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2024年 4月 18日 VOL.222

フィリス・ナジー監督作品『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』を撮影監督 グレタ・ゾズラはコダック 16mmフィルムでどのように撮影したか

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の主演 エリザベス・バンクス Photo Credit: Wilson Webb. Courtesy of Roadside Attractions.

ニューヨークを拠点とする撮影監督グレタ・ゾズラは、『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の制作に携わった時間を振り返りながら、「できることならすべての物語をフィルムで撮影したいですね」と述べています。本作は、中絶がアメリカ全土で違法だった時代に中絶手術を提供したアンダーグラウンドな団体「ジェーン」の活動を描いた、フィリス・ナジー監督による感動作です。

「本作をフィルムで撮影するうえで大変なことはまったくありませんでした。実際、常に期待を上回っていましたし、その仕上がりはセルロイド(フィルムの意)がどれだけ特別な鑑賞体験になりうるかを証明してくれています」

コダックの16mmフィルムで撮影された『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』は、アメリカの歴史において非常に重要でありながらほとんど無視されてきた部分をドラマにした、魅力的かつ興味深い作品です。舞台となる1968年のシカゴでは、街も国も社会的、政治的に大きな変革期を迎えていました。郊外に住む主婦のジョイ(エリザベス・バンクス)は、夫と娘と共に何不自由ない暮らしを送っていました。しかし妊娠で心臓の病気が命にかかわるほど悪化したことで、自らの命を救うため、中絶手術をしたがらない男性ばかりの医療機関以外の選択肢を探さなければならなくなります。

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』より、エリザベス・バンクス(左)とシガニー・ウィーバー Photo Credit: Wilson Webb. Courtesy of Roadside Attractions.

解決策を探し求めるジョイは、安全な中絶手術を提供する非合法の団体「ジェーン」にたどり着きます。「ジェーン」を率いるのは、女性の健康に勇敢かつ熱心に取り組むバージニア(シガニー・ウィーバー)と、支払い能力に関係なくすべての女性が中絶手術を受けられる世の中を夢見る活動家のグウェン(ウンミ・モサク)です。彼女たちの活動はジョイの中にある、燃えるような目的意識を呼び起こし、彼女たちと力を合わせて他の女性たちが自分の運命をコントロールできるよう、人生をかけて支援していきます。

映画の最後で述べられている通り、「ジェーン」は1969年から1973年の間にシカゴ地域で11,000件以上の安全な中絶を行い、時代を変えたロー対ウェイド事件の判決で多くの連邦および州の中絶法が無効となり、アメリカ連邦最高裁により憲法上の権利として中絶への合法的なアクセスが認められたのちに解散しました。

本作は、ヘイリー・ショアとロシャン・セティが共同脚本を務め、ナジー監督がメガホンを取りました。ナジー監督は多くの作品で高い評価を得ていますが、16mmフィルムで撮影された『キャロル』(2015年、監督:トッド・ヘインズ、撮影監督:エド・ラックマン(ASC))ではアカデミー賞脚色賞にノミネートされました。

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』のフィリス・ナジー監督 Photo Credit: K.L. Harrison.

「私のエージェントから台本が送られてきたのですが、フィリスのことは知っていたので、すぐに興味に持ちました」と撮影監督のゾズラは言います。「ですが「ジェーン」という団体のことを知らなかったのはかなりショックだったと認めざるを得ません。「ジェーン」のことを話しても、私の友人たちの多くも知りませんでした。調べて知っていくにつれ、「ジェーン」がやったこと、成し遂げたことに衝撃を受け、この驚くべき歴史が長い間無視され、忘れられていたことに愕然としました」

「フィリスと会えてとてもうれしかったですし、意図を持った誠実なストーリーテリングに対する評価と、この映画を絶対にフィルムで撮影すべきだという思いで意気投合し、私たちの絆は深まりました。私たちの打合せは簡単なものでした。面白い余談ですが、私たちは2日間にわたって映画全体のショットリストを作成したのですが、そこから逸脱することは一切ありませんでした」

