2024年 10月 28日 VOL.234
荻上直子監督作品『まる』
― 撮影監督 山本英夫氏インタビュー
Ⓒ 2024 Asmik Ace, Inc.
『バーバー吉野』『かもめ食堂』『彼らが本気で編むときは、』の荻上直子監督が脚本を手がけ、2024年にデビュー27周年を迎えたKinKi Kidsとして国民的スターの顔を持ち、クリエイティブプロジェクト「.ENDRECHERI.」としても独自の道を切り開く堂本剛が27年ぶりに映画単独主演を務めた奇想天外なドラマ。
今号では、荻上直子監督と2度目のタッグを組み、全編16mmフィルム撮影を実施した撮影監督の山本英夫氏にフィルムでの撮影や現場についてお話をお伺いしました。
16mmフィルム撮影を選択された理由についてお聞かせください。
山本C:荻上直子監督がフィルムで撮りたいと望まれたのが一番の理由です。監督との前回の作品『波紋』(2023)はデジタル撮影でしたが、その時にもフィルム撮影の案は出ていたのですが、検討するには少し予算的に難しいだろうと断念した経緯があります。その後、今回のお話を監督からいただいた際に、前回よりは多少は予算がありますのでフィルム撮影を検討していきましょうという話になりました。プロデューサーにも強くフィルム撮影の話をして、フィルム撮影の場合とデジタル撮影の場合での予算の違いなどを十分に考慮してもらって、IMAGICAエンタテインメントメディアサービスとコダックが実施しているフィルム製作支援パッケージの話などをしました。プロダクション側は当初、デジタル撮影とは違ってフィルム代、現像代、スキャン代だけがフィルム撮影の場合にかかってくるという認識がなく、その分だけが追加になる旨を説明したところ、その程度の違いなら問題ないということで16mm撮影に決まりました。監督が、フィルム撮影に対して強いこだわりを持っている方で、デジタル的なものよりもアナログ的な手法の方が好みなのでご自身の作品はやはりフィルムで撮影したいという意思がおありでした。
荻上直子監督とご一緒されたきっかけを教えてください。
山本C:前回の『波紋』から今回が2作目なのですが、昔から私の作品を観ていだいていて、突然オファーをいただいたのがきっかけです。今回の作品は、監督から「青春キラキラムービーです」ということを初めに聞かされました。私もいろいろな作品歴があるのですが、その中でざっくりジャンル分けをすると、おそらく初めての世界観をもつ作品になっていると思います。アクションでもないし、恋愛でもないし、活劇でもないし、うまくジャンル分けができないと思いました。ですので、自分の中では不思議ちゃんの世界ということで、脚本を読んでいろんなことを考えてみて、これは初めてだなと思いました。内容については様々な捉え方ができると思いますが、観念的でもあるし、とはいえあまりそっちの方向に全て振っているわけでもないので、実に不思議な世界観の作品だと思っています。
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撮影期間と場所を教えてください。
山本C:撮影期間は約1ヶ月です。2024年1月15日にインして2月17日まで撮影しました。メインが横浜で、都内の数ヵ所でもロケを実施しました。アップした後で、5月に1日だけ追加で撮影がありました。劇中に蟻が出てくるのですが、この蟻に重要な役割があって、1匹のシーンは撮影できたのですが、列をなして群がっているシーンは暖かくならないと撮影できなかったんです。蟻を研究している京都工芸繊維大学の先生に相談して、わざわざ5月に蟻を持ってきてもらって撮影しました。蟻を行列にさせるには、数千匹からある種のホルモンを摘出する必要があるそうで、わざわざそのためにご苦労いただきました。1匹の蟻も、クローズアップは実写で、フィルムで撮影しているものもありますし、デジタル撮影でCG合成したカットもあります。
フィルムはVISION3 250D 7207と500T 7219で、メインは250Dでした。
