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2022年 12月 19日 VOL.200

三宅唱監督作品『ケイコ 目を澄ませて』― 撮影 月永雄太氏インタビュー

Ⓒ2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

16mmフィルムから溢れ出す、街を覆う匂い、降り注ぐ光の粒、ケイコの心が軋む音。

聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子さんをモデルに、彼女の生き方に着想を得て、『きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督が新たに生み出した物語。ゴングの音もセコンドの指示もレフリーの声も聞こえない中、じっと〈目を澄ませて〉闘うケイコの姿を、秀でた才能を持つ主人公としてではなく、不安や迷い、喜びや情熱など様々な感情の間で揺れ動きながらも一歩ずつ確実に歩みを進める等身大の一人の女性として描き、彼女の心のざわめきを16mmフィルムに焼き付けた。多数の海外映画祭で絶賛された本作がついに公開。12月16日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開中。(ホームページより引用)

今号では、撮影を担当された月永雄太氏に16mmフィルムでの撮影についてや、現場のお話などをお伺いしました。

16mm撮影を選択された経緯を教えてください。

月永C: 基本的に私はフィルムのルックが好きなので、今まで撮影を担当してきた別の作品でも何かしらフィルム撮影をするべき理由やメリットを探して、可能な範囲でフィルム撮影を提案してきました。なかなか実現できていませんが、今回は特に三宅監督も自分の想いとは別に最初から16mm フィルムでの撮影を熱望してくれたことが一番大きかったと思います。

三宅唱監督とご一緒されるきっかけは何だったのですか?

月永C: 三宅監督から直接オファーのメールをいただきました。それまで共通の知人が何人かいたものの一、二度挨拶したことがある程度でしたが、自分が担当した過去作をいくつか観てくださっていて、私も以前に三宅監督の『Playback』(2012)にコメントを寄せたり『THE COCKPIT』(2014)の感想を書いたりと比較的近いところにいたような印象を持っていました。最近知ったことですが、私が初めて商業映画の撮影に関わった映画『パビリオン山椒魚』 (2006)の初日舞台挨拶が行われた劇場で当時三宅監督がアルバイトで働いていたと伺いました。

今回実際に三宅監督とご一緒されていかがでしたか?

月永C: 準備中あるいは現場での三宅監督は自分の中でしっかりとした考えを持っていて、それを自分の言葉で伝えることができる方という印象でした。同時に全てのキャスト、スタッフのどんな意見にも耳を傾けて、ある誰かの意見でそれが面白いアイデアだと思ったら、簡単に自分のアイデアを捨て去ることができる柔軟さも持っていました。面白ければ誰よりも大きな声で笑い、わからないことにははっきりとわからないと答えてくれてとても清々しかったです。

Ⓒ2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

撮影された期間を教えてください。

月永C: 2021年の3月にインして、実撮影日数は19日+実景1日です。ロケ場所は主に葛飾区、墨田区、足立区などのロケーションで荒川近辺のとある町に見えるように組み合わせています。

フィルムタイプはどのように決められましたか?

月永C: 全編VISION3 500T 7219 を使用しています。光量のあるデイオープンが少ない点と、映画全体を通したトーンを揃えるためにフィルムは1タイプに統一したいと思っていたからです。テスト撮影では実際のロケ地である荒川土手沿いの夜を撮影しました。日頃、スマホで写真やムービーを撮り、肉眼より明るい夜が撮れてしまうことに慣れてしまい、ついついフィルムでの映り方を忘れてしまうので、実際にノーライトだとフィルムではどのくらいの暗さで映るのか、ということを改めて確認しました。フィルムで撮ると確かにデジタルで撮るよりも圧倒的に暗い上がりですが、デジタル撮影の最暗部はベタっとしたただの黒、そこには何もない状態になるのとは違い、フィルム撮影の最暗部の黒には、粒子と共に何かニュアンスがギリギリまで残り、見えないけど何か見える、表現として成立する黒、暗さでした。増感現像もテストしましたが、何か無理矢理暗部を持ち上げているような感じにしかならず、最初から暗さを狙っていたので、ナイターでもノーマル現像で通しました。

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Ⓒ2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

撮影の現場はいかがでしたでしょうか? 

