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2022年 7月 5日 VOL.192

1970年代の情景を一切れのピザのように切り取った、ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』で主演を務めたアラナ・ハイムとクーパー・ホフマン Photo by Paul Thomas Anderson. Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

真実の愛にたどりつく道のりは決して平坦ではない。コダックの35mmフィルムで撮影され、「精緻に練られた、ノスタルジックな幻覚のよう」と評される『リコリス・ピザ』は、早熟で起業精神旺盛な高校生のゲイリー・バレンタインが、年上のアラナ・ケインに抱く抑えきれない恋心を描いたフィクションです。

1973年を舞台にしたこの青春コメディドラマは、ゲイリーとアラナがロサンゼルスのサンフェルナンド・バレー地区を一緒に駆け回りながら、多彩で突拍子もなく、そして示唆に富む様々な冒険を経験する姿を通して、初恋の紆余曲折を描いています。

本作が劇場映画デビューとなるアラナ・ハイムとクーパー・ホフマンが主演を務め、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ、そして、アンダーソン監督の長年のパートナー、マーヤ・ルドルフがカメオ出演しています。また、印象的なサウンドトラックは当時の音楽のほか、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドによるオリジナル曲と各場面を盛り上げる偶発的な楽曲を特徴としています。

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』より Photo by Melinda Sue Gordon. Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

絶賛を受けるこの長編では、脚本と監督を「PTA」の愛称で知られるポール・トーマス・アンダーソンが務め、アンダーソンと(業界屈指のガファーとして名高い)マイケル・バウマンの2人が撮影監督としてクレジットされています。カメラオペレーターは、コリン・アンダーソンが参加しました。

2021年12月25日に一般公開されると、『リコリス・ピザ』は批評家から高い評価を受け、ナショナル・ボード・オブ・レビューからは作品賞を含む3つの賞を獲得しました。また、アメリカン・フィルム・インスティチュートにより、2021年の最も優れた作品のひとつに選ばれたほか、第79回ゴールデングローブ賞では4部門でノミネート。2022年の賞レースではさらなる評判を呼びそうです。

アンダーソン監督の『ザ・マスター』(2012)や『インヒアレント・ヴァイス』(2014)など、フィルムで撮影された40本以上で照明を担当してきたバウマンは、「この作品の映像表現に求められる様々な手法をカクテルのように調合したレシピにたどり着くまでに、PTAと私は1年の大半を費やしました」と言います。バウマンが先に共同撮影の枠組みで照明兼キャメラマンとして参加し、複数の賞を受賞したアンダーソン監督の『ファントム・スレッド』(2017)もコダックの35mmフィルムで撮影されました。

「求めているルック(映像の見た目)を得られるよう、PTAは制作に取り掛かる前はロケ地で、あるいは俳優と一緒に、異なるフィルムストック、露出、レンズ、照明のセットアップなどを徹底的にテストします。1970年代の雰囲気をしっかりと感じてもらえるよう、今作でもそうしました」

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』より Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

『リコリス・ピザ』の撮影は、2020年8月から11月の68日間にわたり、主にサンフェルナンド・バレーの西側、エンシノ、バンナイズ、カノガパーク、ウッドランド・ヒルズといった地域を含む、フリーウェイ405、170、101が囲む一帯で行われました。1987年に取り壊された地元の有名なレストラン、ザ・テイル・オ・コックは、映画のためにバンナイズ・ゴルフコースに再現されました。そこでは、オートバイによるスタントシーンも撮影されました。

バウマンはこう振り返ります。「PTAはロサンゼルスのこの地域で育ちました。私は、本作を撮るはるか以前にCicLAviaのイベントで彼と一緒にこの一帯をサイクリングした思い出もあります。彼は間違いなくこの地域に強い愛着を持っていて、求めている美的世界観もそこにあるのです。視覚的なストーリーテリングを実現するうえで、これらのロケーションがとても重要な役割を果たしました」

創作面では、『アメリカン・グラフィティ』(1973、監督:ジョージ・ルーカス、撮影監督:ジョン・ダルクイン、ロン・イヴスレイジ、映像コンサルタント:ハスケル・ウェクスラー(ASC))や、『マンハッタン』(1979、監督:ウディ・アレン、撮影監督:ゴードン・ウィリス(ASC))が本作に大きな影響を与えています。

