2024年 5月 21日 VOL.225
コダック 35mmで撮影されたアンドリュー・ヘイ監督の『異人たち』で、撮影監督のジェイミー・ラムジーが永続的な愛の力を痛々しいほど美しく描く
『異人たち』より Photo Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
コダック 35mmフィルムで撮影された『異人たち』で、撮影監督のジェイミー・ラムジー(SASC)は、神秘的な雰囲気と自然なノスタルジーを作り出しました。高い評価を得たこのアンドリュー・ヘイ監督による感動作は、孤独と人間のつながりを探求しています。
空室が多いロンドンのタワーマンションに暮らす脚本家のアダム(アンドリュー・スコット)は、ある晩、謎めいた隣人ハリー(ポール・メスカル)と偶然出会ったことを機に、自身の日常が揺らぎ始めます。
2人の関係が深まるにつれて、過去の記憶で頭がいっぱいになるアダム。彼は生まれ育った郊外の街と幼少期を過ごした家に引き寄せられます。そこでは、30年前に死別した両親(クレア・フォイ、ジェイミー・ベル)が、亡くなった当時のままの姿で暮らしていました。ハリーとの恋仲が深まり、両親と再び出会う中で、アダムは何十年も抑え込んできた感情を解放し、表現するようになります。
『異人たち』の撮影監督 ジェイミー・ラムジー Photo by Chris Harris. Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
本作はサーチライト・ピクチャーズ作品で、1987年の山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作に、ヘイが脚本と監督を務めました。幽玄な質感に加え、底流にある深遠さと情緒性が絶賛され、世界の映画祭で複数の賞を受賞。2023年のBIFA(英国インディペンデント映画賞)では脚本賞、監督賞、作品賞を含む7冠を達成し、ラムジーは撮影賞を受賞しました。また、英国アカデミー賞では英国作品賞、監督賞を含む6部門にノミネートされました。
主にドラマ映画において、豊かな人物描写を重視するラムジーの映像スタイルは、深みのある色彩と繊細なカメラワークが特徴です。南アフリカ出身でヨハネスブルグのAFDAで映画制作を学んだラムジーは、BIFA撮影賞にノミネートされた出世作『Moffie』(2019、オリヴァー・ハーマナス監督)、時代物のドラマ映画『帰らない日曜日』(2021、エヴァ・ユッソン監督)、オスカーにノミネートされ、2022年のカメリメージ映画祭でブロンズ・フロッグ賞を受賞した『生きる-LIVING』(2022、オリヴァー・ハーマナス監督)などを手がけたことで知られています。
「アンドリューが書いた『異人たち』の脚本を初めて読んだ時、夢中になって本を置くことができませんでした。好奇心をかき立てられ、物語の虜になったのです」とラムジーは振り返ります。「長い間忘れていましたが、おそらく誰にとっても普遍的な過去の感情が呼び起こされました。これは重要な作品で、本当に特別なものになると感じました」
『異人たち』の撮影の様子 Photo by Chris Harris. Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
「制作についてアンドリューと最初に話し合った時、私たちは映画をどのように見せたいかについては話しませんでした。それよりも、どう感じて欲しいかについて話しました。この作品の視覚的な構成について、カメラワークと撮影方法が親密かつ個人的であることがいかに重要かについて、私たちが同じ認識を共有していることが明らかになりました」
「また、アダムが居る2つの世界の描写については、非常に柔軟なタッチが求められました。浮世離れした現代世界で暮らしているシーンでは、ある程度自然なノスタルジーを表現しつつも、過去にタイムスリップして両親に再会するシーンでは、あからさまに感傷的にならないようにする繊細なバランスが必要だったのです」
ラムジーによると、誠実・自然・忠実なストーリーテリングが感情の共鳴をもたらすという点において、彼とヘイは似たようなムードを想起させる写真と絵画を参考資料として数多く共有したといいます。
