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2023年 4月 24日 VOL.208

第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『コンパートメント No.6』― ユホ・クオスマネン監督が列車の乗客同士の絆をコダック 35mmフィルム/2パーフォで撮影

第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『コンパートメント No.6』より Ⓒ2021 Sami Kuokkanen/Aamu Film Company.

近年、個人的な交流が激減する中、ユホ・クオスマネン監督作『コンパートメント No.6』は、2021年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門で初上映されグランプリを受賞。末永く人々の心に響き続ける作品になると見込まれています。本作はコダックの35mmフィルムを使い、2パーフォレーションで撮影されました。手がけたのは、信頼の厚い協力者J=P・パッシ撮影監督です。

舞台は1990年代終わり。フィンランド人の学生ラウラ(セイディ・ハーラ)は、女友達にドタキャンされ一人で古代の岩面彫刻を見にモスクワからロシア最北の街ムルマンスクへ6日間の鉄道の旅に出かけます。いざ列車に乗ってみると、寝台列車の狭いコンパートメントには、白髪交じりの頑固な炭鉱夫で、自身の女性遍歴や武勇伝を延々と生々しく語るリョーハ(ユーリー・ボリソフ)がいて、これからの長旅を共にしなくてはいけないことが判明します。しかし、リョーハは粗野であるものの冷たい人間ではなく、旅に持参したソーセージや黒パン、紅茶をローラに分けたりもします。列車が何千マイルもの冬のロシアの台地をゆっくりと横切るにつれ、リョーハはローラの塞いだ気持ちを晴らしていきます。そして、お互いが人とのつながりを求めているという事実が分かると、次第にふたりの仲は深まります。

ローザ・リクサムが2011年に出版した同名小説から着想を得た『コンパートメント No.6』は、著名なクオスマネン監督の2作目の長編映画です。短編映画『Citizens』(2018)はロカルノ国際映画祭で銀豹賞を受賞。中編映画『The Painting Sellers』(2010)はカンヌ国際映画祭のシネフォンダシオン部門で受賞。モノクロのデビュー作『オリ・マキの人生で最も幸せな日』(2016)は、カンヌ国際映画祭のある視点部門でグランプリを受賞しました。これらの作品は、すべてフィンランド人の撮影監督J=P・パッシによって、フィルムで撮影されました。

第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『コンパートメント No.6』より Ⓒ2021 Sami Kuokkanen/Aamu Film Company.

「この映画は、いわゆる恋愛ロードムービーですが、ふたりの関係は複雑です」とパッシは解説します。「ストーリーにはロマンチックで笑えるところもありますが、普通のラブコメのロードムービーよりも深みがあり、単純に一括りにはできません」

「『コンパートメント No.6』が私にとって特別な作品となった訳は、この繊細な記憶のような物語が映画製作のツールとルールによってのみ語ることができたからです。35mmセルロイド(フィルムの意)を使うと、観客自身も感じたことのある(あるいは感じるであろう)名状しがたい感情や雰囲気を描くことができます」

クオスマネンとパッシは撮影開始の1年前、2019年の初めにロシアでロケハンを始めました。その年、2人は列車で何度も旅をし、路線にある大小さまざまな都市を訪問。65日間の旅を共にして準備を進めました。

『コンパートメント No.6』の撮影は、2020年2月12日から3月26日までの6週間のうちの28日間でした。ロシアのロックダウンのため、モスクワの市街地のシーンはサンクトペテルブルクで撮影することになります。それ以外の場所としては、ロシア北部の大都市圏のペトロザボーツク、オレネゴルスク、ムルマンスク、テリベルカでも撮影しました。テリベルカという地名は、2014年のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督作品『裁かれるは善人のみ』でご存知の方もいるでしょう。列車のシークエンスの一部は鉄道車両基地で撮影されました。油圧ジャッキに取り付けた2両の客車を走行中の列車のように動かし、それを移動する大きな照明装置と特殊効果の背景で取り囲んだのです。

第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『コンパートメント No.6』より Ⓒ2021 Sami Kuokkanen/Aamu Film Company.

