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2023年 9月 13日 VOL.216

コダックの35mmカラーおよび白黒フィルムを駆使して撮影されたウェス・アンダーソン監督の傑作『アステロイド・シティ』

ウェス・アンダーソン監督作『アステロイド・シティ』 Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

アンダーソン監督のひねりの効いたSFコメディー『アステロイド・シティ』は、2023年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門で初上映され、6分間のスタンディング・オベーションを浴びました。さらに、その魅力的でエキセントリックな物語と陽気な映像世界は、世界中の映画批評家たちからも熱狂的な称賛を受けました。

舞台は1950年代半ば、アンダーソン監督特有の映画スタイルである舞台劇の中で展開される物語として構成された本作は、暑くて埃っぽい砂漠の街アステロイド・シティで毎年開催されるジュニア宇宙科学賞の祭典で起こった地球を揺るがす大事件を描いています。アステロイド・シティは、隕石が落下してできた巨大なクレーターと、その近くにある天文台で有名な街です。時折核実験によるキノコ雲が丘の向こうに出現するものの、親に付き添われた受賞者である5人の子供たちがこの街に集まり、殺人光線などの科学的な発明を披露するのです。

ジュニア宇宙科学者たちの功績を称えるための祭典は予期せぬ訪問者、つまり宇宙に関する重要な知らせを持った地球外生命体の到着によって一変します。アステロイド・シティは封鎖され、軍は隠蔽を図りますが、若き天才たちは外界に情報を伝えようと計画を練るのです。

『アステロイド・シティ』の撮影現場にて、左からウェス・アンダーソン監督、ジェイソン・シュワルツマン、トム・ハンクス Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

しかしアンダーソン監督の手にかかると、物語はさらに頭を抱えたくなるような展開をたどっていきます。東部ではアステロイド・シティのキャラクターたちが舞台の上で「アステロイド・シティ」という劇の準備をしており、物語は劇場の俳優たちがスターになるべく芸を磨く舞台裏にまで飛び出していきます。

この映画は、監督兼脚本家のロマン・コッポラと共に手がけたストーリーを基に、アンダーソン監督が監督・製作を務めた作品です。スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ジェイソン・シュワルツマン、マット・ディロン、マヤ・ホーク、スティーヴ・カレル、ジェフリー・ライト、エドワード・ノートン、マーゴット・ロビー、ジェフ・ゴールドブラムなど、ハリウッドの大物キャストが勢ぞろいしています。

『アステロイド・シティ』は、撮影監督のロバート・イェーマン(ASC)がアンダーソン監督と組んだ11作目の長編実写映画であり、全編アナログフィルムで撮影されています。過去の作品には『アンソニーのハッピー・モーテル』(1996)、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)、『ダージリン急行』(2007)、『ムーンライズ・キングダム』(2012)、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021)などがあります。イェーマンはアンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)でアカデミー賞および英国アカデミー賞にノミネートされ、最近では2023年9月27日からNetflixで配信される『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を16mmフィルムで撮影しました。

『アステロイド・シティ』の撮影監督ロバート・イェーマン Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

「ウェスとの作品は毎回まったく違う経験になります。素晴らしい冒険に乗り出すみたいな感じですね」とイェーマンは言います。「キャストと各スタッフ部門のトップは同じホテルに泊まることが多いのですが、『アステロイド・シティ』でもそうでした。ですからこの作品の制作に臨む際には一体感のある、大家族のように非常に結びつきの強いチームになっていました」

「私が撮影してきたすべてのウェス作品と同じく、彼は何を実現したいのかという視覚的な参考になるDVDや書籍を集めてくれました。私は、ウェスが何にインスピレーションを受けたのかを理解するため、彼が提示した資料に熱心に向き合いました」

「この作品に関しては、『日本人の勲章』(1955、監督:ジョン・スタージェス、撮影監督:ウィリアム・C・メラー(ASC))、『パリ、テキサス』(1984、監督:ヴィム・ヴェンダース、撮影監督:ロビー・ミューラー(NSC、BVK))の2作品が私のお気に入りでした。どちらも砂漠の厳しい真昼の太陽の下で撮影し、それを物語の表現要素として積極的に活用していました。準備期間中にあらゆるロケーションを訪れ、撮影するショットについて、そしてそれを実現するにはどうするのが最良かについて徹底的に話し合いました。照明プランについてもウェスと話し合い、やりたいことを確認しました」

『アステロイド・シティ』のスカーレット・ヨハンソン Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

『アステロイド・シティ』の撮影はスペインのチンチョンの街とその周辺で行われ、2021年8月30日に始まり、35日の撮影を経て10月15日に終了しました。イェーマンは大体朝8時半に集合し、毎日夜7時には終了したと明かします。撮影に先立って、イェーマンは準備期間を5週間設けたのですが、ジェイソン・シュワルツマン、マット・ディロン、そして若手キャストが出演するいくつかのシーンは都合によりこの期間に撮影されました。

