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2024年 7月 24日 VOL.229

撮影監督エレーヌ・ルヴァールが35mmと16mmおよび異なるアスペクト比を織り交ぜて魅惑的な効果をもたらしたアリーチェ・ロルヴァケル監督作『墓泥棒と失われた女神』

ジョシュ・オコナー主演、アリーチェ・ロルヴァケル監督作品『墓泥棒と失われた女神』より Image Ⓒ Tempesta SRL.

フランス人の撮影監督、エレーヌ・ルヴァール(AFC)は、高い評価を受けたアリーチェ・ロルヴァケル監督の『墓泥棒と失われた女神』をコダックのフィルムで撮影し、35mmと16mmの撮影フォーマット、異なるアスペクト比を巧みに組み合わせて、現実とファンタジーを融合させました。

映画の舞台は1980年代のイタリア・トスカーナ地方。主人公のアーサーはかつて尊敬を集めた考古学者で、風采の上がらないチェーンスモーカーのイギリス人です。刑務所を出所したばかりの彼は電車で田舎町へと帰ります。その町で「トンバローリ(墓荒らし)」の仲間たちと古代エトルリア人の地下墓地をあさり、埋葬品を売りさばいて日銭を稼いでいます。

アーサーは、彼がかつて愛した女性で、今は行方知れずとなり死んだと思われるベニアミーナの夢を見て、彼女の年老いた病身の母フローラを訪ねます。フローラは古びた邸宅で強欲な娘たちに囲まれ、若い家政婦のイタリアを頼りに暮らしていますが、実はイタリアは屋敷内で2人の子供を秘かに育てているのでした。アーサーは死後の世界でベニアミーナと再び結ばれたいと願いますが、言い伝えによると、地中に隠された来世へと繋がる扉があるというのです。しかし、死後の世界に深く魅了されながらも、アーサーはイタリアとの出会いを通して、現実の世界にしかないかけがえのないものに気づき始めます。

アリーチェ・ロルヴァケル監督作品『墓泥棒と失われた女神』より Image Ⓒ Tempesta SRL.

『墓泥棒と失われた女神』は2023年カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、輝かしい歴史を持つ国イタリアをまるで宝物庫のように描き出したロルヴァケル監督の手腕が高く評価されるとともに、リアリズムとマジックリアリズムを刺激的に融合させたルヴァールの変幻自在な撮影スタイルも称賛されました。

撮影は2022年の冬と夏にそれぞれ5週間にわたり、かつてエトルリア文明が栄えた地域周辺で行われました。ロケ地は、トスカーナ州南部にある丘の町モンタルチーノやアシャーノ=モンテ・アンティコ鉄道、ラツィオ州北部のタルキニアやブレーラ、サン・ロレンツォ・ヌォーヴォ、チビタベッキア、ウンブリア州のカステル・ジョルジョなど。この地域には地下トンネルや地下墓地が数多く遺されていますが、立ち入りが制限されているため、地下のシーンのいくつかは特設のセットで撮影されました。撮影は他に、フラスカ海岸やその近くにあるトーレ・ヴァルダリガ北石炭火力発電所でも行われています。

『墓泥棒と失われた女神』を含め、ルヴァールはロルヴァケルと何度もタッグを組んできました。2人はこれまでに、青春ドラマ『天空のからだ』(2011)と、2014年カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『夏をゆく人々』(2014)を16mmフィルムで制作。2015年の短編『De Djess(原題)』では35mmフィルムを使用し、大絶賛を浴びた『幸福なラザロ』(2018)は16mmフィルムで撮影しました。

『墓泥棒と失われた女神』の撮影監督 エレーヌ・ルヴァール(AFC) Photo by Simona Pampallona.

