2024年 7月 9日 VOL.227
マーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』 ― コダックの35mmフィルムを軸に、撮影監督 ロドリゴ・プリエトのカメラが伝統を尊重し、欺瞞を描き出す
マーティン・スコセッシ監督作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』より Photo by Melinda Sue Gordon. Courtesy of Apple.
メキシコ人の撮影監督 ロドリゴ・プリエト(AMC、ASC)が、高い評価を受けたマーティン・スコセッシ監督の時代物サスペンス『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』をコダック 35mmのカラーと白黒フィルムを基盤として撮影。オセージ族の伝統に敬意を表し、致命的な欺瞞を描くさまざまなルック(映像の見た目)を生み出しました。
2017年に出版されたデイヴィッド・グランのベストセラーノンフィクション『花殺し月の殺人 ― インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』を原作としたこの映画の筋書きは、1920年代にオクラホマ州のオセージ族居留地で、部族の土地に石油が発見され、彼らの富が奪われた後に実際に起こった、複数の先住民族の凄惨な殺人事件を中心としています。
製作費は推定2億ドル、壮大なアナモフィック・ワイドスクリーンのアスペクト比で表現された本作は、スコセッシがエリック・ロスとの共同脚本をもとに監督・製作しました。ロバート・デ・ニーロ演じるウィリアム・ヘイルは、オセージ族から富を奪うため、残忍なまでに手段を選ばない陰謀を画策する男。レオナルド・ディカプリオは、叔父ウィリアムの言いなりになる無気力な甥アーネスト・バークハート役を演じています。また、リリー・グラッドストーン扮するモリーは、アーネストが恐ろしい手段を用いて莫大な財産をだまし取るためだけに結婚したオセージ族の女性です。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の撮影中のスナップ。左からレオナルド・ディカプリオ、マーティン・スコセッシ監督、撮影監督 ロドリゴ・プリエト Photo by Melinda Sue Gordon. Courtesy of Apple.
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』が2023年5月にカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、10月にパラマウント・ピクチャーズとアップル・オリジナル・フィルムによって劇場公開されると、スコセッシの演出、主演俳優陣の演技、そしてプリエトの撮影技術が世界中の批評家たちから絶賛されました。この映画はアカデミー賞の10部門にノミネートされ、プリエトは本作品で名誉あるアカデミー賞をはじめ、BAFTA、ASC、BSCの各賞にノミネートされました。
メキシコで初期のキャリアを築いたプリエトは、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『アモーレス・ペロス』(2000)で一躍国際的な評価を獲得し、カメリメージで権威あるゴールデン・フロッグ賞を受賞しました。『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)、『沈黙 サイレンス』(2016)、『アイリッシュマン』(2019)に続く、スコセッシ監督との4度目のコラボレーション映画であり、アン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』(2005)、『沈黙 サイレンス』、『アイリッシュマン』と並ぶ彼の4度目のアカデミー賞ノミネートとなりました。これらの作品は全てコダック 35mmフィルムで撮影されています。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の制作準備として、また、映画の中で時代や場所や人々を正確に描写するために、スコセッシとプリエトを含む制作チームの多くは、オセージ族の指導者、地元のコンサルタント、文化アドバイザーのメンバーたちと時間を過ごしました。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の主要な撮影は、連邦政府によって認知された先住民族であるオセージ族の居留地があり、恐ろしい事件が起きたオセージ郡周辺のロケ地で、2021年4月から10月にかけて行われました。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を撮影するマーティン・スコセッシ監督(右)と撮影監督 ロドリゴ・プリエト Photo by Melinda Sue Gordon. Courtesy of Apple.