セットのほとんどはプロダクションが借りた広大な農地に建てられ、美術部門が岩の並びやサボテンを含め、一から街全体を作り上げました。その他のロケーションは、チンチョンにある建物をストーリーに合わせて改造したり装飾したりしました。

イェーマンが『アステロイド・シティ』の撮影に使ったのはアリカムSTの35mmフィルムカメラで、1.37:1のアスペクト比はクックS4のレンズ、2.40:1のアスペクト比はARRIマスターアナモフィックレンズで撮影しました。

『アステロイド・シティ」の場面カット、(左から)ジェイク・ライアン、グレイス・エドワーズ、イーサン・ジョシュ・リー、アリストウ・ミーハン、ソフィア・リリス Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

「白黒のシーンは1.37:1で、カラーのシーンは2.40:1で撮影しました。映画の中の2つの世界をはっきりと異なるルックにして、観客がどちらの物語のシーンかすぐに分かるようにしたかったからです」

「クックS4は以前、『グランド・ブダペスト・ホテル』や『フレンチ・ディスパッチ』で使用したことがあるのですが、このレンズの顔の描写が気に入り、全体的なルックにもとても満足していました。ウェスは複数の俳優が登場する構図でフレームの全幅を使うのが好きなので、カラーのシーンはフレームの端のゆがみを最小限に抑えて焦点を保てるARRIマスターアナモフィックを選びました。俳優がフレームの中央にいないからといって素晴らしい演技がぼやけてしまうのは嫌ですからね」

撮影に際し、イェーマンは『フレンチ・ディスパッチ』と同じ35mmフィルムの組み合わせを採用しました。具体的には、カラーのシーンにコダック VISION3 200T カラーネガティブ フィルム 5213を、白黒のシーンにイーストマン ダブル-X 白黒ネガティブ フィルム 5222を使いました。どちらのフィルムも屋内および屋外、日中および夜間のシーンに使用されました。35mmのラッシュはパリのフィルムラボ、ハイベンティで増減感もせずにノーマル現像され、その後、ロンドンのCompany 3のデイリーのカラリスト、ドイチン・マルゴエフスキーにラッシュの4Kスキャンが納品されました。最終のグレーディングはカラリストのガレス・スペンスリーが同社で行いました。

『アステロイド・シティ』のウェス・アンダーソン監督 Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

「ウェスはすべての実写作品をセルロイド(フィルムの意)で撮影するのを好みます」とイェーマンは語ります。「私たちは2人ともフィルムに撮影された画の持つ質感や色が大好きなのですが、それはデジタルで実現するのが難しかったり、時には不可能だったりします。フィルムの粒子はこの作品、特に白黒のシーンにとって重要な要素でした。ウェスと私は『フレンチ・ディスパッチ』のダブル-X 白黒フィルムのルックにほれ込んでいました。色調のコントラストと粒子の度合いが素晴らしいからです。また、本作では基本的に太陽が頭上にあってコントラストが強い砂漠で撮影していました。ハイライトが飛んでしまうのが心配でしたが、どちらのフィルムも映像のディテールを保てることはわかっていました」

イェーマンいわく、フィルムでの撮影はアンダーソン監督の求める映像の質感を実現できるだけでなく、撮影の工程も監督の好みに非常に合っているそうです。

「ゲートを通るフィルムの走行音を聞くのは最高です。デジタルに比べると、フィルムで撮影する時の方が、セットにいる全員が何をすべきかということにより注意を払っていますね。全エネルギーがショットに注がれ、それが魔法のようにフィルムのネガに映し出されます。また、ウェスはビデオ・ビレッジ(監督やスタッフの確認用モニターベース)を作らず、セットにはごく少数のスタッフしかいないため、セット間を素早く移動することができます。突き詰めれば、フィルムでの撮影の方が俳優たちにとってより濃密な雰囲気が生まれ、気が散る要素がはるかに少なくなるのです」

『アステロイド・シティ』の撮影現場 Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

1台のカメラで撮影している時はイェーマンがカメラを操作しました。ヴァンサン・スコテットはファーストカメラアシスタントとしてフォーカスプラーを務め、セカンドカメラアシスタントのフェリックス・テレール・サン=キャスト、ローダーのトルーマン・ハンクスが補助しました。キーグリップはイェーマンとアンダーソン監督が『ダージリン急行』で出会ったサンジェイ・サミが担当し、本作にドリーリグのシーンを取り入れました。ガファーは以前『フレンチ・ディスパッチ』に参加していたグレッグ・フロメンティンが務めました。

