top of page

2023年 5月 29日 VOL.209

ショーン・ベイカー監督とドリュー・ダニエルズ撮影監督が『レッド・ロケット』で16mmフィルムの有機的な美を活用

『レッド・ロケット』の1シーンより Courtesy of A24

ショーン・ベイカーは、社会のはみ出し者たちの物語を描くことでキャリアを築いてきました。『タンジェリン』のトランスジェンダーの娼婦、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』のエキゾチックなダンサー、『レッド・ロケット』の元ポルノスターなどです。ベイカーは、さまざまなメディアを使って撮影することでも知られています。『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』はソニーのシネアルタPMW-F3、『タンジェリン』はiPhone 5s、『レッド・ロケット』はアリフレックス16SR3を使用しました。ベイカーはこう語っています。「私はあらゆるメディアを使いますが、自分が最高に美しいと思うものと、その芸術作品を生み出すメディアをサポートできるなら、それが私の任務だと感じています。自分のリソースを常に活用してください。でも、もし予算的にフィルムを選べる立場にあったり、スポンサーやプロデューサーに資金投入をお願いできたりするのなら、そうしてください。仕上がりがまったく違ってくるので費用をかける価値はあります」

さらにベイカーはこう続けます。「どうしても理解できないのは、映画製作者たちがALEXAやREDといったカメラを使い、フィルムを模倣しようとすることです。デジタルを使うなら、フィルムでは得られない美しさを追求すべきだというのが私の考えです」

「フィルムはデジタルよりはるかにコストがかかるというのは誤った通説です。特に16mmは、かかる時間もデジタルと変わりません。また、ラボがプロキシをくれるので、DITやハードドライブなどのことを考えなくて済みます。私の現在のキャリアと私たちが生きているこの時代を考えると、私はフィルムとコダックを支持する必要があると感じています」

青や赤を強調している他のパレットとは異なり、ストロベリー(スザンナ・サン)のショットはフルカラーのパレットを使用している Image courtesy of A24.

「本作のために、風景や眺望、自然と産業の境目を撮影しました。それらを有機的な形で捉えたかったのです。1か0かではなく、ケミカルのプロセスであり、銀塩であり、有機的であるフィルムを使わない限り、違いを明確に伝えるのは難しいことです」

ベイカーは計画的に撮影を進める手法を取りました。「その理由はフィルムで撮るからというより、予算と時間が限られていたからです。23日間しかなかったので、通常よりも綿密にショットリストを作り、個別のシーンを構成するために何を撮っておく必要があるのかすべて考えてから撮影に入りました。かつては撮影時にその場でいろいろなことを決めていました。いくつかの重要なシーンについては、あらゆるものを撮っておいて編集の段階で洗い出しました。ドリーの動きや、あらかじめ意図していたスウィッシュパンやロックも盛り込みました。ドリュー・ダニエルズ(『WAVES/ウェイブス』)は、すばらしいシネマトグラファーであるだけでなく、腕利きのカメラオペレーターでもあります。彼は、まさに私好みのやり方で願ったとおりにカメラを動かしてくれました。16mmを使って、他の多くの撮影監督たちがデジタルで撮影するのと変わらぬスピードで撮影します。私の方が待たせてしまうこともよくありました。

機材や電気の部門は最小限にしました。「小さく、動きやすく、臨機応援に」とドリュー・ダニエルズは言います。「撮影クルーは、私とファーストACのジェシー・ヴェイユ、セカンドACのアダム・リヒテンバーガー、ライティングとグリップのクリス・ヒルだけです。テスト中は私がフィルムのローダーをし、三脚のセットアップまでした時もありました。クルーが来た時には、セカンドACがひたすらローディングに追われるということもありました。私たちがテキパキと動き、たくさん撮影をしたからです。私自身がカメラを運び、ケースを動かし、照明のセッティングを手伝うこともありました。準備期間中は、ショーンとのクリエイティブなすり合わせに多くの時間をかけ、実際に何かの準備にかけた時間は少なめでした。常にカメラが動き続けているのは好きではなかったので、基本的にはスティックに載せて撮るようにしました。荒削りなインディペンデント作品が爆発的に増えた1970年代の映像美を古典的な感覚に掛け合わせた感じです」

