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2022年 3月 11日 VOL.188

映画『ブルー・バイユー』と16mmの自然な雰囲気

『ブルー・バイユー』の主演を務めるキャシー役のアリシア・ヴィキャンデル(左)とアントニオ役のジャスティン・チョン Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

ジャスティン・チョン監督の『ブルー・バイユー』は、カンヌ国際映画祭がきっかけで広く知られるようになりました。フォーカス・フィーチャーズが2020年の同映画祭のバーチャルマーケットで世界での配給権を獲得した本作は、2021年の映画祭でプレミア上映されました。アメリカで養子として育てられ、突然、国外退去を命じられる韓国人の役をチョン監督自身が演じています。アリシア・ヴィキャンデル、マーク・オブライエン、リン・ダン・ファン、エモリー・コーエンらが出演し、アンテ・チェンとマシュー・チャンが撮影を担当。チョンは、脚本、監督、主演俳優を兼ねたことについて、それぞれの役割に重なる部分が多いので、それほど大変ではなかったと言います。「自分の最初の3作品を独立系で製作した経験が役に立ちました。あらゆることのやり方を学ぶ必要がありましたからね。『ブルー・バイユー』を製作する頃には、かなりのことを自力でできるようになっていました」

左から、ジェシー役のシドニー・コワルスキ、アントニオ役のジャスティン・チョン、キャシー役のアリシア・ヴィキャンデル Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

当初、『ブルー・バイユー』はアンテ・チェンが撮る予定でしたが、製作が遅れて予定が合わなくなったことでマシュー・チャンが撮ることになります。「再びアンテの予定が空くことになったので、“2人のいいところ取りをしてもいいかな”と言ったんです」とチョン監督は笑います。「まさに3人でのパートナーシップの賜物でした。セカンドユニットがあったので、何か撮影する必要があれば1人がそこへ入って撮りました。いい作品になると確信していましたよ」。アンテ・チェンとマシュー・チャンは同じAirbnbに滞在しました。マシュー・チャンは、「文字どおりずっと一緒にいた感じです。相談ができるので2人一緒にいるというのは面白かった。あるシーンを撮るのに、このフィルムで雰囲気は合っているかとか…。撮影を通して、皆が映画製作者として成長した感じです。ジャスティンには監督としてだけでなく、主演俳優と脚本家としての大役がありました。アンテと私はジャスティンのサポート役です」と振り返っています。撮影現場にモニターはありませんでした。「プレイバックを見るよりも、貴重な時間をすべて別テイクの撮影に充てたいと思っていました」とチョン監督は言います。「とにかく撮ろうという感じでした。“もう1テイク撮る?”とアンテとマットに聞くこともありました。私の継娘役の少女と映画に登場する友人たちとのリハーサルの時間をできるだけ確保するように努めました。撮影当日にセットの中で揉めたり話し合ったりすることはできないからです」

アントニオ役のジャスティン・チョン(左)とキャシー役のアリシア・ヴィキャンデル Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

『ブルー・バイユー』は、チョン監督とアンテ・チェンにとって3回目の共同製作です。「脚本、設定、意図について知ることが大事です」とチェンは説明します。「最初の2本はストーリーボードもショットリストもなしで撮りました。今回は準備にかなりの時間をかけ、ショットリストも作りました。また、マットの感性にも助けられました。セットの中で起きることに集中し、撮影当日に俳優や場所から得られるものを見つけて捉える努力をしました」。チョン監督は事前に何度もチェンと相談をしました。「アンテと私はニューオーリンズに行きました。その後、マットと私がミシシッピとニューオーリンズで長い時間を共に過ごし、マットが雰囲気作りのために膨大な写真といくつかのビデオクリップを撮りました。大きなスタジオのレベルになるとチームの規模も大きくなり、目指す方向性を全員が把握する必要があります。ストーリーボードも必要ですし、具体的なビジョンも必要になります。インディーズ映画のすばらしいところは、(準備をした上で)皆とジャズの即興ダンスをするように撮影を楽しめることです」

