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2023年 1月 13日 VOL.202

ディズニープラス「スター」オリジナルドラマ
すべて忘れてしまうから』 ― 撮影 四宮秀俊氏インタビュー

ⒸMoegara, FUSOSHA 2020  Ⓒ2022 Disney and its related entities

今最も話題の作家の1人である燃え殻の同名エッセイを、国内トップクリエイターがドラマ化を手掛ける本作は、日本発のディズニープラス「スター」オリジナルシリーズとして初めての配信作品。ハロウィンの夜に突如姿を消した恋人“F”をめぐる、ミステリアスでビタースイートなラブストーリー。阿部寛、尾野真千子、Chara、宮藤官九郎、酒井美紀、大島優子ら豪華キャストを迎え、岨手由貴子、沖田修一、大江崇允らが監督・脚本を務めている。現在ディズニープラスで独占配信中。

 

本作の撮影を担当したのは、『ドライブ・マイ・カー』『マイスモールランド』『きみの鳥はうたえる』など次々と近年の話題作を手掛ける四宮秀俊キャメラマン。ドラマシリーズでは珍しい全編16mmフィルムによる撮影に「チャレンジ」されたその背景や現場でのお話などをお伺いしました。

まず、ご自身について撮影を志された経緯を教えてください。

四宮C: 撮影を志したのは実は一般の大学を卒業してからですが、在学中に映画美学校の夏期講座に参加し、その時16mmフィルムと出会って、その映像の美しさに感動してしまいました。そこから映画作りの虜になって、映画美学校に正式に入学しました。その卒業生たちと一緒に自主映画を撮影したり、先輩の仕事を手伝ったりしていく中で、撮影部というものを意識するようになり、映画の撮影を志すことになりました。そんな中出会った撮影監督の中には芦澤明子氏や小林元氏、山田真也氏がおられて、短い期間ですが助手をやらせていただきました。しかし、助手としてはご迷惑ばかりお掛けしていたと思います。キャメラマンになったのは自主映画などでご一緒した監督やその作品を見たプロデューサーから、小さな作品ですが撮影のお話をいただいてでした。

今回は、どのような経緯でフィルム撮影を選択されたのでしょうか?

四宮C: 最初に岨手由貴子監督と山本晃久プロデューサーの方から、この企画の依頼があったときに16mm撮影を提案されました。岨手監督がまだ脚本を執筆している段階でしたが、作品のテイストに16mmフィルムの画がマッチしているという判断がすでにお二人にあったのだと思います。作品内容は、主人公である小説家と彼を取り巻くあるバーに集う個性的な常連客との日常的な出来事や人間関係、主人公の彼女との少しミステリアスなお話などが描かれます。あまり変化がないと思われていた日常が、色々な出来事によって微妙に変化していく様子を描くのに、16mmはとてもマッチしていたと思います。時間に取り残された様な登場人物たちや、ある種懐かしくもあるイメージと否応なく変化してく現実という現代的なものとのバランスをうまく描写するのにフィルムという媒体がとても合っていたと思います。ドラマは大体30分もの全10話で、全編16mmで撮影しました。

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フィルム撮影のご経験について教えてください。

四宮C: 実は、フィルムで作品を撮影した経験がほとんどなくて、私にとっても非常にチャレンジングな企画でした。先にも言いましたが、撮影助手としてもフィルム撮影を実践でじっくりと経験してきたわけではありません。フィルム撮影に対する憧れはありましたが、実際に自分の仕事として撮影するということになると正直不安で一杯でした。岨手監督や山本プロデューサーには、そんな不安そうな私の背中を「誰でも初めてのことはありますし」と優しく押していただけたと思います。これまでデジタルで撮影をしてきたのですが、表現の幅を広げるという意味でこれまで慣れ親しんだやり方とは違う手法での撮影に自分も興味がありましたし、コロナ禍を経て色々自分も変化しているなかで、フィルム撮影を前向きに捉えてチャレンジしようという気になったことは自分でも驚きでした。不安もありましたが、ワクワク感も強かったです。

テスト撮影について教えてください。

四宮C: テスト撮影は私の個人的な経験不足を補う上でも非常に重要でした。それこそ現像所のスタッフも含めて色々な方にフィルムのテスト撮影についてヒアリングをして、自分の不安な部分をテストで検証していくという感じでした。チーフの酒村多緒さんが非常に丁寧にテスト撮影の段取りをしてくれて、すごく参考になるテストラッシュが上がってきました。それを観て撮影部・照明部共に話し合いのベースもできましたし、仕上がりへのイメージもしやすくなりました。そして本番に向けてある程度安心と自信を持って臨めました。テスト内容としては、フィルムのラチチュードのチェック、フィルムタイプごとの発色などの特徴、カラーライティングや色温度ごとの発色のチェック、レンズの解像感の確認など基本的なものがほとんでした。

500Tと250Dはどのように使い分けられましたか?

