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2024年 5月 9日 VOL.224

撮影監督 エルデーイ・マーチャーシュが感動的なプロレス映画『アイアンクロー』にコダック 35mmフィルムで痛烈な一撃を与える

『アイアンクロー』より Photo by Brian Roedel. All Rights Managed. Courtesy of A24.

コダックの35mmフィルムで撮影され、ショーン・ダーキンが監督・脚本を務めた『アイアンクロー』は、1970年代後半から1980年代にかけてプロレス界で成功を収めた後に、プロモーターのフリッツ・フォン・エリックとその息子たちに起きた、勝利と悲劇の実話を描いています。本作は、ダーキン監督がハンガリー人の撮影監督 エルデーイ・マーチャーシュ(HCA)と再び組んで制作した、痛烈なスポーツ映画です。

手で敵の顔をつかむという、フォン・エリック家の特徴的なプロレス技からタイトルをとった『アイアンクロー』は、チャンピオン選手からプロモーターに転身し、プロレス界の一時代を築き上げた厳格な父親の指導下にあった、テキサス生まれの兄弟の人生を描いています。誰より丈夫で強い選手として成功するように育てられたケビン、デビッド、ケリー、マイクはダラス・スポータトリアムで活躍し、テキサス州の大スターとなりました。しかし、息子3人は家業による肉体的、精神的プレッシャーから、自殺や自傷行為で死に至りました。

この映画は、家族の絆を求める深い愛と筋肉隆々の身体描写とのコントラストが高く評価されています。主演のザック・エフロンと共に、ハリス・ディキンソン、ジェレミー・アレン・ホワイト、スタンリー・シモンズがフォン・エリック兄弟を演じ、ホルト・マッキャラニーが横暴な父親フリッツ、モーラ・ティアニーが母親ドリス、リリー・ジェームズがケビンの恋人で後に妻となるパムを演じています。

『アイアンクロー』の撮影監督 エルデーイ・マーチャーシュ(HCA) Photo by Devin Yalkin. All Rights Managed. Courtesy of A24.

『アイアンクロー』は主に2022年10月から11月にかけての34日間にわたり、ルイジアナ州バトンルージュ周辺で撮影されました。かつて家具店だった広大な建物の外観と内装を、当時のダラス・スポータトリアムに似せて改装し、出演者は観客の前で実際にノーカットのプロレスの試合に臨みました。また、映画に登場する試合の撮影には、近隣の他の会場も使用されました。

エルデーイは、ホロコーストを題材にし、数々の賞を受賞したネメシュ・ラースロー監督の『サウルの息子』(2015)と、第一次世界大戦前を舞台にした名作『サンセット』(2018)における優れた撮影技術が高く評価されています。どちらもコダックの35mmフィルムで撮影された作品です。『アイアンクロー』は、英国アカデミー賞を受賞したイギリスのテレビドラマシリーズ『Southcliffe(原題)』、35mmフィルムで撮影された心理ミステリー映画『不都合な理想の夫婦』(2020)に続く、ダーキンとの3度目の共作です。

「ショーンが初めて『アイアンクロー』のことを話してくれたのは、『不都合な理想の夫婦』の撮影中でした。私は彼が冗談を言っているんだと思って笑いました。私はプロレスのことをよく知らなかったし、彼がプロレス好きだということも、フォン・エリック家についても何も知らなかったんです」とエルデーイは明かします。

『アイアンクロー』の撮影の様子 Photo by Devin Yalkin. All Rights Managed. Courtesy of A24.

