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2023年 7月 14日 VOL.214

『To Leslie トゥ・レスリー』の見事な人物描写に粒子感をもたらすコダック 35mmフィルム 2パーフォ撮影

マイケル・モリス監督作『To Leslie トゥ・レスリー』 Ⓒ Momentum Pictures

低予算のインディーズ作品『To Leslie トゥ・レスリー』は、コダック 35mmフィルムの2パーフォレーションで撮影することで、一見救いようのない登場人物の描写に、質感とざらついたエッジをもたらしました。

ライアン・ビナコによる脚本をマイケル・モリスが監督した本作は、その大部分がアメリカ人撮影監督ラーキン・サイプルの手持ちカメラによって撮影されています。悲痛な主人公を演じたアンドレア・ライズボローが2023年のアカデミー賞主演女優賞へのノミネートを果たし、台風の目として賞レースに名前を連ねることになりました。

この作品が描くのは、問題を抱えるシングルマザーでアルコール依存症のレスリーの物語です。彼女はテキサス州西部の宝くじに高額当選して19万ドル(日本円で約2,500万円)を得たものの、その賞金を酒、たばこ、ソフトドラッグに使い果たしてしまいます。6年後、彼女は貧困にあえいでいました。ピンクのスーツケースに持ち物を詰め込み、アルコールを買うためなら売春も恐れず、怪しげなモーテルを転々としたり、不自由な路上生活を送ったりという放浪生活を送っていたのです。

『To Leslie トゥ・レスリー』撮影の様子 Photos courtesy of Michael Morris

疎遠になっていた20歳の息子ジェームズと再会しても、酒代を盗んだせいで思い描いたような関係になれず、地元に戻っても、そこにいるかつての友人たちからは、とっくの昔に見放されていました。

レスリーに向けられる悪意の中に小さな希望の光が差し込みます。あるモーテルを切り盛りするスウィーニーと、そのモーテルを経営する変わり者のロイヤルが善意と慈悲の手を差し伸べてくれたのです。レスリーは、この挽回のチャンスをつかめるのでしょうか。それともネオンがきらめく地元のバーで再びウォッカの誘惑に負けてしまうのでしょうか。

「最初から、『To Leslie トゥ・レスリー』ではフィルムのリアルで偽りのない質感、ざらつきと粒子感を表現したいと思っていました」とモリス監督は語っています。彼はイギリスで演劇監督としてキャリアをスタートさせ、その後、ゴールデンタイムのテレビ番組『ベター・コール・ソウル』などで監督を務めて成功を収めました。『To Leslie トゥ・レスリー』は、彼の長編映画監督デビュー作品です。

「キャラクターとして、レスリーは私にとって非常に興味深い人物でした。この作品の語り口は、言外の意味や暗黙が非常に大きな役割を担っています。エピソードで構成され、筋書きやキャラクターの展開を説明する必要のあるテレビとは対照的です。私はライアンの脚本とゼロから物語を構築する機会を得て、批判的な視点ではなく共感的な視点で作品を作りました」

マイケル・モリス監督作『To Leslie トゥ・レスリー』 Ⓒ Momentum Pictures

モリス監督はさらに付け加えます。「私が視覚的な参考にしたものの多くは、実際のところ、元々が20世紀半ばのストリートフォトグラファーの写真や70年代や80年代の映画から見つけたものでした。言うまでもなく、それらはすべて、当時フィルムで撮影されたものです。意図的にエッジの利いた時代感のある作品を作ろうとしたわけではありませんが、フィルムの資質が、全体の美しさの中で登場人物の落ちぶれた雰囲気を出すのに一役買ってくれることは分かっていました」

写真では、日常の美しさを切り取った、ウィリアム・エグルストンとヘレン・レヴィットのストリート写真からインスピレーションを受けました。映画では、炭鉱町をさまよい、小悪党の共犯となる孤独な主婦を描いた『WANDA/ワンダ』(1970年、バーバラ・ローデン監督、ニコラス・T・プロフェレス撮影)と、伝説的な撮影監督ロビー・ミューラーが手がけた2作品、心に傷を負った放浪者が弟や7歳の息子との絆を取り戻そうとする様子を描いた『パリ、テキサス』(1984年、ヴィム・ヴェンダース監督)と心理ドラマ『奇跡の海』(1996年、ラース・フォン・トリアー監督)を参考にしました。

「これまで撮影監督のラーキンと仕事をしたことはありませんでしたが、彼が作るイメージの強さに通じ合うものを感じました」とモリス監督は言います。「ラーキンは偉大なアーティストであり職人でもあります。私が脚本から読み取った“ありのままの人間物語”や“危機に直面した女性の描写”といったものを彼も理解していました。彼がシネマトグラファーとしてチームに参加したとき、私たちは『To Leslie トゥ・レスリー』はフィルムで撮影しなければならないという考えで一致団結したんです」

