2023年 6月 13日 VOL.211
映画『渇水』― 監督 髙橋正弥氏、撮影 袴田竜太郎氏インタビュー
Ⓒ『渇水』製作委員会
孤独を抱えた水道局員と、たった二人取り残された幼い姉妹。
給水制限の夏、一件の<停水執行>が波乱に満ちた人間模様を紡ぎだし
現代社会に真の絆を問う珠玉のヒューマンドラマ。
企画プロデュースを手掛けたのは数々の重厚なドラマを生み出す白石和彌。
監督:髙橋正弥×脚本:及川章太郎のタッグが、生の哀しみを描いた原作小説を、絆が紡ぐ一筋の希望を描いた感動作へと昇華させた。
普遍的な生の哀しみを描いた芥川賞候補が、30年の時を経て待望の映画化
2023年6月2日(金)全国ロードショー。
(ホームページより抜粋)
今号では、髙橋正弥監督と撮影を担当された袴田竜太郎氏に16mmフィルムでの撮影についてや、現場のお話などをお伺いしました。
16mm撮影を選択された経緯を教えて下さい。
髙橋監督: 実は、企画の段階ではデジタル撮影を選択する話もあったのですが、プロデューサーの白石和彌氏から「この物語ならフィルムの方が合っているのではないか?」と提案があって、私たちも最終的には後処理でフィルムルックのように加工する予定ではあったので、だったら初めからフィルムで撮影する方が良いという結論になりました。もちろん、私たちもフィルム撮影を知っている世代ですし、できることならそうしたいと思っていたので大変ありがたかったです。方向性が決まってからプロダクションでデジタル撮影の見積など精査してもらい、16mmであれば予算にも収まるのでフィルム撮影に決定しました。フィルム撮影を選択した理由はもうひとつあって、この物語は『渇水』という題名から示唆されるように、夏場の強い太陽光と室内の暗いコントラストの対比が重要な描写だったため、フィルム撮影のラチチュードがその対比をカバーできると思ったからです。白石プロデューサーとの話では、35mmよりも今回は16mmの方が絶対に良いよねという話があって、私たちの世代は35mmの商業映画の前に、16mm撮影で育ってきたという背景があるため、16mmの持っている粒子感とか、独特な映像の力というのを昔から知っていたので選択しやすかったということもあります。キャメラマンを誰に依頼するかとなり、フィルム撮影なら袴田竜太郎氏にお願いしたいという希望がまずありました。久しぶりのフィルム撮影なので、想定される様々な話などを確認しやすい関係でしたのでお願いしました。
髙橋正弥監督(右)と袴田竜太郎キャメラマン(中央)
髙橋正弥監督(左)と白石和彌プロデューサー
袴田C: 髙橋正弥監督からお話をいただいた時は、『パーク アンド ラブホテル』(2007年、熊坂出監督)以来、商業映画の撮影の現場からだいぶ年月を経ているのと、私の体調の問題などありましたので当初は少し受けるか悩みましたが、監督とは日本映画学校(現 日本映画大学)の第一期生として同級生ということもあり、しかも16mmでの撮影ということで参加することになりました。照明の中須岳士氏も同級生です。
髙橋監督: 学生時代の実習の頃から袴田さんは撮影志望だったのでご一緒していますし、卒業してからも現場でご一緒することが多かったので、気心が知れているキャメラマンのおひとりです。私がデビューした作品の『RED HARP BLUES』(2002年)も16mmだったのですが、それも袴田さんに撮ってもらっています。かれこれ35年以上の仲になります。今回の映画の内容も袴田さんの撮影に合っていると思っていました。
袴田C: メインスタッフはフィルム撮影を知っている世代でしたが、現場の他の若いスタッフはフィルム撮影に慣れていなくて初めは戸惑いもあったのですが、モニターの数が限られている現場だったので、自然とカメラの後ろにスタッフが集まってきて、集中して演技を観るという現場になっていったのは嬉しかったです。
髙橋正弥監督(左)と袴田竜太郎キャメラマン
撮影された時期とロケーションを教えてください?
