2023年 3月 13日 VOL.205
温かくロマンチックなルックをコダックフィルムで描き出すスピルバーグ監督の感動作『フェイブルマンズ』
スティーヴン・スピルバーグが共同脚本・製作・監督した『フェイブルマンズ』のモニカ・シャーウッド(左、クロエ・イースト)とサミー・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
撮影監督ヤヌス・カミンスキーは、スティーヴン・スピルバーグ監督の半自伝的な青春物語『フェイブルマンズ』に携わった時間について、「スティーヴンと長く仕事をしてきた中でSF大作や犯罪を描いた娯楽作品、重厚な歴史ドラマなど多くの素晴らしい作品を撮影しましたが、その中でもおそらく今回の作品が一番感動的な体験でした」と明かしました。
『ウエスト・サイド・ストーリー』(2022)での協働に続き、本作はカミンスキーがスピルバーグ監督と制作した連続19作目の長編映画です。
コダックの35mm、16mm、8mmフィルムでスタイリッシュに撮影された本作は、監督本人の子供時代の回想を基に、家族のルーツやスピルバーグ監督が史上最も愛されて成功したフィルムメーカーの1人となっていく、その原体験を掘り下げています。
(左後方から)『フェイブルマンズ』の撮影現場にて、プロデューサーのクリスティ・マコスコ・クリーガー、共同脚本・製作・監督のスティーヴン・スピルバーグ、セス・ローゲン、ジュリア・バターズ、共同脚本・製作のトニー・クシュナー、キーリー・カーステン、ソフィア・コパァ ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
作中では少年時代の思い出が美しく描かれるだけでなく、スピルバーグ監督自身の初期のホームムービーも再現されており、ストーリーはサミー・フェイブルマンという架空のキャラクターを通して語られます。彼はユダヤ系の中流家庭に生まれ、父親の仕事の都合でニュージャージーからアリゾナ、そしてカリフォルニアへと移り住んでいきます。
本作は、子供のサミーが初めて映画館に足を運び、『地上最大のショウ』(1952、監督:セシル・B・デミル、撮影監督:ジョージ・バーンズ(ASC))の列車大衝突のシーンを見て、トラウマ的な経験をするところから始まります。母親に勧められ、彼は寝室でおもちゃを使ってそのシーンをフィルムに再現するのですが、それにより不安だったサミーは自制心を取り戻し、すぐさまフィルムメーカーを志すようになります。両親の結婚生活を揺るがすような秘密を知ってしまった彼は、ぎくしゃくした家族の真実を見いだし、学校のいじめやユダヤ系に対する不当な扱いといったままならない世界を生き抜くために、どうすれば映画の力を味方につけられるか、その方法を探り始めます。
『フェイブルマンズ』ではガブリエル・ラベルが主演のサミー役を務め、ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ジャド・ハーシュらが脇を固めています。また、デヴィッド・リンチがカメオ出演し、実際にあったスピルバーグ監督と伝説の映画監督ジョン・フォードとの出会いを再現しています。
ロジー・フェイブルマン(左、ジュリア・バターズ)とサミー・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
4,000万ドルをかけたユニバーサル・ピクチャーズの本作は、2022年のトロント国際映画祭で世界初上映され、観客賞を受賞しました。真摯な演出、主要俳優たちの演技、カミンスキーの繊細で哀感を帯びたカメラワークが5つ星の評価を得ると共に、2023年のゴールデングローブ賞で作品賞(ドラマ部門)と監督賞を受賞し、(現時点で)放送映画批評家協会賞、英国アカデミー賞、全米監督協会賞、全米映画俳優組合賞、全米製作者組合賞で多数のノミネートを獲得しています。
もともとスピルバーグ監督は、すでに1999年の時点で妹のアンと本作の構想を練っていたものの、両親であるリア・アドラー(2017年死去)とアーノルド・スピルバーグ(2020年死去)を怒らせてしまうのではないかという懸念から、20年間この企画を保留にしていました。両親が別れてから15年間父親とほとんど口をきかなかったのですが、たびたび協働していた脚本家のトニー・クシュナーと共に、一緒に手掛けていた『ウエスト・サイド・ストーリー』の制作期間中にこのプロジェクトを再検討し、2020年末に脚本を完成させました。
ミッツィ・フェイブルマン(左、ミシェル・ウィリアムズ)と幼少期のサミー・フェイブルマン(マテオ・ゾリャン・フランシス=デフォード) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
「脚本がとにかく素晴らしく、温もりと愛情に溢れ、とても私的で、読んだ瞬間に美しい映画になるだろうと思いました」とカミンスキーは言います。彼はスピルバーグ監督と初めて制作した『シンドラーのリスト』(1993)、そして『プライベート・ライアン』(1998)でアカデミー賞®撮影賞を受賞しており、同監督との作品でアカデミー賞®に6回ノミネートされています。
「ですが、今回の作品まで彼についてほとんどの人が知らなかったであろう、自分にまつわる話やバックグラウンドを取り繕うことなく明らかにしたり伝えたりするなんて、スティーヴンはなんて勇敢なのだろうとも思いました。その正直さ、つまり破綻した人間関係や親との仲たがい、いじめ、人種的な偏見、癒しと悲しみの両方になりうる芸術に身を捧げようという野心とその道のりを描くのは、勇気ある特別なことです」
