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2023年 6月 5日 VOL.210

シャーロット・ウェルズ監督の受賞作『aftersun/アフターサン』で撮影監督グレゴリー・オーケが記憶の色彩を35mmで捉える

映画『aftersun/アフターサン』のフランキー・コリオ(左)とポール・メスカル Courtesy of A24

1990年代後半を舞台にした『aftersun/アフターサン』は、休暇中に父カラムと彼の31歳の誕生日の前日をトルコのビーチリゾートで過ごす11歳の少女ソフィの姿を描いています。ソフィは、スキューバダイビングやゲームセンターで他の若者たちと遊んだこと、そしてもちろん父親と過ごした時間といった休暇中のわくわくするような出来事と経験をMiniDVカメラに記録します。

ソフィの母親とは円満に別れているものの、カラムはソフィの知らないところで仕事面と経済面で問題を抱えていました。太極拳をしたり自己啓発本を読んだり、煙草を吸ったりするカラムにはうつや無気力の兆候が見られるのですが、彼はそのことをソフィには知られないようにしています。

やがてソフィは空港に到着、あっけなく休暇が終わると、カラムは彼女の人生から姿を消します。約20年後、ソフィは父とのトルコ旅行を振り返り、古いビデオカメラの映像を見つつ、自分の記憶と新たな想像を駆使しながら父に何があったのかを理解しようとするのです。

シャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作となるこの感動的な自伝的青春ドラマでは、ポール・メスカルがカラムを、新人のフランキー・コリオが少女時代のソフィを、セリア・ロールソン・ホールが大人になったソフィを演じています。ソフィのビデオカメラの映像が巧みに散りばめられ、物語が展開していく本作は、2022年のカンヌ国際映画祭の批評家週間で初上映されました。ウェルズ監督の脚本と演出、主演俳優たちの演技、スタイリッシュな編集に加え、撮影監督のグレゴリー・オーケによる見事な撮影も高く評価されました。

その後多くのノミネートや受賞がありましたが、その中でウェルズ監督は2023年の英国アカデミー賞で英国新人(監督)賞を受賞し、撮影のオーケは2022年の英国インディペンデント映画賞で撮影賞を受賞しました。本作はナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で2022年の作品トップ10に選ばれています。

映画『aftersun/アフターサン』のフランキー・コリオ Courtesy of A24

ウェルズ監督とオーケ、それに編集を担当したブレア・マクレンドンの3人は、ニューヨーク大学ティッシュ芸術学部に同時期に在籍しており、映画学校のプロジェクトで協働し、卒業後もサウス・バイ・サウスウエスト映画祭で賞を獲得した『Laps(原題)』(2017)をはじめ、多くの短編映画を一緒に制作してきました。オーケは、2019年のトロント国際映画祭で上映されたウェルズ監督製作の『Raf(原題)』(2019、監督:ハリー・チェプカ)の撮影も担当しました。もう1人の共同作業者であるニューヨークのCompany 3のカラリスト、キャス・レイッシュは『Laps(原題)』のグレーディングを行い、長編映画『Raf(原題)』だけでなく、短編作品も多く担当しています。

イギリス出身で今はベルリンで活動しているオーケは、「シャーロットから長年付き合いのある仲間たちやクリエイティブな仕事上のパートナーたちとまた一緒に仕事をしてほしいと言われた時はとてもうれしかったですね」と言います。「彼女は素晴らしい脚本家で、彼女の見事な脚本を土台にできたことは本当に幸運でした。今スクリーンに映っているものは、まさにその脚本にあったものなのです」

「彼女にとって非常に私的な作品ではありましたが、私たちは物語のさまざまな側面について率直に話し合いました。最初の方に話し合ったのは、ソフィの思春期と大人の視点から生まれるこの映画の感覚をどう構築するか、そして、どうすれば記憶や感情をフレーミングやカメラ位置によってスクリーン上に美しく表現できるかということでした」

本作のルックは、ルイジ・ギッリ、メアリー・フレイ、ジルケ・グロスマン、ザッシャ・ヴァイトナーといった写真家のスチル写真、クザナイ=バイオレット・フワミやトム・アンホルトの絵画、シャンタル・アケルマン、クレール・ドゥニ、ホウ・シャオシェン、ツァイ・ミンリャン、アピチャッポン・ウィーラセタクンの映画、ブルース・ベイリーやジョナス・メカスといった監督たちの前衛的な実験作品など、記憶を題材にしたさまざまな作品から着想を得ています。ウェルズとオーケはアイデアを出し合う中で、自身の子供時代の休暇の写真をたくさん見せ合いました。