四宮C: フィルムタイプは500Tをメインにしてナイター、セット、室内などで、250Dをデイオープンと外光が多く入る室内での撮影に使用しました。作品の時間軸が冬からスタートして春、夏までの季節なのですが、実際に撮影していたのは今年の春から夏にかけての 2ヶ月半位でしたので、季節感を表現するのに少し苦労しました。

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各話の最後に毎回異なるアーティストによるライブ演奏がありますね。 

四宮C: このドラマの見どころのひとつなのですが、各話の最後に舞台となるバーでアーティストがライブで曲を披露するという設定があって、それも16mmの2キャメで撮影しています。10組のアーティストが同じバーのステージで1曲ずつ演奏するのですが、ほとんどのアーティストが実際にそこで演奏しており、その場で録音されたものが完成したドラマで使われています。同録で撮影していて、それをもとにリップシンク部分を撮影したりしました。ライブ撮影の良い緊張感が現場にあって、素晴らしい音楽も聴けて撮影は非常に楽しかったです。ライブの撮影というのはドラマの撮影と違って、毎回そのアーティストの個性や曲調によってライティングも変わりますし、ドラマとも微妙にリンクしていますが、基本的には限られたステージの上でその時間を成立させなければなりません。『ドライブ・マイ・カー』(2021)でもご一緒した照明の高井大樹氏とどのようなライティングで撮影するかアイデアを出し合って本番に臨みました。そしてステージのデザインが素晴らしくライティングを助けてくれましたので、それぞれのアーティストに合った撮影ができたと思います。

特に印象に残っているシーンはありますか?

四宮C: ドラマの舞台となる常連客が集まるバーのセットでの撮影が一番印象に残っています。今回のドラマで撮影部として特に意識しなければならなかったのは、ロケやロケセットなどリアルな場所とメインの舞台となるロケセットのバーとのライティングや質感のマッチングという点でした。結果から言うと、フィルムはマッチングという意味でもセット撮影との相性がとても良いなと感じました。美術監督の安宅紀史氏は、地下にある設定のバーのセットをデザインするにあたって、カウンターの上に天窓を持ってきて外光が入ってくる設計にしてくれました。バーの奥にもテラスがあって外の光が店内に入ってくる設定です。その天窓があることによって、地下なのに昼、夕方、夜と時間帯の表現や天気の表現をシーンごとに展開できますし、冬から夏にかけての季節の表現も豊かに取り入れることができました。室内のバーでの撮影はセットのデザイン上の工夫がなければ光も一定ですし、変化の少ないシーンの連続になってしまいますが、外光を取り入れたバーの撮影は変化のある光を捉えることによって面白いシーンになったと思います。そこで特に撮影部的に面白かったのは、デーライトと電球などの人工の光のミックスを描く場合でした。主に500Tのフィルムを使ったのですが、改めて色温度の違いによるフィルムでの発色の面白さに気づきました。様々な色温度がミックスされた光の豊かさがフィルムによって非常に美しく表現されていると思います。フィルムで撮影することにより色温度というものに改めて敏感になれた気がします。

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今回、監督が3人いらっしゃいますね。 

四宮C: ベースとなる脚本は岨手監督が手掛けていて、大江崇充監督が第4話、沖田修一監督が第5話と第6話の演出を担当されています。連続ドラマなので、複数の監督が作品を分担して担当することはよくあることですが、お二人とも岨手監督の書かれたドラマのテイストを理解した上で、それぞれにシナリオを膨らませドラマの世界観を押し広げていらっしゃったと思います。3人で話し合って新しいアイデアを出したりしていて楽しそうな雰囲気でした。私は、沖田監督とは撮影助手時代に現場でご一緒したことがありましたが、監督と撮影という立場では初めてでした。監督は常に明るい笑顔で現場を盛り立てていらっしゃいました。大江監督とは以前から面識はありました。大江監督は非常に丁寧に役者に語りかけており、現場のコミュニケーションもスムーズでした。

岨手監督の現場はいかがだったでしょうか?

