2021年 5月 11日 VOL.176

撮影監督 マルツェル・レーヴが、パンデミック中に『マルコム&マリー』と出会う

マルコム(ジョン・デヴィッド・ワシントン)とマリー(ゼンデイヤ)は、『バージニア・ウルフなんかこわくない』の伝統を受け継いだような喧嘩腰の恋愛関係を築いている Courtesy of Netflix

コロナ禍でHBOシリーズの『ユーフォリア/EUPHORIA』第2シーズンの撮影が停止となり、脚本兼監督のサム・レヴィンソンは、『マルコム&マリー』がスタッフの雇用を維持するための手段になると考えました。映画作家マルコム(ジョン・デヴィッド・ワシントン)がガールフレンドのマリー(ゼンデイヤ)と一緒に自身の映画のワールドプレミアから帰宅すると、さまざまな事実が浮かび上がり2人の関係を脅かします。この濃密なドラマ作品は、Netflixが3000万ドルで配給権を獲得したことで世界的な注目を集めました。

「脚本はこの状況を想定して作られたものです」と撮影監督のマルツェル・レーヴは言います。マルツェル・レーヴは過去にレヴィンソン監督と、長編映画『アサシネーション・ネーション』および『ユーフォリア/EUPHORIA』でタッグを組みました。「出演俳優は2人のみ、ロケーションは1ヶ所だけなので、かなり今の環境に合わせた内容になっています。私たちは仕事を開始する前に2週間隔離されました。準備と撮影のスタッフが別々にいて、敷地内への出入りは禁止、準備前と撮影開始前には検査を受けました。厳格な決まりで大変なこともありました。しかし、そのおかげで通常のプロダクションではできないような、俳優との2週間のリハーサルが可能になりました。スタッフや機材を減らしたため、時には動きが少し遅くなることもありましたが、結果的にスタッフだけでなく俳優たちにも家族のような雰囲気が生まれ、最終的にそれが作品にも表れていると思います」

家の外観や周辺はMaxi Bruteや大きなスポットライトでライティングされた Courtesy of Netflix.

いろんなプロデューサーやスタジオが、再びフィルムでの撮影を受け入れるようになってきました。「この点に関して、世の中が保守的でなくなってきているような感じですね」とレーヴは言います。「本作では、我々自身のリソースを使うプロジェクトなら、自分たちのやりたいことをすればいいと考えました。サムも私も、これは白黒の映画だと感じていたので、そこは妥協したくありませんでした。ダブル-Xで撮影したのは映画学校の時が最後でした。私たちはその粒子構造とコントラストが非常に気に入っていました。作品が白黒なら、フィルムも本当の白黒にしようと考えたのです。この作品は、ある種1950年代と60年代の室内劇の伝統を踏襲しており、このフィルムにとても合っています」。フィルムは、35mmの白黒のイーストマン ダブル-X ネガティブ フィルム 5222を3パーフォレーションで使用しました。「私はほとんどの作品をVISION3 500Tで撮影してきました。それに比べるとこのフィルムは感度が低く、コントラストが高く、粒子構造が粗めなのですが、それこそがこの映画に求めていたものでした。フィルムの感度が低いため、照明には昔ながらのアプローチを取ることになりました。大きめのユニットを使い、ディフュージョンを少なくしなければならなかったからです」

『ユーフォリア/EUPHORIA』を撮影中のマルツェル・レーヴ Photo courtesy of Marcell Rév.

「私はほとんどのプロジェクトでフィルムで撮影するようにしています」とレーヴは言います。「デジタルでうまくいくものもありますが、私にとってはフィルムの方がよりリアルなんです。『バージニア・ウルフなんかこわくない』のような作品を参考にしているこの映画は特にそうですね。私たちはクラシックな雰囲気を出したいと思っていたので、フィルムは理にかなっていました」。『マルコム&マリー』の世界はモノクロームです。「白黒映画なので、私が自分の作品でよく使うような、自然な色彩のコントラストに頼ることはもちろんできません。気を付けなければならないのは、カラーネガだと強い色として目立っても、グレースケールでは必ずしも目立たないものがあるということです。映像のコントラストと構造を光だけで作り上げることが必要です。ダブル-Xはコントラストの高いネガですが、中間調より上部ではそれほどリッチではありません。それを逆手に取ってグレーの映画にならないようにし、1950年代のアメリカ映画のような、深い黒とぼんやりした白を表現しました」。カメラテストは『ユーフォリア/EUPHORIA』の撮影中に行われました。「Company 3のカラリスト、トム・プールと私で、今回の映画にも使えるデイリー用のLUTを作りました。ハイライトを維持するために、1/2絞りアンダー露光にしたいと考えました」

脚本家兼監督のサム・レヴィンソンは、新型コロナウィルスの大流行の際に、HBOシリーズ『ユーフォリア/EUPHORIA』のクルーの雇用を確保する手段として、『マルコム&マリー』の制作を考えた Courtesy of Netflix.

