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2023年 6月 29日 VOL.213

コダック 35mmフィルムの魅力的なルックで描いたApple TV+の詐欺スリラー『Sharper:騙す人』

Image courtesy of Apple.

ベンジャミン・カロン監督がメガホンを取ったApple TV+のネオ・ノワール・スリラー『Sharper:騙す人』は、絡み合った一連のチャプターで構成されています。数十億ドルを騙し取るという容赦ない詐欺をめぐる非線形のストーリーの中で、各チャプターごとに異なるキャラクターにスポットライトが当たっていきますが、見た目通りの人間は一人もいません。

A24製作の本作はカロン監督の長編デビュー作です。居心地のよいインテリア、豪華なパークアベニューのペントハウス、廃墟となった倉庫、ニューヨークのみすぼらしい通りなどを舞台に、ニューヨーク市で古本屋を営むトム(ジャスティス・スミス)、トムと恋愛関係になる大学生のサンドラ(ブリアナ・ミドルトン)、陰に生きる凄腕の詐欺師マックス(セバスチャン・スタン)、大富豪の実業家リチャード・ホッブス(ジョン・リスゴー)の妻に間もなくなるマデリン(ジュリアン・ムーア)のストーリーを別々のチャプターで追っていきます。

Image courtesy of Apple.

これ以上のあらすじを語るのはネタバレになってしまうのでできませんが、巧みな詐欺を描いた物語や主演俳優たちの演技、コダック 35mmフィルムを使った撮影監督 シャルロッテ・ブルース・クリステンセン(DFF、ASC)のスタイリッシュで豪華な映像を批評家たちが楽しんだということをお伝えすれば十分でしょう。彼女は一貫した作品全体のパーツとなる個々のタブローに対して異なるルックを作り上げました。

「脚本を読む手が止まりませんでした。互いに騙しあう詐欺師たちの物語に巻き起こるひねりの効いた怒涛の展開と、お金を脇役として描くというアイデアに夢中になりました」とブルース・クリステンセンは振り返ります。「チャプターをまたぎながらも繋がっているという語り口も気に入りましたし、それらをロマンチックだったり、エッジが効いていたり、邪悪だったり、裕福だったりとまったく違う感じで描きつつ、それでいてすべてを洗練されたハリウッド映画の雰囲気の中にまとめるというベンの考えにも興味をひかれました」

Image courtesy of Apple. BTS photos by Alison Cohen Rosa.

『Sharper:騙す人』の撮影は2021年9月に始まり、およそ45日の撮影期間を経て11月に終了しました。ロケーションに使われたのはロウアー・マンハッタンのトンプソン・ストリートの書店や、タイムズスクエアのマリオット・マーキス・ホテルの48階のスイートなどです。サンドラのアパートやリチャード・ホッブスのペントハウスはクイーンズのシルバーカップスタジオのステージに建てられたセットでした。

ブルース・クリステンセンによれば、全体を通して参考にしたのはネオ・ノワールの犯罪スリラー『コールガール』(1971年、監督:アラン・J・パクラ、撮影:ゴードン・ウィリス(ASC))だそうです。

「このプロジェクトの手始めに、『コールガール』の本物のプリントを見て、視覚的なストーリーテリングに暗さがどれほど重要か再認識できればいいと思ったのです。私がよく知っている映画ですし、フィルム・ノワールにおいてゴードン・ウィリス以上の人はいません。そこでロサンゼルスのASCの仲間たちに連絡を取ったところ、いくつか欠けているシーンはあるものの1970年代のオリジナルプリントがあることが分かりました。ベンはこの映画が大好きなので驚いていましたね。ニューヨークの劇場で何人かのキャストやクルーたちと一緒に鑑賞しました」

Image courtesy of Apple.

「これとは別に『ユージュアル・サスペクツ』(1995年、監督:ブライアン・シンガー、撮影監督:ニュートン・トーマス・サイジェル(ASC))も見て、疑惑や不確実性、誰が嘘をついていて誰がそうではないかを視覚的にどう伝えているかを確認しました」

個別のチャプターのルック作りについてクリステンセンはこう語ります。「私たちが力を注いだのは、ものごとを1つの世界の中に保ちつつもチャプターごとに視覚的に切り離し、各ロケーションの違いを出すことでした」

「トムとサンドラのロマンスが展開する最初のチャプターでは、『花様年華』(2000年、監督:ウォン・カーウァイ、撮影監督:クリストファー・ドイル、マーク・リー・ピンビン)の原色と暖かい黄金色の雰囲気に着想を得ました。特に書店やレストランのシーンです」

Image courtesy of Apple.

