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2023年 4月 5日 VOL.206

35mmで捉えたルカ・グァダニーノ監督の注目作『ボーンズ アンド オール』の血まみれのロマンス

ルカ・グァダニーノ監督作『ボーンズ アンド オール』より、マレン役のテイラー・ラッセル(左)とリー役のティモシー・シャラメ Ⓒ 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

35mmのコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219の鮮やかな色彩で描き出されたのは、ルカ・グァダニーノ監督によるカニバリズムをテーマにしたロードムービー『ボーンズ アンド オール』です。本作は気味悪く、いびつで耐え難い部分もあるかもしれませんが、非常にロマンチックで示唆に富むストーリーラインと、視覚的に観る者を魅了する演出で観客と批評家たちを驚嘆させました。

『ボーンズ アンド オール』は、1980年代のアメリカを舞台に、人肉を食べたいという衝動を抑えられず、社会になじめない少女マレンを描いています。友人宅での惨劇の後、父親に見捨てられたマレンは、グレイハウンドバスに乗り、長らく行方の知れなかった母親を探してアメリカ横断の旅に出ます。

道中、マレンは孤独を好む不気味な人物から、自分が人肉を食べる性質を持つ「人喰い」で、それは年を重ねるごとにひどくなり、やがて匂いで他の人喰いをかぎ分けられるようになるのだと教えられます。実際にマレンは、すらっとしたハンサムな放浪者で人喰い仲間のリーと出会い、2人はアメリカの裏街道を3000マイルも旅する恐ろしい冒険に出ることになります。殺戮の中で愛が芽生えますが、共に生きようと2人が努力しても、どうしても自分たちのおぞましい過去から逃れられず、すべては愛を貫けるかどうかが懸かった最後の戦いへと繋がっていくのです。

撮影監督 アルセニ・カチャトゥラン(左)とルカ・グァダニーノ監督 Photo by Yannis Drakoulidis. Ⓒ 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

『ボーンズ アンド オール』は、2022年のヴェネツィア国際映画祭で初公開され、長時間にわたるスタンディングオベーションを浴び、銀獅子賞(監督賞)を受賞。さらにテイラー・ラッセルがマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞しました。加えて、俳優たちの演技、疎外や生存、意見の相違を描いた物語、陽の光と血しぶきが大胆に混ざり合った映像が批評家から高く評価されました。

本作は、カミーユ・デアンジェリスの2015年の同名小説を基に、デイビッド・カイガニックが脚本を執筆し、グァダニーノ監督がメガホンを取った作品です。テイラー・ラッセルとティモシー・シャラメを筆頭に、マーク・ライランス、マイケル・スタールバーグ、アンドレ・ホランド、クロエ・セヴィニー、デヴィッド・ゴードン・グリーン、ジェイク・ホロウィッツ、ジェシカ・ハーパーが出演しています。

撮影はニューヨークを拠点に活動する撮影監督アルセニ・カチャトゥランが担当しました。カチャトゥランは、数々の賞を受賞したデア・クルムベガスヴィリ監督作『Beginning(原題)』(2020)を35mmのVISION3 500T 5219で撮影した経験があります。

撮影監督 アルセニ・カチャトゥラン(左)とルカ・グァダニーノ監督 Photo by Yannis Drakoulidis. Ⓒ 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

「ルカの作品はよく知っていましたが一緒に仕事をしたことはありませんでした。本作に携わることになって、ルカの世界に入り込むために彼がこれまでに作った映画やドキュメンタリー、ショートフィルムを片っ端から見ました」とカチャトゥランは言います。

「ルカは彼が審査員長を務めた2020年のサン・セバスティアン国際映画祭で私の作品を見たことがあり、そこで『Beginning(原題)』は黄金の貝殻賞と審査員特別賞を受賞しました。その数ヶ月後、彼が考えていたあるプロジェクトについて電話をもらったのですが、結局そのプロジェクトは実現しませんでした。しかしその後、ルカが『ボーンズ アンド オール』の脚本を携えて戻ってきて、そこから事態は急速に動き出したのです」

「デイビッドの脚本は素晴らしい出来で、私はとても興奮しました。1980年代はロナルド・レーガンが大統領だった時代で、当時の歴史やカルチャーについてかなり調べたのですが、私たちが最初に脚本に関する話し合いをした時点では、ルカの頭の中に具体的なルック(映像の見た目)があったわけではありませんでした」

「何はともあれこの映画は、社会の片隅で生きる弱者2人の間に生まれる、尊くもはかない愛を描いたロマンチックなロードムービーです。彼らは獰猛な人喰いなので血なまぐさいシーンもありますが、私たちは一般的なホラー映画に見られるようなショッキングさに重きを置いて制作することにはまったく興味がありませんでした。ルカはもっと自然なアプローチでの撮影を望んでいたのです」

Ⓒ 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

『ボーンズ アンド オール』の制作は、2021年5月から7月にかけて、オハイオ州、インディアナ州、ケンタッキー州、ネブラスカ州など、アメリカの複数の州のロケーションで行われました。カチャトゥランは撮影前に9週間かけて準備をしたのですが、その間、グァダニーノ監督とプロダクションデザイナーのエリオット・ホステッターと道中で多くの時間を共にしました。

カチャトゥランはこう振り返ります。「ロケハンでは州をまたいで何千マイルも車で走りました。私は10年以上アメリカに住んでいますが、私たちが尋ねた場所の多くは、一般の映画や写真、アートでは見たことも描かれたこともないような場所でした。変化する自然や風景の色を探して吸収し、それをどう作品に反映させられるかを考えるのは非常に興味深い作業でした」