「このプロジェクトで夢がかないました。ロシアという国は最高に魅力的な旅先ですし、ユホと撮影をするのはいつも楽しくて面白みがあります」と語る一方で、パッシは包み隠さず本音も語ります。「少し心配でした。1年ぐらいほとんど撮影をしていなかったので、腕が完全に鈍っているのではないかと不安だったのです。しかも撮影の大半はロシアの古い列車という、かなり難しいロケーションでした」

「狭いコンパートメントでの撮影が多く、トイレでも撮影しました。そして、カメラと一緒にかなり動くという計画で、撮影するのに十分な空間があるかも分かりませんでした。長距離の移動を伴うことで、製作や輸送面でも困難が生じました。しかし、登場人物やストーリー・アークのビジュアル面の進行(前半は狭苦しい場所での撮影で、後半は広大な土地での撮影)については、何も問題を感じませんでした」

第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『コンパートメント No.6』より Ⓒ2021 Sami Kuokkanen/Aamu Film Company.

パッシによると、ビジュアルについて美しい雰囲気の参考としたのは、ソ連の昔の鉄道映画『Happy Go Lucky』(原題:Pechki-Lavochki、1972、ワシリー・シュクシン監督、アナトリー・ザボロツキー撮影監督)でした。パッシとクオスマネン、そしてプロダクションデザイナーのカリ・カンカーンパーはこの作品を参考に、ストーリーテリングにおいてどの焦点距離が良くて、どの焦点距離は良くないのかを検討したのです。この時代の自然のリアルさとビジュアルのガイドラインとして鍵となった作品は、アレクセイ・バラバノフ監督の『ロシアン・ブラザー』(1997、セルゲイ・アスタコフ撮影監督)でした。彼らは2000年頃のロシアで撮影された写真とカンカーンパーが撮影地として選んだ場所のさまざまな予備調査を基に作ったムードボード(アイディアやコンセプトを視覚的にまとめたもの)も参考にしました。

「ビデオで撮るという話は一切出ませんでした」とパッシは言います。「話し合ったのは、フィルムのフレームサイズを16mmにするか、(35mmの)2パーフォレーションか3パーフォレーションか、アスペクト比をどうするかということでした。しかし、その話し合いは簡単でした。かなり早い段階で、この作品は16mmの密接な雰囲気にしつつ、もう少し鮮やかさを出すために、35mmを増感して粒状感を出そうと決めたからです」

35mmフィルムの2パーフォレーションで撮影すると決めたのは経済的なことではなく、視覚面のことであり、最終的なアスペクト比はポストプロダクションを行いながら決めたとパッシは説明します。「実は作品全体を2:1のアスペクト比で撮影しました。狭く窮屈な列車の中で登場人物に接近したかったからです。しかし、ポストプロダクションが始まると、映像素材の中にもっと見せたいものがあることに気づき、結局、2パーフォレーションのフレームで目一杯の2.40:1のアスペクト比を使うことになりました。『オリ・マキの⼈⽣で最も幸せな⽇』でも似たようなことがありました。1.33:1で撮影したものの、ポストプロダクションで1.85:1に広げたのです」

ユホ・クオスマネン監督(左)と撮影監督J=P・パッシ

パッシは『コンパートメント No.6』をアリカムLTを使い、2パーフォレーションで撮影。スペアのボディーは故障に備えるのと、よりワイドなショットを撮るために4パーフォレーションで撮れるよう用意していました。パッシはテストの後、暗い場所でもT1.3で撮影ができ、味わいのあるソフトさや、かすかなフレアといった表現もできる点からツァイス・スーパー・スピードのレンズを選びました。カメラ機材はベルリンのARRI、サンクトペテルブルクのレン・キノ・サービス、モスクワのシネラブと、さまざまなところから提供されました。

「当初は、コダック VISION3 200T、250D、そして500Tをテストしましたが、機材運搬の都合で、ロシアの特に辺境ではすべて500Tで撮ることになりました。理想としては、コダックのもっと感度が低くて高画質のフィルムを使いたかったのですが、使えるライティングが限られていて、狭くて暗い場所での撮影が多かったので、500Tを使うのは、より理にかなっていたのです。また、ユホと私はこのフィルムを使い慣れていて、すべての作品を500Tで撮っていたので、どんなふうに撮れるかを既にかなり把握していました」

「撮影したフィルムの約3割をラボで1段か2段分、増感現像しました。カメラをたくさん動かさなくてはいけない場合、増感は本当に手助けとなりました。あらゆる場所で光量を上げようとしたら、かなりの時間と費用がかかったことでしょう。明らかに映像の粒状性は増しますが、登場人物に近寄って手持ちで撮る場合は、真実味が出て自然な感じに見えるのです」