月永C: 三宅監督の現場は初めてでしたが、限られた日数と予算の中でのフィルム撮影だったので、事前にある程度撮り方やカット割りを打ち合わせて現場に臨みました。リファレンスとして、イン前に撮影、照明、録音、美術、装飾のメインスタッフ何人かが集まり、多くの人がそれぞれ思い浮かべるような古今東西で有名なボクシング映画の映像集を三宅監督がまとめたものを観させてもらいましたが、あくまでそれは現実的にこういうことはできないし目指さない、という指針としての映像でした。ボクシングシーンは当然振り付けがないと危険が伴うのと、主演の岸井ゆきのさんの負担をできるだけ少なくできるように入念に段取りを確認していました。ですので、現場では大きく迷うことなく進んでいました。ただ監督にとって初めてのフィルム撮影だったので、無駄に回さないように気を使っていただいたのか、カットの声をかけるタイミングがやや早い時があり、カット尻が短すぎて、後々、編集で後悔したテイクもあったようです。現場では俳優を撮っている時が何より楽しそうでしたが、無人のリングに舞う「埃」を撮っている時は「貴重なフィルムで撮影していて、しかも俳優ではなくただの埃を撮っている、なんて贅沢な時間なんだろう」と言ってとても楽しそうにしている姿が印象的でした。また、撮影最終日が実景撮りで、日も暮れて最後、川沿いで電車が通るタイミングを狙っていました。基本的にはフィルムはロールアウトさせてはいけないものとされていますが、最後のカットはロールアウトまで回し切りました。今作品で用意した全てのフィルムを使い切り、全編アップしました。そのカットはエンドロールの一部に使われています。

Ⓒ2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

今回の撮影のスタイルについて教えてください。

月永C: 極力フィックスで撮っていくというのが、監督の当初からの狙いでした。ボクシングや手話など、動く肉体をしっかり観せていくのにキャメラが動いてしまっては見過ごしてしまうことがあるし、むしろ今回はキャメラそのものの運動が邪魔になる、というのがその理由でした。リングに舞う埃に気づき見つめるように、繊細な肉体や表情、手の動きの変化を見逃さず、じっと見据える、ということが何より大事なことでした。とにかく岸井ゆきのさん演じるケイコを見つめ続けるということで、余計なキャメラワークやカット割りはせず、ただシンプルにじっと見つめてさえいれば自然とそれを目にする観客も同じように見つめてくれるのでは、と信じることを選択しました。

Ⓒ2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

撮影機材、レンズの種類、またアスペクト比はどのように決められましたか?

月永C: キャメラはARRI SR3 、レンズはZEISS 16mmレンズ(9.5、12、16、25、50mm) 、ZEISS 16mmズーム 11-110mm です。アスペクト比は1:1.66のヨーロピアンビスタです。本編を観ていただけたらわかると思いますが、サイレント時代の映画を参照したようなシーンもあるので、当初1:1.33のスタンダードも候補にあったのですが、三宅監督がリングの上で二人のボクサーが向かい合った時に、その運動をより良く捉えるのに一番しっくりくるサイズ感はどれかと考えた結果、スタンダードより左右に余白のあるヨーロピアンビスタが選ばれました。

照明の藤井勇氏とはどのような打ち合わせをされましたか?

 

月永C: 藤井勇さんとは『きみはいい子』(2015)でご一緒してから今作で8作目になります。いつも自分とは違った発想からアプローチしてくれるので、作品の幅が広がってとても頼りにしています。基本的に照明に関してはお任せにすることが多く、それは常に考えが一致しているからというよりも、それぞれのやり方で化学反応を期待するというイメージに近いと思っています。藤井さんの台本には、作品毎にイメージする映画や写真、絵画のコピーが貼り付けられていて、ト書き部分にはそのシーンでイメージする光や照明の色を想定しているのか、色とりどりの線が引かれています。チラッと見かけただけですが、あれほどカラフルに書き込まれた台本は見たことがありません。過去作も含めて藤井さんの台本集を見たい映画好きな方が多くいらっしゃるのではないかといつも思います。

仕上げのワークフローについて教えてください。

 

月永C: 現像はIMAGICAエンタテインメントメディアサービスで、ノーマル現像です。16mmのネガからのダイレクトスキャンでCineVivo®で4Kスキャンしています。

グレーディングはどのように進めていかれましたか?

月永C: カラリストはIMAGICAの高田淳氏で、もう15年ほどで19作品ご一緒しています。とても仕事が早く細かい好みにも対応してもらえるのでいつも助かっています。普段は作品毎の方向性や、イメージする映画、写真や絵画をお伝えして、そのイメージのLUTを用意してもらい、キャメラテストで撮影した素材を当ててみて、細かい方向性を詰めていく感じです。今回はフィルムの持つ良さをそのまま生かすために、IMAGICAのフィルムトーンを再現したLUT(Kirion®)から、少し彩度アップしただけのシンプルなものを用意してもらいました。デジタル撮影でフィクションを作る際、デジタル撮影特有のシャープな生々しさをどうやって消すか、どうフィクションに寄せていくかをテストグレーディングでとても悩みますが、フィルム撮影の場合、フィルムを通すことでもうひとつフィクション度を乗せられる気がするので、グレーディング作業はとても楽です。全体的に流れを整えるだけで充分だからです。

監督、スタッフの皆様の仕上がりについての感想はいかがだったでしょうか?