ゾズラによると、シカゴのストリート写真家で乳母だったヴィヴィアン・マイヤー(1926~2009年)の写真作品の質感と色から最初のインスピレーションを受けたそうなのですが、ナジー監督のビジュアルの参考資料の中にもまったく同じスチルが複数あることが分かり、2人して驚き、喜んだそうです。

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の撮影現場 Photo Credit: Wilson Webb. Ⓒ Vintage Park, LLC

ゾズラはこう付け加えます。「フィリスと私が、このごく初期の段階ですでに同じ方向性を持っていたのは明らかでした。もちろん、より細かい話し合いをした際にはフィリスは特にジョイと彼女の家族や友情、そしてその強い決意を中心に、包み隠さない、キャラクターを生かしたビジュアルにしたいと言い、いくつかの映画を見て、それを実現する方法を検討しました」

その参考資料の中には、生々しく誠実な構成の『こわれゆく女』(1974年、監督:ジョン・カサヴェテス、撮影監督:ミッチ・ブレイト、アル・ルーバン)や、女性キャラクターたちが体と魂の両方を巻き込む総合的な経験の中で肉体的な感覚に打ちのめされる様を描くフランスの映画監督クレール・ドゥニの映画などがありました。

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の撮影は、2021年5月にコネティカット州ハートフォードで始まり、23日の撮影期間を経て終了しました。地元の体育館に特設された中絶が行われる手術室のセットを除き、主にロケーションでの撮影が行われました。

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の撮影監督 グレタ・ゾズラ Photo Credit: Wilson Webb. Ⓒ Vintage Park, LLC.

ゾズラは、TCSニューヨークから提供されたアリフレックス 416 16mmカメラにマスタープライムとウルトラプライムの16mmレンズを装着して撮影を行いました。本作の日中の屋外と一部の屋内の撮影に使用したのはコダック VISION3 250D カラーネガティブ フィルム 7207で、暗い屋内と夜のシーンには500T 7219を使用しました。これらの選択は作中の主な3つの環境、すなわち家庭内のジョイの世界、「ジェーン」の世界、手術室のコントラストをはっきりさせるのに役立ちました。

ゾズラはこう述べています。「人工の光であれ、窓から入る自然光であれ、フィルムの光に対する反応やその捉え方は他では再現できません。フィルムの色への反応や、衣装やセットデザインとの組み合わせで時代設定を呼び起こせるところがとても気に入っています」

「ジョイの世界ではカメラ、画の構成、照明の設定は意図的に計算されていますが、「ジェーン」を描くときは遊び心を取り入れ、予測不可能な描き方をし、手術室では処置を受ける患者に焦点を当てるようにしています。250Dは彩度もコントラストも500Tよりもやや強めですが、2つのフィルムはうまくまとまっており、このシナリオの視覚的な違いを出すのにとても役立ちました」

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の撮影監督 グレタ・ゾズラ Photo Credit: Wilson Webb. Ⓒ Vintage Park, LLC

「さらに寝室や中絶のシーンなどの屋内の多くは暗い照明の中で撮影を行いましたが、そのような状況でも500Tなら画の暗い部分のディテールも捉えられると確信していました。明るい窓のある暗めの日中の屋内など、露出を上げたシーンに関してもハイライトが飛ぶことなく画のディテールまできちんと映せるはずだと信じていました」

フィルムの現像、4Kスキャン、デイリーはコダック・フィルム・ラボ・ニューヨークで行われ、ポストワークス・ニューヨークのカラリスト、ナット・ジェンクスが最終のグレーディングを担当しました。

「ナットはカメラテストからルックを作り、ほとんどのカラーリングは事前にフィルムストック自体で行われていました」とゾズラは言います。「DI(デジタル インターメディエイト)ではほぼ何もせず、ほとんどの時間をいくつかのシーンの修正と最終的な仕上げに費やしました」