ガブリエル・ラベル(左)とスティーヴン・スピルバーグ監督 ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
カミンスキーはこう付け加えます。「スティーヴンはこれまでもずっと、自身に関することや人間の有り様を映画に取り入れるという点で、非常に私的なフィルムメーカーでした。『E.T.』(1982、撮影監督:アレン・ダヴィオー(ASC))や『宇宙戦争』(2005)では、離婚が物語の展開における鍵になっていました。『宇宙戦争』では恐ろしいエイリアンの侵略の中で息子との絆を強めようとする父親の姿が描かれています」
「しかし私たちがこれまで制作してきた他の映画とは違って、『フェイブルマンズ』はスティーヴンがより直接的に内省し、内面を見つめた作品で、自身の私的な不安を大きな物語に当てはめるようなことはしていません。UFOもエイリアンも登場しないのです。離婚家庭で育った1人の少年が、家庭用カメラの力を借りてアイデンティティや目的、将来の展望を見いだし、伝説的なフィルムメーカーになる姿を描くシンプルなストーリーです」
「私はスティーヴンと彼の家族とは30年近くの付き合いです。彼の妹たちが本作のセットを訪れた時に涙ぐむ姿を見た時は心打たれましたね。そして、このストーリーを伝える作品に携われたことをとても感慨深く思いました」
(左から)ナタリー・フェイブルマン(キーリー・カーステン)、リサ・フェイブルマン(ソフィア・コパァ)、ミッツィ・フェイブルマン(ミシェル・ウィリアムズ)、サミー・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
『フェイブルマンズ』の主要な撮影は新型コロナウイルスのパンデミックの最中であった2021年7月17日に開始され、59日の撮影期間を経て同年9月27日に終了しました。撮影はロサンゼルス周辺やカリフォルニア州シエラネバダ南部のセコイア国立公園のロケーション、およびパラマウントスタジオで行われ、パラマウントスタジオでは、ジョン・フォードを演じたデヴィッド・リンチが登場するシーンなどが撮影されました。
スピルバーグ監督が子供時代を過ごしたニュージャージー州ハードンタウンシップ、アリゾナ州フェニックス、カリフォルニア州サラトガの3つの家を再現するため、プロダクションデザインのリック・カーターはスピルバーグ監督が自身の記憶を基にスケッチした間取り図と当時のディテールを参考にしました。それから彼はカミンスキーの要望を受けて、カメラと照明のスタッフや機材が動きやすいようにサイズを少し大きめにしたセットを作ったのです。本作では編集機材でフィルムを繋ぎ合わせる10代のサミーのぐるぐる回るような描写など、サミーの心情を精緻に映し出す360度撮影も行われています。
サミー・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
「この作品のためにいろんな時代を研究する必要はありませんでした。というのも、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002)や『ウエスト・サイド・ストーリー』といった他の映画ですでに何度もそういった時代を取り上げてきたからです」とカミンスキーは言います。「私はこの時代の華やかで際立ったハリウッド映画が好きなのです。ロマンチックな映像にするチャンスですから。そしてこの作品はそれが可能な映画でした」
「とはいえ、本作は『ウエスト・サイド・ストーリー』ほど派手な映画ではありません。『ウエスト・サイド・ストーリー』では夢のようなロマンチックなシーンに抒情性を持たせるため、あえて映像にフレアを加えました。私たちがこれまで手掛けてきた他の作品と比べると、この映画の演出は穏やかでオーソドックスなものでしたが、温かくロマンチックに仕上がっています」
サミー・フェイブルマン(左、ガブリエル・ラベル)とミッツィ・フェイブルマン(ミシェル・ウィリアムズ) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
カミンスキーは『フェイブルマンズ』を1.85:1のアスペクト比におさめ、ストーリーの主要部分はパナビジョンのパナフレックス・ミレニアムXL2カメラにパナビジョンのPVintageレンズを装着して撮影しました。
パナビジョンのプリモレンズを装着したアリフレックス16STと416の16mmカメラ、さらにスーパー8カメラは、サミーによる『地上最大のショウ』の恐ろしい列車衝突の再現や、『プライベート・ライアン』の重々しさを思わせる戦争映画といったスピルバーグ監督の初期のホームムービーの再現など、さまざまなシーンに使われました。カメラ一式はウッドランド・ヒルズのパナビジョンが提供しました。
フィルムについて、カミンスキーはコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219を日中と夜間の屋内および夜間の屋外のシーンに使用しました。日中の屋外のシーンのほとんどには50D 5203を使用し、通常の日中以外の撮影には250D 5207に切り替えました。サミーの劇中作品は16mmとスーパー8の250D 7207と500T 7219で撮影されました。フィルムはロサンゼルスのフォトケムで現像され、デイリーのスキャンと最終のDI(デジタル インターミディエイト)グレーディングはバーバンクのピクチャーショップ社で行われました。