「彼がフォン・エリック家の心打たれる悲劇的な結末を教えてくれたとき、私は深く感動しました。そして、彼の脚本から感じる登場人物への深い理解と愛情がとても気に入りました。愛、トラウマ、喪失といった、非常に難しいけれども、人間にとって普遍的なテーマを美しい形で表現する魅力的な作品になるだろうと思いました」

「私はかなりの時間を費やして、フォン・エリック家について調べたり試合を観たりしましたが、この種のスポーツの典型的な報道方法には特に影響を受けませんでした。常にショーンの台本と登場人物の感性に従ったのです」

本作の映像の美しさについて、エルデーイは次のように語ります。「ショーンと私は本質的に趣味趣向が似ていて、さまざまなシーンの撮影方法に関する理解も共通しています。最高の信頼関係が築けています。『不都合な理想の夫婦』と同様、これも過去を描いた作品ですが、私たちは早い段階で、強制的にルック(映像の見た目)を変えるような技術を使わないと決めました。フィルター、ルックの作りこみ、ヴィンテージレンズ、使い回された映像は使わず、主にタングステン照明と35mmフィルムを活用して、ロケーション、小道具、衣装、ヘアメイクによって当時を表現しました。フィルムで撮影された映像は、デジタルで撮影された映像よりもはるかに強い印象を与えられます」

『アイアンクロー』の1シーン、(左から)ザック・エフロン、ホルト・マッキャラニー、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン Photo by Eric Chakeen. All Rights Managed. Courtesy of A24.

「その一方で私たちは、この映画は晴れやかで、彩り豊かで、躍動的な“アメリカっぽさ”と、男性的で、筋肉質で、汗臭い“プロレスっぽさ”の両方を感じさせる必要があるということについて話し合いました」

これを実現するためのフレーミングと、特に光学系の機器の選択ついて検討した結果、エルデーイは“古典的なアメリカ製ツール”とも言える、グレアやゴースト、歪みを抑えつつ強いコントラストと均一な像面照射を組み合わせたパナビジョン・プリモの球面レンズを選択しました。

「プリモは非常に多くの優れた映画で使用されてきた古典的で昔ながらの主力製品で、エレガントなルックを表現できますがヴィンテージ感はありません。ショーンと私は、アナモフィックレンズでワイドな映像を撮ることを望んでいませんでした。主張が強すぎてしまうからです。カメラテストをしてみて、私たちは典型的なアメリカっぽさとロマンチックなルックが表現できるプリモの球面レンズを使用して、より古典的な1.85:1のアスペクト比で撮影するのが良いと感じました」

『アイアンクロー』の撮影監督 エルデーイ・マーチャーシュ(HCA) Photo by Devin Yalkin. All Rights Managed. Courtesy of A24.

プリモのレンズセット、パナフレックス・ミレニアム XL2の35mmカメラ、そして格闘シーン用のアクションカメラとして特別に改造されたARRIFLEX 235の35mmカメラがパナビジョン・ニューオリンズから提供されました。

「ミレニアム XL2は、柔軟な構成が可能であること、同録が可能な静かさであることを理由に選びました」とエルデーイは言います。「格闘シーンの撮影時にケガをしないよう、パナビジョンは私の要望に応じてARRIFLEX 235を改造し、アイピースをSDタップとモニターに代え、それで構図を確認しながら撮影しました。また、バッテリーも外してくれたのでカメラはさらに軽くなり、出演者と一緒にリングで撮影している時も素早く容易に動けました」

フィルムストックの選択について、エルデーイは次のように話しています。「イーストマン ダブル-X 5222を使った白黒のオープニングを除けば、私の選択肢はコダック VISION3 500T 5219しかありませんでした」

『アイアンクロー』より、リリー・ジェームズ(左)とザック・エフロン Photo by Brian Roedel. All Rights Managed. Courtesy of A24.

「『サウルの息子』、『サンセット』、『不都合な理想の夫婦』と同じように、『アイアンクロー』でも500Tのみを使用しました。私にとって500Tはコダックで最も映画らしいフィルムストックです。仕上がりのルック、特に肌や顔の色合いがとても好きなのです。この映画では肌がたくさん映りますからね」

「これまでの経験から、夜間や超低照度の場面や、NDフィルターを使うような日中の明るい屋内外など、あらゆるシーンに500Tが使えることがわかっていました。限りなく暗い影や明るい日光の中でも、500Tが映像の非常に細かい部分まで捉えられることに、私はいつも驚かされています」

「1タイプのフィルムストックだけで撮影すると、色、質感、コントラストなど、視覚的な一貫性が得られます。また、複数のフィルムストックを詰める手順を検討したり、余ったフィルムをどうするか考えたりする必要がないため、制作のスピードやコストの面でもとても効率的です」

『アイアンクロー』より、ジェレミー・アレン・ホワイト(左)とハリス・ディキンソン Photo by Brian Roedel. All Rights Managed. Courtesy of A24.