「ウェスの映画はいつも私たちの技術面やクリエイティブ面のスキルを押し上げてくれます。彼のストーリーを伝える手助けをするには、常に新たな方法を模索し続ける必要があるからです。例えば、ウェスはカメラのごく近い距離にいる俳優と遠くにいる人物に焦点を当てることを好みます。こうした別々の対象を映すのはちょっと難しいのですが、ヴァンサンはうまくフォーカスを合わせ、素晴らしい仕事をしました。実際、私のカメラクルーたちは最高でしたね」

ストーリーテリングを目的としたカメラの動きについて、イェーマンはこのように言います。「ウェスは撮影の前に映画全体のアニマティック(映像化されたコンテ)を用意しており、私たちはこれをガイドとして忠実になぞっていきます。彼は常にカメラの動きについて具体的な考えを持っていて、カメラの動くタイミングが非常に重要です。大抵はセリフに合わせて決められています。素早い動きが必要とされることもしばしばですが、サンジェイとグリップチームはこういった動きを毎回見事にやってくれました」

ルパート・フレンドを撮影する『アステロイド・シティ』の撮影監督ロバート・イェーマン Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

「私たちのグリップ機材はごく普通のドリーとレールで、カメラはウェスが考えた動きに合わせて同じショットの中で横方向に移動したり、出たり入ったりできるようにしました」

「また、彼は何人かの俳優が関わる屋外での長いドリーショットも計画していました。ですが全員が同時に揃わなかったため、後日戻って同じレールを再構築する必要があることが分かり、別々のショットをポストプロダクションで結合して、継ぎ目のない動きにしました」

「慎重にレールにマークを付け、あとからショットを正確に再現できるようにし、調和を考慮してできるだけ太陽の角度が合うようにショットのプランを練りました。残念ながら、大きな雷雨が2度あり、いくつかのエリアで砂漠の地表が沈んでしまったので撮影の段階でこの変化を補正しなければなりませんでした。簡単な仕事ではなかったですよ!」

ウェス・アンダーソン監督作『アステロイド・シティ』の撮影セット Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

イェーマンによれば、『アステロイド・シティ』の照明は自然主義に基づいているそうです。「グレッグと照明チームは素晴らしかったですね。彼はウェスが好む仕事の仕方を理解していて、うまく適応しています。セットを事前に準備することがよくあったのですが、いつも完璧でした」

「私たちが本当に求めていたのは自然なルックで、様式化された照明ではありませんでした。ウェスが正面からの太陽光と頭上からの太陽光をうまく使ってほしいと言ったので、街の外観はすべて自然光で撮影しました。これまでの私は俳優の後ろから、もしくは横からの光の方が好きで、頭上からのまぶしい光にはシルクをかけることが多かったのです。でもこの作品でシルクは一度も使わなかったと思います。天候に左右されることもありましたが、基本的に晴れた日が続いたので一日を通して光を一定に保てました」

イェーマンはさらに言います。「チンチョン郊外に街を作った時は日中の屋内を撮影する予定だった建物すべてに天窓を設置し、従来の映画用照明を使わずに自然光に頼ってこれらのシーンを撮影しました。天窓をグリッドクロスで完全に覆い、柔らかく均一な明かりになるようにすることで、光を調整することなく俳優たちが動き回れるようになりました。これはつまり、屋内と屋外のショットのバランスが完璧だったということでもあります。夕暮れのシーンはすべて自然のもので、背景の灯具を使って画にポップさを出しました」

『アステロイド・シティ』の撮影監督ロバート・イェーマン Ⓒ2023 FOCUS FEATURES, LLC.

ただし、本作の白黒のテレビ番組のシーンは意図的に様式化されており、劇場照明監督のマット・ドーをロンドンから招いて異なる照明スタイルを作りました。イェーマンによると、ドーと緊密に協力して、彼の劇場の照明をフィルム撮影のニーズと調和させ、必要な露出や照明の比率になるようにしたそうです。

「基本的には、当時のテレビスタジオで使われていたように頭上のグリッドにハードライトを吊るしました。そして俳優たちがセットを動く時には調光盤を使ってそれらを調整しました。私が慣れ親しんだやり方とは異なる方法でしたが、最終的には大成功だったと思います」

イェーマンはこう締めくくります。「あんなに素晴らしいキャストや舞台裏の協力者たちの近くで一緒に仕事をする機会はめったにありませんし、ウェスがくれるクリエイティブな挑戦はいつも楽しいです。アナログフィルムのルックや美しさは唯一無二で、『アステロイド・シティ』で成し遂げた仕上がりを私はとても誇りに思っています」

(2023年6月14日発信 Kodakウェブサイトより)

『アステロイド・シティ』

 (9月1日より全国ロードショー)

 製作年: 2023年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Asteroid City

 配 給: パルコ

​ 公式サイト:  https://asteroidcity-movie.com/

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