2021年11月 12日 VOL.183
映画『たまの映像詩集 渚のバイセコー』― 蔦哲一朗監督、青木穣キャメラマン インタビュー
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
吉本興業の【地域発信型映画】の取り組みから、岡山県玉野市と吉本興業がタッグを組み玉野市の魅力発信を“映画”により実現。多数の吉本興業所属芸人出演でのコラボを受け、玉野市のシンボルでもある『玉野競輪』が本作品に全面協力。
監督を務めるのは『祖谷物語-おくのひとー』(2013年)で第26回東京国際映画祭「アジアの未来」部門スペシャル・メンションを授与された蔦哲一朗監督。玉野市の自然・芸術を圧巻の映像美として映し出す。(公式サイトより引用)
11月12日(金)より、池袋シネマ・ロサほか全国公開
今号では、蔦哲一朗監督と青木穣キャメラマンに、お二人のこれまでの映画製作にまつわる経験や、今回の映画で16mm撮影を選択された経緯と現場のお話などを伺いました。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
学生時代からのフィルム撮影
お二人は東京工芸大学のご学友だとお聞きしました。映画業界に進まれたこれまでの経緯をお聞かせください。
蔦監督: 私と撮影の青木穣さんは、東京工芸大学の芸術学部映像学科で矢島仁先生のもと、フィルムについて一緒に学んだ仲です。その時、仲間で作った映画製作サークルがニコニコフィルムという名前で、現在の団体名になっています。学生当時は授業とは別で16mmの白黒フィルムの100ft巻きを撮影して、現像からプリントまで自分たちで仕上げるということをしていました。学校のトイレを暗室に改造したり、現像機なども自分たちで作製、改良したりして、現像、プリント、ネガ編集、光学録音などのすべての工程を矢島先生に教わりながら、自分たちで工夫して実施したという経験があります。
青木C: 学生時代に経験した映像制作の一歩目が16mmの白黒フィルム撮影でした。当時もビデオ撮影の機材などはありましたが、二人ともフィルム撮影の面白さに魅了されていって、その経験が現在に繋がっています。
蔦監督: 学生時代に青木さんと一緒に制作したモノクロ作品の『夢の島』という映画が、ぴあフィルムフェスティバルでPFFアワード2009に入選し、観客賞などを受賞したのが監督として初めて大きく評価された作品だと思います。その後、地元の徳島県を舞台に撮影した35mm撮影の『祖谷物語-おくのひとー』がトロムソ国際映画祭でグランプリを受賞するなど海外からも高い評価を頂くことが出来て、現在に至っています。学生時代に基本的なフィルムの知識を自分たちの経験として学ぶことができて、フィルムに対する愛着しかないので、デジタル撮影という選択肢は初めからなかったです。
青木C: 学生時代にネガ現像からポジ現像までのラボ作業を全て自分達で行っていた原体験から、極端に言うと、簡単に撮影が出来るデジタル撮影には抵抗があって、画が出るまでの苦労がないと映像を撮っている感覚にならないというのがあります。また、蔦監督とは、知り合ってから来年で20年という仲になります。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
デジタルでは再現できない16mm独特の画
今回の映画について教えて下さい。
蔦監督: 吉本興業は“地域発信型映画”という町興しを目的として日本各地を舞台にした映画を数多く制作しているのですが、今回の作品はそのひとつになります。2020年の8月にインして、岡山県玉野市で10日間のロケ撮影を行いました。スポンサーが玉野市の競輪関係の会社なので、ストーリーは競輪に関わるものになりますが、キャスティングは吉本興業も力を入れて頂いて、多くの著名な芸人の方々が出演しています。予算は今までの“地域発信型映画”と比べると比較的あったので、16mmフィルム撮影を吉本興業のプロデューサーに提案し、予算内に収まればという返事でしたので、私の方で管理して実現できました。映画は1話20分で3話に分かれていて、全て16mmで撮影しています。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
青木C: 予算については、今回は私が所有している16mmのARRIFLEX 16 SR3 HS を使用していますし、撮影部3名のみで照明部を置かないという編成でしたので、うまく抑えることが出来たと思います。レンズについても自前のレンズを使用しています。フィルムタイプは、メインはVISION3 50D 7203です。16mmで撮影するなら、絶対に50Dは使用したいと思っていたフィルムです。16mmフィルム自体の持つ解像度と50Dの粒状性のバランスがとても良いと感じていますし、16mmの独特の画は、デジタル撮影では絶対に再現できない画だと思っています。その中でも、50Dの粒子感は一番美しい状態の画だと思っています。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
コロナ禍での撮影でしたが、撮影現場の状況はいかがでしたでしょうか?
蔦監督: 私自身もコロナ禍で撮影するのは初めてだったので、現場も手探りでの対策でしたが、マスク着用や消毒など、現場での基本的な対策でほとんど影響はなかったです。スタッフは東京から13名と、人数を少なくして編成していました。コロナよりも現場で大変だったのは、岡山の夏場での撮影だったので、熱中症の方がよりスタッフに影響がありました。岡山の夏場の天気は日本一晴れが多いという話もありますが、スタッフの数名は熱中症でダウンしました。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
長回しでの迫力のレースシーン
印象に残っているシーンはありますか?
