2022年 4月 29日 VOL.190

アダム・マッケイ監督作『ドント・ルック・アップ』 ─ 撮影監督リヌス・サンドグレンはコダック35mmをどのように用いてこの黙示録的風刺劇を表現したのか

『ドント・ルック・アップ』より、ケイト・ディビアスキー役のジェニファー・ローレンスとランドール・ミンディ博士役の レオナルド・ディカプリオ Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

アダム・マッケイ監督の黙示録的ブラックコメディ、『ドント・ルック・アップ』はあらゆる批評家の好みに合う作品ではないのかも知れませんが、それでも実に多くの人々が視聴しました。フィルムで撮影されたこの138分の作品は、2021年のクリスマスにNetflixで最も多く視聴された英語の映画であり、総再生時間は公開からわずか1週間で1億1100万時間という記録的な数字となりました。

『ドント・ルック・アップ』という作品が、迫りくる危機から目を背けようとする人々に疑問を投げかけているのと同様に、撮影監督のリヌス・サンドグレン(FSF、ASC)もまた、フィルム撮影の良さを分かっていない、あるいはフィルムを採用しようとしない映画監督たちになぜなのかと問いかけています。

「批評家がこの作品をもっと受け入れてくれても良かったのにと思いました。それでも多くの人に楽しんでもらえたのはうれしかったですけどね。私にとって『ドント・ルック・アップ』はアダムという天才のひらめきが生んだ作品だと言えます。コメディでありながら非常にシリアスな面もある」。そう語るサンドグレンは『ラ・ラ・ランド』(16)でアカデミー賞撮影賞を受賞、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(17)、『ファースト・マン』(18)、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(21)なども手掛け、その全ての作品をコダックフィルムで撮影しました。

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

『ドント・ルック・アップ』は、天文学者のランドール・ミンディ博士と博士候補生ケイト・ディビアスキーが全人類を絶滅に至らせるほどのすい星の衝突が6ヵ月以内に迫っていることを社会に警告しようと奮闘する姿を描いています。地球を消滅させるレベルの巨大すい星の衝突は気候変動問題の隠喩であり、この映画は気候危機に対する政府や政治家、有名人、メディア、さらには世間一般の人々の無関心を風刺しているのです。

マッケイ監督が制作、脚本も務めた本作は、天体物理学者役のレオナルド・ディカプリオとジェニファー・ローレンスに加え、ロブ・モーガン、ジョナ・ヒル、マーク・ライランス、タイラー・ペリー、ティモテ・シャラメ、ロン・パールマン、アリアナ・グランデ、スコット・メスカディ、ケイト・ブランシェット、メリル・ストリープらが出演する群像劇になっています。

「この作品以前にアダムと会ったことはありませんでしたが、彼が見事な手腕で『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15、撮影監督:バリー・アークロイド(BSC))や『バイス』(18、撮影監督:グレイグ・フレイザー(ACS、ASC))などの名作を生んだことは知っています」とサンドグレンは語ります。

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

「『ドント・ルック・アップ』の脚本はとにかくおかしくて笑えるものでしたが、必ずしも現実離れしている話でもないなと恐怖感も抱きました。映画の脚本には頭の中で映像化するのが難しいものもありますが、今回はページに書かれた言葉を読むだけで、良い映像に仕上がるだろうと容易に想像できました。私が彼の脚本を気に入ったことに加えて、互いにフィルム撮影を好むという点でも親しみを覚えました」

サンドグレンは本作の撮影アプローチがデイミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』やキャリー・ジョージ・フクナガ監督の『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』とは根本的に異なっていたと語ります。

「デイミアンやキャリーは撮影の計画から工程管理まで行って、私たちはおおよそ彼らが編集したいように撮影しました。それに対して『ドント・ルック・アップ』はコメディなので、複数のカメラでシーンを撮影し、抑揚や表情など演者がアドリブで入れたものを逃さないようにしました。その後、編集の段階で編集技師のハンク・コーウィンが笑いのタイミングを見いだすのです」