映画『aftersun/アフターサン』の撮影現場にて、カメラに触れるポール・メスカル Courtesy of A24

「セルロイド(フィルムの意)での映画撮影は映画学校時代に学んで身につけたのですが、セルロイドがもたらすルック(映像の見た目)は私たちの中にずっと残っています」とオーケは言います。「私たちは2人とも、記憶に関する映画である以上、『aftersun/アフターサン』は35mmで撮影しなければならないという点で早くから意見が一致していました。35mmなら、視覚的な魅力と結びつきをもたらしながら色を表現したり肌の色を和らげたりするという素晴らしい撮影ができます。リスクを回避するためだったと思うのですが、デビューしたての子役をフィルムで撮影するとなると充分なテイク数が撮れないだろう、という反対の声もありました。しかし、私たちは必死に戦い、フィルムでなければならないのだと製作側を説得したのです」

『aftersun/アフターサン』のプリプロダクションは2021年5月21日に始まり、6週間の準備期間がとられました。主要な撮影は6月の最終週に開始され、8月の1週目に終了しました。撮影は日差しのまぶしいトルコの海辺のリゾート地オルデニズを中心に行われたのですが、そこでコリオとメスカルはよりリアルな演技ができるように2週間ほどリハーサルを行いました。

オーケはキャラクターたちが近くに感じられるように1.85:1のアスペクト比にし、400フィートや1,000フィートマガジンを装着したアリカムLTとクックS4のレンズで『aftersun/アフターサン』を撮影しました。カメラとレンズはイスタンブールのフェニックス・カメラ&ライトニングが提供しました。

「準備期間中は、ヴィンテージのツァイスのスタンダード・スピードやARRI/ツァイスのウルトラプライムなども含めたさまざまなレンズを使って屋内および本作のロケーションのビーチでテスト撮影を行いました」とオーケは説明します。「スタンダード・スピードは1960年代にARRIのフィルムカメラ用に設計されたもので、私は気に入っていたのですが、本作で求めていたルックにはややヴィンテージすぎました。ウルトラプライムは若干シャープすぎることが分かりました。クックS4は俳優たちの顔をとてもきれいに表現してくれ、全体的に私たちが思い描いていたこの映画のイメージに最も近く、いい具合に映画的でした」

映画『aftersun/アフターサン』の撮影現場にて、シャーロット・ウェルズ監督(左)とフランキー・コリオ Courtesy of A24.

「フランキーは演技をするのが初めてだったので、こういったテスト撮影ができたのは本当によかったですね。彼女に撮影が本格的に始まるとどんな感じになるのかを楽しく教えることができました」

オーケはコダック VISION3 カラーネガティブフィルムをすべてテストし、1日4,000フィート撮影することを想定して、本番では200T 5213と500T 5219を組み合わせることにしました。

「シャーロットと私が特に気に入ったのは、日中の屋外や日中のかなり明るい屋内で200Tに81EFフィルターを使って半分の補正をかけることです」と彼は言います。「こうするとタングステンフィルムを半分程度デーライト寄りに暖色化し、日光の中でもクリーンでありつつ暖かすぎない白色点を保つことができます。また、その後のカラークレーディングで微調整を行うのですが、その際にやりやすいルックにもなりました。低照度や夜間のシーンはすべて500Tで撮影しました。本作のシナリオではそれが事実上のスタンダードだったからです」

フィルムの現像は当初、パインウッドスタジオのコダック・フィルム・ラボで行われる予定でした。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、イギリスとトルコ間の渡航が制限され、制作陣は他の方法を模索しなければなりませんでした。

「トルコがイギリスのレッドリストに入ったことは、エキストラやスタッフたちが簡単に出国できないという点で撮影に大きな影響を及ぼしました。また、ロンドンでラッシュの現像やスキャンをすることもできなくなってしまったのです」とオーケは明かします。