「サンドラのチャプターはクイーンズとイーストリバー周辺の荒れた地域が舞台だったので、『ブレードランナー』(1982年、監督:リドリー・スコット、撮影監督:ジョーダン・クローネンウェス(ASC))などの映画で見られるような生々しく冷たい、鋼のような緑色の照明に影響を受けました」

「第3章では、物語はパークアベニューに切り替わり、お金というテーマが主になってきます。『華麗なる賭け』(1969年、監督:ノーマン・ジュイソン、撮影監督:ハスケル・ウェクスラー(ASC))などの作品を参考にしました。また、以前『ガール・オン・ザ・トレイン』で一緒に仕事をしたプロダクションデザイナーのケヴィン・トンプソンとは良い関係を築けていたので、特定の角度から光を当てると金色に光る壁紙など、セットのデザインに裕福さを感じさせる方法を一緒に探りました」

クリステンセンはまごうことなきフィルム撮影の名手であり、過去には『遥か群衆を離れて』(2015年)、『ガール・オン・ザ・トレイン』(2016年)、『フェンス』(2016年)、『クワイエット・プレイス』(2018年)、『ザ・バンカー』(2020年)をすべてコダック 35mmフィルムで撮影しています。

Image courtesy of Apple. BTS photos by Alison Cohen Rosa.

「私は常にフィルムで撮影できるよう奮闘しており、多くの作品をセルロイド(フィルムの意)で撮影してきましたが、この物語でもキャンバスとしてフィルムの質感とつやを使いたいと主張できるように準備をしていました。私たちが目指す魅力的で雰囲気のあるさまざまなルックを作り出すのにフィルム以上のものはありません。またフィルム撮影に伴って生じるキャストやスタッフたちの集中力や規律、緊張感が撮影比を下げ、コスト管理にもよい影響を与えてくれることを私は経験から知っています。フィルムで撮影する時は、ただ構図を決めて撮り続けるなんてことはありません」

「ベンと仕事をするのは初めてでしたが、彼もフィルムで撮影したがっていることがすぐに分かりました。フィルムの現像とデイリーについて請け負ってくれたコダック・モーション・ピクチャーのVP、アン・ハッベルからの後押しもあって、私たちは美しさと実用面、金銭面で非常に説得力のある根拠を提示することができ、プロデューサーたちも同意しました」

パナビジョン・ニューヨークと協働し、クリステンセンはパナビジョンの35mmカメラ、ミレニアムXLとCシリーズのアナモフィックレンズを採用しました。「違うレンズを使うとルックはどう変わるのかをベンが見たがったので、彼のためにいくつかテストをしました。私はこの古いCシリーズのレンズが大好きで、これまで何度も使用してきたのですが、彼もテストを見てCシリーズを使うことに賛成してくれました」

Image courtesy of Apple. BTS photos by Alison Cohen Rosa.

「Cシリーズのアナモフィックは、同じセットの中でもちょっとした違いや個別の特性が出るという点で、いい意味で不完全です。やや暖かくなるものがあったり、エッジが柔らかくなるものがあったりするのです。知れば知るほどクリエイティブな選択が可能になりますし、別のアイデアや描きたいものに合わせて使うことができます」

「私はボケやケラレ、レンズフレア、フォーカスの動きが気に入っていて、そのどれもが本作の画作りのさまざまなところで求めていたものでした。Cシリーズのアナモフィックをフィルム、そして雰囲気ある照明と組み合わせると、大胆で素晴らしく映画的な仕上がりのルックになります」

フィルムに関して、クリステンセンはコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219を日中の屋内と夜のシーンおよびスタジオでの撮影用に、加えて250D 5207を曇りの日の屋外と日中の屋内で使用しました。日中の屋外、特に映画の山場に向かうところは50D 5203で撮影されたのですが、見事な色の表現と映像のディテールがストーリーテリングの区別化に役立ちました。フィルムはコダック・フィルム・ラボ・ニューヨークで現像されました。

Image courtesy of Apple.

