました。「夜の屋外で、5219による撮影がわずかにありました」とブランコは打ち明けます。「目に映るニューヨークの夜の姿を捉えたかったのです。5222はASA感度がわずか200なので、夜は街のシーンに照明を当てることになり、その方法だと自然なリアリズムがいくらか損なわれていたでしょう。私たちはたくさんテストを行い、5219で夜の屋外を撮影することにしました。5222の粒子と合うように2段増感し、さらに、ブリーチバイパスで幾分銀を残すことで、ハレーションに役立ちました」。カメラ機器はニューヨーク市のテクノロジカル・シネビデオ・サービスが提供しました。「私たちはARRI社のアリカムLTカメラで撮影しましたが、ARRI社は2パーフォと3パーフォ用にアルミニウムのプレッシャープレートしか製造していません。5222にはハレーション防止層がありませんので何が起きるかというと、強い光源から入射した光は、フィルムを露光したのちプレッシャープレートで跳ね返ってフィルムの裏側を再露光するのです。その結果、この奇妙な垂直のフレアをもたらすことになります。ARRI社は陽極酸化仕上げの黒いプレッシャープレートを4パーフォのみに製造していため、私たちは4パーフォで撮影しなければなりませんでした。求めるルックにたどり着くために何ロールも撮影しました。5222はどれも1段増感されています」

ファーストカメラアシスタントのツィエン・シェン(左)と撮影監督 エリック・ブランコは、400フィートと1000フィートのマガジンを使って撮影に臨んだ。 Photo courtesy of Inuka Bacote and Eric Branco.

「私はフィルムで白黒の撮影をし、ハリウッドの栄光の日々の感じを取り戻すというアイデアに合わせて、ツァイスのスーパースピード・レンズで撮影を行いました」とブランコは言います。「それに、現代のレンズを使いたくはありませんでした。マスタープライムが私のお気に入りなのですが、そういったレンズはこの作品で使うレンズではなかったのです。スーパースピードは古くて粗めのレンズです。このレンズは私に、1970年代の美しい自然主義的な映画を思い起こさせてくれます。私はより広角側を使うようにしました。一番活躍したのは間違いなく25mmであり、クローズアップやポートレートのショットには50mmもかなり使いました」。一般的には、LEDよりもタングステンの照明の方が好まれます。「LEDはまだタングステンに匹敵していないと思います。ですが、この作品では、色温度についてはそこまで重要ではありませんでした。また、私たちは1日でできるだけたくさん走り回って多くを撮影しようとして、多少雑でも速さを重視しました。私はこの作品でLED照明を採用しました。沢山のライトマットとアステラ・チューブです。これらは、本作のようなシーンでは、間違いなく使わないような機材でした」

準備に1ヶ月かけましたが、ロケーション探しは主要な撮影をしている最中も行われていました。「撮影中に翌日のロケーションが決まっていないこともありました」とブランコは明かします。「スケジュールの都合で撮影を止めることはできなかったのです。いくつかの事柄は他と切り離されてショットリストに入れられており、その後、そのショットリストを使って達成したい事柄をロケーション自体に置き換えることが重要でした。ショットリスト作りの半分はシーンをどう撮影するかについてで、もう半分はそのシーンでどんな感情のリズムになるのか、何が重要で何が重要でないのか、撮影監督と監督の意見を一致させることについてなのです。例えロケーションがなくても、そういったことはどれも重要なのです」。ある1日は、秘密のヒップホップコンサートのシーンのステージで過ごしました。「とんでもなく蒸し暑くなる可能性がある8月のニューヨークで撮影を行いましたが、天気は驚くほど良かったんです。雨で遅れることはありませんでしたね」

撮影監督のエリック・ブランコは25mmレンズがお気に入りで、クローズアップやポートレートは50mmで撮影することが多かった。 Photo courtesy of Inuka Bacote and Eric Branco.