映画『ブルー・バイユー』より Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

準備に費やしたのが5週間、ニューオーリンズでの主要部分の撮影は32日間でした。チョン監督はこう述べています。「絶対にフィルムで撮りたいと思っていました。それも16mmで。作品に自然主義的で直感的な雰囲気を与えたかったんです。ジョン・カサヴェテスの映画のありのままでリアルな感じが好きなんです。『ブルー・バイユー』は南部のアメリカ人ファミリーの物語で、切迫感と真実味が必要だと感じていました。アンテとマットと私は、さまざまな写真とビジュアルアーティストをあたりました。どうやって形にするか模索してみたいビジュアルがいくつかありました。強く影響を受けたものがいくつかあり、それらに磨きをかけ、テーマに沿うように凝縮していったのです。プロダクションデザインや衣装、ニューオーリンズをどう撮るかについて、カラーパレットのアイデアがありました。ニューオーリンズ用に書いたもので、このカラーパレットが登場人物や映像の見え方を決定づけます。あえてニューオーリンズのバーボン・ストリートは出さずに、ニューオーリンズ川対岸のウエストバンクで暮らす一般市民を描きました。この見せ方についてはかなり話し合いました」

映画『ブルー・バイユー』より Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

チョン監督は常にフィルムで撮ることを望んでいましたが、これまでは、予算の関係で無理でした。「超低予算製作をしていたので、フィルム撮影は不可能でした。もともとストリートキャスティングのように俳優ではないエキストラを投入するのが好きですが、今回はプロの俳優とエキストラのミックスだったので、それほど長い時間カメラを回しておく必要はないと感じました。カメラを回す時とカットする時の判断がより明確にできたためです。いつか、もっと予算ができたら、前作2本もフィルムにしたいです。フィルムで撮りたかったけど余裕がなかったんです」。アンテ・チェンは、フィルムでの撮影を特に珍しいこととは思っていません。「昔の映画は、ほとんどはフィルムで撮影されていました。私たちはたまたまフィルムとデジタルが製作手段として利用できる時代にいるだけです。フィルムで撮影できる機会があれば飛びつきましたよ。マットと私は常に写真をフィルムで撮っているので、その経験はあります。フィルムのラチチュードなら、南部の厳しい日差しでも、バイユー(アメリカ南西部の湿地帯)で日陰への出入りがあっても対応できるのが分かっているのでやりやすかったんです」

映画『ブルー・バイユー』の監督、脚本、主演を務めるジャスティン・チョン Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)が、16mmフィルムと同じ1.66:1というアスペクト比を使う大きな動機になりました。マシュー・チャンはこう述べています。「16mmにはフィルムらしい雰囲気があり、私たちが物語に求めるニューオーリンズらしさを表現できました。日中の屋外ではコダック VISION3 200T カラーネガティブフィルム 7213を多用しました。日の出と夕暮れは250D 7207、日中と夜の屋内は500T 7219。エクタクローム カラーリバーサル 7294(クロスプロセス現像)で撮ったシーンもあります」。アリフレックス 416、アミーラとSR2のハンドクランクカメラに、ツァイス・スーパー・スピード S16、キヤノン 8-64mm T2.4、キヤノン 11-165mm T2.5が一緒に使われました。アンテ・チェンがこう続けます。「最初、私たちはさまざまなレンズを試し、その中にはスーパー16 アナモフィックもありました。衣装とメークのテストはすべて現場で撮りました。さまざまなフィルムの僅かな違いをすべて確認し、コダックのホームページと雑誌で他の撮影監督の経験を読み、メンターたちの助言を聞き、私たちはこの撮影に備えてできるかぎり学びました」

最重要ツールはズームレンズでした。「アントニオ役(ジャスティン・チョン)の重要な場面がいくつかあって、スロープッシュインのズームで撮りました。ズームは通常、ドラマでは嫌がられますが、16mmの美しく映像作家らしい雰囲気は私たちが追求しているものでした」とマシュー・チャン。カメラやライティング機材のカスタマイズは不要でした。「ドリーで撮ったカッコいいシークエンスもいくつかはありますが、ステディカムやジンバルは使いませんでした」とチョン監督は説明します。「特別なリグも使っていません。まるで1970年代のインディーズ映画製作のようでした」。ライティングはARRI スカイパネル、ARRI HMI、アステラ・タイタン、ライトマット、CRLS リフレクター、DMG ルミエール・ミニ・ミックスで構成しました。マシュー・チャンが補足します。「窓か、もしくは自然に見える場所からのライティングを心がけました。ただ、俳優がその空間にいられるよう、フレームやフラッグは一切使いませんでした。また、きれい過ぎたり作られた感じのする光は使いたくありませんでした。ニューオーリンズ独特の力強さを捉えたかったんです」

