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2022年 10月 24日 VOL.197

コダックフィルムの躍動感で描く哀愁漂う美しいダイアナ妃の伝記映画『スペンサー ダイアナの決意』

Images by Pablo Lorraín. Copyright Komplizen Films.

『スペンサー ダイアナの決意』はコダックのスーパー16と35mmのフィルムフォーマットで撮影され、「悲劇の実話に基づく物語」というテロップから始まります。描かれたのは1991年の陰鬱なクリスマスの週末。ウェールズ公妃ダイアナ(旧姓スペンサー)は、この時、女王の冬の避寒地であるサンドリンガム・ハウスでチャールズ皇太子との離婚を決意しました。

 

パブロ・ララリン監督、スティーヴン・ナイト脚本の魅惑的な心理ドラマは、2021年のベネチア国際映画祭コンペティション部門で3分間に及ぶスタンディングオベーションを受けました。ダイアナ妃を演じた主演のクリステン・スチュワートは、説得力のある演技で称賛を浴びます。映画評論家は、フランス人撮影監督クレア・マトン(AFC)の優美に哀愁漂う撮影技術を絶賛。特に葛藤を抱えたプリンセスをなめるように撮ったクローズアップのポートレートを高く評価しました。

 

「脚本から浮かび上がるミステリーが気に入りました。ダイアナ妃についての物語の寓話部分です。作品には繊細さと大胆さの両方があり、それゆえ、私はパブロの世界に加わりたいと思ったのです」とマトンは述べています。パリにある国立の映画学校ルイ・リュミエール卒のマトンの最近の作品には、数々の賞を受賞した『燃ゆる女の肖像』 (2019、セリーヌ・シアマ監督)があります。マトンは以前、『ふたりの友人』(2015、ルイ・ガレル監督)をコダックの35mmフィルムで撮影しました。

 

「パブロとの最初の打ち合わせで、どんな撮り方をするか話し合いました。ダイアナを演じるクリステンをどんな距離で、どんな高さから撮るか。どうカメラを動かすかといったことです。パブロは超至近距離で親密さを作り出すこと、そして、特異な動きをするカメラワークで不安感を表現することを希望しました。パブロらしい映像表現は独特なカメラのムーブメントによって生まれますが、この作品については特にそうです」

 

「描かれている時代は1991年ですが、タイムレスな感じにし、時代背景よりも1人の女性のポートレートを象徴的に描きたいと考えました。私たちは、ダイアナの世界に常に存在するソフトさと色味について話し合いました。この点については、衣装デザイナーのヘッドのジャクリーン・デュランとプロダクションデザイナーのガイ・ヘンドリックス・ディアスが素晴らしい視点で、いい仕事をしてくれました」
 

Images by Pablo Lorraín. Copyright Komplizen Films.

スペンサーの撮影フォーマットについて、マトンは次のように語ります。「最初の打ち合わせの時から、フィルムで撮影することは当然というよりも必須という感じでした。デジタルかフィルムかという疑問は存在せず、話し合ったのは16mmで撮るか35mmで撮るかということです」

 

本作の撮影にあたっては、ディアスが熱心にリサーチをして集めた多くの写真を参考にしたとマトンは言います。ダイアナ妃が2人の息子、ウイリアム王子とハリー王子を伴っている写真です。

 

マトンとララリンは、『バリー・リンドン』(1975、撮影監督 ジョン・オルコット(BSC)) や『時計じかけのオレンジ』(1971、撮影監督 ジョン・オルコット(BSC))といったスタンリー・キューブリック作品のシークエンスも参考にしました。カメラの動かし方だけでなく、ショットのリズム、短焦点レンズの利用、特に顔において撮影された映像の柔軟性も参考にしました。

 

「それから、映像の色合いやテクスチャーを決めるための実験やテストを始めました。製作の大半でスーパー16を使うことにしたのは、美しい映像を撮るためでもありましたが、カメラ機材の軽さと人間工学的理由もありました。もちろん、スーパー16を使う経済的なメリットも考慮しました」

 

「でも、映像にあまり粒状性を出したくない時もあったので、光量の少ない場所で撮影される、より繊細で暗い夜のシーンには35mmフィルムを使うことにしました。そういったシーンで35mmを使うと、暗い部分に柔らかさとディテールまで残しつつ、映像全体の粒状性もかなり細かに保つことができます」
 

『スペンサー ダイアナの決意』の撮影監督クレア・マトン(AFC) Image by Pablo Lorraín. Copyright Komplizen Films.

『スペンサー ダイアナの決意』は、2021年1月28日から3月29日までの期間に38日以上かけて撮影されました。ダイアナのバスルームを除いて、撮影は主にロケ地で行われました。ドイツでは、フランクフルト近郊のシュロスホテル・クロンベルク、ポツダム市の北にあるマルクヴァルト城、ノルトライン=ヴェストファーレン州北部のノルトキルヒェン城。そして製作の場はイギリスに移り、映画の終盤はノーフォークとロンドンで撮影されました。

 

撮影クルーには、長年、マトンの照明を担当しているエルネスト・ジョリッティ、ドイツの現地クルーにはファーストACのダニエル・エルプ、キーグリップのベルント・マイヤーがいます。ステディカムを担当したディエゴ・イグナシオ・ミランダ・メネセスは、ラライン監督の前作も担当していたので、「簡単なやり取りだけで、とてもスムーズに撮影を進められた」とマトンは言います。