1台のアリカムLTカメラが、ツァイスのスタンダードスピードのレンズと組み合わされました。「白黒というだけで、充分大きな視覚的主張でした。キャラクターに接近するのに妨げになるような変わったレンズは選びたくなかったんです」とレーヴは言います。「T2.1で、ワイドショット以外はほとんどをワイドオープンで撮影しました。大抵は32mmから50mmの間で撮影しています。本作の90パーセントくらいがそうです。より広いショットが必要になる時には25mmを使いました。一番接近できるレンズは85mmですね」。本作のアスペクト比は1.85:1です。「1軒の家の中での人間関係を描くドラマなので、シネスコープや目を引くようなものにはしたくありませんでした。アスペクト比は私たちが意識しないようなものでなければならなかったのです」。家の外観と周辺は、Maxi Bruteと大きなスポットライトで照明を当てました。「内部はLED光源のLiteMatとTileLightを使いました。これらの照明の利点は、薄いので天井に取り付けても目立たないことです。それほど厚みのない大きなライトボックスを作ることができるので、俳優たちの頭の上の空間を確保することができます」

『ユーフォリア/EUPHORIA』を撮影中のマルツェル・レーヴ Photo courtesy of Marcell Rév.

主要な撮影は2020年6月17日から7月2日まで行われました。「プロダクションデザインのマイケル・グラスリー(『コンテンダー』)が、カーメルに美しい家を見つけました」とレーヴは振り返ります。「キャタピラー・ハウスと呼ばれており、建築家のジョナサン・フェルドマンが設計しました。有機的でモダンな建築で、ベッドルーム2つと、3面がガラスのスライドドアになっているリビングルームが1部屋あります。この家は丘に囲まれており、映画全体の舞台は夜になります。そのため、壁ではなく、家の周りの風景すべてに照明を当てなければなりませんでした。全部が見えるため、外観を撮影しているような感じでした。フィルムの感度を考えると技術的には課題でしたが、この空間はとても映画的で、いろんなアングルから撮影することが可能でした。家の残りの部分はやや狭く、迷路のような構造になっていて、ベッドルーム2つと複数のバスルームがあり、迷子になった感覚になります。確かにこの映画は演技を中心に展開するのですが、私たちは、強い視覚的な言語を取り入れたいと思っていました。家の周りにドリーのレールを敷ける場所を探していたのです」

ストーリーボードは作られませんでした。「ブロッキングやショットは俳優たちとのリハーサルで考えました。ジョンとゼンデイヤは素晴らしく、一緒に仕事ができて最高です。この映画では、2人の演技に任せてカメラを回しましたが、必要な時には彼らはプロセスの技術的な面も理解し、正確なカメラの動きや位置のために快くテイクを重ねてくれました。主要スタッフにはガファーのダニー・ドゥルとキーグリップのジェフ・クンケルがいました。ダニー・ドゥルはその14日間で自身のスタッフと一緒に家の周りにたくさんある丘の上に巨大な照明を設置しなければなりませんでした。本作ではドリーの動きが多く、ジェフはキーグリップとドリーグリップを同時に行っていました。スタッフの人数を考えると簡単なことではありませんでしたが、彼らは素晴らしい仕事をしてくれました。カメラの操作は私が行いました。第1カメラアシスタントのノリス・フォックスと第2カメラアシスタント兼ローダーのジョナサン・クラークは、撮影の技術面に関して自信を与えてくれる重要な存在でした」

撮影監督 マルツェル・レーヴにとって白黒ネガのダブル-Xは最大の挑戦であり、技術面では最高の贈り物だった Courtesy of Netflix.

ダブル-Xは最大の挑戦であり、技術面では最高の贈り物でした。「ダブル-Xはあまり感度の高いフィルムではないので、簡単とは言えない方法で照明を当てなければなりませんが、『マルコム&マリー』には効果的だったと思います」とレーヴは述べます。「この作品では、これまでサムと一緒にやってきたのとは違うやり方で作業を進めました。技術的な面にこだわらず、俳優たちや場面の雰囲気、そしてこの素材が求めているものに従ったのです。私たちは毎日取り組み方を変え、演技や脚本に応じて映画のスタイルを微調整していました」。観客が、舞台劇ではなく現実の出来事を見ているような感覚になることが重要でした。「素晴らしい台詞やひねりの効いた見事なプロットを書く脚本家はたくさんいますが、サム(・レヴィンソン)は、作品に対して真のシーンを書いており、これができる人はごくわずかだと思います」

(2021年2月5日発信 Kodakウェブサイトより)

マルコム&マリー

   Netflixで配信中

 製作年: 2021年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Malcolm & Marie

​ 公式サイト: https://www.netflix.com/jp/title/81344370