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2024年 10月 11日 VOL.233

コダック 35mmフィルムを駆使して撮影監督のロビー・ライアンが鮮やかに捉えたカラフルで不条理なヨルゴス・ランティモス監督作『憐れみの3章』

『憐れみの3章』より、エマ・ストーン(左)とジョー・アルウィン Photo by Atsushi Nishijima. Courtesy of Searchlight Pictures. ⓒ 2024 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

カラーと白黒のコダック 35mmフィルムを使い、撮影監督のロビー・ライアン(ISC BSC)はヨルゴス・ランティモス監督のアンソロジー長編映画『憐れみの3章』に鮮やかなルックを創り出しました。本作は権力、従属、自由意志について緩やかに繋がった3部作の風刺劇で、それぞれに示唆に富んだ予期せぬ展開があり、物事は決して見かけ通りには進みません。

「3部作の寓話」と評される本作の第1話である「R.M.F.の死」は、支配的な上司から自分の運命を取り戻そうとする会社員の物語です。第2話の「R.M.F.は飛ぶ」は、失踪したと伝えられた後に帰ってきた妻のことを、実は偽者ではないかと疑う警察官を描いています。最終話の「R.M.F.サンドイッチを食べる」は、死者を蘇らせることができる女性を探す2人のカルト教団員を中心に展開します。

『憐れみの3章』にはエマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、ホン・チャウ、ジョー・アルウィン、ママドゥ・アティエ、ハンター・シェイファーが出演しています。2024年のカンヌ国際映画祭でワールドプレミアが行われ、プレモンスが最優秀男優賞を受賞し、批評家から高い評価を得ました。4パーフォレーションのワイドスクリーンで撮影された本作は、ライアンにとってランティモスとの3度目のコラボレーションになります。2人はこれまでも35mmフィルム撮影の『女王陛下のお気に入り』(2018)、『哀れなるものたち』(2023)でタッグを組んでいます。後者の作品はアカデミー賞で4部門を受賞し、ライアンは撮影賞にノミネートされました。

『憐れみの3章』の撮影現場にて Photo by Atsushi Nishijima.

『憐れみの3章』が肯定的に受け止められたことについて、ライアンは次のように説明します。「本作の3つの物語にはそれぞれ含蓄に富んだテーマがたくさん含まれていて、この作品は観客を釘付けにします。鑑賞後に考察のための材料を与える作品でもあります。私は考えさせられる作品が大好きですが、ヨルゴスの作品はいつもそうさせてくれます」

ライアンは、パリの売春宿でランティモスから『憐れみの3章』について初めて聞いた時のことを思い出して笑います。そのパリの売春宿とは『哀れなるものたち』の撮影セットのことです。

「すぐに興味を持ちました。最初に読んだ脚本では、3つの物語が同時に進行していました。しかし数ヵ月後に次の原稿が届くと、作品の構成が3つの独立した物語に変わっていて、それぞれの物語で人間関係における権力闘争の異なる側面が明確に示されていたのです」

『憐れみの3章』の撮影現場にて Photo by Atsushi Nishijima.

「とは言え、ヨルゴスと私は普段ストーリーやテーマについてあまり話をしません。技術的なことや撮影方法について話すことが多いです。『憐れみの3章』は『女王陛下のお気に入り』や『哀れなるものたち』とはかなり撮影スタイルが変わる予定でした。例えば彼は、アナモフィックレンズを使ったワイドスクリーン撮影をしたがっていました。これまで私たちが取り入れてきた極端な広角撮影ではない方法で、登場人物をクローズアップしたいと考えていたのです」

視覚的な参考としては、ランティモスは写真撮影が好きで、準備段階から常に美的観点からじっくり考えるためのイメージを提示するのだとライアンは言います。例えばストリートフォトやポートレートを撮る写真家ジュディス・シー・クラシンスキーの写真などです。クラシンスキーは日々の情景に隠された物語や奇妙な美しさを浮かび上がらせるわずかな瞬間を捉えることで知られています。ランティモスはまた、今村昌平のような人間存在という幻想に疑問を投げかける日本の映画監督の作品も参考にしたと言いますが、ライアンは次のように付け加えます。「これらの参考作品は、個々のシーンの特定の瞬間に合わせてカメラをどこに配置し、どのように動かすかという話し合いの基盤になりました。ヨルゴスが描きたかったのは現実世界の状況です。物事が当たり前のように見える一方で、必ずしも当たり前ではない何かが湧き起こっているという状況です」

『憐れみの3章』の撮影は2022年の9月から12月にニューオーリンズ周辺で行われ、3部作の3つの物語が連続して撮影されました。

『憐れみの3章』の撮影現場にて Photo by Atsushi Nishijima.