『異人たち』の撮影監督 ジェイミー・ラムジー Photo by Chris Harris. Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ラムジーはこう補足します。「私たちはまた、2つの全く異なるジャンルの映画からも着想を得ました。アンドリューは『叫びとささやき』(1972、イングマール・ベルイマン監督、スヴェン・ニクヴィスト撮影監督)の、カメラ自体が超越的な存在感を持ち、まるで記憶の中に入り込むように動くという発想を紹介し、作品に取り入れました。私は『千と千尋の神隠し』(2001、宮崎駿監督)を提示しました。大人になると忘れてしまいがちな、子どものように純粋で美しい存在感を持った素晴らしいアニメ映画です」
『異人たち』の撮影は7週間にわたって行われました。最初の2週間は旧サリー州のクロイドンにある、ヘイが幼少期に住んでいた家でロケが行われました。アダムが両親を発見した家です。
その後、ロンドン北部のウェンブリーにあるスタジオに移り、残りの5週間の撮影が行われました。そこでは、アダムのタワーマンションの室内にある大きな窓に、昼夜の時間帯や天候の異なる街並みを表現したLEDウォールを投影して撮影。マンションの外観はロンドン東部のストラトフォードで撮影され、LEDウォールに投影される街並みは同じマンションからデジタルで撮影したものです。ナイトクラブのシーンはロンドン南部に現存する最古のLGBTQ+キャバレー、ロイヤル・ボクソール・タバーンで撮影されました。
『異人たち』のアダム役を務めるアンドリュー・スコット Photo by Chris Harris. Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ラムジーが『異人たち』の撮影で使用した機材は、マスタープライムレンズとアンジェニューのズームを装着したARRICAM STとLTの35mmフィルムカメラで、すべてロンドンのARRI RENTALから提供されたものです。
「ナイトクラブのような照明が予測できない環境や、昼と夜、夜明けと夕暮れ、晴れと雨といった多様なLEDウォールを背景にしたマンションのシーンなど、様々な場所で撮影することが分かっていました。なので私は、異なる状況下でも露出やフレアがどう変化するか熟知しているマスタープライムを選んだのです。画郭の変動を抑制する機能もあり、フィルムとの相性も抜群でした」
「アダムの心、内面の旅、深まるハリーとの関係、両親との家族関係を描くため、私は単焦点レンズを使ってカメラを登場人物に近づけて顔をクローズアップし、ズームレンズを使って彼らが親密になる様を徐々に表現していきました。アダムが感情を解放するにつれて、カメラも固定あるいは直線的な動きから、より反応的で流れるような動きに変化させました」
『異人たち』より Photo by Chris Harris. Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ラムジーは、コダック VISION3 500T 5219、250D 5207、50D 5203の3種類の35mmフィルムを使って『異人たち』を撮影しました。フィルムの現像と4KスキャンはUKのシネラボで行われ、最後のカラーグレーディングはニューヨークのCompany 3社のジョセフ・ビックネルが担当しました。
『異人たち』の撮影を振り返って、ラムジーはこう語ります。「35mmで撮影することをプロデューサーたちに納得させたのはアンドリューにとって大きな収穫でしたし、私は贈り物をもらったような気分になりました。フィルムの有機的な質感と衣装や小道具の組み合わせは幻想的な雰囲気を描き出し、記憶や郷愁といったテーマを視覚的に扱うための素晴らしい方法でした」
「私は学生時代に映画学校でフィルム映画をたくさん撮りましたし、プロとして数多くのCMやミュージックビデオ、短編映画を手がけてきましたが、フィルムで長編劇映画を撮るのは今回が初めてでした。そのため、フィルム撮影の手順をある程度思い出さなくてはなりませんでした。例えば、撮影した結果を確認するまで一晩待つ必要があることなどです。しかし最初にラッシュを見た時、その素晴らしい色彩とフィルム固有の質感に魅了され、これは待つ甲斐があるなと思いました。映像はとても美しく、このプロジェクトにぴったりだと感じ、苦労が報われましたね」
