2021年 11月 3日 VOL.182

ドキュメンタリー『インポッシブル・プロジェク インスタントフィルムを復活』

『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』より Images courtesy of Jens Meurer

アナログ技術をこよなく愛するオーストリア人のキャパス博士は、閉鎖が続くポラロイド社の工場を買い取り、独自にフィルムの生産を開始する。しかし、出来上がった商品は、写真の一部が色落ちするなど欠陥だらけ。こうした状況に、この会社でインターンとして働いていた青年が、投資家の父の協力を得てポラロイド社と提携を画策する。――70年代に全盛期を迎えたインスタントフィルム存続のために東奔西走したアナログ大好き人間による復活劇を描いたドキュメンタリー『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』が先日、BS世界のドキュメンタリーでオンエアされ、現在NHKオンデマンド、ビデオマーケット等の動画配信サービスで期間限定配信されています。

アナログ文化に焦点を当てたこのドキュメンタリーは、35mmフィルムで撮影されました。本作の監督が制作の背景や過程について言及しています。

 

 **********

 

数種類の35mm コダック VISION3 フィルムで撮影されたドキュメンタリー『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』は、デジタル全盛の時代であっても、カラフルで、スタイリッシュで、面白くて、示唆に富んだアナログ製品やプロセスへの賛歌となっています。

多作な映画監督イェンス・ミューラーが制作・監督・ナレーションを担当したこのドキュメンタリーは、ウィーンの生物学者フロリアン・キャパス博士(クモの眼筋の世界的権威)が、ポラロイド社の最後の工場を清算から救うというミッションを遂行し、その後、アナログの楽しさを探求することになるまでを描いたもので、高い評価を得ています。

ミューラー監督のこの作品は、紛れもなく時代の流れをよく捉えています。それは、アナログ復活の夢に同じように献身的な活動を行う世界的なアナログ大好き人間たちのコミュニティを明らかにしているからです。つまりそれは、現代のデジタルライフに対する本物志向やリアルな体験、選択的な娯楽を復活させたいと願う人々の姿です。作品の中でキャパス博士はこう表現しています。「アナログはレトロではない...。それは決断であり、選択肢なのだ」

『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』より Images courtesy of Jens Meurer

欧州アカデミー賞のドキュメンタリー部門を受賞したこのドキュメンタリーは、アレクサンドル・ソクーロフ監督の『エルミタージュ幻想』(2002年)、オリヴィエ・アサイヤス監督の『カルロス』(2010年)、ポール・バーホーベン監督の『ブラックブック』(2006年)などの作品をプロデュースしてきたミューラーが、7年間にわたって取り組んできた情熱的なプロジェクトの集大成ともいえる作品です。

ミューラーは、ロン・ハワード監督のF1レース映画『ラッシュ』(2013年)の共同プロデューサーを務めていたときにキャパス博士と出会い、こう感じたと述べています。「惹かれたのは、アナログ愛好家の男がデジタルの潮流に逆らって泳いでいるという感覚でした。ドン・キホーテのような存在で、彼の偏屈さと、周りにある風車に立ち向かおうとする執拗な試みに惚れ込んだのです」

『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』より Images courtesy of Jens Meurer

「私は技術革新の反対論者ではありませんが、デジタルがいかに便利さだけ追求したものであり、単なる現実のシミュレーションであり、退屈で不健康でさえあることを理解しています。デジタルに支配されている視覚と聴覚だけでなく、味覚、嗅覚、触覚などの五感の全てを取り戻すことには大きな意味があるのです。こういった感覚を使うことで、より幸せに、より健康になれるからです」

ミューラー監督は、キャパス博士の世界各地での活動を追う中で、書道家、LPレコード愛好家、モールスキン製本者など、同じアナログ的な道を歩む人々と出会います。この作品では、ウィーンで行われたLPレコードのダイレクトカッティングの様子が収録されているほか、シリコンバレーにあるFacebook専用のアナログ研究室も訪問しています。また、映画関係者向けには、ロサンゼルスにある有名な機材レンタル会社Otto Nemenzの奥の部屋に入って、現在も提供されている映画用フィルム関連機材の数々を紹介しています。

「キャパス博士の物語は、デジタルフォーマットでは撮影できない。本物のフィルムでなければならなかったのです」とミューラーは言います。「フィルムがデジタルよりも優れているからではなく、フィルムは別の手段、ひとつの選択肢だからなのです。制作中、私たちはよく、なぜわざわざアナログを選ぶのかと聞かれました。アナログは終わったのではないか?亡くなった人は安らかに眠らせればいいじゃないか、と。私たちは、ただフィルムを体験したかったのではなく、ドキュメンタリーをフィルムで撮影することは十分可能であるということを証明したかったのです。