「フィルムでの撮影には忠実な肌のトーン、色の自然な暖かみ、1つの画の中の黒とハイライトの両方を捉えられるダイナミックレンジなど、美しさの面で多くのメリットがあります。そして認識すべき重要なことの1つは、フィルムは今もなお監督や撮影監督たちにとって非常に実用的な選択肢であるということです。フィルムは終わったと思われていた危機を私たちは遥かに越えているのです。フィルムは今もここにあり、生きています。フィルムのために奮闘し、フィルムを使う機会をつかむよう、私はみんなに勧めていくつもりです」

クリステンセンは撮影監督の仕事と並行して、本作の撮影の大部分でカメラのオペレーションも行いました。第1カメラアシスタントのオーレリア・ウィンドボーンがフォーカスを担当し、エリザベス・ヘッジズが第2カメラアシスタントとしてサポートしました。キーグリップはセットでのシーンの事前準備にも参加したミッチ・リリアンで、ガファーのショーン・シェリダンが照明スタッフを率いました。

「私にとって、現代のフィルム・ノワールの照明は誘惑との闘いです。ものごとをシンプルに保ち、感情や場所に忠実であることが大切です」とクリステンセンは言います。「でも特定の色を強調したりシーンにエフェクトを足したりすることが簡単にできる最新のLEDが照明トラックいっぱいにあると、難問に直面することになります。それにより仕事に間違いが起きかねないというのが私の考えです。できるからといって単純に色を取り込もうとするのではなく、本当の意味での空間や暗さの概念について考えを巡らせるべきです」

Image courtesy of Apple.

「ショーンとは今回初めて仕事をしましたが、とてもよい経験になりました。私が使用した照明のほとんどは1K、2K、5K、10K、パーカンなど頼りになる、昔ながらの向きを変えられるタングステンランプでした。それらを使って光の形を作り、ディテールを引き出すのは本当に楽しいです。それに、タングステンの照明がフィルムでどれほど素晴らしいルックになるかを私は知っています。500Tで撮影したトムとサンドラのロマンティックなシーンは特によかったですね」

「もちろんARRIスカイパネルやアステラのチューブといった最新のLED照明もいくつか取り入れましたが、主に全体の雰囲気づくりのソフトな光源として慎重に使いました。たとえばクイーンズの駅周辺で夜に撮影を行った時には、駅自体は500Tでの撮影に十分な明るさでしたが、10Kのタングステンを載せたリフトを隠して橋の下に暖かいスポットを作り、さらに暖かいナトリウム光が漏れた水溜まりを創り出すために小さめのタングステン照明をいくつか忍ばせました。街中の冷たい、シアンの雰囲気を出す時には水をまき、隠した別のリフトにARRIスカイパネル 360を2台載せて使いました」

高層ビルの屋内の撮影は当然ながら外から光を調整したり取り入れたりすることができないため、撮影監督たちが一様に最も頭を悩ませるところです。マリオットホテルの48階での撮影もそうでした。

Image courtesy of Apple. BTS photos by Alison Cohen Rosa.

「部屋は基本的には白い箱で、天井は低く、向かいの建物に反射した太陽光が差し込む背の高い窓がありました」とクリステンセンは振り返ります。「また、撮影は冬で、3時くらいから暗くなり始める時期だったのです。私は撮影に先立って、15分ごとに写真を撮って光について調べるようにチームの人たちに頼みました。そうやって朝から午後にかけて室内がどう変化するか、どのような照明を足す必要があるかを事前に把握しておいたのです」

解決策はミッチ・リリアンが設営した窓からのLEDのソフトボックスで、これは必要に応じて素早く簡単に位置を変更することが可能でした。さらにうまく隠したアステラチューブで雰囲気を高め、深度を浅くするよう、アナモとフィルムストックに対してT4の露光になるようにしました。

「こういう時、LEDは撮影監督への贈りものになりますね」と彼女は冗談めかして言います。「これらのアステラチューブはセットの周りに潜ませるのに最適ですし、かなり効果的です」

クリステンセンはこう締めくくります。「これまでフィルムで撮影した作品はジャンルやストーリー、ルックもさまざまでしたが、どの経験も愛おしく、今回の作品にたくさんの学びと知識を注ぎ込むことができました。ベンは素晴らしい監督であり、彼との協働は最高のチームに支えられました。そのおかげで、この作品と最終の仕上がりを私はとても誇りに思っています」

(2023年5月26日発信 Kodakウェブサイトより)

Sharper:騙す人』

 (Apple TV+で配信中)

 製作年: 2023年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Sharper

 配 信: Apple TV+

​ 公式サイト:  https://tv.apple.com/jp/movie/umc.cmc.5ud0ivpwgqw2st0u4z73gwpar

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