『コンパートメント No.6』の撮影監督J=P・パッシ

ノーマルのフィルム現像はモスクワのモスフィルムで、増感現像はブリュッセルのスタジオ・レキップで行われました。

「フィルムだと極限のコンディションをいい感じに表現できます。例えば、本作の重要なシーンの1つ、バレンツ海で猛烈な吹雪の中をステディカムで撮った時です」とパッシは言います。「フィルムは、よりリアルに色彩を再現すると思います。思いどおりにライティングをコントロールできない露出状況や時間帯など、何らかの問題があってもかなり融通が利くのです。フィルムは100%電気的な画像よりも人間の目で見ているものに近いと私は感じています。何か感情的に特別なものを捉えたいフィルムメーカーには、フィルムを強くお薦めします。ビデオが状況の記録であるのに対し、フィルムは時間と場所から私たちを解放してくれるようなものなのです」

「『コンパートメント No.6』には、例えば、ペトロザボーツク近郊の小さな村に住むおばあさんの家でのシークエンスがあります。演技の経験はまったくない人ですが、快く自宅で撮影をさせてくれて、作品に出演もしてくれました。当然ながら、こういった状況での撮影には気をつかいます。どういうことかと言うと、家の外に巨大な照明装置を置いたり、屋内に複雑に入り組んだフラッグパネルやフレームなどを置いたりして撮影することができないのです。その家には、むき出しの白熱電球のハンギングランプしかなかったので、デジタル撮影だったら厄介なことになっていたでしょう。どうにか撮れたとしても、フィルムと同じように独特な雰囲気を捉えるのは難しかったかと思います」

『コンパートメント No.6』の撮影監督J=P・パッシ

パッシは、照明係のローマン・ガファリ、フォーカスプラー(ファーストAC)のディーマ・ゼジュルヤ、カメラメカニック(セカンドAC)のデムジャン・ロスリャコフといった「非常にプロフェッショナルなロシア人クルー」のサポートが大変よかったと言います。

「特にディーマの貢献ぶりは天下一品でした」とパッシは振り返ります。「限られた空間で、長時間動く列車の中を撮影したので、ディーマからはカメラや俳優が見えない時も多々ありました。また、フィルムで撮影しているのでモニターも使えません。しかし、彼の専門的技術と経験とCine Tapeを使って、ディーマは見事にやってのけました」

『コンパートメント No.6』の撮影監督J=P・パッシ

ライティングの観点から言うと、列車での撮影は非常に面白く、しかし厄介な場所でもあり、その場の灯具に左右されやすいとパッシは言います。

「光の性質はシーンの状況と雰囲気によって変えるべきだと感じました。つまり、CTO/CTBとグリーンのジェルで調整し、これを小型LEDライトにも使うのです。明るくフラットにしたり、くすんでざらついた感じや、時にはムーディーに、暖かく心地よい感じにしたりする必要がありました」

「夜の列車のシーンの一部は、車両基地で何両かの列車を実際の動きに似せて動かす機械を設置して撮影しました。そして私たちはLEDのムービングライト、人工の雪、風、スモークなどを使い、冬景色の中を列車が走っている感じを作り出したのです」

「基本的に、その場の灯具からデドライト、ポケットサイズのLEDからディノライト、そしてクレーンに取り付けた18Kまで、最適な効果を得られるものは何でも使いました。直径約1キロの巨大な露天掘りの炭鉱でも撮影をしたのですが、そこでは夜にワイドで撮影しなくてはならず、そういった時には大型機材を使う必要もありました」

パッシはこう締めくくります。「撮影に行くたびに学ぶことがありました。『コンパートメント No.6』は楽しかったけれど、各担当部門にとって苦労の多い作品でした。しかし最も重要なのは、使ったトリックやテクニックが最終的な映像で全く気付かれないようにすることです。初対面の他人同士が共に旅をして、同じ経験をし、永遠の絆を見つけ出すという物語を、映画の観客がそのまま受け入れられるようにすることを目指しました」

(2021年7月15日発信 Kodakウェブサイトより)

『コンパートメント No.6』

 製作年: 2021年

 製作国: ​フィンランド・ロシア・エストニア・ドイツ合作

 原 題: Compartment Number 6

 配 給: アットエンタテインメント

​ 公式サイト: https://comp6film.com/

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