相反するビジュアルを組み合わせることで独特な映像が生まれました。「ハリウッドの壮麗さをアナモフィックレンズで捉え、16mmフィルムで再現したのです」とダニエルズは述べています。「フィルムで撮ると、より明確にストーリーテリングに集中できます。カッコいいからといって余計なショットは撮りません。編集技師は何が必要か把握しています。私はどんなふうに編集されるのか、どのショットが使われるのかを考慮したいので、現場で編集について話し合うのは楽しかったです。無駄に撮りすぎるのは好みません。私たちは常に映像の並べ方を考えていました」。フィルムでの撮影は旧友との再会みたいな感じです。「私は作品の撮り方をフィルムで覚えました。フィルムで撮る機会があると、心の中でしっくりくる感覚があります。仕上がりを見た時にも、より充足感があり、フィルムで撮った映像に誇りを感じるのです」

ショーン・ベイカー監督はアリフレックス 16SR3カメラを購入し『レッド・ロケット』の撮影に使用した Courtesy of A24.

ベイカーはアリフレックス 16SR3カメラを購入し、パナビジョンの1.44倍のAuto Panatarsレンズを組み合わせました。このレンズは16mmと50mmだけです。すべて三脚とスライダーで撮影されました。「16mmで撮影したのは、35mmを使う予算がないというありがちな理由もありました」とダニエルズは説明します。「16mmをより映画っぽくするためにアナモフィックレンズを使いました。ショーンのスタイル自体がアナモフィック向きで、フレームを隅々まで使うことを好み、背景や美術など、すべての細部にまでこだわります」。通常のスーパー16のアスペクト比は1.66:1です。「パナビジョンのレンズは1.44倍なので、画がデスクイーズされると、完璧な2:39のワイドスクリーンになります。キヤノンのスーパー16のズームもありましたが、ズームショットのみに使うようにしました」

「ショーンは、アナモフィックレンズのアダプターをeBayでロシアから買いました」とダニエルズは明かします。本作では、実際にこのレンズを使ったショットがいくつかあります。ワイドレンズはワイドすぎるし、タイトレンズはタイトすぎたからです。この特殊なアダプターに35mmや25mmを取り付けて、後方のエレメントは無限遠にしなければなりませんでした。そこでF値を設定し、前方のエレメントでフォーカスを合わせました。メートル表記だったので注意が必要でした。後方のエレメントが外れると、手前のエレメントも外れます。レンズについては、結局、目で見て手動で焦点を合わせることもよくありました。意図的に避けた映像美というのもあります。「安っぽいポルノみたいな映画にはしたくなかったのです。静止して落ち着いた画があり、屋内はf/2.8で、屋外はf/4.5で撮りました。レンズのもっともシャープな画像を引き出したかったので、少しオーバー露光気味にしました。ネガには適度な光量を与えるようにして、濃密な黒と鮮やかな色を得られるようにしました」

照明のパッケージは、デジタル・スプトーニクスDS3とDS1、そしてジョーカーの800HMLで構成されています。「50Dと250D、そして500Tで撮りましたが、最終的に、屋内と夕暮れの撮影には500Tを多用しました。タングステンフィルムで撮る蛍光灯や備え付けられたその場の灯具が好きだったんです。というのも、特にハイライトの部分は白飛びや反応が異なるからです。オレンジとグリーンのハレーションや、自然な色で得られるすべてのニュアンス、蛍光灯やナトリウムランプ、水銀灯、ファンキーで変わったLED、点滅するライトやテレビのスクリーンなどがある場所を探しました。そういったものをすべて取り入れ、フィルムがどういう映像を作り出すか試したのです。常にうれしい驚きがありました」

『レッド・ロケット』の1シーンより Courtesy of A24

ロケハンとキャスティングを同時にやることもあったとベイカーは言います。「ロケハンに出かけた際、印象に残った地元の人々のことも観察していました。イーサン・ダーボーンが演じたロニーという人物がいるのですが、映画の冒頭でインタビューを撮ったレストランのロケハンをしていた時、彼はそこでシェフとして働いていたのです。まさに一石二鳥でした!」。マイキー・セイバーのような重要な役柄のキャスティングはもっと大変でした。「マイキーは、成人映画に出てくる典型的な“スーツケース・ピンプ(ポルノスターのヒモ)”です。人々を虜にしなければならないため、魅力的で好感が持てて面白いと思わせる存在ですが、同時に非常にナルシストかつ無知で、他人に与える悪影響に気づいていません。彼らには被害者意識があり、将来について非現実的かつ盲目的に楽観視しています。私はこの心理状態を面白いと思いました。サイモン・レックスは魅力的で、即興で人を笑わせたり、ドラマチックに演じたりする技量があるので、彼ならこの役柄を理解できると思いました」