「私とフィリスにとっては本作をフィルムで撮影するべきだということは明白だったのですが、制作が始まる前にプロデューサーたちとはそのメリットとデメリットについてかなり話し合いました。10~15年前にはそうだったかもしれないけれど、今では違ういくつかの誤解を解かなければなりませんでした」

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』のフィリス・ナジー監督(右)と撮影監督 グレタ・ゾズラ Photo Credit: Wilson Webb. Ⓒ Vintage Park, LLC

「フィルムで撮影するときはその工程を心から信じることができます。露光したネガがセットを出てデジタルのデイリーが私たちのもとに戻ってくるまで何の問題もありませんでした。ワークフローについて言うと、フィルムスキャンとデジタルのデイリーの技術がここ数年で大きく進歩し、大体一晩でデイリーを受け取ることができました」

「また、非常にタイトなスケジュールで撮影に臨まなければならないロケーションもたくさんありました。しかしフィルムがデジタルに勝る利点の1つは、フィルムカメラ周りの設備がそれほど必要ないことです。これにより、私たちは機敏に動くことができ、毎日のセットアップを素早く行うことができました。デジタルだとセットアップを作り上げるのに時間がかかってシーン自体が犠牲になることもあり、そのような時間をかける余裕はありませんでした」

「実際にこのやり方でうまくいったのですが、全ドライビングショット(日中に3回、夜間に2回)と「一発撮り」の屋内2回(1回はステディカム、もう1回はドリー)を全部同じ日に撮影しなければなりませんでした。簡単なことではありませんでしたが、やり遂げました」

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の撮影現場にて Photo Credit: Wilson Webb. Ⓒ Vintage Park, LLC.

ゾズラは撮影中、ファーストカメラアシスタントのロブ・アグロとセカンドカメラアシスタントのアマヤ・シェニュに補助してもらいながらカメラを操作しました。2台目のカメラは複数のキャラクターが映るたくさんのシーンで導入され、マイケル・メリマンが操作し、ファーストカメラアシスタントのアダム・ゴンザレスとセカンドカメラアシスタントのナット・ピネイロが補助しました。ローダーはA・J・ストローマン=スコットが務めました。

ステディカムオペレーターのアフロン・グラントが、ストーリーテリングにおける重要な場面でのジョイの体験を描く長回しでいくつかの「一発撮り」に参加しました。その中にはダウンタウンのホテルのロビーと外でジョイが階段を下り、路上での市民の暴動を目撃する冒頭のシーンなどもありました。

「あのシーンはスケジュールの最後の方に撮影しました」とゾズラは説明します。「映画のシーンを決めるにはカメラの動きが非常に重要でした。鏡や反射など解決すべき現実的な課題がいくつかあり、照明も360度必要でした」

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』の撮影現場にて Photo Credit: Wilson Webb. Ⓒ Vintage Park, LLC.

「ガファーのノア・シャミスはセットの照明をうまく足したり、違うスペースの照明を隠したり、創意工夫を凝らしました。これが本作で一番大きな照明セットで、2つのコンドルを含め、少なくとも照明の半分は屋外にありました」

「撮影に入る時は全ての部門にとって大事な瞬間ではありましたが、グリップのケヴィン・ケネディとアダム・ビアードと連携したグラントにとっては特にそうでした。すべてを計画通りに進めなければならないシーンの1つだったのです。ですが私たちは何の不安もなく、6テイクで完了させました」

ゾズラはこう語ります。「フィリスは素晴らしい人で、一緒に仕事をするには最高です。こういった重要なテーマを扱った本作の制作で彼女が私を求めてくれたことをとても光栄に思います。この物語を伝えるにはフィルムでの撮影が一番いい方法でした」

(2022年11月7日発信 Kodakウェブサイトより)

『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』

 (3月22日より公開中)

 製作年: 2022年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: Call Jane

 配 給: プレシディオ

​ 公式サイト:  https://www.call-jane.jp/

予告篇
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