四宮C: 岨手監督とは今回初めてご一緒しました。監督の作品『あのこは貴族』(2021)は拝見しており、気品のあるとても素晴らしい映画だと思っていました。監督はとてもしっかりとご自分の考えを持っておられますし、そして柔軟に他のスタッフの意見も取り入れられる方です。作品の核をしっかりと把握されているので、その核の周りを他のスタッフが豊かに色付けすることができるのだと思います。セリフもかなり細かいところまで神経を使って書いていると感じました。現場では俳優たちの芝居をじっとご覧になり、繊細な表現をすくい取り、丁寧に演出されている姿がすごく印象的でした。監督はだいたいカメラの横で芝居をご覧になり、そこでの決断にキャメラマンの私としてはすごく安心感がありました。

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今回の撮影で参考にされた作品などはございましたか?

四宮C: 岨手監督からは、市川凖監督の『東京兄妹』(1995)を観ておいて欲しいとお話しがありました。食べ物の描写の参考にしてくださいとのことでした。監督が市川凖監督の作品が好きだということもあるのですが、今回のドラマは役者の繊細な芝居、台詞の掛け合いが主役の作品ですので、カメラの方で目立つようなことはせず、芝居をじっくり撮っていく必要がありましたのでカメラは基本的には三脚に乗せ、グループショットを中心とした客観的な距離感をARRI 416の1台で撮影しました。

撮影機材について教えてください​。

四宮C: キャメラは三和映材社でレンタルしたARRI 416 がメインです。2台必要な時はARRI SR3を使用しました。レンズはカールツアイスの16mm用の単玉とキヤノンのズームレンズを使用しています。オーソドックスなレンズの組み合わせだと思うのですが、絞りがある程度明るくて使い勝手の良いズームレンズが現場にあると便利だと思っていましたし、同様に明るい単玉のセットを使用しようと思っていました。画面アスペクト比は、バーカウンターでの横並びのショットが多いので、アメリカンビスタ1.85:1を選びました。

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現場でビジコンは使用されましたか?

四宮C: HDでのモニターは出していましたが、あくまで各部のちょっとした確認用のモニターとしてでした。デジタル撮影でモニターに頼ってフレームの中ばかり見てしまうという癖ができていたように思います。ですので今回のフィルム撮影の現場では、フレームに捉われないで、目の前の被写体にどういう光が当たっているか、どんな表現をしているかをいつにも増してしっかりと見るということを特に強く意識しました。この現場で、被写体を自分の目で見るということが鍛えられたなと思います。目の前の光を見るという行為がどんどん楽しくなっていき、フィルムにどう定着するかを想像することも非常に良い刺激になっていきました。一番初めのラッシュを見るまでは本当に不安で、見てからも細かい改善点よりもまず画が写っていたことに安堵していましたが、現場が進むにつれて想像力を駆使してアプローチしていく作業がとても楽しく、フィルム撮影の経験が積めて本当に良かったと思っています。

仕上げのワークフローについて教えてください。

四宮C: IMAGICAエンタテインメントメディアサービスで仕上げの工程もすべて行いました。現像はノーマル現像です。HDRとSDRで仕上げることがディズニープラスのレギュレーションにあったので、スキャンステーションで4Kスキャンし、HDRで仕上げたものを SDRに変換しています。全編16mmでHDR仕上げという作品は初めてではないでしょうか。カラリストは北山夢人氏で、テストフィルムを元にLUTをフィルムタイプごとに作成して頂いて、それをもとにACESワークフローでグレーディングしています。

16mmフィルムからのHDRの画はいかがだったでしょうか?

四宮C: フィルムからHDRという流れは私自身今回初めてで、他にもあまり聞いたことがなかったので、どの様な画になるのか想像できていませんでした。実際その映像を見てみると特にフィルムの暗部との相性がとても面白く、HDRの画はしっかりと階調がありますし、フィルム撮影ですから暗部の情報量も多いので暗い部分の奥行きや立体感の表現が今までに無いものを感じました。逆にハイライトは多少ギラつく感じがあったので抑える感じでしたが、ガラスとか金属とかの光の粒の表現が非常に美しくて、こちらも面白いルックになっていると思います。SDRへの変換作業の方が実は苦労していて、HDRに慣れてしまった目で見ると、SDRだと何が正解なのかわからなくなってしまうということがありました。しばらく時間をおいてから作業するなど工夫しましたが、印象の差をなかなか埋めることができず苦労しました。そこを北山さんに上手く調整していただき、なんとか良い仕上がりに持っていくことができました。

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グレーディングではどのような点にこだわられましたか?