撮影時28歳だったカチャトゥランは、完全装備の典型的なデジタル撮影を行うであろうと周囲から思い込まれていたのかもしれません。しかし彼はセルロイド(フィルムの意)での撮影について驚くべき知識と経験を持っていることを示したのです。

「デジタルの作品も撮影しますが、実はこれまで撮影した長編映画のほとんどはフィルムでした。これはちょっと不思議なことかもしれません。というのも、私は誰かにやり方を直接教わったことがないのです」と彼は言います。

「私がアメリカに渡ったのは18歳の時でした。バーバンクにあるカメラ・ディヴィジョン社のルーファス・バーナムに勧められ、そこでフィルムカメラやレンズを組み立てたり使ってみたりしました。そして、独学でテスト撮影や現像の仕方、フィルムネガの正しい露光の仕方を学んだのです」

「ファッションの企画やミュージックビデオ、コマーシャルを手がけるようになり、16mmで撮影をしました。それからニューヨークに移ってパナビジョンと素晴らしい関係を築き、フィルムで短編映画を撮り始めました」

「その後ナイジェリアで撮影した『Eyimofe (This Is My Desire)(原題)』(2020、監督:アリー・エシリ、チュコ・エシリ)では16mmを使用し、続く『Beginning(原題)』は35mmで撮影しました。『ボーンズ アンド オール』の後、サム・レヴィンソンのTVシリーズ『The Idol(原題)』を35mmで撮影し、何百万フィートものフィルムを使いました」

「ルカが『ボーンズ アンド オール』をフィルムで撮影したいと言った時はとても嬉しかったですね。フィルムは唯一無二の特別なメディアですから。時代設定や衣装、ラブストーリーのロマンチシズム、表情、アメリカの風景、カニバリズムの身体的表現に加え、若さ、そしてその瞬間に生き存在することの鮮やかさなど、物語に息づく手に取るような感覚を伝えるうえで、フィルムは申し分ない選択だったと思います。デジタルで撮影していたら仕上がりは全く違っていたでしょう」

Ⓒ 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

パナビジョン・ニューヨークと協働し、カチャトゥランはミレニアムXL 35mmカメラのセットとARRI 235を選びました。ウルトラスピードとスーパースピードのレンズをメインに、プリモズームレンズを使用し、アスペクト比1.85:1の35mm 3パーフォレーションで撮影しました。

「ウルトラスピードとスーパースピードは1970年から80年代初めに作られたレンズで、フィルムとの相性が抜群なのです。実用面で言えばこれらのレンズは多くがT1.3からと明るく、美しさの面では撮影するのが顔であれ風景であれ、当時の映画を彷彿とさせるような優しく輝きのある絵画的な要素を撮影した画にもたらしてくれます」

カチャトゥランが撮影全体で使用したフィルムはコダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 5219の1種類だけでした。「もちろん、コダックのデーライトやタングステンの別のフィルムも選択肢にありましたが、色の自然さや持ち前の質感、粒子感の表現といった点でルカと私の意見は500Tで一致しており、作品を通してこういった視覚的な一貫性を持たせたいと考えていました。また、500Tは幅広い撮影に使える美しく鮮やかなフィルムで、顔に優しく、日中の撮影にも夜の撮影にも対応でき本作にはぴったりでした」

「日中は非常に明るく鮮やかなシーンが多かったのですが、500Tは極端な照明の下でもハイライトのディテールを保つことができます。本作はマジックアワーでの撮影もたくさんあり、その色彩もとてもきれいでした。しかし同時に、本作のキャラクターは陰に生きる人間たちです。暗闇に隠れているかもしれない何かをほのめかすようなシーンなど、光量が限られたシーンでも500Tは力を発揮しました」

撮影監督 アルセニ・カチャトゥラン Photo courtesy of Arseni Khachaturan. Ⓒ 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

フィルムはコダック・フィルム・ラボ・ニューヨークで現像され、テクニカラー・ポストワークス・ニューヨークで4Kスキャンとデイリーの作業が行われました。最終のグレーディングはローマのフレーム・バイ・フレーム社で行われました。

「最終のカラーグレーディングはとてつもない経験でした。私たちが35mmフィルムに収めたロケーションは視覚的に多様性に富んでいて活気に満ちており、感動的で強烈なものでした。ですから、グレーディングルームでスクリーンに映し出された色彩の豊かさに私たちは圧倒されました」

「しかし、私たちはそれを均質的なルックでコントロールしたりまとめたりしようとするのではなく、逆のアプローチで色のパレットをより一層広げることにしたのです。スキャンしたフィルムのネガからこれほどたくさんの色を抽出できるなんて驚きです。特にネブラスカで撮影したシーンは、緑豊かな風景や空、光、そして顔や衣装の中にさまざまな色が映っており、他に類を見ないほどでした」

自身の経験を振り返りながらカチャトゥランはこう語ります。「『ボーンズ アンド オール』の制作は途方もない旅でした。素晴らしい仲間であるルカと仕事ができて身の引き締まる思いでしたし、同時にとてもわくわくしました。才能あふれる俳優たちと一緒に仕事ができたのも幸せなことでしたね。ヴェネツィアでの初上映の際に観客席で大喝采を経験できたこと、そしてルカの理想に応えられたことは本当に感動的な出来事でした」

(2022年10月25日発信 Kodakウェブサイトより)

ボーンズ アンド オール』

 製作年: 2022年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Bones and All

​ 公式サイト: https://wwws.warnerbros.co.jp/bonesandall/

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