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』より Photo by Melinda Sue Gordon. Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

バウマンはこう語っています。「PTAは、35mmと70mmのプリントフィルムを映せる試写室を自宅に備えています。準備段階でフィルムプリントを見ながらルックを決めていく過程は重要なステップですが、参考になりそうな映画を何本か一緒に見ようと彼が誘ってくれました。『アメリカン・グラフィティ』と『マンハッタン』を何度も一緒に見て、映像の質感、レンズの選択、ワイドスクリーンのフレーミングスタイルのほか、照明がどのように使われたかも検討しました。というか、どちらの作品もあまり予算がなかったので、実際は、照明がどのように“使われなかったか”と言ったほうがよいかもしれません」

「例えば、ウディ・アレンの代表作『マンハッタン』には、歩きながら会話を行う夜間のシーンがあります。撮影監督のゴードン・ウィリス(ASC)は、カメラの上にSunGunのようなものを取り付けて俳優を照らし、あとは背景にあるものなら街灯でも車のヘッドライトでも何でも利用しました。私たちはその撮影スタイルを踏襲し、歩きながらの場面では通常LiteGear社のLightMatを主光源として、背景は暗いままにしました。これも1970年代を映像的に再現する一環です」

長編映画の撮影とポストプロダクションはすべてフィルムだけで行うことを好むアンダーソンにとって、デジタル撮影が検討対象にあがることはまずありませんでした。バウマンとアンダーソンは、カリフォルニア州ウッドランド・ヒルズのパナビジョン社と協力し、J・J・エイブラムスが監督した『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』に使われたパナビジョンのミレニアムXL2 35mmフィルムカメラ2台による撮影を決定。この2台のカメラは、『フォースの覚醒』の撮影監督ダニエル・ミンデル(ASC、BSC)の指示に基づき、艶消しの黒色に仕上げた特別仕様となっており、それぞれに「ミレニアム・ファルコン」、「デス・スター」という愛称が刻印されています。

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』の撮影現場にて、共同撮影監督を務めたマイケル・バウマン Photo by Melinda Sue Gordon. Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

アンダーソン監督が求める70年代の雰囲気を表現する上では、レンズも極めて重要なアイテムでした。「超クリーンな4K映像や、情報量と解像感を限界までスクリーンに詰め込むことが重視される今のデジタルな世の中にあって、PTAは質感をもたらし、観客を結びつけるよう、映像を和らげるレンズやフィルム現像を使うことを好みます。レンズ選びにはそうした配慮も大きく影響しました」とバウマンは説明します。

このため、アンダーソン監督は、パナビジョンの光学技術の責任者であるダン・ササキと緊密に連携してレンズ選びを行いました。

「ダンは地球上で最も優秀なレンズマスターです」とバウマンは言います。「彼とPTAはすばらしい協力関係を築いています。『リコリス・ピザ』では1960年代から1970年代のパナビジョンCシリーズという昔ながらのアナモフィックレンズを使ったのですが、このレンズは良好なコントラスト、適度な周辺解像感の低下と収差を映像にもたらすうえに、ゴルフコースでのオートバイによるスタントシーンなどでは、独特の青いフレアも見せてくれました」

「ただし、ポールは古いパテ社の50mmといった年代物のスフェリカルレンズを自前で所有しており、撮影する作品やフォーマットによっては、それらをダンがスフェリカルからアナモフィックに変換することもあります。ダンは今回の撮影で、部品を寄せ集めて作ったフランケンシュタインのような自作レンズも何本か提供してくれました」

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』より Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

「このため、同じ焦点距離のレンズが2、3本揃うことになり、各場面で起きる光への反応、フレア、ボケの特性を見てから、PTAはどれを使うか現場で決めました」

「ゲイリーとアラナがタレントエージェントのミセス・グレイディに会いに行くシーンがその好例です。ミセス・グレイディのクローズアップに使ったビンテージレンズは、実に美しくて柔らかなフレアと光彩感を映像に与え、あの時代の雰囲気をとてもよく表してくれました」