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

「一方で私たちはこの作品がいかにもコメディっぽく見えたり、『アルマゲドン』にジョークをちりばめたような映画になってしまったりすることも避けたいと思っていました。むしろアラン・J・パクラ監督とゴードン・ウィリス撮影監督(ASC)による『パララックス・ビュー』(74)や『大統領の陰謀』(76)、あるいはシドニー・ポラック監督とオーウェン・ロイズマン撮影監督(ASC)による『コンドル』(75)のような政治的サスペンス・スリラー風味にしたいと考えました。そこで主なアプローチとして、複数の主要キャラクターの視点を35mmアナモフィックで写実的に描くことにしました」

「ただ、そうは言っても物語の主要な舞台は現代的で上っ面だけが飾られた世界です。人々はスマートフォンで自撮りをしたりしていますし、テレビに映る映像もとてもシャープで鮮明です。そこで、35mmをベースにしながら様々なフォーマットを組み入れることで、人間的な生活描写のより柔らかくてくすんだ感じの色合いと、メディアやインターネットの描写の人工的な感じの対照感がはっきり出るようにしました」

「Netflixは35mmアナモフィックで撮影することに大いに賛成してくれました。唯一の条件は4K HDRでも配信可能であることだけでした」とサンドグレンは付け加えています。

『ドント・ルック・アップ』の撮影監督リヌス・サンドグレン(FSF、ASC) Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

新型コロナウイルス感染拡大のピーク時に制作された本作の主要な撮影が始まったのは2020年11月の中旬。マサチューセッツ州ボストン各地で行われ、2021年2月中旬に終了しました。映画の中ではボストンの街並みがニューヨークとして描かれています。天文台、ホワイトハウスの回廊、大統領執務室、モーテルやアパートなどのセットはレッド・スカイ・スタジオ内に組まれました。

サンドグレンは当時をこう振り返ります。「演者やスタッフにとって、厳格な感染防止ルール下のバブル内で仕事を進めるのはとても大変でした。まだワクチン接種が進んでいない状況で安全性を保つため、部外者は誰もセットに入ることができませんでした。クリスマスで撮影が中断している間も私は家族と会えず1人で過ごしました。食糧を買うために外出することも許されず、食事は全てデリバリーでした」

「でも、そんな中でアダムは監督としてリーダーシップをよく発揮してくれました。彼が持つ温かさやユーモア、人を勇気づける優しさのおかげでセット内にはポジティブな空気が生まれ、撮影の全工程が本当に楽しい経験となりました」

撮影監督リヌス・サンドグレンは長編映画で初めてアトラスレンズ社のオリオンシリーズ アナモフィックレンズを採用し、ARRICAM LT、35mm/4パーフォで撮影した。

「アトラスレンズ社のオリオンシリーズ アナモフィックレンズは、カリフォルニア州バーバンクの本社にいる若く情熱的で優秀な開発チームによって作られています。コマーシャル撮影で使用したことがあって、その時からとても気に入っていました。絞りを最大のT2で撮影した時のエッジのシャープさ。くっきりと浮かぶ美しい青のフレア。それらの視覚効果を従来のアナモフィックレンズよりも簡単に出せるのです。また、セット内の様々な距離での近接撮影も素晴らしく、縦方向の歪みもほとんどありません」

劇中で登場人物が極度のストレスにさらされるシーンでは、その感情を際立たせるため極めて近い距離から演者を撮るようにしました。これらのシーンはアトーン・ペネロープ35mmカメラにKOWAのT2.3 40mmシネプロミナーマクロレンズを組み合わせ、スーパー35/ 3パーフォレーションで手持ち撮影され、このセットが常にカートの上に用意されていました。

『ドント・ルック・アップ』の撮影監督リヌス・サンドグレン(FSF、ASC) Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

「アトーン・ペネロープのカメラで撮るのが大好きなんですよ」とサンドグレンは熱を込めて語ります。「扱いやすさが抜群ですし、KOWAのマクロレンズと組み合わせれば、演者の目や汗ばんだ表情などをほんの数センチの距離まで近づいて詳細に捉えることができます。これがアナモフィックレンズによって生まれるルックを補完してくれるんです」。本作の撮影機材はロサンゼルスのカムテックが提供しています。