エルデーイはオープニングを思い出しながら語りました。「冒頭のシーンをカラーネガで撮影して白黒に編集することもできましたが、私は見せかけや偽物が好きではありません。白黒ネガで撮影した方がはるかに美しい映像になります。ダブル-X 5222はカラーネガとは粒子構造が異なるほか、コントラストが高く、ハイライトの周囲に発生するハレーションが映像にリアルな質感を与えてくれます」

500Tとダブル-X 5222の現像はフォトケムで行われました。また、4KスキャンとデイリーはLAにあるCompany3で行われ、カラリストのソフィー・ボラップが最終的なカラーグレーディングを担当しました。

エルデーイはこれまでの作品と同様に、照明にはシンプルな器具を使い、数を最小限にとどめ、自然に見せることを重視したと言います。

『アイアンクロー』の1シーン Photo by Brian Roedel. All Rights Managed. Courtesy of A24.

「私はいつも、できるだけシンプルな照明器具を最小限に使って、情緒ある雰囲気を作り出すことを好みます。このスタイルは撮影の効率化にもつながります。日中の屋外でのシーンの多くは自然光の中で撮影しました。日中の室内は窓からHMIを使って照らし、雰囲気づくりのために頭上にはごく少数のタングステン照明とともに実際の灯具やLiteGear社のLiteMatなどを使用しました。夕食のシーンはシャンデリアを通して照らしました」

「スポータトリアムでの試合シーンではもう少し演出的な照明を取り入れました。プロレスの試合で長年使われてきた実際の照明方法に従ったのです。プロレスの照明は当初、予算も技術もかなり限られていました。しかしプロレス人気が高まり、テレビでも広く放映されるようになるにつれて会場はより明るく、彩り豊かになっていきました。ところが、観客数やテレビ収入が減少すると、再びローテクの田舎町のような雰囲気に戻っていきました。そこで私たちはタングステン照明を使って、プロレス界の照明がたどってきた道を反映し、暗くて色彩やコントラストが乏しいシーンから、はるかに明るくて鮮やかなシーンに移行し、再びトーンダウンしていったのです」

エルデーイは、ファーストACのグレン・カプランのサポートを受けながら、ガファーのアレン・パークスとキーグリップのニック・レオンとともに制作期間中ずっとカメラを操作していました。エルデーイは彼らのことを、照明の配置、取り付け、形成における“最高の仲間”だと語っています。

『アイアンクロー』より、リリー・ジェームズ(左)とザック・エフロン Photo by Brian Roedel. All Rights Managed. Courtesy of A24.

「カメラや照明についてはシンプルな手法や機器を使ったため、制作スピードは非常に速かったです。テクノクレーンやリモートヘッドは使わず、35mmカメラを手持ち、または簡素な台車やトラックに載せて撮影しました。また、主に昔ながらの照明を使い、調光器のLEDはほとんど使いませんでした」

『アイアンクロー』の撮影を振り返り、エルデーイは次のように締めくくりました。「繊細で感動的なシーンでは必死に感情を抑えて冷静さを保たなければいけませんでしたが、リング上を飛び回る出演者たちの身体能力には本当に驚かされました」

「ショーンのような、気さくで非常に才能のある映画監督と再び一緒に映画が作れて楽しかったです。引き続きフィルムで撮影ができたこともとても嬉しかったです。フィルムを製造するメーカー、現像できるラボがある限り、フィルム撮影を続けると思います。特に本作のような実際に起こった重要な物語を撮るには最適なルックになりますからね」

(英語原文:2024年4月10日発信 Kodakウェブサイトより)

『アイアンクロー』

 (4月5日より全国公開中)

 製作年: 2023年

 製作国: ​アメリカ

 原 題: The Iron Claw

 配 給: キノフィルムズ

​ 公式サイト:  https://ironclaw.jp/

予告篇
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