『ブルー・バイユー』の撮影監督の一人、マシュー・チャン

それぞれの役柄に合わせたカラーパレットが衣装に使われました。チョン監督はこう述べています。「私の役はアーストーン、アリシア・ヴィキャンデルは青、フラ・ダ・リ(ユリの紋章)のアイデアがあったのでリン・ダン・ファムは紫です。シドニー・コワルスキは黄色で元気な感じに。警官たちは、もっと暗くていかめしい色にしました。でも、セットについてはフィルムの利点を最大限に生かし、彩度を上げるようにしました。夜明けと夕暮れの自然光も生かして撮影しました。“これは全部、夜明けと夕暮れに撮る”などと私が言うのでADたちは嫌だったと思います。“それって40分間だけですよ!”ってね。でも、現場で私たちは美しい夕暮れの撮影ができました」。ワイヤー消しの視覚効果を除いては、水中のショットも含めてすべて実際に撮影しています。

オスカー俳優の起用について尋ねると、チョン監督はこう答えました。「夢のキャスティングは?とエージェントに尋ねられ、アリシア・ヴィキャンデルだと言いました。これまで彼女が貴族役を演じるのをたくさん見て、すばらしい俳優だと思い、ブルーカラーの役を演じるのを見てみたかったというのが理由です。Zoomで連絡を取り、手紙も書きました。私が彼女と彼女の演技に夢中で、ぜひ出演してほしいことを伝えたのです。彼女は快く“やりましょう”と言ってくれました。アリシアのすばらしさは言葉では言い尽くせません。彼女は完璧なプロの俳優です」。有名なカラリストを製作に起用したことも良い戦略でした。マシュー・チャンが言います。「カンパニー3のトム・プールが参加してくれたことに感謝しています。彼のことは映画の1カットを見て気に入り、私たちが目指しているスタイリングを完全に理解してくれました」。プールはチョン監督のお気に入りです。「映画では青を多用しました。青は他を台なしにしてしまいがちなんですが、トムは青の中でも人物の肌の色などをうまく引き立ててくれました。すごい人ですよ」

「野心的な脚本でした」とマシュー・チャンが続けます。「32日間で52ヶ所のロケ地。アンテと私が同時に撮影を行い、ジャスティンが2つのユニットを行き来するという日もありました。ジャスティンが書いた脚本は、人々が過酷な状況に追い込まれ、安住の地を求めるという実話に基づいたものです。アンテも私も型にはまったものや説教じみたもの、ニセモノっぽい作品ではなく、地に足のついた裏付けのある正統な映画を目指していました。16mmは別の次元の情動性を与えてくれます。フィルムでの撮影には多くの“規律”が必要です。私たちは自らを試し、映画製作者として成長したいと思っていました。アンテと私はフィルムで映画を撮ることができたことを嬉しく思っています。これが最後じゃないといいですね」。アンテ・チェンはこの機会を最大限に生かしました。「私は物語に最適なメディアを選ぶ立場にいます。フィルムで映画を撮ることが長年の夢でした。それが実現できて、すばらしい経験をし、カンヌで受け入れられたことは人生最良の出来事です」。チョン監督は仕上がりにもとても満足しています。「全ての工程も、チームでの協業も楽しかった。気持ちのいい撮影でした。関係者全員がまっすぐな気持ちで美しい映画を撮ろうとしていました」

(2021年7月8日発信 Kodakウェブサイトより)

ブルー・バイユー

   2022年2月11日公開

 製作年: 2021年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Blue Bayou

​ 配 給: パルコ、ユニバーサル映画

​ 公式サイト: https://www.universalpictures.jp/micro/blue-bayou

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