『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』より Images courtesy of Jens Meurer

実際、35mmで一本のドキュメンタリーをすべて撮影することは、とても解放感のある経験でした。フィルムは限りある資源なので、デジタルのようにただ流しておくことはできません。その制約があるからこそ、撮影日には全員が集中し、規律や思考を必要とする幸せがあるのです。1ロケーションで平均8本のフィルムを撮影したら、それで終わりです。撮影が終わったら、バーに行ってみんなでお酒を飲むこともできましたよ」

本作の撮影監督は、ミューラーの生涯のパートナーであるトーステン・リップシュトックとベルント・フィッシャーの2人が中心となって担当しました。アメリカでの撮影では、リップシュトックとフィッシャーが不在のときに、ゴラン・パヴィチェヴィッチとジョン・ホーカンソンが代役を務めました。「コダック VISION3 50D 5203で日中の屋外を撮影し、主力の200T 5213、そして500T 5219で暗い場所や夜のシーンを撮影しました。どんな状況でも、各フィルムが完璧に対応してくれました。フィルムの場合は、撮影現場でDITと一緒にバイナリーのラッシュをじっくり見なくても、映像が素晴らしいものになると分かっています」

『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』より Images courtesy of Jens Meurer

フィルム現像のほとんどは、ベルリンのアンデック社で行われ、LAのフォトケム社、アトランタ、ニューヨーク、ロンドンのコダック・フィルム・ラボにおいても、さまざまなロケーションでの撮影素材を現像しました。

「元々ARRIで現像を始めましたが、ARRIがフィルム現像施設を閉鎖しなければならなくなり、私たちのフィルムが100年近い歴史を持つそこでの最後の1本となりました」とミューラーは振り返ります。「しかし、ベルリンのアンデック社を訪れたとき、素晴らしい発見がありました。アンデック社は80年の歴史を持つ家族経営の会社で、実験映像作家たちによく知られた存在です。その目立たない4階建ての建物は、35mm、16mm、スーパー8、そしてオプチカルサウンド向けのあらゆるアナログ機器の宝庫であり、彼らはここ5年ほど、これほどの量のフィルムの現像をしたことがないと言っていました。

「実際、この作品を7年撮影していると、フィルムはもうダメだと思っていたのに、アナログ撮影が徐々に復活していくのを目の当たりにしました。私たちが撮影を始めた頃は、多くのプロダクションがデジタルカメラに移行していたため、ニューヨークやミネトンカでも35mmカメラを簡単に借りることができました。しかし、その5年後には話が違ってきます。多くのレンタルハウスがフィルムカメラを貸し出していて、35mmカメラ一式を借りるのに少し苦労したこともありました。そして、スティーブン・スピルバーグやマーティン・スコセッシなどの監督たちが最近使用したのと同じ現像液で私たちの作品が愛された(処理された)のは、かなり面白かったです!」

『インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活』より Images courtesy of Jens Meurer

この作品のテーマであるアナログ精神に基づき、タイトルはすべて、伝説的なフォントメーカーであるエリック・シュピーカーマンによって制作、印刷された後、35mmフィルムで撮影されました。記念すべきサウンドトラックは、シュドバーンホテルの宴会場でサッシャ・ペレス率いる30人編成のオーケストラとアメリカ人歌手ヘイリー・ラインハートが演奏したものを、そのままレコード盤にカットしたもので、ミューラーのスタッフは、スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』(1975年)の有名なシーンへのオマージュとして、キャンドルライトだけで照らされた演奏を撮影しました。

「私のドキュメンタリーは、シリアからドイツまでの難民の足跡を追うとか、南極の気候変動をテーマにするとか、決して政治的なものではないと自覚していますが、感覚をコントロールできなくなることには、本当に何か政治的な意味があると思っています。感覚を取り戻すことには何らかの意味があります。それは人々がごく自然に自覚していることでもあります。私はタイプライターを使い始めましたし、子供たちには紙の新聞を読むように勧めたり、触れることのできる美しいものがある外の世界を見ることも勧めています。『インポッシブル・プロジェクト』が、すべての人(特にデジタルネイティブ)にとって、本物の体験がもたらす満足感を探求するためのインスピレーションとなることを願っています」

(2021年5月11日発信 Kodakウェブサイトより)

インポッシブル・プロジェクト インスタントフィルムを復活

 製作年: 2021年

 製作国: ​ドイツ・オーストリア

 原 題: An Impossible Project​

​ 制 作: Instant Film/Mischief Films/ARRI Media

​ 公式サイト: https://www.nhk.jp/p/wdoc/ts/88Z7X45XZY/episode/te/4LZZYNVVR7/