山本C:イン前のテストで250Dと200Tをテストしました。500Tは使い慣れているフィルムタイプでしたし、あまりデーライトのフィルムを使用したことがなかったので、250Dは久しぶりだし使用してみたいと思っていました。200Tは想像通りの感じで優等生的なフィルムという印象でしたが、250Dの減感現像の画を見たときにこのフィルムは素晴らしいなと思いました。発色ももちろんデーライトタイプの発色を狙って撮っているのですが、今回、カラーライティングや、タングステン光の混じっている部屋で撮影するシーンがあり、そのシーンを減感現像したときの250Dの色の馴染み方が非常に良かったです。デジタル撮影だとミックス光の色味の境目が割とはっきりとしてしまう画になってしまうのですが、250Dの減感現像で16mmフィルムだと、多少の粒子感があって、レンズもちょっと柔らかいトーンが出るレンズを使用して、その曖昧さというか色の混じり方、発色の仕方がしっくりきました。すごく調和していて様々な色が混ざった感じがなんとも言えない絶妙なミックス具合で、すごく心地良かったのです。ハイエンドなデジタルカメラを使ったとしてもこの感じは出ないなと思いました。それで今回は250Dをメインでいこうとなりました。ほとんど減感で使っています。500Tはナイターと粒子感を強調したいシーンで、狙いで使用しています。
撮影機材、レンズの種類、またアスペクト比はどのように決められましたか?
山本C:キャメラはARRI 416 PLUSで三和映材社からレンタルしています。アスペクト比は1.85ビスタです。レンズはCOOKE S4シリーズで、私が希望したキャメラとレンズを三和映材社さんに多少無理をお願いして貸していただきました。いつも感謝しかないです。アスペクト比は監督とも話していて、いろんなフォーマットがある中で映画として観て違和感のないものを選びました。劇場で多く観るアスペクト比で特別な感じはしない方が良いという選択です。
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特に現場でこだわったシーンはございますか?
山本C:この映画の世界観を決めるという理由で、主人公の部屋のシーンですね。主人公の部屋は台本に「緑色の蛍光灯(サークライン)が点滅していて部屋の中に水槽があり」って書いてあるんです。蛍光灯が2つあって1つは常に点滅していて、これは主人公の不安だとか内面を暗喩しています。台本にも緑と書いてあるので監督のイメージも緑なんだろうなと思い、より緑色を強調するために、わざわざ蛍光灯に緑色のフィルターをつけました。もう一方の光はそのままだと単調でつまらないので、わざとタングステン光の赤い色味に振って、ローベースの光を作りました。緑色が消えると赤くなるんです。その部屋の中に青い光の水槽があって、光源としても機能していて、全体の色味が混じり合っているのがなんとも言えない雰囲気になっている様子をフィルムで撮影しました。3つの色のファクターをどのバランスにしていくかなど、この物語の世界観がそれによって決まるので非常に考えながら撮影しました。
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監督の演出法と撮影の進め方についてはいかがでしたか?
山本C:基本的に荻上監督は全面的に私を信頼してくれています。前もってこのシーンはこうしよう、あーしようという具体的なことはそんなには話さないのですが、設定と方向性は話し合って具体的な撮影方法については任せてもらっています。主人公の部屋の点滅など監督のイメージはしっかり伝えてくれますし、それ以外のことは割と現場で私の意見を汲み取ってもらうことも多かったです。例えば、主人公の部屋の壁に穴が開くシーンでは、監督が反対側が見えているか確認してきましたが、私としてはあまり見せなくてもいいのではないですか、見えないくらいがシーンとして面白いと思うのでというような話をして、そういったディスカッションをしながらシーンを作り上げていく感じでした。監督は凄く理解力があるので、こちらの狙いをちゃんと説明すればすぐ理解してもらえますし、違う点があれば指摘してもらって、私としては非常にコミュニケーションの取り方がうまくいく数少ない監督の一人です。
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照明はどのように決めていかれましたか?