劇中で映り込むスマートフォンの映像はREDのHydrogen Oneを使って撮影されました。この機種は2018年にレッドデジタルシネマから発売されましたが、現在は販売されていません。一方、テレビ局のスタジオのシーンの撮影にはソニーの4Kスタジオテレビカメラが使われました。フィルムで撮影したパートとのコントラストを人工的に作り出すためにセットの照明を過剰にして、色も飽和させた状態で撮影されました。

フィルムはロサンゼルスのフォトケムで現像され、その後サンドグレンが最近取り入れている特殊な工程に回されました。デイリーを担当するEFilmのカラリスト、マット・ウォラックがその後に続くDI(デジタルインターメディエイト)のグレーディングも請け負いました。

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

「あらゆる工程で同じ人に色の管理を行ってもらうのは大きな利点です。時間と労力がかなり省けるのでDIをより短時間で終わらせることができます。マットは『ジョイ』(15)や『ラ・ラ・ランド』、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』、『ファースト・マン』でもデイリーを担当、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』ではそれに加えてDIのグレーディングも担当してくれました」

「私たちは毎日、正しい色を表現することに注力しています。そのためフィルムのルックの95パーセントはデイリーの段階で決められ、最終的なグレーディングで必要となる修正はごくわずかです。DIが始まる時点ではマットは素材を知り尽くしていて、コントラストやハイライト、暗い領域の調整に何が必要かもわかっています。 HDRの扱いも心得ていて、目に優しい仕上がりにしてくれます」

サンドグレンは本作で夜や低照度のシーンにコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219、日中の室内や曇天などの暗い屋外のシーンに250D 5207、明るい晴天の屋外シーンに50D 5203を使いました。

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

サンドグレンはこう明言しています。「フィルムで撮影するのが好きで、フィルム撮影を好む監督と仕事をするのも好きなんです。大事なのは求めるルックをいかに効率的に出せるかということ。映像をデジタルっぽくしたい時にはデジタルで撮影します。『ドント・ルック・アップ』でもテレビの映像が出てくる場面はそうしましたし、『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(14、監督:ラッセ・ハルストレム)でも主人公がパリに出てから感情が冷めていく過程ではデジタル撮影を行いました。それでもやはり私は大抵の場合においてセルロイド(フィルムの意)で撮影することを好みます。そうすべき理由がたくさんあるのです」

「映像美を追求する際にフィルムは多くの選択肢を与えてくれます。デーライトかタングステンかといったタイプの違いもあればスピード(感度)の違いもあります。フォーマットもスーパー8、16mm、65mm、IMAXがあり、パーフォレーションも2パーフォ、3パーフォ、4パーフォ、ビスタビジョンの8パーフォなど様々です。思い切りオーバー露光やアンダー露光で撮影してラボで増感現像や減感現像したりもできます。そうすることで異なった味わいのルックを創出するのです」

「それに加えてフィルムには粒子の質感があり、色合いやコントラスト、ハイライトの表現も精緻で、ラッシュを見た時にはちょっとした驚きが得られます。またフィルムカメラ自体もフラッシング、シャッター速度の変更を伴うあるいは伴わない撮影速度の変更、多重露光、逆再生など、デジタルカメラでは実現できない効果を生み出すことができます」

「こうした特徴のおかげで、作品のストーリーを展開して登場人物たちの感情を描写するための創造的な選択肢や柔軟性が増すのです。その結果、表現したいルックをより早く実現することができるので、修正点は少なくなりDIにかける時間も減ります」

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

サンドグレンは、メカニカルなフィルムカメラは使い捨て製品では決してなく、陳腐化することもないとも語っています。「デジタルカメラは2~3年ごとに新型モデルが出てくるのに対して、フィルムカメラは30年、40年たっても問題なく使えます。消費電力もデジタルカメラに比べれば微々たるものです。また現像所での銀や他の化学物質のリサイクル技術も以前より驚くほど効率が上がっています。データセンターやワークステーションでコンピューターのノードを稼働させるよりはるかに環境にやさしいと思いますよ」

「また、フィルムの活用は経済的でもあります。制作の段取りがしっかり整っているので、フィルム撮影は費用効率が高いのです。もちろんフィルムは購入して現像する費用がかかりますが、デジタル撮影もオリジナルのデジタルRAWデータの完全な管理や保存に加えて、デジタル処理装置や現場スタッフにかかるコストの増加は、比較的高額になる可能性があるのです」