「ニューオーリンズはとても興味深い街で、素晴らしいロケ地がたくさんあり、映画撮影には最高の場所です。ヨルゴスは色彩とコントラストを必要としていましたが、この街にはそのすべてが豊富にあります」とライアンは言います。

「各ストーリーの撮影期間はそれぞれ2週間半ずつしかなかったので、タイトなスケジュールに合わせるために、カメラ1台とわずかな照明というかなりシンプルな撮影スタイルで臨みました。このやり方は楽しく新鮮でした。『哀れなるものたち』とは違い、スタジオで何百もの照明を使って、ヨルゴスが作品の世界観を構築するすべてのアイテムにチェックを入れなくてはならないような環境を作る必要がなかったからです。私たちはとても良い場所を見つけ、カメラの前のあらゆる物をはるかに素早くセッティングして撮影することができました」

『憐れみの3章』はワイドスクリーン、アナモフィックレンズのアスペクト比で撮影されました。ライアンは主にパナビジョンのプリモレンズとCシリーズのレンズを搭載したARRICAM STカメラを使用し、さらにATLAS ORION アナモフィックレンズとCOOKE  アナモフィックレンズを追加して撮影しました。カメラとレンズはパナビジョン・ロサンゼルスから提供され、機材の調整はパナビジョン・ニューオーリンズで行われました。

「撮影は1台のカメラで行ったのですが、私はARRICAM STを選択しました。上部にフィルムマガジンを取り付けることができるおかげで、狭い空間や限られたスペースでの撮影が格段にやりやすかったです。そういった場所では隅に押しやられることが多いのです」とライアンは明かします。

『憐れみの3章』より、(左から)マーガレット・クアリー、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー Photo by Atsushi Nishijima. Courtesy of Searchlight Pictures. ⓒ 2024 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

「車の衝突が伴うスタントシーンの1つは4台のカメラで撮影しました。ARRICAM STを2台、ARRICAM LTを1台、そしてスローモーション撮影用のARRIFLEX 235 35mmフィルムカメラを1台です。また、エマが安全に演技できるように低めのビスケット・リグを使ってハイスピードな運転シーンを撮影しました。ただし、それ以外はドリーやトラック、スティックなどを使う昔ながらのスタイルで1台のカメラで撮影し、クレーンやカメラの移動装置などは使いませんでした。そのため、セットアップの変更が効率よく進みました」

ライアンはランティモスとの以前の協業から、撮影スタイルの変化について、こう説明します。「常に新しいことに挑戦したがるヨルゴスは、1:1.85で撮影した『女王陛下のお気に入り』や、1:1.66で撮影した『哀れなるものたち』のような超広角かつ狭いアスペクト比から離れたいと考えていました」

「彼は『籠の中の乙女』(2009、撮影監督:ティミオス・バカタキス(GSC))以来、しばらくアナモフィック撮影の作品を手掛けていませんでした。本作はアメリカを舞台にしているため、たとえ作品が内省的で、風景や複数の人物が登場する場面より室内にいる個人をクローズアップするカメラワークが多いとしても、彼はアナモフィックレンズがもたらす映画的な美学が必要だと感じていたのです」

そういった理由で、ライアンは様々なアナモフィックレンズで相当なテストを行い、映像をどう解像するか、特に鮮明さとフォーカスの違いについて調べました。

『憐れみの3章』より、ホン・チャウ(左)とジェシー・プレモンス Photo by Atsushi Nishijima. Courtesy of Searchlight Pictures. ⓒ 2024 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

「多くのアナモフィックレンズでは映像の上部と下部のフォーカスが合わなくなるという問題があり、ヨルゴスはそれを嫌がりました。パナビジョン プリモ アナモフィックレンズにはこの問題がないので最適でした。このレンズは画面の端のゆがみが僅かしかなく、約2.5フィート(76センチ)まで接写できることに加えて、コントラストが高く、全域でT2.0の明るさがあります」

「パナビジョン Cシリーズのアナモフィックレンズを追加することで、レンズパッケージの足りない部分を補完しました。このレンズはダン・ササキとパナビジョン・ウッドランドヒルズのレンズチームによって17インチ(43センチ)まで接写できるよう、魔法のように調整されたものです。ヨルゴスが、パナビジョンのレンズで撮影可能な範囲よりも広く、もしくは狭く撮影したくなった場合に備えて、ATLAS ORION 21mmとCOOKE 25mmのアナモフィックレンズも備えておきました」