山本C:照明の小野晃氏とはもう年十年も一緒にやってきていて、それこそお互いがチーフ時代からの知り合いです。毎回ですが、まず作品の世界観を話し合って方向性などを決めていき、現場では細かい話をしなくてもどんどん進めてくれます。先ほどの部屋のシーンの照明などの細かい設定もすぐ理解してくれて、いろいろなアイディアを出してくれる方です。主人公の部屋があるビルは実際に横浜にあるビルなのですが、結構入り組んだところに建っているので、南向きということもあって日中の光量が全然安定しない部屋でした。直射が入ってくるのですが、1時間ぐらいは安定していても時間が経つと目まぐるしく光の感じが変わってしまう部屋でした。日中のシーンがかなり多いので、小野さんとも話し合って、もう直射は切ってライティングしていこうという方向になり、直射は入らないんだけどその状態で全体のフレアはコントロールして繋げていこうという方法で、その辺が一番大変だったと思います。
リファレンスとされた作品はありましたか?
山本C:監督とも話したのですが、『バートン・フィンク』(1991)と『マルコヴィッチの穴』(1999)ですね。『バートン・フィンク』のホテルの部屋の感じは、息苦しいという感じや閉塞感は共通点がありますが、イメージとしてはジメっとしているのではなくて、蟻が這うような部屋ですから、乾燥しているイメージだと思いました。水槽だけはジメっとしたイメージですが。『マルコヴィッチの穴』については、まさに穴が部屋に開きますから、そのオマージュですね。
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今回の作品でチャレンジされたことは何ですか?
山本C:最大のチャレンジは、初めて扱う題材だったので今までやったことのない映画の世界観をどう構築していくかという点と、その世界観を16mmで撮ってどう表現していくかということだったと思います。デジタルカメラで撮影してガリガリとグレーディングして、撮影している画も現場でもある程度わかっているというものとは今回は全く違いまたね。当たり前の話ですが、フィルムだと撮影時はどう映っているかわからない。ただ昔は、わかっていた面が多かったと思います。散々フィルムで撮影をしてきて、ファインダーで見ていればその光量だとこのぐらいに映っているという、感覚が脳の中にあったわけです。濃度の感覚というか、フィルム撮影の時のそういった光量に対する感覚です。メーターも何もなくても、全部目で見てフィルムでどう映るかというのは、大体頭の中にイメージとして出てきていたのですが、やっぱりやっていないとダメですね。人間の脳ってこんなに退化するのかと愕然としました。わからないんですよ。もちろん目で見て想像しようとするのですが、その訓練をしていなかったということを強烈に感じました。普段デジタル撮影に慣れていると、そこら中にモニターがあって、そのモニターで判断していて、目からの情報だけで頭の中では映像を結んでいなかったということを強烈に感じました。大きな反省でしたし、久々に16mmで何十年ぶりかも分からないくらいで、それは本当にチャレンジだったと思います。
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仕上げのワークフローについて教えてください。
山本C:現像はIMAGICAエンタテインメントメディアサービスで、基本は減感現像ですが、一部ノーマル現像もしています。16mmのネガからのダイレクトスキャンで、ScanStationで4Kスキャンしています。このScanStationは私は初めてだったのですが、この画を観たときに私が知っているスキャンされたフィルムの画とは明らかに違うと感じました。一番違いを感じたのが粒子感の素直さというか、今までの画は粒子が尖った感じがしていてギスギスした感じがあったんです。ScanStationの画は、粒子はあるのですがすごく落ち着いた感じで、粒子感が丸くなっているという印象があり、非常に良かったです。もっと早く知りたかったぐらいです。他と比較しても経済的ですし、個人的な好みかもしれませんが私はすごく良い印象を持ちました。これだったら、今後の16mmでのフィルム撮影でも全く問題ないなと思いました。今回はちょっと柔らかいレンズを使用して、さらに減感現像もしているので、粒子的にはそういう結果が出たのかもですが、違うテストでもっと硬いレンズで増感現像の場合などもいろいろなパターンでスキャンの比較をしてみたいと思いました。
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グレーディングはどのように進めていかれましたか?