マイケル・モリス監督作『To Leslie トゥ・レスリー』 Ⓒ Momentum Pictures

「プロデューサーの全面的な支援を受けて35mmフィルムと16mmフィルムのテストを行い、それと並行して、デジタルカメラで撮った映像にデジタル製の粒子やフィルムのエミュレーションを加える実験を行いました。テストの結果から、選択肢は35mmフィルム、2パーフォレーションの一択であることが明らかになったんです。それは、壮大なワイドスクリーンのアスペクト比で、私が最初から思い描いていた本物の“ルック・アンド・フィール”を作品の語り口にもたらしてくれるものでした。デジタルは全く話になりませんでした」

『To Leslie トゥ・レスリー』の舞台はテキサス州ですが、撮影はロサンゼルス北部で行われました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの渦中にあった2020年12月で、撮影期間はわずか19日間でした。ロケ地にはカリフォルニア州のランカスター、アグア・ダルシー、ピルーが使われました。

『To Leslie トゥ・レスリー』は、ラーキン・サイプルにとって2作目となるフィルム撮影の長編映画です。それ以前には『ルース・エドガー』(2019年、ジュリアス・オナー監督)を35mmフィルムの3パーフォレーションでアナモフィック撮影しています。しかし、短編映画、コマーシャル、ミュージックビデオなどでフィルム撮影の豊富な経験があり、数々の賞を受賞したチャイルディッシュ・ガンビーノの「ディス・イズ・アメリカ」のミュージックビデオも彼の撮影です。

「再びフィルムで撮影できることがうれしかった」とサイプルは語っています。「『To Leslie トゥ・レスリー』の主題は生々しいものでした。私たちは、作品の世界を偽りのない確かなものとして写真のように見せたかったんです。レスリーのありのままの姿を表現したかった。それがまさに、この作品が当初から取り組んでいたことです」

『To Leslie トゥ・レスリー』撮影の様子 Photos courtesy of Michael Morris

サイプルは、Indiecam社の HDのビデオアシストを備えた ARRICAM LT 35mmカメラを自ら担ぎ、マスタープライムレンズを通して役者の演技を捉えました。カメラパッケージはロサンゼルスのKeslow Cameraから提供されたものです。

「マスタープライムは美しく、シャープなレンズです」とサイプルは言います。「絞り開放値が明るいレンズで、ドキュメンタリーのような雰囲気を作り出すので、この作品にぴったりでした。私のファースト・アシスタント・カメラマンであるマット・サンダーソンは、indieASSISTを使い、動きが速くて撮影の難しいシーンでもアンドレアからフォーカスを外さず、素晴らしい仕事をしてくれました」

撮影監督のサイプルは、『To Leslie トゥ・レスリー』の全編をコダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 5219で補正なしで撮影することに決めました。フィルム現像とラッシュの4Kスキャンは、すべてロサンゼルスのフォトケムで行われました。

「私たちの予算は非常に限られていましたが、ロサンゼルスのコダックチームが非常に協力的で、他のプロダクションから未使用のフィルムロールを調達するのを手伝ってくれました」とサイプルは説明します。「映画全体を通して、粒状性、質感、色の視覚的な一貫性を確保したかったため、500Tの1タイプのみを使用したんです」

マイケル・モリス監督作『To Leslie トゥ・レスリー』 Ⓒ Momentum Pictures

「また、500Tは驚くほど幅広いシーンに対応します。明るい日中の屋外から、制作中に遭遇するであろう薄暗いシーンや夜のシーンまで、全ての色域の撮影ができるんです。フレア、露光オーバーのハイライト、色温度のミックス、ネオンライト、ナトリウムランプの街灯など、フィルムではとても自然に見えるものも、デジタルで撮影すると嘘っぽく、露骨で、または、ただ安っぽいという印象に容易に変わってしまう可能性があります」

「しかし、500Tを選んだ最大の理由は、この作品がクローズアップやミディアムクローズアップでキャラクターに寄ることを重視していたということです。フィルムはどんな照明条件であっても、自然でリアルな肌の色合いを映し出します」

35mmフィルムの2パーフォレーションでの撮影は、“テクニスコープ”としても知られていて、1963年にテクニカラー・イタリアによって初めて導入されました。映画では、『国際諜報局』(1965年、シドニー・J・フューリー監督、オットー ヘラー撮影)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1967年、セルジオ・レオーネ監督、トニーノ・デリ・コリ撮影)に始まり、最近の作品では『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』(2019年、ダリウス・マーダー監督、ダニエル・バウケット撮影)、さらにはHBO TVシリーズの『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』(2020年、デレク・シアンフランス監督、ジョディ・リー・ライプス撮影)などが、このフォーマットを使用して撮影されています。