このプロジェクトには、ドキュメンタリーの撮影方法が採用されました。「本作の撮影は、1台のカメラによるものであり、その多くは、手持ちの長回しの一発撮りで1つのシーンを撮りきりました」とブランコは説明します。「我々が撮影したシーンでも、セリフがある人物間でカメラを前後に振るテイクが1つか2つあったのですが、後から編集のロバート・ウィルソン(『Goldie(原題)』)とラダで『これを一発撮りとして流すべきか』、『ここでカメラを振れば即時性を高めることになるか』、『それともストレートカットにすべきか』を選ぶことができました。それが私たちの方法論だったのです」。メリーランド州ロックビルのカラーラボがデイリーの処理を行いました。「アスペクト比はスコープにしました。私たちが捉えようとしていたのは、キャラクターが定まったささやかなストーリーや映画ではあまり聞けないような人物でしたし、スコープだとこの世界の華やかな感じが出るからです」

「私たちは本作の大部分を400フィートのマガジンで撮影しました」とブランコは語ります。「ラダと彼女の恋の相手が即興で歌う時など、1000フィートのマガジンを使った、やや長めのシーンもいくつかありました」。『40歳の解釈:ラダの場合』の終盤では大きな劇が上演されます。「ステージに舞台を作ったのですが、照明のキューがあったので、すべてはテイクごとに実行することができました。それが映画の残りの部分の撮影方法にも合っていたのです」。照明に関して、ブランコはセット上の機材を最小限にするよう努めています。「よくやるのは窓から照明を当てるか、もしくは部屋中に光を反射させるために天井にものを取り付けたり鏡を用意したりします。そうすれば、俳優たちのすぐそばに立つ必要はありません。本作の多くの場面で窓からの光が使われていました。学校のシーンでは大がかりな装置があり、窓の上に1×1の鏡を集合させたものを置いて撮影しました。確かに私はかなりコントラストの問題と向き合いました。ネガフィルをたくさん使いましたね」

DI(デジタル インターメディエイト)は6日間かけて、ニューヨーク市のゴールドクレストでカラリストのナット・ジェンクス(『15年後のラブソング』)と共に行いました。「フィルムがスキャンされたとたんに、作業は現代的なハイブリッドのフィルムワークフローであるデジタルの仕事になりました」とブランコは言います。「DIで驚いたことは、フィルムで撮影したおかげでハイライトとシャドウを非常にうまく保てていたことです。窓のハイライトを落とし、さらに数シーンを再スキャンしてハイライトを抑えてから、DIでそれらを合成しました。デジタルで撮影していたらできなかっただろう楽しいことがたくさんありましたね」。視覚効果は最小限で、ちょっとしたクリーンアップをいくつか行っただけでした。

エリック・ブランコは2019年のバラエティ誌で、注目すべき10人の撮影監督の一人として挙げられた。 Photo courtesy of Inuka Bacote and Eric Branco.

「この作品を見て私が興奮してしまうのは、本物のニューヨークの夜に見える夜の屋外の映像です」とブランコは言います。「私たちが使った照明はわずかなものでしたが、それはあちこちにスタンドライトを置くことはしないという私の考えに沿ったものでした。私たちはいろんなシーンで通りの向こう側の窓から照明を当てました。ロケーションは通りに1ヶ所、そして通りに視線を向けられる2つ目のロケーションを用意し、窓にLykos (LEDライト)のようなフルユニットを置いて、ブロックの先から撮影しました。一番大きな照明はM40でした」。ブランコにとって最大の課題は、白黒で考えなければならないということでした。「衣装を見ておく必要があり、『青のブレザーにバーガンディのベストと黄褐色のベストは、白黒だと同じ陰影のグレーになるからよくないだろう』と言ったりもしなければなりませんでした。私は白黒のスチル写真をたくさん撮影しているので、白黒には安心感があるのです。それでも、白黒で世界を構築するというのは、間違いなく私にとって新しいことでした」

(2020年1月16日発信 Kodakウェブサイトより)

40歳の解釈:ラダの場合

   Netflixで配信中

 製作年: 2020年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: The Forty-Year-Old Version

​ 公式サイト: https://www.netflix.com/jp/title/80231356

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