山本C:カラリストはIMAGICAの倉森武氏です。グレーディングについては、前のある作品から実施しているのですが、私の自宅のResolveである程度までは世界観を探っておいて、その画をいじったものを本番としてIMAGICAでスクリーンに展開してもらってグレーディングを行いました。昔と比べるとフィルム撮影のワークフローも、スキャンもグレーディングも格段に進化していて、フィルムとデジタルを考えたときに、フィルムはアナログなのですが、仕上げはデジタルですので、私の中で今のフィルムで撮ることの意味はある種のハイブリッドだなと思っています。このハイブリッドな感じを活かして、どのような世界観を創っていくかということが作り手側に求められていると思っています。デジタル上での仕上げについては、今の技術を駆使すれば、どんなことでも可能です。その中で今回特に感じたのは、フィルムの持っている情報量ってやっぱりすごいなと。個人でグレーディングしているとよくわかるのですが、触ってみると全然違うんですよね。空の画などは、フィルムの情報量でここまで残っているんだ、出てくるんだという話をグレーディングで驚きながら話していました。
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フィルムで撮影して良かった点を教えてください。
山本C:一番は 自分自身にとって良かったことですね。ある意味、原点回帰でした。キャメラマンとしての大事な要素がフィルムで撮るということにはあると再認識しました。キャメラマンとして、現場での総合的なことを考えるのは当たり前なのですが、例えばセットではなくロケーションの時にその場の自然光を活かして撮ったりする際に、それを観察する目って大事だと思うんです。それがデジタルの撮影に慣れているとカメラをポンと置いてモニターを見て、それが自分の中でのルーティンになっていて、ライティングをチェックする時などリファレンスのモニターの画だけを見て納得してしまうんですよね。フィルム撮影は、そうじゃなかったんですよ。自分の目で感じて光の状態を観察して、1時間後には太陽光がこの角度になって、今のこの柔らかい感じはあと何分もって、この感じを出すにはどういうライティングをすればいいか、そういうことを観察していたはずなんです。それがいつの間にか、そういう意識が自分の中で希薄になってきているということに気づきました。それではいけないなと。決してモニターが悪いわけじゃないですが、ただそれだけを基準にしてはだめだと自分の中で強く再認識しました。キャメラマンとしての基準は自分たちの持っているこれまでに養ってきた目であり、その濃度の感覚であり、そういうことを真っ先に考えないといけない。モニターで判断するんじゃなくて最初に全体の状況把握というか、自分の目で見て確実に何かを汲み取っていくという作業をちゃんとやるべきだなと思いました。今回のフィルム撮影は、そういった大事なことを再認識させてくれましたし、またフィルムでいろいろなことをしてみたいという強い欲求が生まれました。
(インタビュー:2024年8月)
PROFILE
山本英夫
やまもと ひでお
1960年生まれ。長野県の高校卒業後、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)へ。アシスタントを経てキャメラマンとなる。三池崇史、井筒和幸、北野武など多くの監督とタッグを組み、数多くの作品を世に送り出している。第44回日本アカデミー賞優秀撮影賞を『罪の声』(2020年)で受賞。
撮影情報 (敬称略)
『まる』
監督 : 荻上直子
撮影 : 山本英夫(JSC)
チーフ : 高橋草之輔
セカンド : 森田亮
サード : 玉那覇希帆
照明 : 小野晃
カラリスト: 倉森武(IMAGICA)
キャメラ : ARRI 416 PLUS S16
レンズ : ZEISS 10mm (T2.1)、COOKE S4 14mm~100mm
フィルム : コダック VISION3 250D 7207、500T 7219
現像・スキャン: IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
製作・配給: アスミック・エース
制作プロダクション: アスミック・エース ジョーカーフィルムズ
公式サイト: https://maru.asmik-ace.co.jp/
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