バウマンはこう続けます。「レンズやカメラポジションはPTAと私、そして超一流のカメラオペレーターであるコリンと協議しながら決めました。たいていの場合はPTAがまず考えをしっかり打ち出し、どんな狙いがあるのか述べます。私たちはそこからどうするか一緒に考えていきます」

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』より Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

バウマンは基本的に、夜間や低照度のシーンではコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219を、昼間の屋内外では200T 5213を、そして、昼間の屋外では50D 5203を使って撮影を行いました。

バウマンはこう述べています。「私がフィルムでの撮影を好む理由はたくさんあります。まずは、肌の写りが優しくてリアルです。そのうえ、フィルムの画全般に言えることですが、デジタルでは表現しにくい独特の艶やかさや柔らかさがあり、ある時代を想起させてくれるのです」

「また、“ライト、カメラ、アクション!”という、フィルムを使った制作プロセスというか、そのリズムが好きなのです。デジタル撮影には良い点もありますが、欠点の一つとして、カメラが延々と回しっぱなしになるという点があげられます。一方でマガジンに4分や11分のフィルムしか入っていないとなると、撮影時の集中力が格段に上がります」

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』より Photo by Melinda Sue Gordon. Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

ポストプロダクションを統括したエリカ・フラウマンの支援のもと、フォトケム社がネガフィルムの現像処理とフィルムデイリーのプリント、さらに、最終のネガ編集とフォトケミカルでの仕上げも手がけました。

「そう、ぜいたくにも、私たちはデイリーを見ることができたのです」とバウマンは言います。「選ばれたテイクはすべてプリントされ、各部門の責任者は毎日その試写をPTAと見るために招かれました。今やデイリーの試写を毎日のように行うことは珍しくなってしまいましたが、とてもすばらしいことです。同時にこれは、演技や映像が適切かどうか確認し、また、それまでの成果を新鮮な目で見つめ直すという、PTAが採用している制作上のプロセスでもあるのです」

ジャスティン・ディクソン率いる照明チームは、ARRIのスカイパネルやLiteGear社のLiteMatやLiteTileといった最新LED機器を本作で使いました。その一方で、バウマンはこう明かします。「70年代の映画ではカーボンアーク灯と白熱灯が照明に使われていました。今でもちゃんと機能するカーボンアーク灯を探すのは大変なのですが、70年代のルックを忠実に保つために、可能な限りそれらを使うようにPTAから強く求められました」

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『リコリス・ピザ』より Photo by Melinda Sue Gordon. Ⓒ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

「幸いにも、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(監督:クエンティン・タランティーノ、撮影監督:ロバート・リチャードソン(ASC))の制作にカーボンアーク灯を供給した人物を探し出すことができ、本作のために5台確保できました。強い日差しと影に対抗するためのデーライト・ブースターとして、また、屋内の撮影にもこれらを使いました。特に肌のトーンに対して、それも、フィルムで記録したときに、すばらしい光質を得られます」

撮影監督のクリス・メンゲス(BSC、ASC)が開発した、50~60個の15W白熱電球を束ね、暖かくて柔らかく発光するキーライトを生む照明技術も活用したとバウマンは明かしてくれました。

「クリスのこのテクニックは、偉大なる故ハリス・サヴィデス(ASC)と仕事をしたときに覚えました。テイル・オ・ザ・コックでのシーンのように、屋内にきらびやかさを演出したいときにこの技を存分に活用しました」

バウマンは最後にこう締めくくります。「PTAと仕事をしていて思うのですが、作品のあらゆる側面に彼の痕跡が見て取れるのです。ラボで行われる昔ながらのカラータイミングを含め、彼は隅から隅まで関わります。最終的にどのような映像に仕上がるか、すべて把握しています。作品全体を通して一貫性のある明確なビジョンを持っている人と仕事できるのは幸せなことで、それが見事な作品として結実したのです」

(2022年2月2日発信 Kodakウェブサイトより)

『リコリス・ピザ』

   2022年7月1日より全国ロードショー

 製作年: 2021年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Licorice Pizza​

​ 配 給: ビターズ・エンド=パルコ/ユニバーサル映画

​ 公式サイト: https://www.licorice-pizza.jp/

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