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2023年 12月 29日 VOL.218

スーパー16でドラマチックに仕上がったジョアンナ・ホッグ監督の新作『エターナル・ドーター』

『エターナル・ドーター』の主演 ティルダ・スウィントン Photo by Sandro Kopp. Courtesy of A24. Ⓒ Eternal Daughter Productions Limited/ British Broadcasting Corporation.

夜になると物音が鳴り響く洋館の不気味な雰囲気を、コダックの16mmフィルムが見事に捉えました。イギリスの映画製作者ジョアンナ・ホッグが脚本・製作・監督を務めた『エターナル・ドーター』は、母娘の関係、忘れられない思い出、そして親の死を受け入れることをテーマに描いた作品です。この神秘的な物語を大きなスクリーンに耐えうる映像にするため、ホッグ監督は『家族の波紋』(2010年製作)や『Exhibition(原題)』(2013年製作)でもタッグを組んだ撮影監督のエド・ラザフォードの才能を必要としていました。

世界中で新型コロナウイルスの感染爆発が広がる中、密かに撮影された本作は、映画監督のジュリーが、夫を亡くしたばかりの母ロザリンドと共にタクシーの後部座席に座り、深い霧に覆われた村の寂れたホテルに向かっているシーンで幕を開けます。ゴシック様式の尖塔や彫刻を施された吐水口で装飾されているその建物は、以前ロザリンドの叔母が所有していた宿舎でした。ロザリンドはロンドン大空襲の際にこの地に疎開し、青春時代の数年間を過ごしています。ジュリーは誕生日祝いの口実で母を連れてきたのですが、実は彼女は母をモデルにした映画の脚本を書こうとしており、思い出の場所に来れば母の過去を知る糸口がつかめるかもしれないと考えたのでした。

ホテルに着くと他に宿泊客はいない様子。ジュリーは、夕食時や就寝前に母と交わした会話を密かに録音しています。ロザリンドは様々な思い出を語り始めます。その中には、楽しい昔話もあれば、長い間心の奥にしまわれていた流産の苦い記憶などもあったのです。

母の話を聞いて心がざわめくジュリーでしたが、それと同時にホテルそのものにも何か不穏な気配を感じ始めます。周辺は常に霧が立ち込め、風で窓はガタつき、建物はひとりでに揺れたり異音を発したりするのです。ロザリンドの愛犬ルイも、鼻を鳴らしたり寝室のドアを引っかいたりしています。暗い廊下で子供が走り回るような物音がして、どこか近くから女性の泣き声も聞こえてきます。ジュリーは、良くも悪くも母の想いが詰まったこのホテルでは脚本を書くことも眠ることもできず、なぜこんなところに来たのかと自問自答するのでした。

『エターナル・ドーター』の撮影現場にて、左からティルダ・スウィントン、ジョアンナ・ホッグ監督、撮影監督のエド・ラザフォード Photo by Sandro Kopp.

A24、BBCフィルムズ、エレメント・ピクチャーズが共同制作し、マーティン・スコセッシが製作総指揮を務めたこの作品は、2022年開催のヴェネチア国際映画祭とロンドン映画祭にてプレミア上映されました。映画評論家たちは、ホッグ監督のストーリーテリングの腕前と、ジュリーとロザリンドの二役を見事に演じ分けたティルダ・スウィントンに喝采を浴びせました。一緒に登場する冒頭のシーン以外、母娘は同じ画面上には登場しません。2人が会話する場面ではカットバックで映すショット・リバースショットの撮影技法を使い、ただならぬ雰囲気を盛り上げています。

『エターナル・ドーター』のロケ地は、英国ウェールズのフリントシャー州シヒディン近郊にあるソートンホールというグレードⅡランクのホテルです。2020年11月から12月にかけて、35日間で主要な撮影が行われました。

「撮影準備に入るとすぐに、ジョアンナはロケ地を見てくるようにと私に指示しました。しかし、事前に情報を共有したくなかったらしく、写真1枚すら見せてくれませんでした」とラザフォードは明かします。「彼女は、予備知識なしで私にその場所を体感してもらいたかったようです。その一方で彼女は、ラドヤード・キプリング作の「子どもたち」という戦争で我が子を失った親の悲痛な詩と、奇妙な家でこだまする幽霊の声を描いた哀しい短編小説「彼等」を読むよう私に勧めてきました。それを読んで、気持ちを作ってほしかったのでしょう」

『エターナル・ドーター』の撮影現場にて Photo by Sandro Kopp.

さらにホッグ監督が用意した資料について、ラザフォードはこう言い表します。「それはまるで“音詩”です。大まかな演出意図が書かれただけの、シーンの説明文のようなものです。ジョアンナのシナリオは型破りで、セリフで構成される一般的な脚本形式ではなく、ただ狙いを説明しているだけなんです。『家族の波紋』で渡された書面は9ページ、『Exhibition』は14ページほどでしたが、今回はたったの3ページでしたよ」

ホッグ監督の映画の作り方について、ラザフォードはさらに詳しく解説します。「ジョアンナは、俳優部や撮影部と共に、時系列に沿ってあれこれ試してワークショップのように映画を作り上げるんです。セリフは洗練され、テンポも良くなっていきます。カメラのフレーミングについても同様に練り上げられます。製作の期間中、現場では絶えずこのようなワークショップが行われるのです。そんなやり方では撮影スケジュールに影響が生じると思われるかもしれませんが、ジョアンナはきちんと取り仕切っています。一旦カメラが回った後でも、もし誰かが納得いかなかったら再考して撮り直しをする時間ももらえます」

彼はこう補足します。「奇抜な撮影手法ですが、私が大事だと思うのは、こうすることでキャストとスタッフの間で醸成される雰囲気です。ジョアンナがいると、ものすごくやる気が湧きます。彼女は人の話に耳を傾け、誰もが気持ちよく働けるよう気を配り、彼女のやり方に従えば全員がシーンの意図と感情の流れを共有できるのです。彼女の現場はいつも良い雰囲気で、参加すると心が躍るんです」

『エターナル・ドーター』の撮影監督 エド・ラザフォード Photo by Sandro Kopp.