パフスカの町には、さまざまな商業用店舗の新しいファサード(建物の正面だけのセット)が建設され、路面を覆うために大量の土砂が必要でした。主要な登場人物の家は、内外装や色調を可能な限り正確に、更には、撮影のために太陽光を最大限に利用でき、オセージ族の儀式における太陽の位置を尊重するような向きで、この映画のために特別に建てられました。
プリエトは、本作に対する彼の美学的アプローチについて次のように語っています。「マーティンは、オセージ族に敬意を払いながら、力強くパワフルな物語を視覚的にリアルな方法で伝えたいと望んでいました。そこで私は、『アイリッシュマン』を撮影した時に彼に提示したアイデアに立ち返りました。それは、当時のスチール写真を通してある時代の記憶を呼び起こすという考えでした。私は、実際のスチール写真から視覚的なインスピレーションを受け、カメラが光に対してどの位置にあるかを観察するのが好きなのです」
「私は、デイヴィッド・グランの本を読むなど、その時代について多くのリサーチをしました。美術部門のスタッフも同様で、彼らは驚くほどたくさんの写真を集めてきました。映画の中で目にする全てのセット、美術や照明のあらゆる部分が、それらの古い写真に基づいています。それは、私の仕事の初期段階において大変役に立ちました」
マーティン・スコセッシ監督作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の撮影監督 ロドリゴ・プリエト Photo by Melinda Sue Gordon. Courtesy of Apple.
プリエトはこう続けます。「色彩や、フィルム上に色彩を作り出す初期の技法について調査する中で、1903年頃にリュミエール兄弟によって発明されたオートクロームの淡い色調が、私にとって視覚的に非常に魅力的でした。ヨーロッパから輸入された写真技法なので、アーネスト・バークハート、ウィリアム・キング・ヘイル、そしてヨーロッパ移民の子孫たちが登場するシーンにふさわしいルックになるだろうと思いました」
「更にリサーチを重ね、特にオセージ族の人々と共に過ごすうちに、私は、彼らの世界観がいかに自然と結びついているか、また彼らの生活や儀式における太陽の重要性を深く理解するようになりました。それで、これらの場面のルックは、自然主義的な方法で色彩を再現するべきだと考えたのです。まさに、コダックのプリントフィルムに焼き付けられるコダックのネガフィルムがそうであるようにね」
プリエトはこう付け加えます。「モリーの妹の家が爆発し、アーネストの罪悪感と戸惑いが深まる時には、特に深い黒味と抑えられた色彩を持ち、コントラストが強いテクニカラーの「ENR処理」のルックに切り替えました。この映画は実際の出来事を描写するので、私たちは、冒頭には手回しのニュース映画の映像を、ラストにはオセージ族の物語を伝えるラジオ番組も入れたいと考えていました」
マーティン・スコセッシ監督作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』より Photo by Melinda Sue Gordon. Courtesy of Apple.
本作をアナログで撮影したことについて、プリエトは次のように語っています。「マーティンは常にフィルムを好みますし、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』が35mmフィルムで撮影されることに疑いの余地はありませんでした。フィルムには、風景や自然のショットにインパクトを与える色彩の深み、さまざまな顔の肌色のニュアンスを表現する色の忠実さ、観客の感情的反応を呼び起こす質感があるのです」
広範囲に及ぶテストの後、プリエトはアリカムSTとLTの35mmカメラで撮影することに決め、レンズの第一人者であるダン・ササキがオートクロームのルックを模倣するために改良したパナビジョン Tシリーズのレンズと、殺人事件の被害者のショットを撮影するためにペッツバールのアナモフィックレンズを使用しました。映画で重要な役割を担う手回しのニュース映画の映像は、スコセッシ自身が所有している1917年製ベル&ハウエル 35mmカメラを使って撮影されましたが、そのカメラを制作環境に適応させるため、パナビジョンによる修理と調整が必要でした。また、超低照度撮影と空撮の数シーンではデジタルカメラが使用されました。
マーティン・スコセッシ監督作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』より Photo by Melinda Sue Gordon. Courtesy of Apple.