映画『aftersun/アフターサン』のポール・メスカル Courtesy of A24

「コダックのアントニオ・ラズーラとサム・クラークの力を借り、私たちはルーマニアのブカレストのシネラボにいるコーネリア・ポーパと連絡を取りました。彼女は素晴らしい人物で、フィルム界の正統派の重鎮です。最終的にそこで現像と2Kスキャンを行い、合わせてポストプロダクション中にリフレーミングやパンチインが必要ないくつかのショットを4Kで再スキャンしました。そしてすべてが驚くほどうまくいったのです」

撮影中はオーケがカメラを回し、ファーストカメラアシスタントのユーリ・ホルバートと、照明を担当したガファーのエブレン・オズフィラットがサポートしました。「2人とも私にとって最高の仕事仲間でした」とオーケは言います。

「ソフィとカラムを個々に描くというカメラの視点は、本作の情緒的なストーリーテリングにおける重要な点でした。手持ちのシーンを除けば、カメラワークはすべてスティックやドリーから構図を決めました。ソフィを映す時には、観客にソフィの目線になってもらえるよう、クローズアップやミディアムショット、リバースショットなどを使って彼女の視点から世界を見ることにしました。一方、カラムには反射光を使ったり、荒っぽく、ばらばらな角度で後ろから撮ったりするなど、もっと抽象的な撮影のしかたをしました」

映画『aftersun/アフターサン』の撮影現場にて Courtesy of A24

オーケによれば、照明もキャラクターを定義するうえで重要な役割を果たしたそうです。「全体を通してですが、カラムとソフィが一緒にいるシーンでは特に照明が自然になるようにセッティングされました。しかしカラムがビーチを歩いて海に入っていくシーンなど、彼のみが映っている時はあえてソフィのシーンよりも非現実的かつ演劇的になるようにして、より様式化されたルックを目指しました」

さらに、全般的な照明の話として彼はこう付け加えます。「非常に明るかったので、日光をコントロールするためにたくさんのバタフライや頭上照明、さらにネガティブフィルを調整するパネルやフラッグも使用しなくてはなりませんでした。そして屋外やホテルの室内でのキャラクターの周りに光を作る必要もありました。時には窓の上にARRIのスカイパネルを使った照明を持ち上げることもありました。ホテル周辺での夜のシーンでは照明セットにもう少し光を足す必要があったので、4K HMIとタイタン・アステラのチューブを少し使い、セットのあちこちに忍ばせました」

「ストロボの光の中でカラムが騒ぐシーンは想像していたより難航しました。48fpsで撮影していたのですが、シャッターとストロボのタイミングがうまく合わなかったのです。そこで私たちはこのシーンを2回撮影することにしました。まずは本物のストロボで、2回目はARRIスカイパネルをストロボモードにしました。もしパーティーのシーンを撮影したいという人がいたら、私はたくさんのテスト映像とうまく撮るノウハウを持っていますよ!」

映画『aftersun/アフターサン』のポール・メスカル Courtesy of A24

オーケはこう締めくくります。「スタッフたちとはとてもいい関係を築くことができましたし、そのサポートに感謝しています。45℃くらいの焼けつくような暑さの日もあり、私たちは氷のうや熱反射シートでカメラを覆って熱がこもらないようにし、直射日光を防ぎました。しかしフィルムは信じられないほどしなやかで、実際にカメラは一度も止まらず、フィルムもまったく問題ありませんでした」

「撮影時は暑かったのですが、最大の難関はフランキーとの時間でした。彼女は子役なので、カメラの前に立てるのは1日4時間だけです。ですから入念に準備を行い、セッティングの合間もできるだけ的確に動くことが重要でした」

「フィルムでの撮影は働き方にある種の制限をもたらしますが、それは特に予算が限られている場合には非常に有用です。デジタルの撮影では必ずしも必要のないレベルの計画まで立てさせています。フランキーも含め、セットにいた全員がそのことを理解していました。楽しい撮影でしたし、シャーロットが大きな成功をおさめたことに感激しています」

(2023年4月4日発信 Kodakウェブサイトより)

『aftersun/アフターサン』

 (2023年5月26日より全国公開)

 製作年: 2022年

 製作国: ​イギリス/アメリカ

 原 題: Aftersun

 配 給: ハピネットファントム・スタジオ

​ 公式サイト: https://happinet-phantom.com/aftersun/

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