最高にはちゃめちゃで笑える瞬間の1つは、マイキー・セイバーが寝室の窓から逃げだし、裸で町を駆け抜けるシーンです。必要な撮影許可を取得できなかったので、ゲリラ的に撮影する必要がありました。「楽しくて怖かったです」とベイカーは認めます。「マイキーが角を曲がり、カメラに向かって走ってくるのを広角で撮っていたら、周囲が青と赤の警告灯で明るくなりました。4台の警察車両に囲まれていたのです。私が“警官の皆さん、私たちは撮影のことで連絡をしたインディペンデント映画のクルーです”と言うと警官たちは笑いながら“好きにしなさい”と言いました。その時、私たちは悟ったのです。警察が警戒していたのは、製油所周辺でのテロだけなのだと」

物語の中のある重要なシーンでは、監督自身が車を運転し、スタントのドライビングをしました。「ドリューと私は、似たようなトーンや印象の映画をいろいろ見ました。彼が持ってきた『続・激突!/カージャック』は、私が30年も前に見たきりの映画でした。その美しさが心に響いたので、私たちはこの作品にオマージュをささげることにしました。その1つは車が並走するシーンです。いつも映画にリアリティーを持たせるよう努めているので、車をけん引したくありませんでした。スタントチームもいませんし、誰かにその責任を負わせたくなかったので、自分自身で演じてから、その後、監督の仕事をしました。駐車場に車を停めて、配信を聴き返し、モニターでプレイバックを見て“オーケー、撮れたぞ”という感じです」

『レッド・ロケット』の1シーンより Courtesy of A24

誰か特定の人物が中心となる場面以外は、赤と青をカラーパレットの中心にしたとベイカーは言います。「ストロベリー(スザンナ・サン)が実在するか否かについては議論の余地があるため、彼女が働く店や自宅のシーンにはすべての色彩を取り入れるようにしました。デイリーはロサンゼルスのフォトケムで処理され、ダニエルズがiPadで色のやり取りを行いました。「デジタル撮影と同じようにLUT(ルックアップテーブル)を作りました」とダニエルズは言います。「アレックス・ウェブの写真や、ロビー・ミューラー(NSC、BVK)の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、ヴィルモス・ジグモント(ASC)の『未知との遭遇』を参考にしました。憧れの人たちの画から学んだのです」。ダニエルズは撮影監督として常に追求してきたものを捉えることができました。「手作り感のあるものが好きです。不完全さがいいのです。映像の向こう側にハートと魂を感じたいのです。ショーンの作品には間違いなくショーンらしさが感じられ、『レッド・ロケット』では、それがおとぎ話のような感じさえするのです」

タイトなスケジュールと限られた予算の中で幸運な偶然が起きました。「マイキーがストロベリーにプロポーズめいたことをするシーンを電車が通過するタイミングにしたかったのは、彼の声がかすかにしか聞こえないようにするためで、さらに、スピルバーグ的な壮大なシーンを想定していました」とベイカーは回想します。「電車が来るのが分かったのは20分前でした。カメラの動きから、フォーカスの合わせ方、俳優の立ち位置まで、すべてを決める必要がありました。すべてが整ったところで電車の運転手が警笛を鳴らし、それでサイモンのセリフが聞こえなくなり、スザンナの“プロポーズしてるの?”というセリフにつながりました。まるで映画の神様からの贈り物のようでした! そういうことがたくさんあるのです。毎日のように問題に続いて奇跡が起きました。そういった何らかの制限が課された時は、抗わず、流れに任せてみるべきです」

(2022年1月27日発信 Kodakウェブサイトより)

『レッド・ロケット』

 (4月21日より全国順次公開中)

 製作年: 2021年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Red Rocket

 配 給: トランスフォーマー

​ 公式サイト: https://www.transformer.co.jp/m/redrocket/

bottom of page