「デジタル的なルックを好むならデジタル撮影にすれば良いでしょう。でもフィルムのルックにしたいなら、まずフィルムで撮影することです。フィルムは魔法をかけてくれますから」

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『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

本作ではサンドグレンがメインカメラを担当、長年協働してきたホルヘ・サンチェスがフォーカスプラー(第一カメラ助手)、フランク・モンテサントがキーグリップを務めました。

「カメラのオペレートは大好きですし、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の時と違って今回はメインカメラを扱う余裕があったんですよ」とサンドグレンは語ります。「不安な感情を視覚的に表現する必要のある場面では手持ちカメラで撮影を行いましたが、緊迫感に満ちたズームイン映像が欲しい時や演者とともに移動しながら撮りたい時はスコーピオ45’クレーンにマトリックス4軸ジンバルを組み合わせたり、チャップマンのピーウィードリーを使ったりしました」

サンドグレンがガファーのフラン・ウェッターリングス3世と組むのは今回が初めてでした。プロダクションデザイナーのクレイトン・ハートリーと協力して照明を画になじませるウェッターリングスの創造的なアイデアと豊富な知識は計り知れないほどの価値を発揮しました。

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

「テレビ局のスタジオなどのシーンではあえてハイキーで人工的な印象を与えるようにしましたが、それ以外は多くのソフトな光源で自然な照明スタイルでした。日が差している場面ではタングステン照明に適切なジェルフィルターをかけるといった具合です。タングステンは肌のトーンに豊かな色を映し出してくれるので好きですね」

「本作の中で特に気に入っているシーンの1つが終盤の夕食のシーンです。今にも時が止まりそうな雰囲気を出すため120fpsで登場人物たちを撮影しました。この描写を見ながら視聴者は物語を振り返ると同時に、まるで眠りについてしまったかのような登場人物たちの様子をじっくりと眺めることができるのです。画が止まる瞬間は視聴者の感情を強く揺さぶります」

これから出てくる新進の撮影監督たちへのアドバイスとしてサンドグレンは、映像と感情を結び付ける必要性を挙げます。

『ドント・ルック・アップ』より Courtesy of Niko Tavernise/Netflix. © 2021

「脚本の中で起こる感情の進行に自分の撮影技術を結び付ける視覚的な言語を構築することが撮影監督の務めです。それは芸術様式であり、読むこと、見ること、観察すること、話すこと、考えることから学び、実践する前に自分の意図を理解しなければなりません。それはすべて、照明を具体化し、どのくらい自然なものにするか、あるいは神秘的なものにするのか、様式化されたものにするのか、光を際立たせるべきなのかを検討することで、物語や監督のビジョンに関連している必要があります」

「レンズやアスペクト比、カメラなどに前もって決まりきった好みや独自のやり方を当てはめて繰り返すよりも、脚本が求めるものに柔軟に対応できなければなりません。どのプロジェクトもゼロから積み上げていくことでそれがどう見えるかに驚くことでしょう。偉大な映画監督は誰もがそうしています。撮影技術が機能しているかどうかを見る良いテストは、音を消して見ても画面の中で表現されている感情が理解できるかどうかで分かりますよ」

サンドグレンは最後にこう語っています。「『ドント・ルック・アップ』に込められたメッセージは私にとって本当に重要なものであり、アダムと一緒に仕事をしようと思った大きな要因です。気候変動に関して言えば、多くの人が科学に耳を傾けず、現実から目を背けようとしているのは残念なことです。本作ではひどい事態に直面した人間の対処の仕方について実は恐ろしいメッセージが語られているにもかかわらず私自身は笑ってしまいました。でも、登場人物たちの気持ちもよく分かります。この映画では人間が危機に対してどれほど無自覚になり得るのかを描き出したかったのです」

(2022年3月25日発信 Kodakウェブサイトより)

ドント・ルック・アップ

   Netflixにて配信中

 製作年: 2021年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Don't Look Up

​ 公式サイト: https://www.netflix.com/title/81252357