『憐れみの3章』の物語の核となる部分において、ライアンは3種類のコダック VISION3 35mmカラーネガフィルムを使用しました。50D 5203、250D 5207、500T 5219です。また、本作における夢のシーンにはイーストマン ダブル-X 5222 白黒フィルムを選択しました。フィルムの現像と4Kスキャンはロサンゼルスのフォトケムで行われ、最終のカラーグレードはロンドンのカンパニー・スリー社で、シニア・カラリストのグレッグ・フィッシャーが担当しました。その後、ロンドンのシネラボでいくつかの35mmフィルムプリントの制作を行いました」

「ヨルゴスはデジタルで撮影しません。自分の作品にとって何の役にも立たないと感じているからです。だから『女王陛下のお気に入り』や『哀れなるものたち』のように、本作もすべてフィルムで撮影しました」とライアンは言います。「ヨルゴスは色彩とコントラストを大切にしています。50Dは色彩とコントラストを豊かに表現してくれるので申し分ありません。もちろん感度の低いフィルムではあるのですが、ニューオーリンズでの撮影では屋外が常に明るく晴れていたので問題なく撮影できました。そして50Dで撮影した結果、素晴らしい仕上がりになりました」

『憐れみの3章』より、ウィレム・デフォー(左)とマーガレット・クアリー Photo by Atsushi Nishijima. Courtesy of Searchlight Pictures. ⓒ 2024 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

「私は低照度の屋外撮影や日中の車内撮影の一部で250Dを使用し、それ以外は屋内でも屋外でも、昼でも夜でも、ほとんどすべての場面において500Tを使用しました。500Tはまさに万能なフィルムで非常に汎用性が高く、デーライトフィルムによく調和しました」

この作品に登場する白黒の夢のシーンについてライアンはこう言います。「ヨルゴスは白黒撮影が大好きなので、いつか彼が白黒の35mmフィルムだけで映画を制作したとしてもまったく驚きません。ダブル-X 5222を選んだことで、本作の夢のシーンに美しく情緒的な雰囲気を創り出すことができました。その色調のコントラストと質感における見事なスケール感は決して期待を裏切りません」

制作中はオルガ・エイブラムソンとベネディクト・バルダオフがそれぞれファーストAC、セカンドACとしてライアンをサポートし、ビリー・ホールマンがフィルム・ローダーを務めました。ピーター・ツッカリニは水中シーンを撮影、ショーン・ディバインがグリップチームを率い、セルジオ・ヴィレガスが照明を務めました。

『憐れみの3章』より、ママドゥ・アティエ Photo by Yorgos Lanthimos. Courtesy of Searchlight Pictures. ⓒ 2024 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

「私たちはずっと移動していたので、スピードを重視するため、それぞれの場所にあった灯具と併せてできる限り自然光も活用しました」とライアンは言います。「照明のパッケージは小さく、6Kと9KのHMIに加え、ロスコ DMG SL1 SWITCHを使用しました。従来の蛍光チューブ管に代わる素晴らしいLEDライトです。また、DOTラウンドディフューザー付きのロスコ DMG Dash LEDライトも併用しました。これはきらびやかな目の光を創り出すのに非常に優れています」

ライアンは制作を振り返ってこう語ります。「ヨルゴスは素晴らしい作品を作るので、彼と一緒に仕事をするのはいつも楽しいです。撮影当日は綿密な計画があるわけではなく、それよりも自発性と彼のやりたいことに反応できるかどうかが大切です。毎日撮影場所が異なるため、実験をする余地はあまりありませんでしたが、私たちはみんなその仕事のやり方が好きで楽しみました」

「コダックや同社が支援する多くの映画製作者たちのことを喜ばしく思います。2024年のカンヌ国際映画祭では『憐れみの3章』やパルム・ドールを受賞した『ANORA』(監督:ショーン・ベイカー、撮影監督:ドリュー・ダニエルズ)など、フィルムで撮影された作品が数多く上映されました。フィルムは常に作品を良く見せますし、私の考えでは、フィルムで撮られた作品は大抵、より良い鑑賞体験をもたらすと思います」

(2024年6月19日発信 Kodakウェブサイトより)

『憐れみの3章』

 (9月27日より全国公開中)

 製作年: 2024年

 製作国: ​アメリカ/イギリス

 原 題: Kinds of Kindness

 配 給: ディズニー

​ 公式サイト:  https://www.searchlightpictures.jp/movies/kindsofkindness

予告篇
特別メイキング映像
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