当初からフィルムで撮る方針は固まっていましたが、35mmを使うか、それともスーパー16にするかを決めなければいけませんでした。ラザフォードはスウィントンに役柄のヘアメイクをしてもらい、両方のフォーマットで撮影してみることにしました。そしてその素材を、英国コダックのセールスディレクターであるサム・クラーク、テクニカラー社のカラリストのジョディ・デビッドソン、デジタル・オーチャード社のフィルムスキャンチームに見せ、技術的なワークフローや最終的に仕上がる映像のクオリティについて相談したのです。

「撮影前にもっとも懸念していたことは画質の管理です。現場で撮った映像がポストプロダクションを経てスクリーンに映し出されるまでのすべての工程を通じ、同じルックを保っている必要がありました」とラザフォードは説明します。

「私とカラリストのジョディが作成したLUTを適用し、スーパー16と35mmをそれぞれ2K及び4Kスキャンをしてみました。見比べた結果、4K 16bit DPXスキャンしたスーパー16が最も素晴らしかったのです。映像に粒子構造を感じられますし、解像度が高いため、必要に応じて最終グレーディングの際に低照度のシーンで影になった部分を持ち上げられると思いました。制作に参加している関係者の間でも、作業工程的にも予算的にも4Kスキャンが可能だということで話がまとまりました」

「さらに、ポスプロのワークフローにACES(アカデミーカラーエンコーディングシステム)を採用することが早い段階で決まっていました。これにより各部門間で色調を一致させることができるため、全プロセスを通じて色合いの認識がズレる心配はありません。こうした取り決めをしておいたおかげで、遠く離れた北ウェールズで撮影している間も、信頼感と安心感を持って取り組むことができました」

『エターナル・ドーター』の撮影現場にて Photo by Sandro Kopp.

ロケ現場でラザフォードが撮影に使用したのは、リハウジングしたツァイス 16mm スーパースピード レンズとARRIFLEX 416 16mmカメラで、ロンドンのパナビジョン社から提供されたものです。

「このレンズを使うとシャープで強いコントラストを得られるのですが、もうひとつの選択肢であるウルトラ プライム レンズと比べるとやや柔らかい印象ですし、レンダリングすると少し落ち着いた色調になります。本作は夜間のシーンが多いので、T値が1.3で明るい点も考慮に入れました」

ラザフォードは今回、主にコダックの16mm タングステンフィルムを用いました。夜間や低照度の撮影にはコダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 7219、日中の室内・屋外シーンには200T 7213です。そして本作の最後の局面では50D 7203も使用しています。

『エターナル・ドーター』の撮影に使用されたARRIFLEX 416 16mm カメラ Photo by Sandro Kopp.

「500Tと 200Tは、画像の粒状性、色、コントラストの面で非常に相性が良いんです」とラザフォードは言います。「しかもこの2タイプは、実際の現場で使う際に汎用性が高いという利点もあります。私たちはコロナ禍の真っ最中に撮影をしていたのですが、物流が滞って遠いロケ先でのフィルムの在庫が足りなくなっても、露光を切り替えればどちらでも撮影できるという安心感がありました」

「映画の終盤では色味と光度を劇的に変化させたいと思ったので、200Tを増感してみたり、エクタクロームも試してみました。いずれも独特の面白いルックに仕上がったのですが、この物語の文脈には少し合わないような気がしました。最終的には、ラストシーンが伝えるテーマをうまく強調できる50D 7203を使うことにしました」

ジュリーとロザリンドを別々に撮るというホッグ監督の英断が非現実的な世界観を生み出したと、ラザフォードは述べます。そんな現場での仕事を彼は大いに楽しんだようです。

ラザフォードはこう述懐します。「ティルダは二役を演じるために労力を惜しまず、全力で取り組んでいました。いつも彼女には午前中にジュリーを演じてもらい、昼休みに年配女性の特殊メイクを施して、午後からはロザリンドのパートを撮影していました」

『エターナル・ドーター』の撮影監督 エド・ラザフォード Photo by Sandro Kopp.

「私たちは、母娘を同時に画面に収めるために代役を置いて最新のVFXでごまかしたりCGIで顔をすげ替える方法などを検討し、そのための予算も想定していました。しかしジョアンナは、ジュリーとロザリンドを別々に描写すると決断を下したのです。その結果、視覚的に一風変わった効果がもたらされました」

最後に、ラザフォードは想いを明かしてくれました。「実は、ロンドン映画祭が行われたロイヤル・フェスティバル・ホールで上映される際、作品がどう見えるか心配していたんです。しかしそれは杞憂でした。映し出された映像は文句なしに良かったですし、観客の皆さんにとって素晴らしい映画体験になったと思います。はるばるウェールズに行ってスーパー16で撮ってきた映像が、すべての製作プロセスを終えてついに大きなスクリーンに映し出されたのだと思うと、胸が熱くなりました。感無量でした!」

(2023年1月25日発信 Kodakウェブサイトより)

『エターナル・ドーター』

 (12月22日より全国4都市限定公開、2024年1月26日からU-NEXTにて独占配信)

 製作年: 2022年

 製作国: ​イギリス/アメリカ合作

 原 題: The Eternal Daughter

 配 給: U-NEXT

​ 公式サイト:  https://www.video.unext.jp/lp/a24-sirarezaru

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