「私の知る限り1920年代のアナモフィックレンズは存在しませんし、現代のアナモフィックレンズの鮮明さは当時の描写と調和しないだろうと思っていました」とプリエトは言います。「私が望む当時のスタイルのルックを実現するために、ダンはTシリーズのレンズを調整し、映像、とりわけ炎がソフトに、暖かくなるようにコーティングを変更しました」
「ダンは賢明にもペッツバールのアナモフィックバージョンも作り、背景に緩やかな渦巻きのようなカーブを与えてくれたので、殺人事件の被害者を撮影する際、独特の視覚的な強調を生み出すのに役立ちました」
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の撮影現場
プリエトは、最終的なポストプロダクションで作品のさまざまなルックを生み出す基盤として、4種類のコダック VISION3の35mmフィルムを選択しました。具体的には、日中の屋内外のほとんどのシーンには250D 5207、オセージ族のいくつかの儀式の屋外撮影には50D 5203、夜のシーンとタングステン照明で照らされた屋内のシーンには500T 5219、ニュース映画の映像にはイーストマン ダブル-X 5222の白黒フィルムを使用しました。
フィルムの現像、デイリー、4Kスキャンはロサンゼルスのフォトケムで行われ、最終的なカラーグレードはCompany3でイヴァン・ルーカスが仕上げました。イヴァン・ルーカスは、プリエトの重要な共同作業者として、テストの最も早い段階からさまざまな美しさを創り出すことに協力しました。
「フィルムでの撮影はとても楽しいです」とプリエトは言います。「私は今でもフィルムの色彩が視覚的に最も満足できるものだと感じています。フィルムの映像には、コントラスト、粒子のランダムさ、シャドウとハイライトのディテールの再現の仕方など、LUTを使ってもデジタルでは作り出せないものがあるのです。ですから、実際35mmフィルムで撮影することは、この作品の最終的な仕上がりに不可欠でした」
「例えば、250Dはカメラの前にあるものを作為的な邪魔が入ることなく忠実に再現し、ウィリアム・ヘイル、アーネスト、そして彼らの仲間が登場するシーンでは、オートクロームのルックが作り出す、魅力的で純粋に人の心をつかむ雰囲気の土台となりました」
マーティン・スコセッシ監督作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』より Photo by Melinda Sue Gordon. Courtesy of Apple.
「50Dは明るい日中の場面に優れており、豊かな色彩、コントラスト、ディテールにあふれ、自然、壮大な風景、オセージ族の儀式を描写するのに最適でした。ダブル-X 5222の白黒ネガティブの色調とコントラストは、ニュース映画の映像に本物のルックをもたらしてくれましたが、それをデジタルで模倣するのは実に難しいのです。そしてもちろん、500Tは汎用性が高く、昼夜を問わず屋内外のあらゆるシーンで使える主力のストックです」
プリエトは、彼のカメラと照明のチームを絶賛しています。「Aカメラ/ステディカムにはスコット・サカモトを起用しましたが、彼は本物の名オペレーターであり、私たちがデザインした長回しのシングルショットでは特に良い仕事をしてくれました。彼を見事にアシストしたのはフォーカスでは並ぶ者がいないトレバー・ルーミスですが、トレバーはベル&ハウエル 35mmカメラの手回し操作もしてくれました」
「グリップチームを率いて多くのセットアップでドリーやトラック、クレーンを操ったドナルド・レイノルズ、そしてオセージ族には共感的な照明を、ウィリアム・ヘイルやアーネストや彼らの極悪非道な行動にはより陰影のある、不快なほど強い、時には極めておぞましい照明を当てるスキルを持つガファーのイアン・キンケイドがいてくれたことは幸運でした。また、ダレン・ルーが撮影したセカンドユニットの監督を務めたエレン・クラス(ASC)にも感謝しなければなりません」
本作の撮影経験を振り返り、プリエトは次のように締めくくります。「私をシネマトグラファーとしてだけでなく、人間としても成長させてくれた、複雑でパワフルな経験でした。私はマーティンを大変尊敬していますし、さまざまな感情体験を呼び起こすためにさまざまな視覚的ルックを創り出すという挑戦を心から楽しみました。今回も私たちはフィルムと、ドラマチックなストーリーテリングを支えるフィルムの力を信じ、私自身もマーティンも非常に満足のいく結果を残すことができました」
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
製作年: 2023年
製作国: アメリカ
原 題: Killers of the Flower Moon
配 給: 東和ピクチャーズ