月永C: 三宅監督から初日のラッシュを観て「震えた」という、こちらこそ震えるような感想をいただきました。今回、実は撮影初日分のラッシュが上がり、データで確認したところ、だいぶ赤みの強い色味で上がってきていました。IMAGICAに確認したところ、おそらくキャメラテストで色々な条件下で基準となるグレーチャートを撮影していたので、こちらの指示との行き違いで異なったデータが当てられていたようでした。当初はシアンよりの少しクールなトーンをイメージしていましたが、その赤みが、16mmの粒子感と相まって不思議なあたたかみのあるトーンになっていました。悪くないなあと思いつつも、まずは基準となるデータがズレていては良くないだろうとIMAGICAに修正してもらうか迷っていたところ、そのラッシュを観た照明の藤井さんが「面白い!この色味でいきたい」と言いました。それを聞いて、当初の狙いとは異なる、間違ったLUTで最後まで通すことにしました。最終的なグレーディングではシーンごとに整えていますが、大きなベースとなるトーンはこの時決まりました。藤井さんの一言がなかったら、また違った印象の作品になっていたかもしれません。

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Ⓒ2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

今作でフィルム撮影を選択されていかがでしたか?

月永C: 三宅監督もおっしゃっていましたが、見慣れた東京の風景が少し違って見えるような印象にすることができたのではということと16mmフィルムのクリアすぎない映像が、現代なのに過去のような何か童話のようでありドキュメンタリーのようでもある相反するものが同居する普遍的な何かを捉えることができた気がしています。あと個人的にはフィルム撮影の方が現場としてはシンプルで楽です。もちろんそのためのしっかりした事前準備は必要ですし、フィルム経験のある優秀なスタッフに集まってもらうのは絶対条件です。撮影部(チーフ関口洋平、セカンド村上拓也、サード岡本花梨)、そして照明部藤井勇さんとそのチーム、皆で作りました。フィルム撮影の良さは現場では仕上がりがわからないため、それぞれの部署や人が仕上がりを想像しながら能動的に参加できる、ということだと思います。デジタル撮影でカメラで収録されるものと同じ画面がモニターで現場に出ていると、便利で確実な一方で全てのスタッフがそれが正解かのように思ってしまい、それ以上考えることをやめてしまうように思います。それぞれが自ら考え、想像しながら参加することが皆で物作りをする醍醐味ではないでしょうか。そしてフィルム撮影の嬉しい誤算は、どれだけ仕上がりを想像しながら撮影しても、上がってくるフィルムの画は必ず自分たちの想像を超えてきてくれることです。

(インタビュー2022年12月)

 PROFILE  

月永 雄太

つきなが ゆうた

1976年生まれ。1999年日本大学芸術学部映画学科卒業。2011年、撮影を手がけた青山真治監督『東京公園』と真利子哲也監督『NINIFUNI』の2作品が第64回ロカルノ国際映画祭にて上映された。2018年、沖田修一監督作『モリのいる場所』で第73回毎日映画コンクール撮影賞を受賞。2020年、3大国際映画祭(カンヌ国際映画祭・ヴェネツィア国際映画祭・ベルリン国際映画祭)に次ぐ水準の知名度を持つ、第68回サン・セバスティアン国際映画祭オフィシャルコンペティション部門にて、佐藤快磨監督作『泣く子はいねぇが』で最優秀撮影賞を受賞。その他数々の作品で撮影を務める。

 撮影情報  (敬称略)

『ケイコ 目を澄ませて』


監 督  : 三宅唱  
撮 影  : 月永雄太

チーフ  : 関口洋平
セカンド : 村上拓也
サード  : 岡本花梨
照 明  : 藤井勇
カラリスト: 高田淳
キャメラ : ARRI SR3
レンズ  : ZEISS 9.5, 12, 16, 25mm T1.3 ZEISS 11-110mm T2.2
フィルム : コダック VISION3 500T 7219
現 像  : IMAGICAエンタテインメイントメディアサービス

制作プロダクション:ザフール
製 作  : 『ケイコ 目を澄ませて』製作委員会(メ~テレ 朝日新聞社 ハピネットファントム・スタジオ ザフール)

配 給  : ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト: https://happinet-phantom.com/keiko-movie/

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