髙橋監督: 撮影期間は2021年の8月末から9月20日までの約4週間です。ロケ地は群馬県の前橋市がメインで、埼玉県熊谷市、静岡県裾野市でも撮影していてオールロケ撮影です。
フィルムタイプはどのように決められましたか?
袴田C: 本編は500Tのみを使用しました。監督と画の質感をどのようにするか相談して、太陽がぎらぎらしていて室内は暗いというコントラストを意識した画を狙い、それを強調したい場合は増感現像、やや抑えたい場合は減感現像をテストしました。私は抑えた画の方が良い感じになるだろうと考えていたこともあって、フィルムテストの結果を見て500Tが適していると判断しました。また、映画撮影のこれまでの経験で、現場の天候など不確定な要素が多々ある中で、感度をシーン毎に変えると現場が煩雑になりすぎるという点もあったので、テスト撮影では200Tも使用しましたが、最終的に1タイプに絞りました。また、メインの子役が2人いて、撮影時間が20時までという制約もあったので、夜のシーンを撮影するには1時間しかなく、限られた時間の中で撮影を進めていくには500Tが使い勝手が良いというのも理由でした。
Ⓒ『渇水』製作委員会
アスペクト比を決定するのにどのような検討がありましたか?
髙橋監督: 本作のアスペクト比は1.66:1でヨーロピアンビスタです。我々世代が観ている映画では馴染みのあるアスペクト比で、そうしようと提案したのは袴田さんです。20歳当時観ていた映画が、ジム・ジャームッシュやヴィム・ベンダースでヨーロピアンビスタだったのを憶えています。今回の映画は左右の余白は少ない方が良いなと思いましたし、画をタイトにしたいということもありました。
袴田C: 今回の作品が劇場公開後に家庭や、それこそ携帯電話などの画面で観られるようになった場合に、収まりが良いアスペクト比はヨーロピアンビスタだろうと感じたのも理由です。個人的にヨーロピアンビスタが好きなこともあります。助手時代に『夢二』(1991年、鈴木清順監督)でも経験しましたが、その頃から気持ちの良いアスペクト比だなという印象があります。余談ですが、思い切ってこの映画は4:3というアスペクト比でも良いかとも考えたのですが、昔、4:3で撮影した映画が劇場公開時にある映画館で間違ってビスタで上映されてしまったという苦い経験があったので、その案はなくなりました。
Ⓒ『渇水』製作委員会
実際の現場はいかがでしたでしょうか?
髙橋監督: 想定していたことと現場が一番違ったのは、実は天気です。先程も触れましたが、太陽光がぎらぎらしている天気を望んではいたのですが、現場のほとんどが曇りか雨という状況で、天候には悩まされました。しかし撮影後、編集段階でコントラストがそれほどないバランスの良い画と、数日あった天気がぎらぎらとしている数少ないカットとの対比が予想以上にうまく機能していて、結果として良かったということがありました。
袴田C: 現場は正直それどころではなかったですね(笑)。劇中では晴天ばかりで雨が降らず困っているという画が欲しいのですが、子役の母親役の門脇麦さんが庭先で子役に話すシーンでは、実は現場では雨が降っていて、スタッフ一同、こんなはずではなかったのにという状況で撮影が続いていきました。
髙橋監督: 主演の生田斗真さんが子どもたちの家に訪ねてきて、いよいよ水を止めるという絶対に晴れていてほしいシーンも、裏では雨上がり直後で雨どいに水が滴っていて、それはさすがに後処理で消したりしました。物語の設定では、1ヶ月間ぐらい日照り続きで水不足な状況で、汗をかきながら水道局員の生田斗真さんが各家庭を訪問するというシーンだったのですが、実際の現場は大きく違った状況でしたね。
Ⓒ『渇水』製作委員会
袴田C: 撮影が終了した今でこそ、結果良かったという話にはなりますが、現場では監督は本当に演者、芝居、シーン、スケジュールなどについて色々と考えないといけないことが多すぎるのに、天気のことまで考えさせるなよと思っていました。現場では少しでも画に雨が入ってこないように、雨どいにタオルなど引いて画に影響がないようにスタッフ一同、気を張って現場に臨んでいました。冗談抜きで本当に撮影期間の8割ぐらいが天候不順でしたが、実は監督は晴れ男なので、ここぞというシーンはどかんと晴れて良いシーンが撮影できたと思っています。
演出で特に意識した点などはございますか?