『異人たち』より Photo by Chris Harris. Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ラムジーによれば、照明の環境と時間帯に応じてフィルムを使い分けることで、フィルムタイプを選択する工程を簡素化させたといいます。
「夜の屋内外のシーンはすべて500Tで撮りました。夜明けと夕暮れの屋内外のシーンは250Dで、日中の屋外のシーンは50Dで撮影しています。特別な設定は何もしていません。各フィルムはノーマルで露光し、ラボで増減感もしませんでした」
『異人たち』は、いち早くライブLEDウォールを背景に使用した映画の1つです。高さ約15メートル、幅約36.5メートルの画面がアダムのマンションの窓から約4.5メートル先に、緩やかなカーブを描くように配置され、セットの上部と周囲にはたくさんのモダンなLED器具が取り付けられ、作品にふさわしい照明のムードを作り出しました。
『異人たち』より Photo by Chris Harris. Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ラムジーはLEDウォールの背景のために、ストラトフォードのマンションで48時間かけて8Kのデジタルプレート(デジタル撮影の背景)を撮影しました。「マンションの一室に高解像度のカメラを設置したのですが、その日の異なる時間帯で様々な天気が見られるという思いがけない幸運に恵まれました」
「背景画やリア投影も試しましたが、創造性と実用性の面で、どちらも納得のいく効果を発揮しませんでした。フィルムはLEDウォールを使って撮影するのに非常に適していると思います。アナログ技術ならではの有機的な粒子の質感や色調とコントラストの滑らかさがデジタルの冷たさを和らげ、調和をとってくれるのです」
アダムが居る2つの世界の微妙な違いを描くラムジーのアプローチは、照明のウォーレン・ユエンが監修した繊細な照明の使い方によって支えられていました。
『異人たち』のジェイミー・ベル(左)とクレア・フォイ Photo Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
「準備期間中、私はアンドリューに照明のオプションをいくつか提示し、数週間かけて改良していきました」とラムジーは言います。「アンドリューが重視していたのは、アダムのマンションは現在の孤独な彼の存在を表現しているということです。彼は、もう少しひんやりとした雰囲気にするよう言いました。そこで私は、LEDの灯具を中心に、蛍光灯とネオン管もいくつか加えた照明設備を用意したのです。LEDウォールを背景に撮影していたので、アナログとデジタルの融合によって独特の表情が生まれ、アンドリューはそれを大変気に入りました」
「アダムが両親の家を訪れるシーンでは、昔ながらのアナログ照明で表現したいと思いました。古いタングステン電球や白熱電球を使って登場人物を幻想的な光で包み込み、映像に追憶と郷愁の感覚を吹き込みました」
「アダムの両親が過去からやって来た幽霊だという感覚を想起させるために、私は窓から強く白い逆光を当てることを提案しました。その異世界の輝きは、両親が窓を通り抜け、今にもアダムの前から去ろうとしていることを表すのに役立ちました」
『異人たち』のポール・メスカル(右)とアンドリュー・スコット Photo Courtesy of Searchlight Pictures. Ⓒ 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
「ナイトクラブのシーンを撮影した時は、LEDの灯具、ミラーボール、ステージ照明を組み合わせて自分たちで空間全体を照らし直し、照明をコントロールして本物のディスコにいるような感覚をもたらしました」
ラムジーはこう締めくくります。「アンドリューは私が長年にわたって尊敬してきた映画監督で、ストーリーテラーとしての彼の感性が大好きです。制作中、私たちは意気投合し、このプロジェクトはお互いにとってカタルシスをもたらすものになりました。私はフィルムで撮影した仕上がりをとても気に入っています。人間らしさとは何かを示すことができたのです」
『異人たち』
(4月19日より全国公開中)
製作年: 2023年
製作国: イギリス
原 題: All of Us Strangers
配 給: ディズニー
公式サイト: https://www.searchlightpictures.jp/movies/allofusstrangers