バート・フェイブルマン(ポール・ダノ) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
「何年経っても、そしてあれだけ多くの映画を生み出しても、スティーヴンは今もなおフィルムの上品な美しさを愛しているのです。どんなストーリーを語るにせよ、フィルムが素晴らしい芸術的選択であることに変わりありません」
「また私たちは2人とも、デジタルのプロダクションでよくあるようなカメラをひたすら回し続ける撮影よりも、実際にカット、ゲートチェック、フィルムチェンジ、リセットしてからまた回すという映画作りのやり方の方が楽しいのです。デジタルだと、何千ドルも余計にお金をかけて膨大な時間の余分な素材を積み上げていくことになりがちですから」
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カミンスキーは今回の撮影のために非常に優秀なスタッフたちを集めました。「その多くは、私が25年以上一緒に仕事をしてきてよかったと思うスタッフたちです」と彼は熱く語ります。Aカメラはミッチ・デュビンが担い、フォーカスはマーク・スパスが補助、Bカメラおよびステディカムはコリン・アンダーソンで、ジェフ・ポーターが補助を務めました。キーグリップはレイ・ガルシア、ドリーグリップはジョン・マンが担当しました。
比較的新しくチームに入ったマグダレーナ・ゴルカは、第2ユニットの撮影監督として16mmと8mmフィルムのホームムービーのシーンの大部分を撮影しました。カミンスキーはチームの重要なメンバーとして、ガファーのクリス・カリトンに加え、デイリーのカラータイマーのジョン・ブラディックと仕上げのDIカラリストのマイク・ハッツァーの名前も挙げています。ジョン・ブラディックはネガのスキャンおよび編集用に色の忠実性が高いラッシュの納品を担当しました。
サミー・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
本作の照明機材はシネリース社が提供しており、最新のLED照明だけでなく、昔ながらのタングステンとHMI機材も組み合わされています。500Tフィルムはフェイブルマン家のさまざまな家のセット撮影の大部分で使われました。基本的な絞りがT4でISO感度を400に設定したため、多くの光が必要でした。
日中の屋内は主に、ARRI T24からの直接光とモスリンに反射させたARRI T12の光を組み合わせて、窓の開口部から照明を当てました。雰囲気を出すためにトラスに取り付けた大きなソフトボックスをこれに追加し、ARRI SkyPanel S360やCineo Quantum C80も使用しました。屋内の撮影では画に写りこむ灯具も重要な役割を果たしました。カミンスキー、カリトン、セットデコレーターのカレン・オハラは密に連携を取ってセット内のデスク、テーブル、ベッドサイドのランプを選び、念入りに配置しました。
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照明プログラマーのブライアン・フィッシャーは、編集デスクにいるサミーの周りを360度移動するシーンで照明セットを調光するような作業を現場でアシストしました。サミーが暗闇の中で自分の映画を映写するシーンで彼の顔に光を当てているのですが、映写機から出るちらちらしたタングステンの光も使いつつ、影を作らない光源として映写機に貼り付けたソースメーカー社のLEDタングステンリボン、より近くからのショットではライトキューブや小型のタングステンライトも使用しました。
「この映画には美しく感動的なシーンがたくさんあります」とカミンスキーは言います。「なかでも私のお気に入りは、驚嘆した若いサミーが映写機の前に手を出し、両手を映画のスクリーンのようにして映像を捉えるシーンです。光がストーリーの一部になっていることが好きで、このシーンは動く画の力を見出した子供が、映画作りの世界をその手につかむという、作品全体の美しい象徴となっているのです」
サミー・フェイブルマン(左、ガブリエル・ラベル)とボリス伯父さん(ジャド・ハーシュ) ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
『フェイブルマンズ』は、スピルバーグ監督の人生を自伝的にありのまま描いていますが、カミンスキーは自分自身についてこんなことを語っています。
「私はフィルムで撮影した映像を見る方が感情移入しやすいのです。35mmフィルムでたくさんの映画を撮ってきたので、その実力はよく知っています。ですが16mmフィルムは……、粒子の構造、色の再現性、柔らかさ、そしてそれが想起させる感情という点で圧倒されますね」
「今、デジタルの小屋から飛び出し、代わりとなる新しい美学を求めて、16mmで撮影する人がどんどん増えていると思います。いいストーリーといい俳優たち、そして予算と配給に恵まれた人がどこかにいるなら、私はいずれ全編16mmで撮影するという挑戦をしてみたいですね」
サミー・フェイブルマンを演じるガブリエル・ラベル ⒸStoryteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
また、カミンスキーは『フェイブルマンズ』がより個人的なレベルで自身の人生経験と繋がっていることを認めています。「私は映画制作者ですが、それは大きな葛藤や苦しみを伴いうる生き方です。しかし一方で、クリエイティブな表現や友情、家族、幸福を見いだす力をもたらしてくれます。この映画を制作している間に私たちはよく涙を流しましたが、同時にとても刺激を受けました」