髙橋監督: 私は俳優の芝居をまず観てみて、それから演出を考えるという手法が好きなので、特に細かく指示を出すという感じではないです。その姿勢は今回も変わらないようにしようと意識はしました。できるだけ俳優の芝居がライブ感のあるような感じに撮影できればと考えていました。天気は思い通りにはいきませんでしたが、子役のナイターシーンなどは1時間しかない中で、袴田さんをはじめ、メインスタッフとはどう撮影していくべきかをすごく模索しましたね。フィルム撮影のナイターですから、それはシビアに考えないといけないので、ライティングを含めてプランを練って20時までに撮影を終了するためにはどうしていくべきかを考える現場でした。
Ⓒ『渇水』製作委員会
袴田C: 当たり前ですが、日が暮れる前にカメラポジションやライティングの想定はしておいて、通常だと日が暮れてからテスト撮影に入っていくのが時間のある現場ですが、今回はそれもできないので、撮影部に与えられている時間の中でカット数を考えながら、どのシーンを撮っていけるかを予測して現場を動かしてく感じでした。想定していた光よりも手前が明るかったり暗かったりするのはしょっちゅうでしたし、ライティングの修正も数分で実施しないと撮り切れない状況の連続でしたが、照明の中須氏と小迫智詩氏に協力してもらい、タブレットを使用し、まるでセット撮影のように光量の調整を可能にしてくれたシステムには非常に助けられました。中須さんは日本トップの照明技師さんだと思いますし、一緒に作品に携われたことは光栄でした。
今回の撮影のスタイルについて教えてください。
袴田C: 今作は、ほぼフィックスです。私の足の具合が思わしくないということもありますが、基本はフィックスで撮影していくと決めていました。一部ドーリーやハンディーのカットもありますが、それ以外はフィックスで撮影しています。
今回、参考にされた作品などはございますか?
髙橋監督: フィルム撮影が決まった後ですが、『Summer of 85』(2021年、フランソワ・オゾン監督)は、フィルムルックの再確認のためイン直前に観に行きましたし、袴田さんにもお勧めしました。作品のテイストは全く違うのですが、フィルム撮影の可能性を強く感じた作品でしたし、テストの段階では、『ミツバチのささやき』(1973年、ビクトル・エリセ監督)のように、ろうそくだけの光でどこまで撮影できるかなど参考にしました。袴田さんも中須さんも同年代の映画人ということもあり、市川準監督の現場をご一緒した経歴もあるので、それぞれ個性は違いますが同年代の映画作品や現場を共有しているので、意思疎通も楽ですし、現場でも連携が取りやすかったです。
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仕上げのワークフローについて教えてください。
袴田C: 現像はIMAGICAエンタテインメントメディアサービスで、1/2減感現像がメインで、ナイトシーンは増感現像もしています。16mmのネガからのダイレクトスキャンでCineVivo®で4Kスキャンしています。グレーディング作業はレスパスビジョンで高山晴彦氏が担当しています。先にも触れましたが、天候に左右された現場だったので、物語の世界観を表現した画で雨が降っていない画にしてほしいという監督からの要望がありました。その画のためのグレーディングでの高山さんには大感謝です。現場ではどうなるかと思いましたが、結果としては良い画に仕上がったと思います。
髙橋監督: レスパスビジョンでのグレーディングや仕上げ作業は想定以上の予算がかかってしまったと思います。画面の隅で、私だけが気が付いた雨だれを消す作業など、本当に良くやっていただいたと思っています。この映画に対して熱い想いを持ちながら作業にあたっていただいたと思います。
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今回、フィルム撮影を選択されていかがでしたか?