「アリーチェの脚本はいつも興味深く、本作は現実の世界と死後の世界、その中間を描く物語に強く好奇心をかき立てられました」と、ルヴァールはロルヴァケルと『墓泥棒と失われた女神』について初めて話し合った時のことについて語っています。「作品を作る時、私たちは常にストーリーを視覚的にどう語るかを考えます。『天空のからだ』では完全な手持ち撮影を行い、『夏をゆく人々』は手持ちながらよりブレの少ないスタイルで撮影し、『幸福なラザロ』はラザロの目を通して物事を見るため、大部分を客観ショットで構成しました」

「私たちは本作で何か新しいことに挑戦したいと思っていました。完全な手持ちやイージーリグを使った手持ち、三脚とドリー、単焦点とズームレンズの使い分けといった様々な撮影技法をミックスし、これまでになく生き生きと流れるような映像を撮りたかったのです」

「また、アーサーの日常の描写と、地下での出来事やアーサーの鬱々とした幻想の描写をそれとなく区別する方法も模索していました。アリーチェと何度か話し合ったのち行き着いたのが撮影フォーマットをミックスするというアイデアです。つまり、日常生活のシーンは16mmフィルムを使いアスペクト比1対1.66のスーパー16で撮り、古代エトルリアやその霊魂にまつわるシーンは35mmフィルムを使い1対1.85で、そしてアーサーの白昼夢やベニアミーナの記憶のフラッシュバックや回想シーンは16mmフィルムを使い、1対1.33のスタンダード16で撮影しようと決めたのです」

アリーチェ・ロルヴァケル監督作品『墓泥棒と失われた女神』より Image Ⓒ Tempesta SRL.

撮影監督のルヴァールによると、本作のために参照した映像資料はわずかしかなく、フェデリコ・フェリーニ監督の『フェリーニのローマ』(1972、撮影監督ジュゼッペ・ロトゥンノ(AIC))を見て、掘削作業によって開けられた地下墓地のフレスコ画が新鮮な空気に触れて崩れるシーンを参考にしたぐらいだと言います。ロルヴァケルとルヴァールのリサーチの主眼は、エトルリア文明を研究し、ローマやタルキニアにある博物館の歴史的遺物や彫刻を徹底的に調べることによって遠い過去への理解を深めるとともに、現代の墓荒らしの動機や精神性をつかむことにありました。

撮影の間ずっとカメラを操作したルヴァールは、メイン機として16mmフィルムカメラのARRIFLEX 416と35mmフィルムカメラのARRICAM LTを採用し、アーサーの幻想シーンの撮影では16mmフィルムカメラのBolex Paillard H16 REX3 Reflexを使いました。16mmフィルムカメラで使用したレンズは単焦点のツァイスウルトラプライムのシリーズで、35mmフィルムで撮影する際の選択肢としてコンパクトなARRI Alura T2.8 15.5-45mmと、Alura StudioのT2.6 18-80mm、T2.6 45-250mmも追加されました。撮影機材はローマのD-Visionが供給しました。

「『墓泥棒と失われた女神』の撮影は主に、私の操作するカメラ1台のみで行いました」とルヴァールは話します。「ARRIFLEX 416とウルトラプライムレンズの組み合わせで生まれる映像はすばらしく、また、電車や町のお祭りのシーンなど日常の風景を自在に撮ることができる機敏なカメラパッケージを構築しました。なお、お祭りのシーンでは雑踏の中で人物の顔を捉えるため、2台目の16mmフィルムカメラも導入しています。同じカメラとレンズの組み合わせでフローラの家の中のシーンを撮った時は、もっと落ち着いた舞台劇のようなアプローチに切り替えることも簡単にできました」

イタリア役のカロル・ドゥアルテ(左)とアーサー役のジョシュ・オコナー Image Ⓒ Tempesta SRL.

「一方、アーサーが古代の遺物を探したり、エトルリアについて話したりするシーンでは、35mm 3パーフォのフィルムカメラ ARRICAM LTに切り替えて撮影し、日常生活のシーンと微妙に違って見えるようにましたが、フレ―ミングやカメラの動きは大きく変えていません。夜のシーンはすべて35mmフィルムで撮影しました。夜の撮影、特に、街灯がなく自分たちで通りを照らさなければならないような田園地方の屋外での撮影では、35mmフィルムが最もすばらしくその瞬間瞬間を捉えることができると分かっていたからです」

冬季の制作期間中に撮影された日中と夜間、屋内外のすべてのシーンでコダックのVISION3 500T 5219(35mm)、または7219(16mm) カラーネガティブフィルムを使用しました。夏季の撮影では、それに加えてVISION3 250D 5207(35mm)と7207(16mm)を追加しました。フィルムの現像と4Kスキャンはローマのアウグストゥス・カラーで行われ、カラリストのトーマス・ブフィウルーが最終のカラーグレーディングを担当しました。