 

ベルリンのARRIレンタルのサポートで、マトンは本作をARRI 416のスーパー16とARRI LTの35mmカメラに、ツァイス・ウルトラ16とライカ・ズミルックスのレンズを付けて撮影しました。

 

「パブロと私は、焦点距離が短くても精密で歪みが最も少ないウルトラ16を好みました。クリステンの顔のアップをよく撮ったので、この作品の短焦点撮影では8mmと9.5mmを繰り返し使いました。ライカ・ズミルックスは柔らかさと深度を出すために選びました」

 

「アスペクト比は1.66:1です。スーパー16のフィルムフォーマットに最も忠実な形で、すべてのディメンション(寸法)とデフィニション(解像度)を保つためです。1.66:1にしたことで、ダイアナのポートレートに私たちの求めていた近接感を表現することができました」

 

マトンは撮影に3種類のコダック VISION3フィルム使いました。明るい屋外での日中のシーンにはVISION3 50D カラーネガティブフィルム 7203、曇りの日の屋外と日中の屋内全般には250D 7207、夜のシーンには、500T 7219と5219を使っています。フィルムの現像と4K 16ビットスキャンは、パリのハイヴェンティ社で行われました。マトンは、ラボで増感や減感処理を行わないことにし、セットデザインや衣装で当時の雰囲気を作ることを好みました。

 

「これは冬の映画ですが、熱量のある映画でもあります」とマトンは語ります。「極力、感度の低いフィルムを使いたいと思っています。光量が十分なら、屋外のシーンはすべて50Dを使って撮りたいところです」

 

「結局、50Dがこの映画の最終的な画の基準となりました。映像全体の滑らかさを作り出すため、そして、我々が求めていた美しく柔らかな色味を出すためです。例えば、イギリスの屋外のシーンによく登場する芝生や畑のグリーンや、劇中の衣装の華やかな赤をいい感じで表現できたと思っています」

 

「さらに、フィルムでは、常に極端なハイライトにも躍動感を見いだせますし、キャンドルを使った2つのハイスピードのシークエンスのような、温かいライティングでの肌色の豊かさも気に入っています」

 

「全体として、(アナログ)フィルムのフォーマットを選んだことで、視覚的表現の寓話的な面に少し取りつかれたような雰囲気をもたらす助けとなり、映像に滑らかさを出すことで、私好みな形でダイアナのキャラクターに美しさとミステリアスな雰囲気を出すことができました」
 

Images by Pablo Lorraín. Copyright Komplizen Films.

多くの批評家が、本作でのマトンのフレーミングに言及しています。ダイアナ妃の後ろに滑り込んだり、まわりをぐるりと回ったりして、カメラを常に動かし続ける撮り方です。

 

マトンはこう述べています。「それはミュージカルのような感じで振り付けと言ってもいいかもしれません。ステディカムを使ったりドリーを使ったり、カメラを肩に載せて広範囲を撮影したり、さまざまなリズムや緊張感を出して、ダイアナとの特別な親密感を作り出しました。短焦点のレンズを使うことは私にとって非常に面白く、究極のやりがいを感じる思い切った挑戦でした。これはパブロのおかげで実現できたことです。クリステンの演じるキャラクターと1つになって呼吸をし、フレーミングをすることに大きな喜びを感じました」

 

短焦点のレンズを使い、頻繁にカメラを360度動かすため、操作しやすく、モジュール式で調整可能なDMXベースのライティングシステムを現場で採用し、さまざまな位置に細かく実際の灯を組み込んで、主には屋外から入ってくるバウンス光で照らす必要がありました。ライティングパッケージは、ベルリンのマイヤー・ブロスによって供給されました。

 

「各々のセットになじませるため、アステラ・タイタンのLEDチューブとLEDカーペットライトをよく使ったのですが、ありがたいことに、細かい配慮のできる結束力の強いチームが照明を高い所に設置したり運んだりして、撮影中、明るさのレベルを調整してくれました」とマトンは説明します。「ライティングの選択、配置、目立たない組み込みについては、すべての撮影において、プロダクションデザイナーのガイと、照明係のエルネストが素晴らしいコラボレーションをしてくれました」

 

『スペンサー ダイアナの決意』のDIグレーディングは、カラリストのペーター・ベルナーズと一緒に、ベルリンのポスト・リパブリックで行いました。

 

「コントラストのレベルと色の深みを調整することで、画を硬くしたり、劣化させたりすることなく、映像全体に素晴しい柔らかさを保ちながらダイアナを際立たせることができました」とマトンは語ります。

 

「ポストプロダクション作業の大部分は、ストーリーテリングに対する我々の繊細なアプローチを維持し、(アナログ)フィルム独特の信ぴょう性と躍動感を保ちながら、16mmと35mmの異なる乳剤をシームレスに混合することに注力されました」
 

(2021年11月15日発信 Kodakウェブサイトより)

『スペンサー ダイアナの決意』

   2022年10月14日より全国ロードショー

 製作年: 2021年

 製作国: ​イギリス/ドイツ/アメリカ/チリ

 原 題: Spencer​

 配 給: STAR CHANNEL MOVIES

​ 公式サイト: https://spencer-movie.com/

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