髙橋監督: フィルム撮影の良さは、光が当たっているところと光が届かない暗部の対比にあると思っています。デジタル撮影だとうっすらと不必要に映っているものをポスプロ作業で消すという無駄な作業が要らない点は非常に良いと思います。俳優の演技に焦点があっていて、意図的に後ろを暗くして、その演技に観客の目を集中させることができるというのもフィルム撮影の良い点だと思います。ネガで撮影したものをすぐに現像、スキャンしてデジタイズしてオフライン作業に入れる時間も思っていたよりもスムーズでしたし、そういった面での最近の進化は凄いと思いました。これからのフィルム撮影の可能性を感じました。
袴田C: フィルムのラチチュードの広さやハイのディテール、ローの当たっていない暗部には無駄なものが映らないというのはフィルムの持っている潔さで良さだと思います。夜のシーンやオープンナイターなど中須氏、小迫氏の照明には大変感謝しています。
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最後になりますが、今後のご自身の作品でのフィルム撮影についてはどうお考えですか?
袴田C: 私はほぼ引退しているような身ですが、髙橋監督の作品でまたご一緒できる機会があればぜひお願いしたいです。今回もそうでしたが、現役の映画人で各パートにまだまだ多くの同級生がいるので、機会があればまた一緒にフィルムで映画を撮影したいです。
髙橋監督: 今回16mmで撮影してみて、やはりその良さを再認識しましたし、作品に恵まれればまたフィルム撮影を選択したいです。もちろん作品の内容にもよりますが、我々世代から下の10年ぐらいまではフィルム撮影を知っている世代ですが、その次の世代になると、各パートでフィルム撮影の経験がない世代になってくるので、そういう世代に向けての技術の継承をしていかないといけないと思います。今回ご一緒した白石プロデューサーもご自身の作品で、いつかは35mmで映画を撮りたいとおっしゃっていましたし、私もそう思っています。
(インタビュー:2023年5月)
PROFILE
髙橋正弥
たかはし まさや
1967年生、秋田県出身。根岸吉太郎、高橋伴明、相米慎二、市川準、森田芳光、阪本順治、宮藤官九郎作品で助監督としてキャリアを重ねつつ、映画『RED HARP BLUES』(2002年)、『月と嘘と殺人』(2010年)、などで監督を務める。2023年初夏、監督最新作『愛のこむらがえり』が公開予定。
袴田竜太郎
はかまた りゅうたろう
1964年生、静岡県浜松市出身、日本映画学校卒。撮影助手時代は川上皓市氏、小林達比古氏のもとなどで経験を積む。撮影助手から『RED HARP BLUES』(2002年、髙橋正弥監督)でカメラマンとしてデビュー。主な作品『パーク アンド ラブホテル』(2007年、熊坂出監督)、『透光の樹』(2004年、根岸吉太郎監督 Bカメを担当)など。
撮影情報 (敬称略)
『渇水』
監督 : 髙橋正弥
撮影 : 袴田竜太郎
チーフ : 吉田真二
セカンド : 猪本太久麿
照明 : 中須岳士、小迫智詩
カラリスト: 高山春彦
キャメラ : ARRI SR3
レンズ : Zeiss 9.5, 12, 16, 25, 50mm T1.3 Optex 8mm T2
フィルム : コダック VISION3 500T 7219
現像 : IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
仕上げ : レスパスビジョン
制作 : レスパスフィルム
配給 : KADOKAWA
公式サイト: https://movies.kadokawa.co.jp/kassui/
Ⓒ『渇水』製作委員会