四宮C: 16mmフィルムからのHDR仕上げということで、アナログとデジタルのどちらかだけではないという感じが面白いと思っていました。フィルムの良さをどうHDRの画に活かすかという点を意識しました。デーライトとタングステンのミックス光の美しい表現であるとか、粒子感や深度感などフィルムの持っている繊細な情報を更にHDRの階調の中で推し進めて画に表現できたらと思ってグレーディングに臨んでいました。ACESワークフローでの仕上げというのも初めてだったので、そういった新しい試みで作品を仕上げることが経験できたことは非常に良かったと思います。IMAGICAの石橋英治氏にスムーズなワークフローを構築していただき感謝しております。

全体的にフィルム撮影に挑戦されてみていかがでしたか?

四宮C: これまで映画をデジタルで撮影してきて、毎回その作品に合ったルックを探して試行錯誤をしてきましたが、今回は幸運にもフィルムで作品が撮影できるということで、これまでの自分の想像を超えて、フィルムが持っている表現力でルックを構築していくことが新しくできて非常に面白かったと思います。フィルムをどう使用したらどのようなルックになるかという、ある種自分の中にはないものが現像で上がってくる感覚が、これまでデジタル機材で慣れを感じてしまっていた自分にとっては非常に新しい経験でした。さらにフィルム撮影で重要だったことは、当たり前のことですが、撮影したものがすぐには見られないという点でした。その点が、現実とそれをどう表現しようか考える想像力との良い関係が生まれたのだと思います。自分にとってはすぐに結果がわからないという部分がすごく重要で、わからないことに向き合う時間をいかに過ごすか、そこで想像力をいかに使うかというのが表現に関わる楽しさの大きな部分ではないかと最近は考えています。現場で撮影が進んでいく中で、目の前のことにどうアプローチしていくかをもう一歩深く想像するという作業が、映画表現に携わっている自分にとっては必要なことでした。現像から上がってきた映像を見て、そこからまた試行錯誤していく撮影が非常に面白かったです。今作でフィルム撮影ができる環境に自分を連れてきていただいた方々に感謝していますし、その機会に恵まれたことは幸運だったと思います。

最後になりますが、今後のご自身の作品でのフィルム撮影についてはどうお考えですか?

四宮C: 今回は16mmだったので、機会があれば是非とも35mmでも撮影してみたいです。世界的に見れば、多くのハリウッド作品が65mmのラージフォーマットでも撮影されていますし、フィルムで撮影された映画が興行収入的にもヒットして、その素晴らしいルックを生み出す媒体としてフィルムが認知されていることは周知の事実だと思います。私にとって今回のフィルム撮影の経験は、今後にも非常に良い影響を与えてくれるものだと思っています。著名な撮影監督の篠田昇氏(2004年没)の逸話で、ある映画でフィルムのテスト撮影の方が本番より回ったという話があるそうです。そのぐらいフィルムが表現できる色々な可能性を試してみて、表現の幅を知っておいた方が本番での撮影で良い画が撮れるという趣旨のお話でしたが、私もフィルム撮影でまだまだ試してみたいことが多くありますし、様々な被写体との出会いで想像力を刺激してくれる媒体として、フィルム撮影で表現の幅をこれからも広げていけたら面白いだろうなと思っています。

(インタビュー2022年9月)

 PROFILE  

四宮 秀俊

しのみや ひでとし

大学在学中に映画美学校に入学。撮影助手として映画やMVなどの撮影に参加。その後キャメラマンに。主な作品に、『Playback』(2012、三宅唱監督)、『きみの鳥はうたえる』(2018、三宅唱監督)、『ミスミソウ』(2018、内藤瑛亮監督)、『さよならくちびる』(2019、塩田明彦監督)、『宮本から君へ』(2019、真利子哲也監督)、『佐々木、イン、マイマイン』(2020、内山拓也監督)、『ドライブ・マイ・カー』(2021、濱口竜介監督)などがある

 撮影情報  (敬称略)

『すべて忘れてしまうから』

 

監督・脚本: 岨手由貴子、沖田修一、大江崇充
撮影   : 四宮秀俊、中瀬慧
チーフ  : 酒村多緒
セカンド : 猪本太久磨
サード  : 大西敬介
撮影応援 : 高木風太、鎌苅洋一、金碩柱、谷康生
照明   : 高井大樹
カラリスト: 北山夢人
キャメラ : ARRI 416、ARRI SR3
レンズ  : ZEISS 9.5, 12, 16, 25, 50mm T1.3、ZEISS 14, 40mm T2.1、Canon 8-64mm T2.4、Canon 11.5-138mm T2.5
フィルム : コダック VISION3 500T 7219、250D 7207
現像   : IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
機材   : 三和映材社
制作   : C&Iエンタテインメント
配信   : ディズニープラス
公式サイト:
https://disneyplus.disney.co.jp/program/subete.html
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