青木C: 基本はカメラ1台でフィックスで撮影していますが、競輪のレースシーンは手持ちで撮影しています。私が、競輪場にある練習用のビッグスクーターに後ろ向きに乗って撮影しました。出演されているのは本物の競輪選手の方々でしたので、カットを割らなくても、一連のシーンを撮影するだけで成立するだろうと思っていましたし、迫力のあるシーンになっていると思います。レースシーンは、よくカットを割って誤魔化して撮影することがあるのですが、監督も長回しの方が良いと判断していたので、レースシーンとしては驚くほどカット割りが少ないと思います。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
蔦監督: レースシーンは、極端に言えばワンカットでも良かったと思っています。実際、4、5カットは割っていますが、4分ほどのレースシーンですので、大分少ないと思います。その中でも競輪選手のサイズ感が変わったり、選手のフレームイン・アウトが激しいので面白いシーンになっていると思います。フィルム撮影の感覚は慣れているのであまり無駄なものは撮影しませんが、今回は、16mmだったので、35mmと比べると撮影可能時間も長いので、長回しのストレスはなかったです。また、私自身が撮りたいと思っているのは、役者の演技の奥の背景だったり、海や山、風だったりするので、そういった情景も含めて、情報量の多い画をフィルムで撮影したいという思いがあります。ストーリーは今回、3話に分かれていますが、それぞれに見どころがあると思います。1話は競輪の話でリアルなレースシーン、2話は岡山の自然の情景が素晴らしく、3話は著名な芸人たちの掛け合いよるコメディに笑ってしまうと思います。それぞれの話は独立して完結しているのですが、それぞれ少しずつ繋がっていたりしますので、それも楽しんでいただければと思います。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
自然な画を意識したグレーディング
作品の仕上げについてはいかがでしょうか?
青木C: 現像はノーマル現像でIMAGICAエンタテインメントメディアサービス。フィルムスキャンはScanStationで4Kスキャンしています。グレーディングは、スパイスの三浦徹氏にお願いしました。三浦さんはデジタルの最前線で活躍されている方ですがフィルムへの愛情と造詣が深い方で、今回三浦さんの用意してくれたあるLUTをベースにグレーディングしてもらいました。そのLUTはネガからのポジプリントに近い、フィルム本来の良さをナチュラルに再現する事が出来るLUTで特に海の青いトーンがとても深く美しく出ていると思います。16mmフィルム撮影でよく求められるのはノスタルジーを強調するような画だったり、粒子感を目立たせたりする荒々しい画だったりすることが多いですが、今回はあくまでもナチュラルな画を目指しました。4Kスキャンの解像度と50Dの粒状性がとてもうまくマッチしたと思います。解像度の甘さや過度な粒子に邪魔されない、作為的ではない自然な画に仕上がったと思います。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
蔦監督: 16mmのカラーネガでの撮影で、ひとつ懸念だったのは、学生映画のような画になってしまうのではないかという点だったのですが、仕上がりを観たときにそういった懸念は払拭されました。ロケ地の岡山の自然光が良かったので、山や、海などの自然の情景の彩度も素晴らしく、とても良い仕上がりだと思います。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
フィルム撮影への新たな挑戦
次回作は65mmのフォーマットを使用予定と伺いましたが?
蔦監督: そうです。まず今年、白黒16mmで撮影した短編を撮影していまして、その次の作品で来年65mmと35mmで撮影する予定です。実は、テスト撮影で既に65mmは回しているのですが、まだ現像に出していないので、どういった画になっているか非常に楽しみです。現在は資金集めもしていまして、海外からの出資などもあり、インは予定通り出来ると思います。65mmについては、現像、スキャンは海外で予定していて、カメラもテストで使用したカメラとはまた別のカメラを海外から調達する予定です。この先も、私は映画については、フィルムでしか撮らないと思っていますし、来年の撮影を楽しみにしていて下さい。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
(インタビュー:2021年 11月)
PROFILE
蔦 哲一朗
つた てついちろう
映画活動家。一般社団法人ニコニコフィルム代表。1984年生まれ、徳島県出身。祖父は甲子園で一世を風靡した池田高校野球部の元監督・蔦文也。上京して東京工芸大学芸術学部映像学科で映画を学び、2009年に『夢の島』を製作。2013年に地元、徳島の祖谷(いや)地方を舞台にした映画「祖谷物語-おくのひとー」を発表。東京国際映画祭をはじめ、ノルウェーのトロムソ国際映画祭で日本人初となるグランプリを受賞するなど多くの映画祭に出品され国内外で話題となる。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
青木 穣
あおき ゆたか
1984年生まれ。神奈川県出身。東京工芸大学芸術学部映像学科に入学。一般社団法人ニコニコフィルムのメンバーとして撮影に多く携わる。卒業後は東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻撮影照明領域に進学。2009年修了後、フリーランスで活動。撮影作品に濱口竜介監督『永遠に君を愛す』(2009年)、真利子哲也監督『イエローキッド』(2010年)、蔦哲一朗監督『祖谷物語-おくのひとー』(2013年)などがある。
(C)2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
撮影情報 (敬称略)
『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
監 督 : 蔦 哲一朗
撮 影 : 青木 穣
セカンド : 石井 綾乃
サード : 村上 拓也
キャメラ : ARRIFLEX 16 SR3 HS
レンズ : Canon 8-64mm、Zeiss/Optex 12-120mm、Zeiss 9.5, 12, 16, 25mm、Elite 7mm、Vivitar 90-230mm
フィルム : コダック VISION3 50D 7203、250D 7207、500T 7219
現 像 : IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
制作協力 : たまの地域映画制作委員会、ニコニコフィルム
制作・配給:吉本興業
Ⓒ2021『たまの映像詩集 渚のバイセコー』
公式サイト: https://bicycle.official-movie.com/