2パーフォレーションでは、通常露光の35mmフィルムを標準的な4パーフォレーションのフレームで撮影する代わりに、各フレームを2パーフォレーションにして撮影します。35mmフィルムを2パーフォレーションで撮影すると、ワイドスクリーンのアスペクト比を得られることに加えて、同じ長さのフィルムで撮影可能時間を2倍にし、フィルムの使用量を最小限に抑え、現像費も節約できるのです。『To Leslie トゥ・レスリー』の撮影では、脚本ではほんの数行の描写しかないシーンでも、物語を伝えるために長回しになることがよくあったとサイプルも報告しています。

マイケル・モリス監督作『To Leslie トゥ・レスリー』 Ⓒ Momentum Pictures

『To Leslie トゥ・レスリー』では、レスリーが人生を変える決断に思い悩む、カギとなる瞬間が2回あり、そのシーンではカメラがゆっくりとレスリーを追いかけます。しかし、他はすべて手持ちカメラで撮影されました。

サイプルはこう続けます。「私たちはカメラをレスリーと同じ空間に置き、彼女の人生のもろさ、傷つきやすさを目撃し、彼女の行動に見られる自由奔放な性質に反応したかったんです。その姿勢はあくまで観察であり、批判ではありません。マイケルと私は二人とも、手持ちカメラで撮影することが最良の表現方法だと感じていました」

「撮影になると、アンドレアはどのショットでも生き生きとしていました。常に何か面白いことをして、時には予測できないことをするんです。2パーフォレーションは経済効率が良いので、彼女の動きに任せてカメラを回し続け、当初の予定よりも長いテイクを撮影しました。彼女についていくのは大変でしたが、彼女は素晴らしい女優なので、必要なショットを撮るのに多くのテイクは必要ありませんでした。最終的な撮影比は約4倍になりました」

ファースト・アシスタント・カメラマンとして働くマット・サンダーソンに加え、サイプルのクルーにはキーグリップのパット・オマラ、ドリーグリップのジェイミー・ヤング、そしてガファーのジェイク・ライアンがいました。

サイプルは自然主義を全体的なライティングの目標とし、日中の屋外のシーンはできる限り自然光で撮影しました。屋内はその場の灯具のタングステン電球に加え、LITEGEAR社のLiteMatや、きちんと隠されたAstera社のTITAN TUBEなどのワイヤレスLED器具で照らしました。これらの照明はアンドレアや他の俳優が自由に動けるように配置され、照明デスクを介してネットワーク接続することで、必要に応じて迅速な調整が可能でした。

マイケル・モリス監督作『To Leslie トゥ・レスリー』 Ⓒ Momentum Pictures

サイプルとモリスが、『To Leslie トゥ・レスリー』をフィルムで撮影するという経験がどれほど楽しかったかについて語っています。

「ファースト・アシスタント・ディレクターの“アクション”というコールを聞くのが大好きです。肩の上でカメラが振動すると、さあ本番だと思うんです」とサイプルは言います。「フィルムは体験を高めてくれます。重要なものを撮影しているような気持ちになって、誇りと集中力が増すんです。そして、私はスクリーンでの仕上がりにとても誇りを感じています」

モリスはさらにこう付け加えます。「フィルムの素晴らしいところは、フィルムが貴重だということです。フィルムはいつか使い果たされます。ですから、どのテイクであっても、カメラが回り続けている間の集中力はデジタル撮影よりも高まります。それはまるで劇場のカーテンが上がった瞬間のようです。俳優もスタッフも準備を万全にしておかなければいけないと分かっているんです。この感覚が全員に伝わり、現場を本当に活力のある場所にします。全員が身を乗り出して、正しくできたかを確認するんです。そのような気迫は表情や身ぶりに表れますからね」

「『To Leslie トゥ・レスリー』をフィルムで撮影できたことをとてもうれしく思います。私はすぐにまたフィルムの作品を撮影するでしょう。しかし、さらに喜ばしく感じるのは、フィルムの質感が、レスリーを演じたアンドレアの素晴らしい演技に完璧な美しさを与え、この小さな作品が非常に注目され、多くの人に見つけてもらえるようになったことです」

(2023年3月22日発信 Kodakウェブサイトより)

『To Leslie トゥ・レスリー』

 (2023年6月23日より公開)

 製作年: 2022年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: To Leslie

 配 給: KADOKAWA

​ 公式サイト:  https://movies.kadokawa.co.jp/to-leslie/

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