フィルムの選択について説明しながらルヴァールはこう語ります。「冬の撮影では暗がりや弱い光の屋外、また夜の屋内シーンも多かったため500Tだけを使いました。このフィルムであればHMIやLEDライト、ろうそく、焚き火など、さまざまなタイプの照明に応じて十分な露出が得られると思ったからです。日中のフローラの邸内のシーンなど、暗い室内の細部と窓の外の空とのバランスを取りたい場合はラボでフィルムの減感現像をすることもありました。日中の屋外シーンを500Tで撮影する場合はNDフィルターを使って対応しました。1タイプのフィルムストックのみであれば、ずっと楽に、かつ迅速に対応できます」

アリーチェ・ロルヴァケル監督作品『墓泥棒と失われた女神』より Image Ⓒ Tempesta SRL.

「夏の撮影では、明るい太陽の光の下で屋外のシーンを撮影することが多かったので250Dが頼りになりました。500Tと250Dは両方ともロケ地の自然の色合いや人の肌色をうまく捉えることができ、35mmと16mmどちらのフォーマットとも非常に相性がいいのです。また、アリーチェと私は16mmで捉えるアーサーの幻想やフラッシュバックのシーンが有機的で質感があり、感情がこもっていて、とても気に入りました」

ルヴァールの撮影チームは、ファースト カメラアシスタントのエレナ・デグランドコートを筆頭に、カメラオペレーターのイリヤ・サペアとティツィアーナ・ポリが必要に応じて応援に入りました。キーグリップはカルロ・ポスティリオーネとダニエレ・ポスティリオーネ。冬季の撮影のガファーはマリアンヌ・ラムールが務め、エルンスト・ブルーナーは夏季の撮影でガファーを担当しました。

ロルヴァケルの好みに合わせ、ルヴァールは照明において基本的に自然な手法を取りましたが、時には現実離れした雰囲気を醸し出すため強いルックにこだわりました。

『墓泥棒と失われた女神』の撮影監督 エレーヌ・ルヴァール(AFC) Photo by Simona Pampallona.

「屋外では自然光で撮影しましたが、アーサーが電車で家に向かうシーンでは幸運なことに太陽の光が車両に降り注ぎ、キラキラと輝いていました」とルヴァールは語ります。「フローラの邸宅の暗い部屋のような日中の屋内撮影では9kWや18kWのHMIライトを外に設置し、シーンの時刻設定に応じて照明を直射したり光を拡散させて照らしたりしました。それから、様々な種類のLEDライトでもう少し柔らかい光を当ててライティングを作っていったのです。例えば、カメラに取り付けた小型ライトRosco Dash、カーペットライトやAsteraのチューブライトを室内に設置したりしました。こういった照明機材はすべてiPadで簡単に操作できます」

「アーサーと墓荒らしの仲間が暗い洞窟を探索するシーンでは、俳優たちに小さなLEDトーチと本物のろうそくを持ってもらい、できるだけ顔に近づけていてほしいと頼みました。しかし、背景が完全な暗闇になっては困るので、ARRI L5とL7のフレネルスポットライトを使い、慎重に少量の光を足しています。お祭りのあとの夜のダンスシーンでは実際の焚き火をメイン光源としましたが、火を背にした逆側を撮る際は明暗の差をなくすため、いくらか照明を足しました」

『墓泥棒と失われた女神』に携わった日々を思い返しながら、ルヴァールはこう締めくくります。「アリーチェは私の良き友人ですが、彼女との協働は私に新たなすばらしい経験をもたらしてくれました。フィルムで再び撮影できたこともうれしかったです。いつも素晴らしいデイリーが上がってくると安心していましたし、完成した作品を見れば、フィルムが物語を語るのにどれほど適しているか伝わると思います」

(英語原文:2024年4月15日発信 Kodakウェブサイトより)

『墓泥棒と失われた女神』

 (7月19日より全国順次公開中)

 製作年: 2023年

 製作国: ​イタリア/フランス/スイス

 原 題: La chimera

 配 給: ビターズ・エンド

​ 公式サイト:  https://www.bitters.co.jp/hakadorobou/

予告篇
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